『幕間・祝賀会兼晩餐会(上)』
客間・風の間
すっかりと日が沈み、窓の外には昼間とはまた違った鳥のような生物が飛んでいるのが見える
この日の会議は終了し、各自割り当てられた客間へと引っ込んでそれぞれの国同士文官達との意見交換を行っているのであろう
もう少しすればグレアント王国の女王就任の祝いを兼ねた晩餐会があるという話である
それまでの間、異世界組もまた虹魚の間に集まり再会を喜んでいた
「全員集まれなかったのは残念だが、こうしてまた再会できたのはとても喜ばしいことだな」
この場に集まった地球からやってきたなかで、39歳最年長である稲田健次郎がそう述べる
隣に立つ女性、湊実もまた小さく頷いた
「そうだな。しかし、それにしても九人中集まれたのは五人、いや四人・・・か?」
体つきがよい大柄な男、佐竹幸広もまた静かに椅子にもたれながら呟いた
佐竹は以前、桜彩輝や一条唯らとも合っているだけにこの場に現れなかった事については特に驚くことは無かった
彼らを見送ってからというもの、佐竹もまた様々な事を調べていた
生活する上で不自由がない程度の歴史や文化、魔法などを学び、それと同時に元の世界への帰還方法を模索していた
彼ら若者達が手に入れた情報などを歴史書などと照らし合わせ、前例が無いかどうかなど様々な事を調べた
が、有力な手がかりは見つからず、途方に暮れていた所にこの収集である
彼らは北へと向かったと言うが、正直今日の神獣の話を聞いていて、止めれば良かったなどと思うこともあった
会議の中で旅だった彼らと思わしき証言が幾つか話に出ていた
また面倒なやっかいごとに巻き込まれているのかと思いながらも、不安で一杯であった
それ故にこの場に湊夕日、いや、湊千尋が現れたのは少々意外であった
彼らと同時に旅立ち、そして今日この場に現れ、湊夕日、そして千尋、魂、正直理解ができないことの方が多かった
混乱していた。だからこそ、嘆き悲しめばよいのか、それとも彼女の肉体が無事であるとういう事を喜べば良いのかが分からなかった
自分以上に混乱し、悩み、悲しみ、憂いている筈の母親が今自分の目の前に居る
その彼女を支えるのが、自分でなくて良かったと正直佐竹はホッとしていた
どうやら結婚こそしていないが稲田健次郎という男はどうやら湊実と近々結婚する予定の間柄だったという
それこそ災難だったなというほか無い
今回異世界に飛ばされてしまったのは、その湊実の実家への帰省のついでに彼の紹介をしようという最中の出来事であったそうだ
複雑な彼女の心境をなだめるのは、女性に免疫のない自分がやるよりもよっぽど効果的であろう
少々落ち込んでいる様子の女性であったが、稲田に背中をさすられ何とか笑みを返している
「今回は、このような事態になってしまい申し訳ありませんでした」
と、突如佐竹の向かいに座る男が頭を大きく下げた
自己紹介で歳は26。バスの運転手だった男である
名は玄元周平といい、バスの運転手なんかもったいないぐらい、超美青年である
これぞイケメンというべき顔立ちをしていれば、さぞや周囲の女性からはモテモテであったであろう。たぶんモデルができるレベルだ
それを聞くと本人は苦笑いしながら「そんなことありませんよ」と言いつつ、付き合った女性の数を聞いてみたら10を超えていた
これが巷ではやりのリア充とかいうやつなのだろうかと思いつつ、自分とは全然別の世界を歩んできた人間なのだと実感した
建築会社で木材運んでいるような人間とは、縁もゆかりもないが、不思議と嫌いにはなれない男というのが佐竹の感じた第一印象であった
「原因は分かりませんが、今回は当バスがこのような異例の事態に巻き込まれてしまい、お客他様には大変ご迷惑をおかけしました。なんとお詫びすれば・・・いいのか・・・・」
「気にしなくていいですよ。運転ミスとか車両の不整備で事故を起こしたとかならまだしも、こんなの誰かの責任って事態じゃないんですし」
「そうですよ。顔を上げてください」
「ま、もうバスは何処にもないし、運転手や乗客といった間柄でも無いんだ。普通に接してくれて構わんよ」
乗客の身を預かる身である彼であったからこそ、彼が心の内に秘めた思いは佐竹には想像がつかなかった
恐らく、きっとこれまでこんな事になってしまった事に対する自分への自責の念が積み重なって居たのだろう
それぐらいの人間だ。こんな慰めの言葉をかけたところで少ししかその重みを取り除いてあげる事はできないだろう
それよりも、だ
「んで、これからどうするか、だよなぁ」
「そうですね・・・・覚悟ぐらいはしておくべきだと思うんです」
「覚悟?」
少し溜めた後、その玄元はそう言った
「えぇ。ずっと、考えていたんです。ここは異世界だというのはどうも認めざるを得なさそうなので、全てが自分たちの理解の範疇外、専門外だという事です」
「異世界という事柄に対してか?」
稲田が聞き返すと、肯定に彼は首を縦に振った
「異世界なんて、自分たちにはどうしようもない。どうしようもできない。帰るための対処のしようが無いんです。ですから、永住する覚悟ぐらいは必要です」
「ふむ。確かに、私は単なる中学で歴史の授業を教えている程度の人間だ。君は運転手、君は土木技師、彼女はパート勤めの主婦。我々がどれほど頭を捻ったところで帰る為の考えなど到底思い浮かばないだろうな」
「諦め、とはちょっと違うんですけど、その可能性が高いということも理解しておかないといけないと思うんです。いくら魔法がある世界とは言ったって、それこそ自分たちが科学的に理解することはできないでしょう」
佐竹も、他の全員も心の何処かで考えてしまっていた事だと思った
でも、それをあえて言ってくれた彼には感謝をせねばなるまい
帰るための努力を放棄するのは逃げではない
むしろ、人間というのは寿命がある生き物だ
残された命の時間を、どう使うかを選択できる事に対し人は自由なのである
帰りたくない訳ではない
少なくとも自分はあちらの世界で過ごした時間の方が長い
それだけ、心はあの世界に染みついていて、あの世界には25年間過ごした25年分の足跡が残っている
この世界に来て、これまでの自分を全て無かったことにされている
それだけで不安になる
お金も、権利も、価値観も、全てが全てあちらのもので、この世界では何一つ通用しない
ゼロから始めるという決断をするのには勇気がいるが、それは同時に覚悟もできているという事でもある
それが何も分からないうちにこの異世界に落とされ、何も分からず、ただただ時間を浪費している事にどれだけの意味があるのだろうか
出口がない出口を探しているようで、答えのない答えを探しているようで、佐竹はこの世界に来てからの自分にどこか憤りを感じていたのである
このままでいいのだろうか、と
やることと言えば、飯とトイレと変える方法を探して読書をしたのち飯を食って寝るだけだ
どこかで諦める。それもまた勇気であり、覚悟がいる
だからこそ、それからを頑張ろうと思えるのだ
そうして気が付く。自分が変える方法を探して浪費した時間が無駄になる事が怖いのだと言うことに。それがいつまで続くか分からないという事に
「ですから此方の人たちに帰るための方法を探して貰うという希望が残っています。自分が見た限り、自分たちの居た世界より科学力は劣っています。しかしそれでは解明できないものに対して特化している」
それが魔法だという事は誰にでも分かる
自分たちが必要としているものは理論や科学力といったものではない
帰るという結果を求めている
元々此方の世界に放り出されたのも、なんたらかんたらという理屈があるらしいが、その理論や理屈は自分たちでは分からなくても、こちらには理解できる人がいるのである。人かどうかはさておき
そういったよく分からないものが発展しているのがこの世界なら、この世界の人たちに返る方法を探し考えて貰うというのは理解できる
恐らく、彼は誰よりも現状に対して重く考えている
「しかし、彼らが我々たった九人の為にそのような労力を使ってくれるのか?」
「使います。何故なら此方には目に見えない武器がある」
自信満々に彼はそう言った
3人は、彼がいう武器が何であるかを悟った
「ほぅ。その見えない武器が何であるかは今は問わないでおいた方がいいのかな?」
「!!」
四人は一斉に声がしたドアの方向を見た
そこには少しドアを開け中をのぞき込む一人の女性がいた
真っ赤な髪を覗かせるその女性はにやりと笑いながら入室してきた
「待ち望んだ再会だ。話し足りないではあろうが、食事をしながらでもできるであろう。ノックをしなかったことは詫びるが、そろそろ晩餐会の時間だ。準備をしてもらえるかな?」
「いや、まぁ確かに私は女王になったわけだが、別にいちいち気をつかって話す必要は無いぞ?」
「いや、そう仰られましても」
今、アルフレアと話しているのは稲田である
「いいんだ。別に私は気にしていないし、暴言を吐いたところで罰を命じるわけでもない。堅苦しいのは嫌いなんだ」
「いえ、ですからそう仰られましても」
確かに、普通王族に対して友達感覚で話す輩はそう居ないだろう
元々がお転婆というよりは自分勝手にやってきたアルフレアであったため、砕けた会話を外でする機会はめっぽう減った
しかし、減ったとはいえそれでも癖は抜けないのか、他の王族に比べれば砕けた接し方をする珍しい人だという印象を佐竹は感じていた
なじみの者や友人、親兄弟ならば分からない事も無いが、異世界人とはいえ一応平民である自分たちにそのように接しろとは少し酷なお願いである
今も周囲を警護している騎士の鋭い眼光が、そのようなことは許さんぞという強い意志を込めて稲田に注がれていた
稲田さんも四十の一つ前である人間で、それなりに礼儀は弁えているはずだ
というか、女王でも王女でも、あの桜彩輝や一条唯といった彼らがあんなに砕けて接していたのがまず佐竹には衝撃であった
「面白い話の一つでも聞けるかと思ったのだがな。ふん、話の通じぬ詰まらぬ男だ」
説得を諦めたのかアルフレアはつんと視線を稲田から通路の奥へと移し、僅かばかりに歩く速度を速めた
真っ赤なドレスを纏った紅の髪の少女はふとあの黒髪の少年の事を思い出していた
一応自分を王女として見ていたが、それでもあれだけなれなれしく接してくれた相手はアルフレアの記憶の中でもそう多くはない
全く、どうせこの後は嫌でも堅苦しくならざるを得ない場だというのに
あの頃が懐かしいな、などとアルフレアは誰にも聞こえない小さなため息をついた
「あ、そうだ」
ふと思い出したようにアルフレアが足を止めた
「何かとしつこく付きまとわれるだろうけど、あんまり込み入った話はしちゃだめよ?」
「と、いいますと?」
「あなた達の武器を、無償提供するのは止めて欲しいってことよ」
やはりばれていたか、と稲田や玄元はすぐに思った。と同時に気を引き締める
佐竹も、こうして砕けたように話す彼女からは想像できなかった助言に少しばかり感心した
「それは、もちろん」
「能ある鷹は、爪を隠しておけよ。今はまだ公にする場じゃ無いんだろう?」
アルフレアはニヤリ、と一条に聞いた言葉を口にした
その武器は明日の帝国と彼ら異邦人に対する会議の場で公になる可能性が高いとアルフレアは感じていた
いや、十中八九そうなるだろう
そうなればそれは大きな取引材料に使われる可能性もあり、またその情報公開はもしかすれば世界への影響から口にすることも禁止の技術ともなるやもしれない
だからこそ、この場で彼らから情報を貰おうとする輩は多いはずであるとアルフレアは踏んでいた
それを改めて感じた四人はしっかりとその忠告を心に刻みつけた
「・・・気を引き締めておきます」
稲田がそう返事を返すと、詰まらん答えだ、とだけ呟いた瞬間、左右の門番の騎士によって晩餐会の会場の大ホールの扉が開かれ、まばゆい光が差し込んできた
「うっゎ、すげー・・・」
アルフレアの入場が大きな声で伝えられ、それに消えてしまうほど小さな声で思わず佐竹がそう呟いてしまったが、他の三人もあっけにとられてポカンと口を開けている
こういう光景は漫画や外国の映画でしか見たことが無かったが、こうして目の当たりにすると驚くものがある
巨大なシャンデリアにも似た照明器具が所狭しと天井からつり下げられ部屋を照らしている
壁を見ればどれほどの手間と時をかけて作られたのかも分からない程に優雅で細かな装飾が四面の壁、そして天井にまで施されている
床は大理石にも似た石材が使われており、艶やかに磨かれたそれは頭上に立つ者全てを映す鏡のようである
四人がその豪華な会場にあっけに取られていると、アルフレアの元にひとりの男が近づいてきた
「こんばんは、アルフレア・シャレル・ヴィルラート・グレアント女王陛下」
それは40歳ほどで短く白髪交じりの髪を切りそろえたこの国、エステルタ聖王国の最高権力者である国王、ゴーイックであった