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烈風のアヤキ  作者: 夢闇
四章 ~古今の異邦者~
123/154

『開幕前・大図書館』

エステルタ聖王国王都、王立図書館



「ハート」



私は目の前で本を読む女性に声をかけた


都市は十七、八ぐらいに見える容姿だが、実は数百年を生きる三皇の魔女の一人にして四天王の一角でもある六天の魔女こと、ハートウィッチ・ソラリティアは本に栞を挟むとかわいらしく首を傾げて振り返る



「なんだい、シェリア」



大きな帽子のつばをグッと押し上げると”東の頂”こと四天王シェリア・ノートラックと魔女の瞳が交差した


その瞳はまさに数百年を生きながらえた貫禄というか威厳というか、そんな感じのものが見え隠れしている


正式な年齢は彼女しかしらず、数百年というのも彼女のちょっとした雑談で出た非公式発言が広まったものなので信憑性は定かではない


言えるのは私より先に生まれている程に長生きしている事、そして何年経とうが見た目が全く変わらないといった事ぐらいだ


魔女は何も生まれたときから魔女である訳ではない


呪いを受け取った瞬間に魔女となり、魔女となった瞬間に肉体の老いが止まるのである


呪いとはまるで天災のようなもので誰にもその発生条件や誰かが呪いをまき散らしているのか、何も分からない


ただ、昔から呪いを持つのは全て女性であり、体内に膨大な魔力を溜め込む事ができるようになる


まるで今の神子達のような肉体性質に


シェリアはふとあの少年達の姿を思い浮かべた


彼らはまだ無事であろうか、と考え杞憂である事を思い出す


まぁあの力があれば滅多なことではくたばらないだろう


さて、そんな魔女を目の前にシェリアは一つ聞きたいことがあった事を思い出す


普段はバラバラな四天王とはいえ、珍しく三人が集まっている機会など何時ぶりだろうか


この生きた辞書を目の前に逃す手はないとシェリアはハートウィッチへ質問をした



「実は少し聞きたいことがあってね。吸鬼というのは長い時を生きながらえる種族だと文献にあった。なら貴方も聞いたことがあるかと思ってね」


「ん、何かな?」


「この名前に聞き覚えは無いか?」



シェリアは湖である吸鬼と戦ったときに聞いた名前を口にする


どうしても、その一言が気にかかっていた



「ヒロツネ、という者の名だが、知らないか?男か女かは分からないが」



この世界の名前にしては、珍しいというか聞いたことの無い名前であった


発音も独特でシェリアはすぐに分かるかとこの国の大書庫の文献を漁っていたが何処にもその名は記載されていなかった


もしやこの人なら知っているか、と思ったが流石に名前が珍しいだけの一個人の名前など聞いたこと―――



「懐かしい名前だね」



あるのかよ


私の苦行の読書時間を返せ


やはり読書なんて、自分に合わないことはするものでは無いなとシェリアはため息をついた



「しかし、君からその名を聞くとは思ってもいなかったよ。今では君の歳で彼のことを知っている人は殆どいないんじゃないかな。いやぁ、歳を感じるねぇ」



永遠とも言えるような老いることのない肌を手に入れておいてよく言う



「それで、そいつは一体何者なんだ?」


「ふむ。どう説明したものかな。人は彼を学者と呼び、人は彼を武人と呼び、人は彼を商人と呼び、人は彼を発明者と呼び、そして僕は彼を幼女趣味、もとい黒の革新者と呼んだ。そんな人間だったよ」


「・・・つまりどういう事だ」



なんだかよく分からない言葉も混じったがスルーで良いだろう



「万能、と言うべきかな。知識人でもあり、また武人でもあった。その知識はこの世界の百年先を行き、その武力はこの世界の百年先を行っていた。洗練された精神と肉体を持ち、彼はこの地に様々なものを広めた。だから僕は彼を革新する者、革新者と呼んだりした」



大きな三角の黒い帽子を浅く被り直し、その瞳をシェリアへと向ける


その瞳はまさしく、人にあらざる者の瞳だ



「ハートみたいな奴という事か?」



聞く限り非の打ち所のない完璧人間みたいな説明をするハートに、同じく完璧に近い存在である彼女にそれを聞く


すると彼女は微笑を噛み殺して首を振った



なんかとは比べ者にならない。彼は当時のよりも強かったよ」


「それは凄いな」



魔女たる彼女の上を行く存在とは如何ほどに強いのか


シェリアは気まぐれで聞いてみたその存在に興味を持ち始めた



「いいや、その当時のはまだ人間だった頃の話だよ。人間だった頃だから、今の僕みたいな強力な力は持ってないただの少女だった時代だし強くて当たり前なんだけどね」


「人間・・・だった頃?」



以前シェリアはハートに聞いたことがあった


一体その肉体は何故老いることが無いのかと


肉体が老いることなく成長が止まっているのか、それとも肉体は追い続けるがそれを止める術を持っているのか


魔女である彼女ならばその方法を知っていたとしても不思議ではない


仮にも女性であるシェリアもその辺はやはり興味を拭い捨て切れず、聞いてしまった事が過去にあった


そのとき、彼女は元々人間で魔女になった瞬間に肉体は成長を止めたのだと言っていた記憶が頭の片隅に残っていた


となれば、彼女が人間であったのは生まれてから現在の見た目の肉体の年齢までの間、つまり十代後半から二十代前半と言うことになるだろう


まさか彼女が魔女になる前の人間時代の時の存在だとは思っておらず、そこに関しては流石のシェリアも驚いた



「そう。まぁ関係のない詳細は割愛するけどね。そうだなぁ、彼の凄さは幾つか例を見せた方がわかりやすいかな」



魔女、ハートウィッチはそう言って今まで読んでいた本、『大陸南部諸国料理全集』という読み終わるのに一ヶ月はかかりそうな程分厚い本を手に取った



「彼はこの大陸の文化、文明、そいういうものに深く関わってくるんだ。この本にしたってそうだ。彼はこの『ワトジ』という技術を伝えてこの世界に『本』という存在が生まれた。そこから曖昧で未完成だった文字という技術が完成していった」



今では欠かすことのできない『文字』を普及させる為に『本』という存在は無くてはならないものだった筈だ



「今では様々な方法で本が作られる用になったとはいえ、その原点はこの『ワトジ』が原点とも言っても過言では無いね。そしてこいつだ」



紙の需要が増し、製紙技術が発達し、新たな産業が生まれ、今では欠かすことができない程に世界に広まった技術の原点をその男は広めた


それだけでも歴史に深く名を残していてもおかしくは無い


ならば何故・・・?


一人考えるシェリアを置いてハートウィッチは指をぱちんと鳴らす


乾いた音が静かな図書館に大きく響き渡る


すると壁に装飾として飾られた剣が独りでに動いてハートウィッチの目の前で止まって浮遊している



「刀という武器をこの地に伝えたのもまた彼さ」



浮いている刀を掴み、その剣を鞘から抜きはなそうとするハートウィッチ


だがどうやら刀は装飾品のようで鞘から抜くことはできなかった


眉をひそめて力一杯引っ張ってみるが全く抜ける気配がしない。そもそも刀身は存在するのだろうかとシェリアは思ったりなんかもした


視線を反らしてその装飾品の剣を背伸びして壁に飾り直す



「と、とにかく、そんな感じで彼はこの地に沢山の種を残していった。人とはただ生存する為の欲に生きるだけの生き物ではない、と私はそのとき痛感したんだ」


「へぇ」


「これはあくまで彼が残した種に過ぎないんだ。それをどう僕たちが応用して、発展させて、使っていくか。そういう課題もまた残していった。私にとってはこの世界に革命をもたらした者として強く印象に残ってる人間さ」


「その様子だと、まだ他にも沢山ありそうね。その彼が伝えたものが」


「物だけじゃない。精神や文化なんかも彼は変えていった。食事の時に感謝を祈るという今じゃ当たり前の文化ですら彼が伝えたものだというんだから驚きだよね」



それは確かに驚きである


文化や風習なんてものはそう簡単には変えられない


変えたとしても、押しつけるという方法をとっていないのにこれほどまでに大陸に当たり前の常識として広まっている文化もその男が伝えたというならば驚きを隠せない


広めた?広まった?どちらにせよ、ごく一部ではなく、大陸全土で数百年でこれほどまでに浸透するというのは驚く以外に無い



「確かに、凄い人間だな。知識、技術、文化、そして戦争の方法まで変えてしまったのか」



刀が大陸に現れる前まで、武器と言えば石で作った斧などが主流だったと聞いている


製鉄の技術が確立していなかったので、刀の伝来と共に伝えられたこの技術は大陸の姿をがらりと変えてしまった


それぐらい察することは訳がなかった



当時は製紙技術や文字の存在すら今とは比較にならないほどに発展していない時代だ


そう言った資料が少ないのもまた事実


だからなのかもしれない。彼がどの歴史の書物にも名を残していないのは


本という存在が現れ、文字が浸透してきた十数年後にようやく様々な書物が書かれるようになった


そう考えれば彼の存在を知るものは少ないだろう


それこそ一般開放されている大衆向けの書物の中にあるとは思えない



「道理で見つからない訳ね」


「それに彼はあまり表舞台に顔を出したがらなかったからね。偽名なんかもちょこちょこ変えて使っていたらしいし」



それを聞いてシェリアは静かに呟いた


まるで正反対だ、と



「長とは力を誇示して統治すべし」


「先々代のグレアント聖王国国王の残した有名な言葉だね。確かにそれも一つの方法ではあるね」



力を見せつけ、下々を従順に従える事ができる者こそ頂点に立つ王となるべきであり、その王にこそ民は頼り、従い、尊敬し、ついてくるものだ


それこそ王になる上で必要不可欠な姿勢だと提唱した男である


確かに、間違っては居ないのかも知れない


優秀な者にこそ人々は安心して従い、任せる事ができる



「けど、彼はこういう言葉を残してる。能ある鷹は爪を隠す、ってね」


「・・・初めて聞くな」


「そうかい?鷹という生物は獲物を捕らえる寸前まで爪を隠して油断させるんだって。いざという時、ここぞという時にこそにその爪をむき出しにしてチャンスをより確実なものとする。賢いからこそその力を隠している。言葉によってメリットとデメリットが入れ替わるなんて面白いよね。まぁ、僕は正直どっちでも良いんだけどね」


「どちらでもいい?」


「だって、そうじゃないか。知恵による支配、力による支配。数百年の知恵と数百年の力。どっちも持ってるから私は今回議長に選ばれたんじゃないか。気にする必要なんて無いんだよ僕は」



ハートウィッチはニヤッと意味深な笑みを向けた



「ところで、用事はそれだけかな?」



そう言われてシェリアは思い出した


この質問は単にシェリアが気にしていただけの私用である


本件は別にあり、それを伝えにシェリアは大図書館で時間つぶしをしている魔女を呼びに来たのである



「そうか、準備が整ったのか」


「はい、貴方が居ないと会議は始まりません。ハートウィッチ・ソラリティア様」



先ほどとはうってかわり、砕けた態度から目上に対する態度となったシェリアを見てハートウィッチは小さく頷くに留めた


親しき仲にも礼儀あり、とは先ほど話題に出ていた彼も言っていたような気がするがそれとはまたちょっと違うか


パチンと指を鳴らし議長が身につける宝具・妖精の羽衣と呼ばれる白いマントを掴み取って羽織る


パチンと指を鳴らし愛用の月香樹の杖を握り締めて巨大な大図書館の扉に手をかざす


その巨大な扉を触れることなく開け放ち、室内を出たハートウィッチにシェリアが続く



「様になっているじゃないか、ハートウィ・・・ッチ、様」



いくらいつも砕けた態度を取る間柄とはいえ、今だけはきっちりとしておかなくてはいけない


いつもふざけている北の双刀、赤の剣士シェルヴァウツ・アルファナレンツですらこの時ばかりは空気を読んだことにシェリアはホッと胸をなで下ろす



「あぁ、緊張はしていないけど、やっぱりこの軽いマントの意味は重いね」



彼女が身につけている宝具・精霊の羽衣こそ我らが崇める精霊の持ち物とされ、その精霊の羽衣を与えられ身に纏った者はとある権利を有するようになる




 再度巨大な扉を開け放つ


この建物は大図書館でもあるが、大図書館は城の地下に建造された超巨大地底建造物であり、その頭上にあ天を貫かんばかりの城、国の中枢エステルタ城が堂々と座している


その城の会議室とも呼べる場所に集った面々は錚々たるものである


大陸を治める35国のうち、17国の代表者が集えば自然とその空気も重苦しくなるものだ


これ程の国王や権力者が集まることなどそうそうない


円卓に座した18の王や代行者の視線は一様に入室したハートウィッチの姿に注がれており、またハートウィッチもまた彼らの対なる瞳一つ一つに視線を配り最後に残った空席に着席する



 「四天王、天平評議会、そして三皇の魔女を代表してハートウィッチ・ソラリティアは今此処に、『要の会議』の議長となり、議会を開くことを宣言する。願わくは我らに精霊の恵みをもたらす道標となる採択がなされることを」



ハートウィッチは手を合わせて天に願いを込める


大地と民を治める頂点たる者達、そして同行者は一斉に立ちあがり、胸に手を当て膝をつき彼女に忠誠と誠意の意を表した


その中には黒い髪の人間も居た


こうして『要の会議』が幕を上げたのであった







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