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烈風のアヤキ  作者: 夢闇
四章 ~古今の異邦者~
121/154

『戸惑いのティータイム』






「フフ、流石四皇の魔女、いや、今は三皇だっけか。どうでもいい私の趣味までよく分かっている」



折りたたんだ翼を座ったまま広げ、二度小さく羽ばたかせてティーカップに注がれた液体で口元を潤す


ふむ、美味いと少女は呟いて喉を潤したそれにご満悦のようである


液体に真っ赤な瞳が映る



「気にしないで。どうでもいいから分かっちゃうなんて、口が裂けても言えないわ」



対する魔女のダイヤレスも、優雅に笑みを浮かべながらクスクスと笑う


両者が持つ特有の雰囲気、片方は鋭くも気品ある、片方は優しく優雅な雰囲気は互いに強者の余裕というものを感じさせる



「フフ、ニールに見せればすぐにでも是非解剖したいと懇願していただろうな。連れてこなくて正解だったわ」


「勧誘に失敗しているのに、正解とはまた貴方も面白いことを」


「失敗?あぁ、まぁ分かっていて言ったからな。断る予想くらいはしていたさ。私とお前の関係が切っても切れない存在だからね、その返答に希望が無いわけでもないからやれることはやったほうがいいだろう?まぁお前の性格なんて分かり切ってるけどさ。私はこの力はただ受け入れるだけの力じゃなく、自身に足掻けと叱咤する力なのだと思っているからな。この結果は私としては残念であるが、それであんたが力を失うわけでも敵対するわけでもないだろうし。ならばそれは少なくとも最悪を選択したわけではないというのは分かる」



少女はニヤリと笑う



「確かに、この力は貴方の下で使う必要は無いのだから受けいれる必然性は無いわね。でも、刃を向けるべきは貴方ではないという事もまた確か」


「ふむ、それが分かっているのならば私からは特に言う事もあるまい」



その光景を見て、彩輝と唯は我に帰ると警戒感を一気に強め、仙と早苗はポカンとして飲み物を啜る二人を見ている



「あら、もう終わったの?」



特訓が終わるのを待っていたのか、それとも終わったことを残念だと思っているのか


吸鬼の少女、レミニア・アレスティアは顔だけ振り向かせてそう言った


剣を抜く彩輝とポーチから札を取り出す唯



「どうしたんだ二人とも?」



状況を読み込めていない早苗と仙だったが、それも仕方がない


彼らはこれまでに吸鬼を見ていないから分からないのである


彩輝は警戒というよりも怒りが真っ先にこみ上げてきた


この場になぜ吸鬼が?という当たり前の疑問を持つよりも先に彩輝の脳内を彼女の振り返った不適な笑みが埋め尽くした


何故ならばこの吸鬼は湊夕日という、少女の魂を奪った張本人だからだ



「そんな殺気全開にしなくてもいいじゃない。別に私はあなた達と争いに来た訳じゃないのだから」


「お前!夕日をどこへやった!」



レミニアは小さくため息をついてカップを机の上に置く


そして振り返りながらこう言った



「積もる話しはお茶でもしながらゆっくり話しましょう。それと、そんなに睨まれると恐いわ」



ギラリと光る鋭い犬歯を見せながら、少女は笑みを浮かべた


流石にそこまでされると彩輝や唯も調子が狂ってしまい、魔女のダイヤレスも全員分の飲み物を用意してくれたのでとりあえず席に着くことにした


そしてやっぱりまだ話が見えず置いて行かれる早苗と仙も、首を傾げながら席に座ってカップに手をのばした




「・・・・・どういう状況なんだこれ!?」


「さ、さぁ・・・あ、これ美味しい」



紅茶のような良い香りが漂い、彩輝の鼻を擽る


とりあえず自分も喉が渇いている事を思い出して一杯喉に流し込む


・・・・美味いな・・・


おかしいな。自分もなんかよく分からない空気に飲まれ始めている



「さて、どこから話したものかな」


「やはり――レミニア殿が此処へいらした理由から、では無いでしょうか?」


「そうね。根本的に、あなた達は私たちを勘違いしているようだし、その変の認識の間違いを訂正する必要もありそうね。まずは自己紹介からかしらね。私はレミニア・アレスティア。今は数少なくなってしまった吸鬼を束ねる長の一人」


「吸鬼ってのはよく分からんが、一人ってことは何人か居るのか?」



仙が手を挙げて質問した



「束ねるのは私ともう一人の男よ。吸鬼は見た目で言えば私のように白髪に翼が生えた種族よ。その他が人とどう違うのかは知らないわね。感情はあるし、言葉で意思疎通をしてるし、そこまで違いはないのでは無いかしら?」


「なるほどね。吸鬼がほ乳類に入るのかどうかはまぁどうでもいいんだが、夕日ちゃんはどこへやった」



次に彩輝が質問した


彩輝と早苗にとっては最も聞かなければいけない事だった


その質問に唯もカップを置いて真剣な顔をした



「夕日ちゃんって、もしかして」


「バスに乗り合わせてた小学生の女の子です。訳あって肉体と魂が分離してるらしく、この女に魂が奪われてるんです」



早苗が日本人らしき名前を耳にして聞いてみると案の定そうであった事にまず驚いた


という事はこの二人はすでに夕日という少女と再会している事になる


しかし、彩輝が続けた肉体と魂が分離しているという発言によって一気に彼女がどういう状況に置かれているのか分からなくなってしまった


一緒に居ないというのは、旅に出る上で危険だからという理由では無さそうなのは分かったが


だから思わず聞き返してしまった



「え、どういう事?魂が分離?」


「よく分かんないですけど、こっちの世界に来るときにまだ精神が幼いから負担が掛かるので、精霊が眠らせた状態で肉体と魂を分離したらしいんです。でも、この吸鬼は精霊が隠してた夕日ちゃんの精神をどこかにもっていってしまいましてね」


「ふむ。それで先ほどのあの発言か」



仙は、あまり詳しい理由や理屈はともかく、現在の状況を把握する事に務めた


理由や理屈を考えていてはとても異世界でやっていけない


何せあちらの世界の常識など通じない世界なのだから


基準や比較、応用には使えても、あちらの事象が当たり前だとは捉えてはいけない



「それで、夕日ちゃんは無事なの!?」


「あの魂の事か?あぁ、それならば安心していい。まだ彼女に手出しはしていないよ」



まだ(・・)、という部分に関して彩輝や唯はグッと自分を押さえる


とりあえず現在彼女は無事なようであるが、もっと情報を引き出さねばならない



「あの歳であれ程純粋な汚れ無き魂を見つけたのは始めてだ」



この勘違いが、今後の展開を大きく左右する事となる事をまだ誰も気がついていなかった


湊夕日の肉体と精神は、精霊台を通った瞬間に分離された


その際、彼女が精霊台に満ちていた魔力とその本質を心と体に纏わせたていた


龍の風と時間、天馬の光と運命、不死鳥の炎と生誕、氷狼の氷と災厄といったように、湊夕日もまた虹魚

の水と浄化という力を手にしていた


そのためただ単に彼女の心に汚れがないとこの吸鬼は思い込んでしまった



「さて、私には今あなた方と争うつもりは無いのだけれども、その殺気は押さえてもらえないかしら?」


「お前がさっさと夕日ちゃんを返してくれればな」



彩輝が口調を荒げて短刀に手を掛けた


しかしそれにレミニアは涼しい顔をして返す



「あの子はあなた達のものだったの?それは知らなかったわね。まぁいいわ。残念だけど、その願いは聞き入れられないわね」


「何故?」



唯が一歩踏み出す


その右手の指に数枚の札が挟まれている


レミニアはゆっくりと歩き出し、一条の目の前まで来ると彼女を見上げた


真っ赤な瞳と漆黒の瞳がぶつかり合う



「長き眠りにつく始まりの魔獣。その肉体は石となり、魂は欠片となり、魔力は世界に散らばった。この世界に魔法を作り出した原点。この世界に存在する全てのマナ、それを元とした自然界の現象、魔天。生物がマナを魔術として行使する。この世界の全ての生命、存在が影響を受けているそれらをまとめて、魔法と言うのだけれども、その魔獣はたった一匹でそれを世界に満たした。肉体と魂につなぎ止められていた魔法が、魔獣の死と同時にこの世界を満たした。私はその魔獣を復活させるの。欠片となった魂を肉体へと戻し、世界に散らばった魔力の塊を肉体へと戻す。その過程で、魂である欠片をすでにある魂の器へ戻さなくてはいけない。死とは肉体から魂が抜ける事。そして魂は器と心で構成されている。記憶も、感情も、全てがその器に収まっていてこそそれはそれぞれが唯一作り、記憶され、育まれた個人の魂となる。その器は肉体から離れてしまえば壊れてしまう。だけど、魂に蓄積されたそれはこうして、残っている」



彼女は首から提げたペンダントを、小さくかわいらしい手で取って見せた


鮮やかだが、透き通るように美しい翠色の宝石がそこには埋まっている


綺麗なはずなのに、彩輝には宝石の奥に鈍色の何かが宿っているような気がした



「貴方には一度見せたかしらね。湖で出会ったときに。あの時は貴方も意識が飛んでいたんだったわね。あの時貴方の体を乗っ取っていたのはこの魔獣の魂の一欠片。神子であるが故に、同調してしまった。理由は分からないけど、力を失っていた魔獣に弱みを突かれてその右手が魔獣に支配された」


「っ!!」



彩輝は指を差された右腕に左手で触れた


確かに覚えてる。その魔獣の声を


その悪魔の囁きとも言える誘いに乗ってしまった事を、レミニアに言われて思い出した


それも目の前に居るレミニアに戦いを挑み、負けた時に



「心当たりがあるようね」


「あなた達や私たちが集めている宝玉はその魔獣が持っていた魔力の塊。九つの宝玉は魔獣とは別の存在であったらしいけど、魔獣が持っていた宝具のようなものらしいわね。心底その宝玉に心を入れ込んでいたのかしら、宝玉には魔獣の魂の一部が宿ったわ。その魂の一部がどこかで貴方と接触し、その最貴方の体に入り込んだ」



その心当たりもあった


直接宝玉を触った記憶は無い


しかし、宝玉と融合した存在と接触した覚えがある


たった一度、深紅の短剣で黒い龍を貫いたその瞬間の事だと、彩輝は思い至る



「こちらの手元には宝玉が二つ。そして魂のコアである宝石もある。そして魂の器が揃った今、私は魔獣を解き放つ」



そこで、彩輝は思い出す


その黒龍と融合していた宝玉


そしてあちらが持っている宝玉は二つ


あの時奪われた黒玉と、もう一ついずれかの宝玉をあちらが所持しているという事になる


全ての宝玉を集めなければならないという訳ではないのだろう


そうでなければ、その魔獣の復活とやらに踏み切る事は無かったでろうから



「そこで提案なんだが、君たち二人、我々の仲間にならないか?」



不適な笑みを浮かべてこちらを見上げてる



「仲間になるメリットがありませんよ」



唯はそうキッパリと迷い無く言い放つ


彩輝も同意するように頷いた


確かに、彩輝と唯が彼らの仲間になるメリットも無ければ必要も、今の彼女の話の中には盛り込まれていなかった



「フフ、そうだろう。この話は私達やこの世界の人達にとってはメリットがあっても、君たち異邦人には関係の無い、メリットの無い。そういう話しなんだよ」


「異邦人・・・」


「とはいえ、あなた達が元の世界に戻る方法は知らないわよ。私はただ知っているだけなのだから」



小さく彩輝が口からそう漏らした


確かに自分たちは異世界からやってきた異邦人である


異邦人である事を忘れてはいけないのだと、今更ながら思い出す



「そう。私はあなた達がこの世界のものではないと知っているわ。私は、“ただ有って先を知る能力”の持ち主。確定して起こることだけ分かる能力の持ち主。あなた達が現れる事。その確定していた未来だけは分かる。そして、あなた達と同じように、再度この地に異世界の存在が現れるという事も知っている。それが、私たちに災厄をもたらす者であるという事も。だから私たちは戦うために戦力を集めているの。もう一度聞くけど、私たちの仲間にならないかしら?」


「確かにメリットは無いな。この世界にかつてのアグレシオンと呼ばれたような者達が現れるというならば、君の話を聞く限りは確定している未来という事なんだろう?」



仙が一歩踏み出して話しに入ってくる


これまで相手が誰かも分からず、話している内容もさっぱりであったが、何とか概要を掴んで会話に参加したのであった



「えぇ、変えられない確定事項。その先をどうするかは私たち次第」


「つまりあんたの持ってる能力は未来を変える事が出来る可能性があるって能力なの?」


「違うわ」



早苗が能力について確認すると、レミニアはキッパリ違うと言い切った



「未来は決まっていること、そして決まっていない事の二つによって出来ているの。私の能力はその決まっている方の未来を知る事が出来るの。これは何をどうしても変えられない未来なの。故に私が他の人間や吸鬼と違うのは、決まっている方の未来を知り、そこから決まっていない方の未来を決める事が出来ることができる存在だと言うこと。この能力は言ってしまえば未来は変えられない。でも私が望んで行動すれば、物事はその私が望んだ未来を作ることができるわ」


「なるほどね。未来は決まっていない。絶対に起こる未来から、どういう結末になるのかは誰にもわからない。けど、君はその結末を自分の望む結末に根回しできるという訳か」



仙の問いに、レミニアは正解だと拍手した



「飲み込みが早くて嬉しいわ」


「なら、今あんたは何を見てんだ?」



早苗は仙よりも一歩前に出て小さな少女を睨んだ


早苗がレミニアに聞くと、レミニアはフッと笑って翼をゆったりと広げた



「変えられぬ未来を」


「その先の結末は、見えていないのね」


「えぇ。だからこうして私は行動している」


「一つ良いか?」



そこで、唯が手を挙げた



「あら、何かしら?」


「君は先しか見ていないのでは無いか?」



その問いに、真っ赤な瞳がきょとんとして唯を見上げた


言葉の意味が分からない、といった表情で



「どういう意味かしら?」



そうレミニアが最後まで言い切らないうちに、ズズンと空気が震えて彼女の声はその振動音に掻き消された


それは崩れた瓦礫の上に降り立った

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