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烈風のアヤキ  作者: 夢闇
四章 ~古今の異邦者~
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『夜営の一時』



「あ、カイさん。そこの肉取ってください」


「ん、はいよ」


「ありがとうございます」


「ラカーシャちゃんも、どんどんたべな」


「あ、はい。ありがとうございます。とっても美味しいです」



現在、関所の前で夜営をしている


街の門の前には幾つもの露天商が店を出しており、その近辺には専用の夜営場のような場所がある


そこには十数台の荷馬車が止まっており、酒が入ったむさ苦しい男達の声が木霊している


これだけの人が集まり騒いでいれば、いくら城壁の外で夜だとしても先ほどのようなグレイなんかは近寄ってはこない



「カイさん。なんでわざわざ街の外で店をたくさん出してるんですか?」


アヤキは道中で仕留めた魔獣の肉にかぶりつきながら聞く


「ん?あぁ、街の外なら税がかからないからな。通行税やらなんやら、まぁ俺は商人じゃないからよく分からないが」


「あぁ、なるほど」



なっとくしながらも肉を頬張る


ゲームや漫画、本やテレビなど、娯楽が少ない中での食事というのは大変に重要な娯楽なのである


正確に言えば一応小型音楽プレーヤーは持っているものの、電源を切ったまま鞄に放り込んである


必要な場面が来るとは思えないが、あちらの世界から持ち込んだ数少ない品の一つである


なにせこの世界では電気が無い


魔術の電気を試そうかとも思ったが、壊れたりするのも嫌であるしなにせ加減も分からない。そして充電器がない


これでは充電しようにも出来ない


充電器は鞄と一緒に話でしか聞いたことの無い、例の真っ暗な空間に愛用トランクス達と一緒に置き去りらしいから取りに行くことも出来ず、どうしようもないので放置状態である



「あ、ラカーシャさん、コショウ取って」


「こしょ・・・?何ですかそれ?」


「あー、それそれ」



聞き慣れない言葉に首を傾げる少女


少女といっても彩輝や一条ともさほど年齢は離れていないようにも見える年齢だと三人は思っている


この少女はラカーシャ・ミルレインというらしく、彩輝達が渡商人とギルド、基グレイの群れから助けた少女である


そんな少女は美味しそうにお肉を頬張りながら彩輝が指さした方向を見る


そこには小さな円筒形の木の容器があった


それをちょこんと掴み、彩輝が頷くのを見てそれを手渡した


木の容器を受け取ると蓋を取り外し、それを焼いている肉に振り掛ける



「この味、その調味料で出してるんですか?」


「そだよー。いやーしかし、この世界に胡椒があるとは知らなかったなー。いやでも、同じ物だから同じ名前で翻訳されて助かったよ」



そう言いながら一条は肉にかぶりつくのを三人はジッと見つめた


溢れ出る肉汁がポタポタと肉を伝って落ちていく様を見ると、更に食欲がそそられる彩輝とカイとラカーシャである


ヨダレが押さえ切れそうもないので、三人も同時に自らが持つ肉にかぶりつく



「この世界じゃ抗菌や殺菌として食料と一緒に入れておくんだ」


「あ、歴史かなんかの授業で大航海時代とかそれで珍重されたって聞いた覚えがある」



と一条さんが呟いた


へぇ、と相づちを打つが、あとの二人には何の事やらさっぱりだという風に聞き流している



「しかし、食い物にこれを挽いた粉を食い物にかけるなんて最初は不安だったが、これは凄いな」


「前にこっちで料理したことがあるんですけど胡椒とか醤油が無くてどう味付けすればいいのか分からなくて困った事があったんですよねー。なんかよく分からない調味料ばっかりだったから味見したりしてたんだけどなんだかあっちの味に肥えちゃってるのか似た味の調味料を探しちゃうんだよね。そういや暗くて分かんなかったけどあのときの野菜入れてあった場所にも胡椒みたいなのがはいってたような気がするなぁ」



それを聞いたとき、あぁグレアントに居た時の食堂の話かー、と彩輝は一人懐かしみながら肉にかぶりつく。うん、美味い



「あの時はツキちゃんにも手伝ってなんとかまともなもの作れたけど、一人だと流石に自信ないなぁ。よく分からない食材ばっかりだったし」


「でも、こんなに美味しいと独り占めしちゃいたくなりますね」



と、ラカーシャが肉にかぶりつきながら呟いた。つまりは教えたくないと


彩輝はふと考える


向こう側の世界の知恵がこういう身近なところでも役に立つのかと、彩輝は胡椒の入った円筒形の筒を見た


胡椒一つにしても、前の世界では当たり前すぎてありがたみを感じないが、こちらの世界ではこれが市場に出回ったときにいろいろな事が起こるだろう


具体的にどうなるかは彩輝にも想像はつかなかったが、何かは起こるはずである


まず、食材、調味料としての利用価値が生まれれば胡椒の市場価格は高くなるだろう


それと同時に沢山の料理が新たに生まれるであろうし、それは胡椒だけの話ではない。まだ生ぬるい方だ


例えば衣類や医療、建築技術や工業技術などは影響が大きいであろう事は簡単に予想できる


流石に機械を作ることは出来ないが、この世界とは全く別の発展を遂げたあちらの世界の技術はこちらでは必要ないと考えられなかったものや発想自体思い浮かばない突拍子もないアイディアが沢山ある


具体的にその原因は魔術というのが一番にあがるだろう


炎の魔術が使えれば持ち運べるライターなんて生まれない


風の魔術があれば風を生み出す扇風機なんて必要ない


故にスクリューなんて発想も無いから船は手こぎか魔力、魔獣に引っ張って貰っている訳だし換気扇なんかも存在しない


他にもこちらの世界では数え切れないほどの生まれていない発想や思想がある


それがどれほどの影響を及ぼすのか、彩輝には分からなかった


所詮桜彩輝はしがない一高校生なのである



「さて、明日も早い。次は国境を越えるまで道具や食料の補充は出来ないからな」



カイが骨を炎の中に放り込み、そう言って立ちあがる


クロロトの王都に入って滞在する予定は無いので此処へは食材の補充の為に立ち寄ったのである


ファルトの大脈沿いにある大きな拠点としては次は国境を越えなければ存在しないため、ここまで人が多い場所を見るのは彩輝も久しぶりである


大陸を斜めに横断するファルトの大脈と呼ばれる巨大な道を通って随分立つなと彩輝は星空を見上げる


まるでこの夜空に浮かぶ星の点を結ぶように、いくつかの大きな街や王都を経由してどれだけの日にちが経っただろうか


まだ連れ去られてしまった夕日ちゃんは無事なのだろうか


いっしょにこの世界に紛れ込んでしまったあちら側の人達はまだ生きているだろうか


思うところは色々あるが、とりあえずは封印が解けそうだという魔獣の封印をかけなおすのが今の旅の目的である


北へ飛び去った吸鬼を追う形にもなっているので夕日ちゃん捜索も同時に行っているが、吸鬼の情報は全くといって無いに等しい


こればっかりは、どうしようも無い


聞いても聞いても知らないと答えられるか吸鬼は今だ絶滅したままだと信じて吸鬼復活の噂が広まっていない場所もある


最初に吸鬼が現れてから随分と時が経過しているため、それぐらいの情報は回っていてもいいと思うのだが



「じゃぁ夜営の番は頼んだぞアヤキ、ラカーシャ。俺は疲れた。寝る」


「あ、はい。お休みなさい」


「お休みなさい」



彩輝とラカーシャは手を挙げて簡易テントに入っていったカイを見送る


と、一条さんが大きくあくびをするのを彩輝は見た



「私も寝るわー。なんかもう足パンパンで・・・じゃ、お休みぃ~」


「おすみなさい」


「おやすみー」




そう言って立ちあがる一条さんはポンポンとズボンを叩いて土や埃を落とすと眠そうに目を擦る


あくびをしながら手を振って簡易テントに入っていった


恐らく神子化のせいで体に負担が来ていたのだろう


かく言う俺も正直怠いが、美味しい肉のお陰でなんとか気力を持たせている感じである


今回はあまり人外すぎる力を使いすぎなかったせいだろうか、前回のような体に力が入らないという事は無かった


が、ものすごく疲れる事に変わりは無い


しかし、くじ引きでテントの見張りを見事引き当ててしまったのだから文句も言えない


怨むならハズレをひいた我が左手を怨むしかないと左手を天にかざし、同様に右手も星空にかざす


まぁ一条さんが休めるなら、自分は当たりを引いたと言ってもいいのかもしれないなんて思いながら、指の隙間から見える星々が、他の星に負けるかと自己主張するように輝いている


きれいだな


ぽつりと呟いた


こうして右手を空にかざせるのも、昔では考えられなかったな


あの事故以来心と体に傷を負い、それを魔術で内と外から治してもらって、一条さんの手を掴み、それでこうして今自分は腰に二つの剣を携えている


当たり前に両手が使える。それだけの事なのに、不思議だ


治したいと思っていても、治らなかった右肩


それが治ったというのに、喜びを感じないのは何故なのだろうか


未だに、俺はこの右手に傷を負っているのだろうか?


二度と抜けないような棘が深々と―――


そう感慨深く思慮を巡らせていると、ふと自分を凝視する視線に気がついた


顔を横に向けると、そこにはじーっと彩輝の顔を見つめるラカーシャがいた



「な、何?」


「い、いえ、なんでも無いです」



顔を引っ込め、空を見上げるラカーシャ


一体なんなんだと思いながらも彩輝は今日の事を振り返る


ラカーシャは家出をしているらしく、自分たちが北へ向かっている事を伝えるとどこに向かっているのかを聞かれた


当初は南に向かっていたらしいのだが、その最中あの事件があり、一端旅の再準備のためクロロトへ同行すると言い出したのである


というわけで明日になれば別れる事になる


偶には知らない人と喋るのも新鮮みがあって良いなと思った彩輝だったが、あんまり接点を持ちすぎないようにと思っていたのもまた事実である


異世界から来たと知られれば、どうせまた面倒な事になるのだから



「黒い・・・んですね」


「ん?」



突然呟いたラカーシャの方へと顔を向ける


星空を眺めながらラカーシャはそのまま言葉を紡ぐ



「最初は戸惑って、どうすればいいのか分からなくなったんです」


「?」


「見たことのない黒い髪と黒い瞳に、変な魔術を使って、助けてくれたのに、どうすればいいのか分からなくなって・・・」


「不安・・・だったのか?」



そう訪ねると、ラカーシャは目を閉じて俯いた



「かもしれません。でも、何となく悪い人ではないんだなって、思って・・・ねぇ、アヤキさんは海の向こう側から来たんですか?」



そう答え、こちらをジッと見つめるラカーシャ


やっぱり目はまだしも髪ぐらいは隠すべきなのだろうか


毎回のように、嘘を答えていると流石に嫌になってくる



「んー、まぁ君の知らない場所から来た、って事になるからそう言う意味では間違いでは無いかな」



そう濁して答えるしか無い



「そうなんですか。あの、海の向こうってどうなってるんですか?」


「海の向こう?」



この大陸の向こう側は現在、未開拓の地となっておりその海の先に何があるのかは分かっていない


この世界がもしこの星空のように一つの惑星なのだとしたら、もしかしたらこの海の向こう側には別の大陸があるのかもしれないが、行って帰ってきた者が居ないのだから確認のしようも無い


それにもしかしたらあの光る星のどれか一つが地球なのかも知れないと思うと、彩輝は目元に涙を浮かべた



「アヤキさん?」


「あ・・・あぁ、ゴメン。ちょっと故郷を思い出してて。親とか、兄妹とか、友人とか・・・いろいろ

・・・」



瞼の裏に焼き付いた光景は未だにくっきりと思い出せる


涙を拭った彩輝は静かにため息をついた


慣れたと思っていたのに、まだ向こうに未練があるうちはこの涙は消えてくれないのかもしれないな


この涙が出なくなる時はきっと、帰ることを諦めた時だと


その時は、この記憶は今よりももっと薄れたものになっているのだろうな・・・と



「あの、ごめんなさい。帰れない・・・んですか?」


「そうだね・・・。今のところ帰る方法が全然分からないんだ。どうすれば帰れるのか、何も分からない。答えのヒントを探してるような所かな、今のところ」


「じゃぁ、イチジョウユイさんも?」



黒髪黒目繋がりで彼女も同じような境遇だと察したのだろう


その通り、と口に出すまでもなく俺はただ頷いた



「一条さんも俺と同じ所の出身なんだけど、向こうで友達だったとかそういう訳じゃ無いんだ。うん。こっちに来て仲良くなった感じかな」



ならざるを得ない状況だったのもある意味仕方がない


誰かを頼り、誰かに頼られたい


そんな思いが俺と一条さんの手を繋いだ


俺も一条さんも、きっとこの世界に放り出された俺達はみんな心の支えを必要としていると思う



「ふぅん。あの・・・さぁ」


「ん?」


「もし良かったら、家に遊びに来ない?」



また唐突に何を言い出すかと思えば


家に遊びに来ないかだって?


俺は思わず笑みを顔に浮かべていた。そしてその顔で



「あ・・・ゴメン。気持ちだけ受け、取っておく」


「そっ・・・か」



キッパリと断らなければ後腐れが残る。それぐらいはもう経験済みだ


思い残す後悔をするくらいなら、思いっきり断らないといけない


相手を傷つけるようで、一番傷つけない事なのだと彩輝は勝手に思っている


少なくとも彩輝だけはそう思っている


彩輝は振り返ってテントに入っていった一条の事を思い浮かべる


それに・・・やらなければいけないことがあるからな


寄り道なんてしていられない



「第一、家出中じゃなかったのか?」


「あー・・・いや・・・そのぉ・・・」



帰りたくても帰れない、そんな彩輝の話を聞いていて帰ろうと思ったことはラカーシャは口には断じて出せない


帰ろうと思えば帰れるラカーシャが軽く口に出していい事じゃない、そうふと思ったのだ


彩輝はそんなラカーシャを見てため息をついて



「別に変な気を回さなくても―――」



そう彩輝が言いかけた時だった


どこか遠くから声や音が聞こえてくる


街の方ではなく、どこかから



「あっ、あれ!」



と、ラカーシャが指さす方向に小さな火の光が見えた


いくつも、いくつも灯るその炎はまるで闇夜を照らす大蛇の用にこちらへ向かってくるではないか


あれは・・・


と、周囲からもその光景を見つけた人達がざわめきはじめ、その声に起きてきた人達が荷馬車やテントから顔をだす


もちろんカイと一条も同じようにテントから這い出てきた



「すぐにぐっすり眠ったかと思ってたんですが」


「えっ、あー・・・んー、すぐ寝られるかと思ったら思ったよりもなかなか寝付けなくてねー・・・いやまぁ眠いんだけど」



目を擦り、ぼーっとした声で呟く唯を見ながら、カイは外していた仮面を取り付けた



「なんだこの騒ぎ?」



カイさんが仮面の隙間から遠くを眺める


俺と一条さんが首を傾げるがそれにラカーシャが口を挟んだ



「あれ、みなさん知らないんですか?ちょっと前に物見の丘で戦があるっていろんな国の騎士がこのへんに集まってきてたんですよ。でもあれを見る限り・・・」


「負けて敗走してきた、という様子では無さそうだな」


「ってーなると、ガルトニールに勝ったってことなんですかね」


「あのガルトニールほどの大国に勝つとなると、よほどの事が無いかぎりは無理だと思うが」



と、その軍の先頭集団が開いた街の正門をくぐっていくのをジッと見つめる彩輝



「え・・・」


「ん?どしたのアーヤん?ってちょ!アーヤん!?どこ行くの!?」



俺は、いつの間にか駆けだしていた


暗闇の中、流れるようにして街を守る城壁の中へと消えていく灯火


その一つを追って、俺は走る


まて、いくな、とまれ、とまってくれ・・・と



「アーヤん!」



そんな俺を呼び止める一条さんの声を無視して俺は走る


おい、とまれ、とまれ、こっちを向け、確認させろ!!!


俺は口を開いて―――――



「おい止まれえええ!!そこの日本人!!」


「えっ?」



彩輝が叫び、唯が彩輝の後ろで立ち止まり、そして――――同時にこちらに顔を向ける人影二つ



「「え?」」



黒髪の青年と女性の瞳が、獣のような足に獣耳の女性に担がれた状態で桜彩輝と一条唯の姿を捉えた







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