『迷いの森』
「さて、あそこに見えるのが国境だ」
決して小さいとは言えない大きさの川をカイさんは指さした
少し高地に居るため、現在自分たちは川を見下ろしている形となっている
「しかし、あの検問を通ると森を大きく迂回しないといけないから時間がかかる」
ふむふむと一同が頷く
「と言うわけで、今回は此方の道を使う」
カイさんは川の橋にある検問所を指さしていた指をスッと横にずらし、森を指さした
それを見て彩輝はカイさんに向き直り
「・・・つまりあの森を突っ切ると?」
と、問う
カイは頷いて歩を進め、そして――――
「どうしてこうなった」
いわゆる俺たちは迷子というやつになった
おまわりさーん
■桜彩輝・小田原早苗ペア
「ぎゃあ!気持ち悪い!!」
バンッと音を立てて不気味な植物のような魔獣が吹き飛んで木にビターンと打ち付けられる
魔獣を長い棒で吹き飛ばした張本人はブルッと身震いしてホッと一息つく
「あの、早苗さん?そんなに嫌なんですか?」
そんな早苗を見て彩輝はため息をついてとぼとぼと歩く
後ろからはギャァギャァと鳴きながらついてくる植物魔獣が群れをなす
「無理に決まってるでしょ!?この気持ちの悪い色と溶解液みたいな涎!!なんなのこの生物!?」
ビッと魔獣に指を差す早苗に、彩輝は苦笑いしながらなんとか宥めようと
「でもほら、よく見てみるとかわいく―――」
「無いわよっ!!」
して失敗した。何がいけないんだ・・・ちまたじゃキモかわいいが流行っているのでは無かったのか!?
いや、あんまりはやり物には興味ないんだけどさ
「・・・みんな一体どこにいるんだ・・・」
特に神原さん!俺には早苗さんの手綱を握れないんですけどー
彩輝と早苗は鬱蒼と茂る森の中、獣道らしき道をまっすぐに進む
一体どうしてカイさんや一条さんとはぐれてしまったのか、未だに分からない
余所見もせず、ただ前を行く早苗さんについて行っていたら、俺たち二人は迷子になったのである
その早苗さんも、何故自分が迷子になっているのか理解できない様子である
多少道を外れたぐらいなら、声を出せばすぐに見つかると思ったのであるが、迷子になって叫び続けても反応が全くない
これは流石におかしいと思いつつも、まずは合流しなければとひたすら歩き続けているのであるが未だに人のひの字も見あたらない
代わりに小さな植物が追いかけてくる
その植物は早苗さんがどうしても生理的に受け付けないと拾った頑丈そうな棒で歩きながら吹き飛ばす
今のところ害は無いので彩輝も放っているが、流石に20匹近くにまで増えているのを見るとなんだか怖くなってくる
「とりあえずまっすぐ進めば森から出るはずですし、それまでの辛抱ですよ」
彩輝がそうやって早苗をなだめる
彼女は短パンに半袖とかなりラフな格好をしており、あまりこういった森の中を歩くような格好では無い事は彩輝にも分かっていた
だからこそ早くこの森から出なくては行けない。彩輝の目線的な事に関してもだ
カイさんやラカーシャの話によると、あまり凶暴な魔獣は生息していないらしい
とはいえ何時までもこの森で迷っている訳にもいかない
迷いの森と言われるだけあり、もし、もし迷ってしまった場合は森から出て合流しようという事になっていた
森の中で探し回ると方向が分からなくなってしまうため、できる限りまっすぐ進んで森を出る事が最優先だと森に入る前に決めたのであった
「ってか、これ本当にまっすぐ進んでるの?ゲームとか漫画とか、まっすぐ進んでるようでいて実は同じ場所をグルグル回っているだけって事も・・・ここが異世界ならなおさら有り得るかもよ彩輝君?」
「う、あり得ないけど、有り得るかも知れませんね。なんか怖くなってきた。・・・よし、目印を付けよう」
彩輝はそう言って足下に落ちていた木の枝を三つ拾うと、その三本を置き直して進行方向へと矢印を作る
ついでに、と早苗はわかりやすいように石を拾って地面に『早苗最強』と書いて手をパンパンと汚れを叩く
苦笑いしながら、彩輝は「これなら戻ってきたら一発で分かりますね」と言った
「ま、これを見ることは二度と無いでしょうけどね」
「さ、行きましょうか。さっさとこんな薄暗い森を出てみんなと合流しましょう!」
そうして二人はまっすぐ進む
「なんてこった・・・」
「オゥ、ジーザス!神は我等を見放したか!!」
二人してorzと地面に膝をついた。その後ろで先ほどの妙な生物がケタケタ笑っている
二人の目の前には矢印を象る三つの木の枝。そして早苗の書いた『早苗最強』と書かれた文字があった
早苗は『最強』の文字を消し、新たに『迷子』の文字を書き足すと、「早苗ちゃんマジ迷子」と寂しそうに呟いたそうな
■神原仙・一条唯ペア
「迷子だ」
「迷子だな」
一方、神原と一条も迷子となっていた
「あいつ等が迷子になったのか、俺等が迷子になったのか」
「たぶん、私たちが迷子でしょうね。いえ、どう考えても絶対私たちが迷子ですよっ!」
唯は頭を抱えてため息をつく
仙も少し休憩しようとプラスチックの水筒を取り出す
「あー、なんか久々に向こうの製品を見た気がする」
「君が着ている服も向こうの物じゃないか」
そう言ってごくりと水を飲む
唯にそれを差し出すと、もう一度ため息をついてその水筒の水を飲む
「それはそうですけど・・・」
「さて、これも良い機会だ。君と二人っきりというシチュエーションもなかなか無いだろうからな」
唯は横目でメガネを押し上げた神原を見る
「彼女さん、怒りますよ?」
「だから今話をするんじゃないか。別に浮気してる訳じゃないし・・・」
「そういう考え、甘いですよ。ま、全員が全員そうじゃ無いですけどね」
唯は水筒の蓋をして仙に放り投げる
それをキャッチして鞄に仕舞うと、話を切り出す
「君も、石県の人間かい?」
「まぁ、あのバスに乗ってた人は全員石県の人じゃ無いですか?」
「それもそうか」
と、そこで一条は言うつもりの無かった言葉を漏らしてしまう
先日の夜の事を思い出して―――早苗さんの顔が頭をよぎる
「神原さん。あんまり早苗さんを不安にさせちゃ駄目ですよ」
「?」
クエスチョンマークを浮かべる仙に「何でも無いです」と話をそらした
神原はそろそろ行くかと立ち上がり、出発しようと荷物を持つ
その後、唯と仙は森を出るべく、緑深い森をひたすら歩き続けた
巨大な木の根を乗り越え、小さな沢で休憩したりしながら順調に進んでいた
と、再度出発したとき、沢のせせらぎに混じって別の音が聞こえる
音、というよりこれは声だろうか?男の子の声が聞こえる
すすり泣くような泣き声だ
唯と仙は顔を見合わせ、幻聴ではない事を確かめると少し道を外れてその声のする方向へと歩を進めた
「こんな所に人なんていんのかよ・・・」
「知らないわよ」
二人とも半信半疑のまま声のする方へと森を進む
こんな森の奥に、子供が一人泣いている。普通有り得るのだろうか?
迷子にしては、あまりに森の奥すぎるような、と唯は考え、それは自分の事かと思うとあながちそれは捨てきれない考えでは無い
そして
「居た」
「居たな」
二人の目の前には、少し開けた場所に生えている木の下でうずくまる男の子が居た
少年の見た目は7歳前後、といったところだろうか
よくもまぁ一人でこんな森の奥に無事で居たなぁと仙と唯は驚きながらも少年に近づいた
「ねぇ君、大丈夫?」
一条はしゃがんで少年と同じ目線の高さで話しかける
その一条の声に反応したのか、少年のすすり泣く声が止む
「どうしたの?迷子?」
「お姉さん、だれ?」
「フフ、迷子の迷子のお姉さんだよ」
「お姉さん、迷子なの?」
「自慢じゃないけど、迷子だよ」
胸をぽんと叩いて自慢するが、断じて自慢では無いだろう
威張って言うことか、と仙はため息をつく
むしろ恥ずかしいくらいだ
「君はなんで泣いてるの?」
少年はゴシゴシと目元の涙を裾で拭う
「あのね・・・あのね・・・友達とはぐれちゃったの」
「友達?一緒に来てたの?」
「うん」
「そう。じゃぁその友達もいま迷子なんだね」
「・・・うん」
「じゃ、一緒に探す?」
「いいの!?」
パッと顔を明るくした少年を見て一条は微笑んだ
フフ、と笑みをこぼし立ち上がるともう一度胸を叩いて
「お姉さんに任せなさい!」
と、その様子を見て仙は、まぁさっきよりかは頼もしく見えるかなとこっそり思った
すると少年も立ち上がり「ありがとうお姉ちゃん!」とお礼を言って一条に抱きついた
微笑ましいな。早苗ももう少しこれくらいの母性を持ち合わせてくれたらなぁ・・・っと、これは押しつけか
「よし、じゃぁ探しますか」
「あ、あっち!」
と、立ちあがった少年が突然走り出す
一瞬あっけにとられた二人だったが、慌ててその少年を追いかける
二人ともその走り出した少年に、明らかに何かおかしい、と違和感を感じてはいた
しかし、二人ともその少年を追いかけて森の奥へ奥へと踏み込んでいってしまう
前後左右、自分が何処へと向かっているのかも分からないかのように、少年は右へ左へと木々を縫うようにして走っていく
少年の姿を見失わないように二人は必死に少年を追いかける
心の奥で、これ以上森の奥へと踏み込んでしまって良いのだろうかと足を止めかけた唯だったが、ここまで来てしまえばもう関係ないと気持ちを少年に向ける
仙も同じように、早苗と少年を止めるべきだと脳裏に警鐘がなる
それはやはり不安という言葉で表すのが一番しっくり来る
全く見知らぬ土地、地図も案内人も無く歩き回ることがどれほどまでに恐怖をかき立てるのか
しかしもはや後戻りはできないと、せめて一条唯を見失わないように追いかける事が自分にできる唯一の事であった
一人は、怖いから―――
■
「さて、困ったな」
「困りましたね」
カイは仮面の下で顔をしかめる
その様子は隣のラカーシャとウーリィンには確認できないが、三人ともそれほど大差ない内心である
ラカーシャは眉をひそめ、ウーリィンは耳と尻尾をせわしなく動かしている
寧ろ、三人の内に渦巻いているのは焦りであった
「一体いつどこではぐれたんだ・・・」
「全然気がつきませんでした・・・」
「においを感じない・・・気配も感じない・・・森の声も聞こえない」
三者三様の落胆の表情を浮かべる
「いくら迷いの森とはいえ、こうも簡単に迷うとは思っていなかったな。噂以上に厄介かもしれんな。獣人の耳と鼻でも駄目とは」
「すまない。全く何も人の気配を感じないんだ。お役にたてなくて申し訳ない」
シュンと耳と尻尾が垂れるウーリィンは俯いてそう口にした
「いや、嘆いたところで仕方がない。彼らが無事に森を出てくれるのを信じよう」
カイはそう言っては見るものの、所詮は気休めの言葉でしかない
強力な魔獣は居ないとはいえ、一度迷うとなかなか出ることが出来ないといわれる森だ
真っ直ぐ進むだけなのだから迷うことは無いと思っていたがどうやら甘かったとカイは後悔する
木漏れ日の中、その後ろにラカーシャが続きその後ろをウーリィンがとぼとぼとついていく
感情が表に出やすいんだな、などとカイは一番後ろのウーリィンを振り返ってチラリと見てみる
嬉しいときは尻尾をぶんぶん振っているのに、今では歩く動作に垂れた状態で揺れているだけだ
あの男と居たときは嬉しそうに尻尾を振り回していたというのに
それにしても、この森は何かが変だ
獣人の少女ですら他のメンバーの居場所が分からなくなるほどに彼らは森の奥へと迷い込んでしまったというのだろうか?
しかし、いくらなんでもそう簡単に迷うとは思えない
それにそんな森の奥にわざわざ迷い込むほどに無警戒だった訳でもないとなると、流石に違和感が拭いきれない
しかも、よりにもよって異世界から来たメンバーだけではぐれてしまうとは・・・
カイは失敗したなと頭を抱えたくなる
一応、迷ったときはまっすぐ進んで森を出たところで合流しようと伝えてあるが、万が一という事もある
とはいえ、ここで向きを変えてしまえば前方がどちらになるのかすら分からなくなり自分たちも迷子となってしまう可能性がある
魔術で居場所を知らせても良いのだが、瓶の水は残り少なくもはや居場所を知らせるほどの魔術を行使できそうもない
何処かにわき水や川でもあれば・・・
と、そこでカイは川のせせらぎの音が微かに聞こえることに気がつく
木の葉が擦れ合う音に混じり、その水の音はしっかりとカイの耳に届いた
「近くに川があるみたいだ。そこで一端休憩しよう。魔術を使えば居場所を知らせる事もできるかもしれない」
そのカイの意見に、ラカーシャとウーリィンは無言で頷いた
どうやらラカーシャはかなり疲れているらしく、ウーリィンは気分的に元気が出ないようだ
獣人が居るのは心強いが、これではあまり役にたちそうも無いなとふと思ってしまうカイであった
そして三人が歩を進めていくと、小さな川が目の前に現れた
透き通るような浅い川には、緑の木々と川底の石がうつっており緩やかな流れをつくっている
「おぉ、川だ」
「喉かわいたぁっ!」
冷たい水を飲みたくなったのだろうか、ラカーシャが叫びながら走り出す
カイもそれに続こうとした。その時だった
「待って!」
ガッとカイとラカーシャの襟首を掴むウーリィン
先ほどのような死んだ目から、どうも復活しているようでその瞳はしっかりとカイとラカーシャの顔を捉えていた
「どうした?」
「何か変。直感だけど・・・」
「・・・そうか。獣人の直感はバカにできないな。何がおかしい?」
「分からない。さっきから、変な気分。まるで、曲がってるような・・・」
「曲がってる?」
ウーリィンの言う事に、意味が分からないと首を傾げるカイとラカーシャ
「私にも、どう表現すればいいのか分からない。でも、あの川は極端におかしい。それは分かる」
そんなことを言われても、カイとラカーシャには透き通る水の流れる川が見えるだけで、何もおかしい所は無い
とはいえ、ラカーシャは何も気がつかなかったがカイも何か違和感を感じていた
それが何かは分からなかったが、何かが足りない、そんな気がしたのである
「ふむ・・・ではあれが川かどうか確かめてみるか」
カイは手短に落ちていた手頃な小石を拾い、それを川に向かって投げ入れる
すると、小石は綺麗な放物線を描き、コツンと見えない何かに当たって小さな悲鳴があがった後、小石は川の上を転がった(・・・・)
今、三人の目には小石が川の上に浮いているように見えている。いや、置いてあるように見える
少なくとも、あれは水では無い
「・・・いつまで姿を隠してやがる!」
周囲に漂う僅かな水のマナを使い、瓶の水をぶちまけて氷の飛礫を作り出す
それを川の方向へと放つと、ココココッと、やはり見えない何かにぶつかって地面や川のような場所の上に落ちて転がる
それと同時に、うっすらと何かがカイの視界に現れた
それを見てカイはあっ、と叫ぶ
「ピキかっ!!」
ピキというのは妖精の一種で人にイタズラをする迷惑な妖精である
姿をくらまし、知らないうちに人の五感を操って人々を迷わせる妖精のため、自分がピキにイタズラされている事に気づかない者が多い
妖精は普段、森や湖の周囲に生息するため、この森に居たとしてもおかしくは無い
とはいえ、よりにもよって人に迷惑な事ばかりするピキに出くわすというのもまた運が悪い
ばたんきゅ~と半透明の翼を羽ばたかせていた妖精は地面にふらふらと撃ち落とされた
その数、五匹
川はうっすらと消えていき、そこには何もない開けた空間があっただけだった
「こんな沢山のピキがついてたらそりゃ迷うわなぁ」
そう良いながら羽をつまんで顔の前に持ってくるカイ
妖精の大きさは大体10センチから20センチ前後。小さな人の形をしており半透明の翼が透き通っている
「あいつ等もこいつらに引っかかったのかもしれんな」
そうなってくると、森から出るためにはピキを倒すか振りきるしか無さそうだ
それを伝えなければ、彼らは永遠に森を彷徨い続ける可能性が出てきた
「すこしまずいかもしれんな」
カイは仮面越しに森の奥を眺める
もちろんそこには木々が見えるだけで彼らの姿は見えない
迷った彼らが自力で気がついてくれればいいのだが・・・そう願うカイであったが、
カイの予想通り4人はピキという妖精に同じ所をグルグル回るように歩かされ、完全に迷子になっていた
ストック切れー