『命は灰へと燃え尽き新たな命となる』
どれほどの間、彼女を抱きしめていただろうか?
神原はゆっくりと体を離して彼女の顔を見つめた
あぁ、なんと愛おしい存在かと神原は彼女を見て思った
「こんなところで再会するとは思ってなかったよ早苗」
「私も・・・あ、あれ・・・?」
がくり、と早苗は膝をついて神原の服の裾にしがみついて笑う
「安心したから・・・かなぁ?力が入んないや・・・あはは」
その原因が神子化によるものだと知らぬが故に、彼女はそう思ってしまった
「確かに、俺もお前の顔を見れて安心したよ」
そう言って神原は早苗の体を支えた
その重みさえ、今の自分には彼女を感じる要素の一つであった
確かに、彼女は今ここに居るのだと再確認する
「とりあえず話は後にしよう。とりあえずこの場所を離れないとな」
「そう・・・だね」
丘を駆け上ってくる騎士達の足音や鎧がぶつかり合う音が近づいてくるのが分かった
もう時間はそれほど残されていない事が二人にはすぐに分かった
「よし、俺が背負う。掴まれ」
「う、うん。ごめんね」
手を差し伸べてしゃがんだ神原に、早苗は頷いた
「気にするな。こんな時ぐらい頼ってくれた方が彼氏として嬉しいもんだからな。これぐらいさせろ。それと謝って貰うよりお礼を言われた方が嬉しさ倍増だな」
「ありがと・・・仙」
「おっしゃぁ!逃げるぞ!!」
彼女がしっかりと神原に手を回し、そんな早苗を背負って神原は丘を走り抜ける
こんな場面じゃなきゃ、割と役得な状況のような気もするのになと俺は思った
背中の柔らかいのとかも、もっと堪能したかったりもするがそんな場合では無い
芝生を踏みしめ、丘を転けないように慎重に、それでも急いで駆け下りる
すぐ後ろに、ガルトニール軍の迫る音がきこえ、それが落ち着きを取り戻した神原の気を再度焦らせる
「疾風よ!裂き、貫き、射止めよ!ウィンズピック!」
「っぐ!?」
そんな中、突如背後から男の声が聞こえたかと思うと次の瞬間、神原は大きくバランスを崩して前のめりに倒れ込んだ
小田原早苗を背負っていたからか、受け身を取ることも出来ずそのまま地面に倒れてしまった仙は苦痛に顔を歪めた
「だ、大丈夫!?」
「あ、あぁ・・・大丈夫だ・・・」
「あっ!血が・・・!?」
神原の上から退いた早苗が真っ先に見たのは、神原の右足の切り傷がから流れ出ている血であった
仙は足を押さえ、その手についた血を見つめて歯ぎしりした
なんだ!?何をされた!?
飛び道具?いや、まさか魔法の類か?
辺りは何もない丘で近くには誰もいなかった筈だ
ならば一体何で足を切ったのだろうか?
そんな考えを吹き飛ばして俺は立ち上がった早苗に向かって叫んだ
「掠っただけだ!逃げないと・・・っ!?」
もしこれが魔術なら、その射程圏内に対抗策もなく何時までもい続けるのは自殺行為だ
魔術というものがどれほどの射程を有するのかは不明だが、少なくともこれ以上距離を詰められるのは良くない事は頭で理解できていた
しかしこの足では先ほどのように彼女を担いで走るのは不可能かも知れないと心の何処かで思ってしまう
「そう簡単に逃げ切れると思うなよ・・・名無しの雑魚にやられるほど、ラインドール・グリーニカの名は安くはねぇ筈だからな」
「そうそうっ!安くは無いんだぞーっ!ついでにニェカ・グリーニカの名前も安くは無いんだぞーっ・・っつつー・・・」
「おめーは黙ってろ。死に損ないの愚妹がマジで死ぬぞ。死にたいなら死んでもいいけどな」
その二人は兄妹なのだろうか
共通するグリーニカという名字や愚妹という言葉から神原は痛みを堪えながら考える
いや、待て。何故あの女の声がする!?
確かにあの女はルーティに斬られて痛みに悶え苦しんでいた筈だ
何故こうもけろっとした声を出せる!?と神原は足の激痛に耐えつつ顔だけを後ろに向ける
そこには先ほど早苗が吹き飛ばした男が立っており、そしてルーティが斬りつけた女が男に担がれてぐったりしていた
どうやらルーティが負わせた傷はかすり傷、という訳では無さそうだ
しかし血は止まっているように見える
あんな傷を負って、何故もう血が止まっているのかと仙は不思議に思うが、それを考える以上に足が痛む
「仙に何したのっ!?」
涙を堪える早苗の目を見たラインドールと名乗った男は剣を鞘に収め、やれやれといった顔で小さくため息をついた
「・・・そんな優しい目の人間がなんでこんな場所にいるのか全く理解できないね。戦闘系の魔術を見るのは初めてかい嬢ちゃん?」
「・・・」
「こいつは風の魔術。目に見ない、風の刃を生み出したり暴風で相手の動きを牽制したり出来る魔術だ。便利だぜ?何せほら」
男は手を銃の用にして仙の右足を狙う
「っぐあ!?」
「仙ッ!!」
俺の右足にもう一つ、真っ赤な切り傷が出来た
かすり傷程度の傷ではあったが、その痛みは尋常ではない鋭さを伴った
「はん。いたぶるのは趣味じゃねぇんだけどな。まぁ暇つぶしにはなるだろう?」
「暇つぶし・・・?」
早苗は理解が出来なかった
ここは戦場だ
殺し合いをする場所だ
その場に置いて、暇などという瞬間があるというのだろうか?と
「理解できないか?俺が暇な理由?」
まるで早苗の心を読んだようにニヤッと笑ってラインドールは語り出した
「ま、立ち話も暇つぶしになるか。俺は一応この遠征軍の第一部隊長、ま、前衛の指揮系統を預かってる身だ。とはいっても本来の役職はそんなちっぽけなもんじゃないんだけどな。戦う力があるかどうかってのはまた別でよ」
「なら・・・なんだっていうのよ」
「ま、それはどうでもいいか。こんな土地で戦闘する事になったのは何も予想外のことでもなんでもねぇ。戦場はこの物見の丘かロルワートでの市街戦になることは想定していた。ロルワート相手なら余裕とふんだ糞幹部がまぁ調子に乗って手柄をたてようと総司令官なんてやるからこんな事になるんだ」
ラインドールはそう言って背後の丘を見下ろした
そこには瓦解してバラバラに動くガルトニール軍があった
何故か総指揮官がトトル騎兵を連れて最前線に出て来ているわ、補給部隊は分断され退路も炎で断たれてしまっているわで酷い有様だ
大盾を持った部隊はほぼ壊滅状態。魔術を撃てない魔術師隊も似たようなものだろう
全く持って数の利を生かせていない
死んだ軍だこれは
自分が指揮すればこうもならずに済むというのに、なんて思いながらラインドールは戦場を見下ろす
「それに比べてそちらの指揮官は随分とした腕前と見える。この場合、攻めてきているこちら側の退路を断つ必要性は無い。火が収まるのを待てば住む話だし本隊が補給部隊から直接分断された訳でもない。それにも関わらず、その作戦の結果は指揮官の焦りを生んでミスを誘った。先手をうっただけの効果はきちんと出ているぞ。そちら側は指揮官が前線に兵を連れて出てきたことで補給部隊と右翼の兵達を捨てたことになって随分と戦いやすくなったんじゃないかな?」
「なら貴方はどうやってここまで来たの?あそこは土の魔術で上手く進めないようにしたはずだけれど」
「あぁ、そりゃぁあれだ。あれは軍には効果があったが、しかし個人には差して効果が無かったってだけのことさ。一部の例外が居るんだよ。目の前にいるだろう?ん?例外がさ」
ほらほらと片手を振る様子からもかなり余裕があるように見える
明確にどうやったかは口にしなかったが、つまり大軍を押さえる機能は果たしていた。しかし命令を必要とせず、彼のように個人で抜けてくる人間もまた居たという事だろう
なるほど、そこまで軍という集団から独立して動く人間がいるとは計算していなかった
「それに加えて面白い事をしているね。別の国と連携体制を取っていたとは思えないほど良い動きをしていたから全くの別行動かとも思ったけど、そうでも無いようだね。しかし――――」
男はそう言って丘からガルトニール軍を見下ろした
自らが率いる、その7000の兵を
「しかしレイグウッドめ、面倒な事をしてくれる。おかげで少しばかり陣から出てしまったじゃないか」
ラインドールがまるで残念がるようにして丘を見下ろしたように、早苗には見えた
何を考えているのだと早苗は必死に男の思考回路を読もうとする
しかし、一体何を残念がっているのか、そしてここで話している事に意味などあるのか?
殺そうと思えば殺せる筈だ
足を怪我した男と、武器を持たない女が目の前に居るのだから
「さて、君たちはどこの出身なのかな?黒髪に黒眼。大陸広しといえどその服装があまりに異様な事ぐらいは俺にもわかるさ」
その質問に答える意味は無いと早苗は沈黙を貫いた
嘘を答えるにしても、あまり変な情報を口にしてメッキがはがれるのはよろしくない
そんな早苗の様子を見てやれやれと首を横に振るラインドール
「ま、喋りたくないなら別に良いけどね。どうせ死ぬ運命からは逃れられないんだからさ。あ、どうせなら君たち一緒に殺してあげようか?」
その方が本望でしょ?と付け加える
それに対し、早苗はゆっくりと口を開き、そして―――
「お断りよ・・・まだ・・・まだ死ねる訳ないじゃないっ!!」
死はそんなに軽々しい物ではない
そう、意思を込めて男に叫ぶと男もその表情をムッとさせた
つまらない、という顔だ
まずいと早苗は思った
本能的に、まずいものを感じ取った
この男を飽きさせては行けないと咄嗟に思い、早苗は口を開いた
「そ、その・・・せ、仙と・・・その・・・ま、まだエッチな事もやってないんだもんっ!!」
「バカじゃねーのお前!?」
苦痛に耐えていた神原はブッ!?と吹き出し思いっきり早苗の頭をスパンと平手で殴った
何がどういけばそこでそんな発言を叫べるのだと神原は思わずむせてしまう
「ば、バカとはなによぉ!?私は何時でも覚悟は出来てるものっ!いつでもオッケーなんだからねっ!!」
と顔を真っ赤にして仙に叫ぶ早苗
ちょっぴり涙が浮かんでいる・・・ような気もする
演技かと聞かれれば、半分当たりで半分違う
なんで自分を殺そうとしている男の前でこんな事を言わねばならないのかというのを通り越し、人前でこんな会話をすることへの羞恥が早苗を襲う
「だからなんでそっち方面に直結したんだ早苗!?頭打ったのか!?」
「打ってないわよ!こっちだっていつまで経っても手出しされないから魅力がないのかもって傷ついてるんだからね!!分かってるの!?」
「分かんねーよ!?」
「ッ・・・ッハハハハハ!!」
そのやりとりに、顔をしかめたラインドールもついに笑い出してしまった
「面白いなお前等!いいぜ、お前等には特等席を用意してやる!!今面白い物を見せてやるぜ!」
早苗はホッと一安心した
どうやら今すぐ気まぐれで殺されるという事は無いようだ
しかしこの場から逃げる手段が早苗には思い浮かばない
時間を稼いだに過ぎないが、援軍が来るという保証は全くない
そんな命令を、早苗は絶対に出さないようにと忠告したからだ
――もし何らかの形で私が死にそうになっても、私を助けないで。指揮官になった私がもしそんな状態になったのだとしたらそれはもう作戦は瓦解して兵士達ももう私を守って戦えるような状況じゃ無いはずだから。そんな暇があるなら、その残った自分の命を守るために逃げる時間に使いなさい――
つくづく自分の命を無視した命令だと今でも思う
私を助けるぐらいなら、私を足止めにとでも考え、一人でも多く逃げて貰った方が早苗としては本望だったからだ
多くの命を奪った、奪わせた命令を出した人間が誰かに殺されたとしても、誰に文句を言えるだろうか
結局自分で戦場に突っ込んだのだから意味もない命令だったのだが、でも別に後悔はしていない
彼に抱きついて、温もりの中で果てるというのならばそれ以上に幸福な終わりは無い―――いいや駄目だ駄目だ
まだ死にたくない
みんなで一緒に、仙と一緒に帰るまでは・・・っ!!
「ライン兄様。いよいよ実行に移すのですか?」
と、ラインドールに担がれたニェカ・グリーニカと名乗ったラインドールの妹が兄に尋ねる
まだ元気のないしゃべり方だが、あのときのようなパニックは起こしていないと仙は思った
「あぁ。これ以上待っても良い展開にはなりそうもないしな」
そう言ってラインドールは懐から小さな瓶を取り出した
その瓶の中には不思議な炎が漂っている
小さな炎はユラユラと瓶を照らしている
早苗はその光景に違和感を感じた
火が燃え続けるためには酸素、そして燃え続けるための燃料が必要になるはずである
燃える物も無ければ酸素も無い、あのような密閉された空間に炎は存在出来ない筈なのだ
「さて、何かが起きるか、それとも何も起きないのか」
ラインドールは小瓶を地面に置き、そして剣を抜く
剣を振りかぶり、そしてそれを小瓶に突き立てるかのようにして瓶を砕き、地面に突き刺さる
炎の種はそれと同時に剣にまとわりつくと一気にその勢いを強めた
小さな火種は一瞬にして剣を囲むように渦を巻いて、そして刀身を真っ赤に染め上げる
赤い光を放ち始めた剣に魔法陣が浮かび上がる
その光景を眺める早苗と仙は咄嗟に何かを感じ取った
特に、早苗の胸騒ぎが一段と高くなっていく
「ははっ!マジかよ!?おいおい、本当に本当だってのかよ!?」
剣に纏う炎が突如、大の字のように五つに分かれて大地を駆けた
炎はあっという間に大きな草原を五つに分断してしまい、その炎がとある地点で同時に制止する
そして炎は草原に五つの剣を浮かび上がらせた
赤みを帯びた五つの巨大な剣が空中にそびえ立っている。いや、その刀身の先は地面に突き刺さっている
「まずは一つ目だ!」
次々の地面から浮き上がる剣
浮き上がり、その刀身が地面から完全に抜けた半透明の剣はまるでガラスが割れるかのようにして砕け散り、空中に霧散していく
一本、また一本と砕けていき、そして五本全ての剣が砕け散ってしまう
すると今度はこれまで剣が突き刺さっていた地面から新たな物が突き出てきた
柱だ
剣と同じように、透けて見える五本の柱が地面から現れ、それぞれの柱に鎖が巻き付けられている
鎖は五本の柱の中心に向かって伸びている
しかし、その鎖は空中で何かを捉えているのである
肉眼では見えないが、巨大な何かがそこで鎖に絡め取られているのだ
「成功だ。言い伝えが本当で驚いたぜ!!」
「な、何をした!?」
仙が傷を押さえながらラインドールに叫ぶ
ランドールは突如起こった戦場の異変に慌てるガルトニール軍を長めながら
「なら陣から人が出てしまう前に始めようかな。さぁ―――喰らえ!!」
ドンッと地面が突き上げるように振動したように神原と早苗は感じた
それと同時に大きく円を描いていた魔法陣が炎を吹き上げた
一瞬にして丘の麓を覆い尽くした炎はガルトニール軍の兵士達を半分以上飲み込んだ
ごうごうと燃え上がる炎の中で、いくつもの絶叫が木霊しながら燃え尽きていく光景に二人は息を呑んだ
これが現実なのかと、まるで地獄絵図を目の当たりにでもしているかのような気持ちになってしまう
「っははははは!!そうだ!もっと命を喰らって蘇れ!!」
この状況を狙って作り出したというのなら、一体この男は何者なのだと神原は思った
味方を炎の海へと誘い込んだとでもいうのだろうか?
一体何のために・・・
不気味な男の後ろ姿に神原は背筋が凍るような思いを抱いた
何故笑える
何故笑えるんだ
「お前・・・何してんだ・・・」
掠れた、それでいて聞き慣れた声がした
拳を握りしめた彼女が、再度叫ぶ
「何してんだって言ってんや!!」
「何って?察しがつかないのかい?この土地の伝説を知らない・・・様子だね、どうやら」
知っているわけがない
確かにこの世界に来て、言語や礼儀、物の名前や魔術の事なんかは一通り勉強したつもりだ
それでも、土地に伝わる伝説や歴史なんかまでにはこの短時間で両者手が回っていなかった
早苗は軍事のことで手がいっぱいになっていたし神原に至ってはそもそも王都から逃亡して森などで生活していた程である
「知らない・・・か。君たちはどうも異国風の出で立ちだからもしかしたらもっと、もっと遠くの場所から来たのかもしれないな。じゃぁこの光景を眺めながら少しこの物見の丘の話をしようか」
一言一言、男が紡ぐ言葉の間にもまた一つ、また一つと命が灰へと変わっていく
「ここにはとある魔獣が眠っている。九天の魔獣が生み出した一匹にして唯一九天の魔獣が恐れを抱いて封印したと言われる魔獣が」
「その魔獣が持つ能力は『不死』。その力を自身を生んだ九天の魔獣に奪われ、そしてこの何もない丘にたった一匹で封印されていた」
「不死の力を持つ故に、殺すことかなわず封印という形で今日までこの下に封じ込められていた」
「だがある仮説を元にすればそれが復活可能だという事に行き着いた俺とこいつはそいつを復活させる事にした」
「そして言い伝えは本当だった。バカな話だと最初は思ったが、フフ、本当ならそれはそれで好都合だと思っていたにすぎないからな。利はあれども損は無しってな」
「ま、何故って顔をしてるが、そこまで話す必要も無いだろう」
「どうせ、全員灰になるんだ」
「そして不死鳥の復活の糧となれ!!」