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烈風のアヤキ  作者: 夢闇
四章 ~古今の異邦者~
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『最古の魔獣』

 視界を覆う雪はさらに降り積もり、まるで行く手を遮るかのように勢いを増していく。


あぁ、私は――負けたのか。


小さな体はまるで雪のように軽々と宙を舞い、やがて重力に引き寄せられその体は地上へと向かって落下してゆく。


最後に見えたのは、灰色の世界に浮かび上がるあの紅い瞳で――――



「見事な手際でしたこと」


「ふん。見てないで手伝ってよ。時間はそう無いのだから」



視界はホワイトアウトのちブラックアウト。













 「うおーやべー、また霰降ってきたー!」


「こりゃ、凄い。ここは東北の山間部ですか?いいえ異世界です」


「どうやって進むんだよこれ?登るの?ロッククライミング的な感じで?」


「いやはや、まさに絶壁。これって自然に出来るもんなの?」


「っ!これは」



桜、一条、神原、小田原、そしてカイが森の一歩手前で頭上を見上げていた。


五人の目の前には、まるで絶壁のようにせり上がる雪の壁があった。


徐々に雪が増え、膝丈近くまで積もった雪の上をカイが氷の魔術で道をつくり、一行はシーグリシアの森までやってきた。


しかしシーグリシアの森は雪の塊へと変貌しており、それが森であるのかすらも分からない状況になっていた。


雪は絶えず頭上の厚い雲から降り続けており、やむ気配は無さそうである。



「自然現象には見えないが、ここって毎年こうなるのか?」



彩輝が異世界であることを考慮して聞いてみたが、カイは首を横に振る。


それもそうであろう。まるで森だけが雪に包まれているこの状況はどう見ても自然現象とは思えない。


雪が更に降り積もるその森を見て、神原はまるでホールケーキの壁でも見ているかのような気分にさせられた。



「で、森の奥だっけ?その魔獣が封じられてるってー石は」


「……ああ」


「で、どうやって探すの?まさかこの気の背丈を超えるような雪を掘るのか?」



カイですら何も言えない程に、絶望的な状況である。


その時間が残っているかどうかも怪しい上に、どれほどの労力を使うというのか。



「なんかあったら、俺が溶かしましょうか?」



そう彩輝が提案するが、神原は渋った顔をした。



「仮に溶かしたとして、出た水はどうなる?周りの雪が崩れてきたら?」


「とはいえ、この状況が自然現象じゃないんだとしたら何だと思いますか?その魔獣によるものなのか、それとも第三者によるものなのかってところが一番あり得そうな気がするんですけど」



彩輝がそう言い、神原は唸る。


その可能性が高い事を考慮すると、早めの対策が必要になる。


しかし、この天候、そして雪に埋まった森の事を考えると思いつく案はどれも得策ではない。


オーバーアビリティは言語道断である。



「ねぇ……あれ、何?」



と、その時突如唯が彩輝の厚手のコートの袖を引っ張って空を指さした。


釣られて一同が空を見た。


灰色の世界に、小さな黒点が動いたような気がして真っ先に彩輝が翼を広げた



「オーバーアビリティっ!」


「ちょ、アーやん!?」



その行動に慌てた唯は一歩下がり、それと同時に彩輝は吹雪く空へと飛び上がった。


あれは間違いなく、人の形をしていた。躊躇っている場合ではない。


落ちる前に、間に合えっ!


落下し始めた彼女を、まるで獲物をかっさらう鳥のようにしっかりと抱きとめ、加速のために畳んだ翼を一気に広げ減速する。


そして視線を落とすと、二つの人影。


まるですり鉢のように雪が窪んだ中心に、彩輝は二つの人影を目にする。


その人影の前には、巨大な岩


まずい……そう口から漏らしながらも、今はこの気を失っている少女を何とかしなければ彩輝にも何も出来ないと判断する。


一度戻り、それからだ。


彩輝は森の外へと引き返していく。






 「あの少年、引き返していったけどすぐに戻ってきそうだね」



ニールはそう呟きながら、後ろにあった木を黒い靄で切り裂いた。


雪が積もっているとはいえ、大きな音を立てて倒れた木の幹に、積もった粉雪が舞いあがる。


年輪がしっかりと刻まれたその切り株にニールは腰を下ろした。



「とはいえ、今を逃せば少しずつ解いていた封印の呪が再び戻されてしまうのよね」



長く、二つにまとめられた白髪に雪が積もりはじめ、それを日焼けをしていない白い手で振り払うレミニア。



「さぁ、速く始めてしまいましょう。邪魔が入らない今の内に」



手の内にある、小さな宝石のはめられたペンダント。


手の内にある、小さな魂の器。


手の内にある、黒と水色の宝玉。


準備は整った。



「さぁ、その石の殻を砕き、再び生ある肉体でこの地を踏みしめる時が来たのよ」



まるで石が折り重なり、蕾のようになったその巨岩へとレミニアが歩み寄る。


二メートルほどの巨岩からは、魔力こそ感じないが何か得体の知れ無さを感じたレミニアは微笑んだ。


ペンダントから宝石を取り外し、宝玉を九つの石の窪みにはめ込む。


実体無き光輝くそれを懐より取り出し、光は近づけられた宝石をその中心へと取り込む。


混ざり、うねり、のたうち回るその輝きを両手に乗せ、まるで捧げるようにしてそれを石の前へと差し出した。



「さぁ、御身様へ」



光は真っ直ぐ導かれるように、その石の中へと消えてゆく。



「炎月刃!」



直後、炎の刃が石へと直撃した。


レミニアとニールが振り返り見上げると、そこには魔力の翼を広げた少年が居た。


吹雪の中、深紅と漆黒の瞳がぶつかり合う。



「また会ったわね。でも、その殺生石は壊せないわよ。何せこの魔獣を封じたの人間でさえ壊しきれずに封印したのだから」


「やって見なきゃ、わかんねぇだろ!」



ソーレを右手に、風王奏を左手に持つ。



「……風王奏?でもあれはあの時の……そう、まんまと騙されたわ」


「交差する一陣クロスフレイムブラストの炎風!!」



炎と風が、互いの剣から漏れ出る魔力を絡め合い、そして二本の残光を残して彩輝がレミニアに突っ込む。


触れる雪は瞬く間に蒸発し、黒い魔力を体に纏い迎撃の体勢をとった少女目がけて突っ込んだ。


力の均衡は一瞬で崩れ、少女をごり押しながら彩輝は突き飛ばす勢いで剣を振りきる。


小さな体は彩輝の攻撃を受けて、軽々と宙を舞った。


何とか耐えたはいいものの、次なる追い打ちに警戒しなければならないとレミニアは態勢を立て直す。



「煌めけ!スターシューターっ!!」



そして翼を広げ、勢いを殺した所に、真っ黒な翼が両方とも打ち抜かれる。



「ぐっ!?」



雪に混じり、星が煌めきながら消えてゆく。


レーザーを放ち、役目を終えた札が吹雪の風に舞いどこかへと飛んでゆくのを見届ける間もなく、唯は懐へと腕を突っ込み新たな札を取り出した。



「バシュッと捕獲!」


「ぐっ!」



新たな札が、ロープへと変化しまるで生き物のようにレミニアの体に巻き付いた。


そのままレミニアは落ちてゆく。


雪が積もっていない大地に叩きつけられそうになったところで、強い衝撃と共に何かがレミニアの体を受け止めた。



「大丈夫かい?」


「……えぇ。出来ればロープを切って欲しいのですが」


「ふぅん。魔術でコーティングして別の魔術の干渉を防ぐのか。いい作りじゃないか」


「褒めてないで切ってください」


「はいはい」



ニールは先の鋭くなった小石を拾い、それでロープを切り裂いた。


解けたロープを地面に放り投げたレミニアは屈辱の表情をニールに向ける。



「まったく、何であなたなんですか。まだ地面と包容したほうがマシです」


「これは手痛いお言葉で。ぽきっと私の心は折れましたよ?」


「ついでに噛み砕いた後に火葬してやりましょうか?それともグレイの餌にして骨でもしゃぶらせましょうか?」


「ご勘弁を」



ハハハと笑いながら、ニールは離れた場所から彼らの様子をうかがう。



「いいのかい?好き勝手やってるみたいだけど」


「別にいいのよ。もう、止められないわ」



彼らを?それとも魔獣の復活を?


ニールはどちらとは聞かなかったが、ならもう少し見物していようかと微笑んだ。







「壊すな!封印しろっ!」



神原とカイを掴んで炎の翼を広げて飛んできた早苗が二人を地上に降ろす。


カイが頭上にいた唯に向かって叫んだ。


巨大な石の前でカイが頭上の唯を呼び寄せ、唯は翼を畳んでカイの横に着地した。



「どうすればいい?」


「アヤキ!風王奏を貸せ!」



風の音が鳴りやまぬ吹雪の中心にて、その声を聞いたアヤキは風王奏を思い切り岩目がけて投げつける。


岩の目の前数十センチの位置で、剣は大地に深々と突き刺さる。


その剣を引き抜き、カイは唯に渡す。



「剣を逆手に――」



クルリとその剣を逆手に持ち、



「その切れ目に突き刺せぇっ!」


「――――――だりゃあ!!」




――――嫌な匂いだ――――




バギィン!


「っあ!?」


「弾かれた!?」



切れ目に刺さるかと思いきや、その直前勢いよく弾かれた剣は唯の手を離れその頬を切り裂くと雪に深々と突き刺さる。



「くそっ、遅かったのか!?」


「まだだ、完全に蘇る前に――」


「っだめだ離れろっ!」



唯が白い翼を盾にしてカイを庇いながら後ろへと飛んで距離をとった。


直後大きな音を立てて、巨岩に九本の切れ目が走った。


バラバラと岩肌がはがれ落ち、岩に巻き付けられている巨大なしめ縄がブチリと千切れ落ちる。


落ちたしめ縄は巨大な魔法陣となって岩の下から浮き上がる光が岩を怪しく照らした。


しめ縄の断片はそれぞれ、切れ目の入った岩の塊にたどり着き、ぐるりと一周回ってその塊に再びしめ縄となって巻き付いた。


いつの間にか、はめ込まれていた二つの宝玉は消えており、最早何も出来ないと彩輝やカイはそれを見届けるしかなかった。


岩の天辺てっぺんから、まるでガラスが砕けるかのようにして岩が割れ落ちていく。


美しい、黄金とも、白銀ともとれる九つの尾がまるで花咲くように開いていく。


その隙間から現れたのは、まるで歌舞伎面のような狐の面。


九つの尾に残った岩の欠片を、大きく一振りして振り払い、そして仮面を付けるカイと一条と対面する。



「え、あれって……」


「伝説上の生物だろ……おい」


「ちっ……異世界ったってマジかよこれ」


「くそっ、復活を許してしまったか……」


「九尾の……狐っ!!」



『忌々しき、我を切り捨てた憎たらしい剣を再び我に向けるとは……のう』



「っ!!」



まるで、神獣と会話したときのように、脳内に直接九尾の狐の声は響いてきた。



『そしてよりによって、新たな魂の器が初潮を迎える前のおなごの器とは、なんと脆いものを選んだものだ。それに宝玉もたった黒と水の二つ。まぁよい。我が魔力と精神にも次第に馴染もうて。して』



九尾の狐はその面を着けた顔をぐるりと周囲へ回した。



『主等はなんじゃ?』



なんて化け物だ。


ごくりと息を呑んで、カイは後退った。


水の魔力、そして吸鬼から感じたあの黒い魔力を九尾から感じた。


それも、尋常ではない力が押さえきれず、その尾から漏れだしている。


漏れだして、これである。


まるで大陸中の魔力がこの場に集まったと言われても、カイは信じたであろう。



「私はあなた様を蘇らせたものです」



九尾の後ろから、レミニアが近づき声をかけた。


頭を下げ、膝をついた。



『ほう。そなたが我を。して、その理由を聞こうか』


「御身のそのお力で、成し遂げたい事がございます」


『申してみよ』


「近い将来、貴方の世界とも異なる世界から訪れる侵略者から、この地をお守りして頂く為に」


『それに、我にどのような得がある』


「私への、恩を返せましょう」


『図々しいのぅ。まぁ完全とは言えぬが、蘇る事が出来たのもお主のお陰なのであろう。その頼み、聞いてやらんこともない。そして、我に再びその剣を向けたそなた』



唯が、その声に後退ってしまうが無理もなかった。


その殺気は、これまでに浴びたことが無いほどの、まるで重力でも操っているのでは無いかと思う程の力であった。


殺される。


いくら神獣の力があっても、足りない。そう、思える程のものであった。



『何故我にその剣を向けた。回答によっては……ほぅ?何故お主が我の力をもっておる?』


「え……」



もしかして、神子の力の事を言っているのであろうか?


神獣も、元をたどればこの九尾の狐の魔力を元にして生まれた存在だ。


その力を有している自分たちが、今目の前にいる九尾の狐の力を持っているといっても間違いは無いだろう。しかし――


彩輝が地上に降り立ち、その後ろに早苗が降り立った。



『答えよ』


「そいつ等が君を封印しようとしたのは、蘇った時にその力を奪われるのではないかと考えた君の魔力の持ち主が命令したからさ」


「っ!?」



真っ黒な翼を広げた吸鬼の男、ニールがそう高らかに言い出した。


彩輝と早苗の後ろにいた二人の吸鬼へと二人と九尾の狐が振り返った。



「何言ってやがる!」


「何をやってるのよ。あれも大事な戦力よ?わざわざ敵対させる必要なんて――」


「そしてこの女も、あんたの力を横取りしようと蘇らせただけに過ぎないよ」


「んなっ!?」


『ほぅ?』



レミニアの表情が初めて驚愕に満ちる。



「ニール、貴方一体何を言って――」


「貴方に考えがあるように、私にも考えがあるんですよ。この結果は決まっていませんでしたからあなたでも予知は出来なかったでしょうね。もし貴方が蘇らせた最古の魔獣が想像以下であれば、私は何も行動を起こすつもりはありませんでしたから」



レミニアの驚愕の表情は、やがて怒りの形相へと変わる。



「何を企んで――」



またも、彼女の声を遮って彼は笑う。



「来い、ベニヅル、ソウキ、アクアラグナ」



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