『乱入者』
(この氷の入った瓶をあけ、その氷に命令をするとそれはそれは従順に従う最強の人形が出来上がります。注意して欲しいのは効果は一時間しか無いこと、そして貴方自身に刃向かわないように気をつけて命令をすることですかね。では、頑張ってくださいね)
ラインドールは男の言葉を思い出しながら瓶の蓋へと手をかける
あの男は俺を使っているつもりだろうが、そんなことはどうでも良い
俺がこれを使い、あの男がそれを見る
俺にデメリットなんてないのだから、この申し出は受けて損は無いはずだとラインドールは踏んでいた
瓶の蓋が外される
それと同時に強烈な冷気が瓶から溢れだした
冷気は空気中の水分を凍らせているのか、一瞬にして瓶の口を凍らせてしまう
思わずその冷気に驚いたラインドールはその手を離してしまい、瓶は地面に落ちて割れてしまう
不死鳥の出した炎による熱で高まっていた気温が一気に下がり、そして氷は急速に大きくなり何かを形成していく
氷の四肢ができ、氷の尾ができ、そして氷の牙ができる
それは言うなれば狼の姿をしていた
早苗と神原は咄嗟にそう感じた
氷の狼だ
それがあっという間に4体に増えていた
「へへ、おい、お前等。あの鳥の化け物を凍り漬けにしろ」
その力が自分のものにならないと分かるやいなや、その判断を下し、後かたづけへと入るラインドール
そして氷の狼達は、氷の喉に反響する高らかな遠吠えをあげた
「お、始まったか」
その様子を遙か彼方より見つめる男が居た
巨大な翼を広げた不死鳥の大きさは、近くで見たらどれほど大きいだろうかと想像する
到底自分ではかなわないのだろうと思いながらも、いずれは―――と、吸鬼であるニールが呟いた
空から見る地上では一体何が行われているのだろうか
確かめたいが、あまり近づけば不死鳥に気がつかれてしまう
それだけは避けないといけない
まだ接触するには早すぎる
「はてさて、貴重な資料を分けてあげたんだ。面白いデータを期待してるよ」
ニールの手にもまた、ラインドールの持っていたのと同じ氷が入った瓶があった
「もう少しで、この研究も最終段階へと移行する。フフ・・・僕の研究はすでに神の領域へと足を踏み入れている。その力を手にするのも、あと少し」
そう思わないかい?アクアラグナ?
そう言葉を投げかけられた存在はゆっくりとまぶたをとじ、そして青色に光る美しい翼を広げ、そして空を泳ぐようにして飛び去ってしまう
水色の髪を青色の空になびかせながら
「・・・。もう君はその力を手にしているんだから、まぁ僕の言うことに興味なんて無いか」
不死鳥は炎の翼を羽ばたかせる
その炎の翼から飛び散る火の粉―――火の粉と呼ぶには大きすぎるくらいの炎の塊を氷の狼目掛けて羽ばたく風に乗せる
氷の狼の体長は1メートル前後であったが、不死鳥の飛ばしてくる炎の塊は3メートル近い巨大な炎だ
一瞬にして物見の丘は再び炎に包まれる
それを巧みに避けながら氷の狼は不死鳥へと接近する
不死鳥は空中だが、地上からは数メートルしか離れていないために氷の狼の射程には入ってしまうのだ
確かに不死鳥は空へ逃げればそれでいい
しかし、そうなるとその氷の牙が向かう先は何処になるか
それが分かっているからこそ不死鳥は逃げるに逃げられないのだ
氷の狼は不死鳥との距離を着実に詰める
不死鳥が大きく翼を横に振る。すると大地から炎の壁が吹き出した
その炎の壁は一瞬にして氷の壁へとなってしまい、壁を乗り越えて氷の狼が不死鳥に襲いかかる
氷で出来た牙と爪が不死鳥に触れるか触れないかのところで狼は一瞬にして気化してしまう
解けて液体になるのかと思いきや、そのまま熱で蒸発してしまう
倒したかに思われたが氷の狼は再度結晶化して復活すると、不死鳥を取り囲んで吼える
4つの魔法陣が浮かび上がり、その中心に巨大な魔法陣ができあがる
その中心には不死鳥がいる
途端に魔法陣が光り輝くとガキンと音を立て、丘に巨大な氷の柱が生まれた
不死鳥が一瞬氷の中に閉じこめられたかのように思われたがその氷もまた一瞬にして気化してしまう
解けて真っ二つになった氷の柱が巨大な音を立てて崩れ落ちる
その煙が晴れると両者が丘の上で対峙する姿があった
片や燃えさかる炎で空気を焦がし、片や痛いほどの冷気で空気を凍て付かせる
丘がまるで熱と冷気によって分断されたかのような状況である
何とかしてこの場を離れたい神原は傷を負った足をかばいながら、何とか早苗の近くまで這ってきた
背後では戦闘音が聞こえてくる
「早苗!今の内に離れるぞ!」
静かに、しかし急かすようにして神原は早苗に声をかける。しかし
「で、でも・・・体がっ・・・」
早苗の体は未だに自由に動かないままである
神獣化のリスクを知らなかったので無理もないが、それにしてもたった数分使っただけでこの疲労感である
今後使う場面があるのだとすれば、それはかなり考えて使用しなければ後が恐ろしい
足を怪我した神原と疲労で動けない早苗
その両者を影が覆い隠す
其処には一匹の氷の狼が、二人を氷の瞳で見下ろしていた
その後ろ、不死鳥は三本の氷の柱に身動きを封じられていた
氷が溶けるたびに、再度結晶化する
炎に溶かされるよりも早く炎を凍らせていき、不死鳥の姿はすでに半分凍っていた
不死鳥の叫び声が丘に響き渡る
二人は知らなかった。元々封印されていた不死鳥に宿っていた力は少ないという事を
二人は知らなかった。氷の狼は神獣を象っており、その力を宿している事を
絶対的な強者が、目の前で苦しむ様を、二人は見ている
そんな二人を、氷の狼が見下ろしている
まるで時間が止まったかのような、そんな気さえした
そして意識を戻した時には、早苗の目の前に氷の口が開かれ、そこに覗く氷の牙が今まさに早苗に襲いかかろうとしていたのである
『守りたいか?』
冷たい声がした
俺は迷わず叫んだ。「当たり前だ!」、と
神原は咄嗟に痛む体に鞭打って、氷の狼の前に飛び出した
早苗を庇うかのように
早苗を守るかのように
両手を広げ、立ちふさがった
『それはお前の命よりも大切なものか?』
また同じように答えようとして、そんな事を考えるまでもないと叫ぶ。「答えるまでも無い!」、と
すると謎の声は
『・・・いいだろう。そのお前の意思の強さ、認めて助けてやろうじゃないか』
冷たい声は、脳内から現実の世界へとすり替わるようにして言い放つ
『随分と情けない姿だな、不死鳥よ』
巨大な影が、どこからともなく現れた
氷の狼のうち二匹が逃げ遅れてその現れた影に踏み砕かれ、距離を取った二匹の氷の狼がうなり声をあげる
が、その二匹の氷の狼もまた、突如地面から飛び出した氷の柱によって木っ端微塵に砕け散る
生き物を殺した、というよりも氷を砕いたという表現の方が正しいのだろう
現れた影を取り巻くように、冷気が吹き荒れる
それは巨大な狼であった
しかし先ほどのような氷で出来た狼ではなく、全身を白い毛で覆い、その体の一部が凍っているように見える
丘に生える草木が、白い狼の足下を中心にして一瞬のうちに凍結する
『悪かった。寝起きでな』
『随分と長い昼寝だったじゃねぇか?それよりこいつはどういう事だ?』
溶かすのではなく、氷を砕きながら不死鳥はゆっくりと地面に降り立った
その近くへとのっしのっしとゆっくり歩み寄る狼
『あの男に聞いた方が早いと思うが』
『そうか。あの男が氷狼を出したのか』
狼は振り向いてラインドールを見つめる
ラインドールはジッと突然現れた狼を見つめている
ラインドールはジッと見つめ、そして観察をする
この狼は恐らく神獣であると確信していた
自身が甦らせた不死鳥と同じ空気を纏っていると感じるのである
本来、その姿を見ただけで人は神獣に恐れや敬意の念を抱くが、そのどちらも抱かないラインドールの姿を見て狼は興味を抱く
自分を見て何も感じない、その胆力に
『我は氷狼の王、氷狼王。人間。こいつをどこで手に――――』
と、狼がラインドールに、今砕いた氷の欠片を蹴り飛ばした
ラインドールと氷狼王の間にその氷の欠片が転がり、狼はその氷について問いつめようとしたのだろう
そこへ、ラインドールと狼の間にザッと何かが割って入るとその氷の欠片を踏み砕く
それは人の姿をしていた
もう少し詳しく言うならば、水色の髪で歳はまだ小さく10代のように見える
驚くべきはそのスピードか
ラインドールはもちろん、狼にもその姿をしっかりと捉える事が出来なかったのである
不意をつかれ、一歩後退る両者は警戒をする
『何者だ人間』
「何者だてめー。次から次に割り込んできやがって」
両者は突然割り込んできた謎の少女に何者かを問いかけるが少女は口を開こうとしない
ラインドールは剣をしっかりと握った
其処へ不死鳥が声をかける
『氷狼王よ、油断するな。何かおかしいぞこの娘』
『言われなくとも感じている。似ているようで違う・・・』
氷狼王と呼ばれた3メートル近い大きさの白銀の狼はうなり声を上げ、小さな少女を威嚇する
うなり声をあげるたび、体中からあふれ出す冷気が丘を包み込む
その冷気にも、氷狼王の威嚇にも動じない少女は、ラインドールよりもさらに不気味さを感じ取る
それに加え、似ているようで違う、とある能力を持つであろう空気を纏うその少女に不思議さを感じた
無言の少女は静かにラインドールを見、首を反対側に氷狼王を見る
「お前もあの狼の仲間か?」
突如現れて氷の狼を砕いた氷狼王、その後にすぐさま現れた少女はラインドールから見れば氷狼王と仲間のように感じてしまうのも無理は無かった
この状況をどう判断し、どう行動すればいいのかがラインドールには分からなかった
「おい、クソガキ!ここはお前のような――っ!?」
キィンと鋼どうしがぶつかり合うような甲高い音が響く
ラインドールの目の前には右手に魔力で作った手刀を振り切った体勢の少女が、死んだ目でこちらを見ていた
一瞬剣を抜くのが遅れていれば、この首は飛んでいたことであろう
体勢を入れ替え、再度剣と手刀がぶつかり合う
それ以前に、なんだあの魔力の使い方は?さっきの女といい、最近は魔力を体に纏うのが流行ってんのかよ糞ッ!
そう脳内で舌打ちをした男はバックステップで距離を取る
追撃は来なかったが、少女はその自分を見ているようで、どこか遠くを、焦点の合っていない瞳に苛立つ
俺を見ずに一体何を見ているのだと
「!?」
そこでラインドールの視界が逆転した
天が地に、地が天に、そして天と地はぐるりと回転する
何が起こったのか、それを脳内で判断するよりも早くラインドールは地面に叩きつけられた
宙を舞っていたのか、俺は?
それを理解し、あぁ、投げられたのだとラインドールは投げられてから数秒遅れで気がついた
そして自分を投げたであろうあの少女の力に驚き、その少女は今氷狼王の目の前で、右手の手刀を振り上げている光景をラインドールは目にする
シュンッと振り下ろされた手刀は氷で覆われた氷狼王の前足に阻まれる
そして巨大な体を反転させた氷狼はその巨大な尾で小柄な少女を吹き飛ばした
体が軽いからか、あっけなく宙に飛ばされた少女はそれでも体勢を空中で立て直す
そして今度は先ほどの早苗と同じように、手刀のような魔力を体に纏う
魔力は手と足、腰から伸びる長い尾、そして翼のようなものへと形を変える
いや、翼というよりかは、手足にも存在する水かきのような形状からヒレのように見えなくもない形をしていた
鋭い爪と水かきの魔力を手足に纏う少女はそのままスタッと地面に着地する
そして一気に氷狼王に接近する
右手と左手の魔力を再度刀のような形に変形させる
氷狼王は大きく跳躍し、後方へと回転する
その氷狼王の後ろから現れた不死鳥が翼を大きく振るい、熱と炎が入り交じる強烈な風が丘に吹き荒れた
それまで氷狼王の足下に張っていた氷が一瞬で溶け、その熱風は少女を飲み込んだ
完全に神獣がこの少女を敵と見なして攻撃しているのは、誰の目にも明らかである
その対応は、この戦場で多くの命を奪ったラインドールよりも厳しいものだ
それはつまり、神獣はこの少女の力に恐怖、あるいは危険や異常を感じているということなのである
少女は大きく手を交差させ、そしてシャンッと魔力でできた刀を擦り合わせて体を横にした
左手を突き出し、そして右手を思いっきり熱風に向かって振り下ろす
その手刀の後に巨大な水の斬撃が生まれ、まるで空間を水で切り裂くかのようなすさまじい音を立てて熱風とぶつかった
途端に水は蒸発し、真っ白な蒸気が丘を埋め尽くす
その蒸気すら、熱風は押し返し、あっという間に蒸気が晴れる
そこに少女の姿は無い
少女の姿は後方へと下がった氷狼王と不死鳥の間に立っていた
そして両手を二匹の神獣へと突き出す
すると二匹の足下から巨大な魔法陣が浮き上がり、地鳴りが起きるとそこから大量の水が吹き出してきた
その勢いはすさまじく、一瞬にして巨大な神獣ですら宙に吹き上げるほどの威力であった
『ぬお・・・お!!』
『ぬぅうううっ!!』
二匹は力を込めて水を振り払おうとする
『何という力だ・・・!!』
『バカな、押し返せんだとっ!?』
炎の火力が上がり、氷が水を浸食しようとする
しかし、水が蒸発するよりも先に不死鳥の体を水が飲み込む。水が氷るよりも早く、押し寄せた水が氷狼王の体を突き上げる
不死鳥と氷狼王、その両者ともが神獣であり、その神獣を拘束する実力はまさに、神にも劣らぬ力である
『叫べ我が神子!死にたくなければ、守りたいものがあるなら、叫べ!!』
その狼の声が神原の耳に届き、神原はその身に魔力を纏わせた
「やめろおおおおっ!オォーバァーアビリティイー!!」
氷で覆われた足を、その少女に向かって蹴りはなったのは神原だった
突然の襲撃であったにもかかわらず、少女は右手でその蹴りを弾く
神原もこの少女には躊躇っていけないと感じてはいた
しかし、僅かながらに人を傷つけることに抵抗を持ってしまう
その中途半端な蹴りはあっさりと弾かれる
が、神原はその勢いで今度は逆の足を振り上げた
その足にも氷がまとわりついている
今度は少女は弾いた逆の手で防ぐ
小さな体であるにもかかわらず、その氷の重さも乗った一撃を難なく受け止めると右手の魔力を刀の形状へと変化させる
「どうとでもなれっ!!オーバーアビリティィ!!」
そこへ早苗が炎の翼を広げて突っ込んだ
高速で突っ込んだ早苗が右手で少女の襟首を持って地面すれすれを飛行する
二度目の神子化をした早苗は、握った少女を思いっきり遠くへと放り投げる
二、三回バウンドし、手をついて体勢を立て直す少女に神原が追撃を行う
立ち上がった少女の腹部に、今度は綺麗に氷の足による蹴りが決まった
蹴り飛ばされた少女はものすごい勢いで地面に激突し、大きな土煙を上げて転がった
荒い息をあげる神原と早苗はその少女の行方を目で追った
一体何故、あんな少女を自分は攻撃してしまったのだろうか、そういう感情が二人の中で渦巻く
敵か味方か分からないのに、全く関係のない人間だったかもしれないのに
しかし、神原と早苗はそんな少女に恐怖を抱いていた
神獣達と同じく、あの少女を敵だと判断したのである
そこでようやく地面から吹き出していた水がはじけ飛び、神獣が解放される
氷狼王と不死鳥は地面へと墜落し、炎と氷が土煙に混ざって舞い上がる
そこで早苗と神原も神子化が解けて地面に崩れ落ちた
「っあ・・・こりゃ・・・辛いな」
息を荒げ、神子化によるリスクの大きさを知る神原
体中の力が抜けてしまったかのように、体に力が入らないのである
そこで神原は冷たい視線を感じた
少女が、見下ろしてた
まずいと思いながらも、体が動かない
じわりと汗が額を伝う
一瞬の静寂
少女はふと上を向く
そして大きく跳躍するとそのヒレのような翼を広げてどこかへと飛び去ってしまう
「・・・助かった・・・のか?」
周囲を見渡すとその丘は最早、原型を留めていない程の有様であった
この後、ラインドールは居なくなった指揮官の代わりとなり、これ以上の進行を不可能だと判断すると撤退を命じた
折角不死鳥を甦らせたというのに、その力が自分の物にならないとなるやいなや彼はその神の力を諦めた
しかし、その強大な力を目の当たりにし、自分の持つ力のひ弱さを知った彼は心に誓う
誰の物でも無い、自分だけの、自分自身の力を手に入れる、と
ガルトニールの大軍を打ち破った勝因として、真っ先に上げられるのは神獣だろう
伝説と語り継がれる神獣出現の衝撃がこの戦争に参加した騎士達の心に深く刻み込まれた結果であろう
そのせいか、この戦いは後に鳥狼守護戦争と呼ばれることになる
この戦争を切欠に、この物見の丘には巨大な『不死』と『氷狼』と呼ばれる二つの巨大な砦が建てられる事になるのだが、それはこの物語には関係のないストーリーである
雲の下
「どうだった?神獣と神子は?」
「・・・一対一なら・・・勝てる」
「そう。それはいい結果だ。体に違和感は無いかい?」
「無い・・・・・ただ肋骨が一本折れたと思う」
「それぐらいならすぐに治せるさ。それにしても、随分と派手にやったね。よくもまぁ神獣二匹と神子二人を同時に相手にできたものだよ。僕なら絶対やらないね」
「そう」
「さ、これで大体の実験データは揃った訳だ」
ククッと笑った男は息を大きく吸い込んだ
「もう少しだ。もう少しで僕は神の力を手に出来る」
そんな男の様子を、後ろから追いかけるようにして飛ぶ少女は見つめていた
その表情は哀れみ、だろうか
それとも無関心、だろうか
空は少女の曇った心とは正反対の清々しい青さで少女を照らしていた
しかし、前方に広がる巨大な雲に近づくにつれ寒さが増していく
雪がちらつき始めた
プロットは出来ているのに何故かすらすらと話が進まず執筆が遅くなってしまった元凶の話。時間が掛かった割には完成度は高くない。間章はあと一話で終わり・・・のはず