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烈風のアヤキ  作者: 夢闇
四章 ~古今の異邦者~
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『対立する者達』

スッと右手を肩の高さへとあげるニール。



「何だ?」



その小さな挙動に、彩輝達は咄嗟に身構えた。


小さな風をきる音が、次第に大きくなり、音は雪に反射して四方八方から聞こえてくるように聞こえる。



「何処だっ!?」


「上だっ!」



早苗が、それを見つけた。


真っ黒な塊が、頭上で雪を降らす黒雲を突き破って落ちてくる。


でかい。


そう思った瞬間、その塊は雪が積もった木々をへし折り、積もった雪を吹き飛ばす轟音と共に森へと落下した。


それを追うかのようにして新たな影がゆっくりと降下してくる。


巨大な翼を広げたその姿は、かつてアルデリアの上空に翼を広げたあいつだった。



「あいつらっ!あの時の!」




翼には月と太陽を模したマークが織り込まれた布が服のようかけられており、長い束になった深紅の二本の尾が吹雪に揺れる。


以前、アルデリアで傷ついたその翼は、遠目で見る限りは修復されて飛行に支障は無さそうであった。


そして、ツルのような形状の首の先につく頭、その上に見える小さな人影。



「アリスッ……!!」



見下す視線が、冷たく彩輝に突き刺さる。


レミニアと争う姿を見ていた彩輝にとっては、この光景はかなり意外なものであった。


吸鬼側にも、派閥のようなものでもあるのだろう。


アリスはあの吸鬼の男側の人間という事か。


信じられない……!!



「なんでだアリスっ!!」






『なんじゃ、我の魔力を持ったがまた現れたか。む?いや、もか』



それぞれが意思を持つかのように、大きな九つの尾が揺れる。



『まぁ、あの男の言うことが本当ならば我が主に力を貸す義理もないの』


「まっ、ちがっ……!!」



慌ててレミニアが無意識に手を九尾の狐へと伸ばした。


レミニアとしては、その誤解に待ったをかけたいと思っただけであり、何かをするという意図は無かった。


が、その伸ばした腕の先すれすれを何かが横切った。



『そこより、近づくでない。本調子ではないとはいえ、寝起きで気が立っておるのだ』



獣とはいえ、その仮面で隠れた表情が見えない為にその言葉の重みが分からない事にレミニアは狼狽えた。


大地に深々と刻まれたラインから、摩擦熱による煙が僅かに立ちのぼる。


改変できる未来は予知出来ない。


ニールが裏切るという展開を、読み切れなかった。


しかし、魔獣が味方につかない場合の事を想定していなかった訳ではない。


まだ、挽回出来る。レミニアはそう踏んで会話を続ける。



「私は、なにもあなた様の力を奪おうなどという無謀なことは考えておりませぬ。ただ、ただそのご助力を借りたくて――」


『まぁそれが本当だとしよう。なれば、その望みがなった後はどうする?』


「――それは」



レミニアは言葉に詰まるしか無かった。


これ程の強大な力を持つ魔獣を野放しにするのはあまりにも危険であることはレミニア自身、重々承知している。


だからこそ、この場には魔力を無効化する魔具を持ち込んでいる。


それはニールにも明かしていない切り札として懐に忍ばせている。


ただこれは自らも魔力を使えなくなるという諸刃の剣である事も理解していた。


それに、魔獣にこの魔具の効果がどれほどあるのかは未知数だ。


あくまで保険であり、最終手段。この場で使うには速すぎるものだ。



「御身の、望むがままに」


『ほぅ?死ねと申しても、お主死ねるのか?愛しき者を殺せと申しても、お主殺せるのか?』


「……それが、望みならば」


『ほぅ――――』



長い月日をかけ、ようやく二つの宝玉を手に入れ、魂のコアを見つけ、器を用意できたのだ。


必要とあらば嘘をつこう。


必要とあらばそうしよう。


苦労を水の泡とするにはまだ速すぎ―――



『嘘だな』


「……は?」


『ようやく、なじみ始めたか。ふむ、そうか。妖力を消す道具があるのか。それは厄介だな』



ば れ て る ?


いや、そんなはずは無い。


それならばとっくに自分を殺しているはずだ。



『確かに、それが望みならばそうしてやろう』



心を、読まれているのか?まさかそんな馬鹿な事があり得るはずがない。あり得るはずが、ない。



『確かに、儂は人の心は読めぬ。だがしかし、の心は読める』


「貴方の……心?」


『繋がっておることに気がつかぬか?まぁ主は儂だからのぉ。子が主を従える力を持つはずもなかろうよ』


「まって、何を言ってるの?」


「まだ気づかないのかいレミニア?僕たち吸鬼の力は、この魔獣譲りなんだよ?」



ニールが呆れた顔でそう言うと、ハッとレミニアもそれに気がついた。



「なるほどね。私たち吸鬼は、確かに貴方の力を持ってるわね。この、血に」


「でもそうだとすると、そろそろ君でも僕が何を考えてるのかかんづきはじめたんじゃないかな?」


「なんですって?まちなさい――――あなた、まさかっ!?」



慌てる少女の表情を見て、ニールはご明察と心の中で呟いた。


吸鬼の血にこの魔獣の力が流れているのは、すでに己の研究で解明済みだ。


この岩のサンプルと自身の血にはの魔力が流れている。


水、火、雷、土、風、氷、音、闇、光。


この魔獣は九つの宝玉の魔力を己の力で操っていたが、本来ならばそれはとても至難の業である。


属性の違う魔力を操るには、自身にその素質と技術が必要だ。


故に、この世界でも二つ以上の魔力を操れる人間は本当に稀である。


その身が朽ち果てた時、推測ではあるが宝玉の魔力は互いの力に反発しあったと思われる。


各地に散り散りになった宝玉は己と引き合う同属性の魔力と惹かれあった。


魔獣自身が持っていた魔力は世界に満ちたが、それに惹かれるようにして宝玉は大陸中に散った。


その宝玉に宿る魔獣と何かが混ざり合う怨念のようなものは、各地の魔力を溜め込み強力な魔獣となった獣に引きつけられた。


結果、魔獣は神獣となった。


恐らく神獣自身も自覚はしていないであろうが、それは僅かではあるが確実に体を蝕んだ。


しかしいくら怨念が獣の体を乗っ取ろうとしたところで、それは結果として無駄に終わった。


乗っ取りに成功したのは、恐らく平原に封印されていた不死鳥ぐらいであろう。


故に、封印されたのだ。不死故に、封印という形を取ったのだ。


不死鳥は聖天下十剣が一本、炎天舞によって再度炎の魔力を宿す紅玉へと封じられた。


しかし、時の流れと共に炎天舞や紅玉が祭られていた祠は朽ち果て、盗賊が荒らし、怨念が宿る宝玉はどこかへと消え、そしてどういう流れかグレアント聖王国へと渡り、そして――――



「黒魔蛇から我らが先祖が奪い、その身に宿った黒玉の怨念は、子を成し、増え、宿った力は吸鬼という種族を作り上げた。やがて黒玉は大地安定の神子のシステムとして黒魔蛇に返されるらしかったが、肝心の神子は黒玉を持ち去り行方不明。北東の大地は枯れ果てた。君の前で、知らぬ存ぜぬふり(・・)はもう疲れた」


「っ!アクリア!」



レミニアは咄嗟に従者の名前を呼んだ。


この男、生かしておいてはまずい。



「来ませんよ、彼は。強いて言うなら、貴方側の手駒はもう居ません。使える駒は奪う、使えぬ駒は砕く。常識でしょう?」


「アクリア!ラストリアス!メルシェアンナ!!」



この場に待機させた三人の直属の幹部を叫ぶ。が、答えは返ってこない。


呼んだ場合、すぐに駆け付けられる位置にて隠密に待機せよとの命を下したのは他ならぬレミニア自身である。


この男が、それを知るはずがない。



「何をしたのっ!?」


「何を、と聞かれればそれはもちろん、使えぬ駒は砕いただけですよ。実に、実に実に貴方に忠実でしたよ」



砕けた切っ先、鎖のついた小さな足枷、黄色い髪飾り。


それらを取り出し、レミニアの前に順番に放り投げた。



「あぁ、私が直にやったわけではないので」



その声が届かぬかのように、レミニアは小さく膝をついて目の前に並ぶ三つのそれを手に取った。


母が己の意思と共に譲り渡した長刀、レミニアが牢獄より解き放った時の足枷、いつも綺麗に手入れをしていた髪飾り。


三人の、証。



「許……さぬ……」


「君の許しなど、必要とした事なんて一度も無いね。さぁ、最古の魔獣さん。貴方にプレゼントだ。サン、ヨン、ゴ、ロク、ナナ、ハチ、キュウ、テン、来るんだ」



その言葉に合わせるように、何処からともなく八つの影が舞い降りた。



「人使い荒いですよニールさん。これでも飛んで来たんですからね!」


「ハッハッハ、それはすまなかったねぇ。文句があるなら、今日復活を結構させた彼女に言ってくれ。ってのはまぁ無理な話か。まぁいいや。みんなここにいるってことは、順調に集まったのかな?」



そのニールの問いかけに、八人は同時に頷いた。


振り返り、レミニアに告げる。



「保険まで、潰すつもり……とはね」


「シナリオ通りにいってるかい?“ただ有って先を知る能力”を持つレミニアさん?」



少女は、ニールを睨み付け歯ぎしりした。


この時初めてレミニアはニールに恐怖を感じた。


いつも薄目のあの男に、その見えない瞳で一体彼は何を見ているのかと。







 「なんでだアリス!!」



なんで、とは何故?



「なんで、なんでそっち側なんだ!!」


「…………」



彩輝が叫ぶ。


その言葉に、アリスは口をつぐんだ。


本当に、今でも思う。何故私はあんな奴の……。



「私は、貴方を倒す。それが命令。オーバーアビリティ」



水の魔力を四肢に纏い、ヒレのような翼を、魚類のような長い尾を形成する。


前に突き出した右手の前に、腕から流れ込む水の魔力が武器を形成する。


それはやがて固体となる。


穂先鋭き、三つ又の槍へと姿を変える。



「ベニヅル。上の監視をお願いね」



カカカンと嘴をならし、巨大な鶴の魔獣は高度を上げるため大きく翼を羽ばたかせた。


それに合わせ、降下が止まった瞬間を見計らいアリスは飛び降りた。


音も立てず、軽い体が静かに大地に降り立つ。


互いに、向かい合いながら彩輝は隣にいる早苗に声をかけた。



「早苗さん。お願いがあるんですけど」


「なんだい少年?」


「ここは、俺が相手をします。なので、神原さんと一条さんと一緒に撤退することを伝えてください」


「撤退する……ねぇ。ま、あちらさんも揉めてるとはいえ、魔獣が蘇っちゃったのならそれが良いかもね」



折角ここまで来て、神子の能力をもってしてもあの蘇った妖怪と吸鬼、頭上の魔獣と目の前のよく分からない少女を相手にするには些か分が悪い。


長き眠りから蘇り、まだ本調子でない今を叩くという好機を潰すというチャンスを捨てる事になる。


それを天秤にかけ、そして即決する。



「おっけ。了解した」


「なら俺はあの魔獣を押さえるとしよう」


「カイさん」



そこに、カイが現れた。


その手には先ほど彩輝から託された風王奏が握られている。



「雑談でもしながら、時間を稼ぐさ」


「危険ですよ?変わりましょーか?」



神子である早苗が提案するが、カイは首を横に振った。



「これでも元神子。少しぐらいなら粘ってみせるさ。それに、これが俺の役目だ。ここを、こんな風にしちまった俺が、俺がやらなきゃいけないんだ」



仮面に隠れたその表情は、彩輝と早苗には分からなかった。


しかしその声に乗せられた感情が、彩輝と早苗には伝わった。


カイの生まれ故郷は、他ならぬこの雪に埋もれた大地なのだ。



「では私は二人に撤退の意向をお知らせしてくるとするわ。二人とも死なないよーに。私たちに死体運ばせないでよね」


「うん。準備ができ次第、カイさんつれて俺も逃げるから」


「おっけ。んじゃ、森の外で落ち合うって事にすればいいのかな?」


「うん。あと、もし間に合わないと思ったら置いて逃げてくれて構わないよ。無理して、みんな巻き添えになる必要はないから」


「……その時は遠慮無く置いていくよ。何度も蘇るゲームじゃ無いんだ。駒は大切にしないとね」




彼を見つめ、短刀に魔力を混め、仮面に触れる。


少しだけ、勇気をくれ!


愛しき人を思い、パートナーを握りしめ、英雄と守り神の象徴である仮面に触れ、三人は同時に飛び出した。








 「あと……すこしだ。がんばれ、ミャー」



拡大する厚い灰の空の下、一頭のグリフォンが吹雪の中をかけぬける。


二人の人影を乗せて。



「待っていろ、アリス……っ!!」


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