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烈風のアヤキ  作者: 夢闇
間章 ~鳥と狼~
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『北方の現状』

間章~鳥と狼~



大陸の北方にロルワートという国があった


精霊台を保持する国の一つであり、近年隣国のガルトニールが攻めてくるかもしれないとささやかれている国でもある


北には海が、西にはガルトニール、南と東を北方小国群が取り囲む国で雪多き地である



「むぅ・・・どうにかならんのか」


「なりませんね。この勢いのままだと、いずれ食われるのは時間の問題でしょう。かといって長年独裁政治を続けてきた我がロルワートの評価は隣国からもあまり良くは無いですしね」



そろそろ雪が降り積もりそうだという肌寒い時期。軍人であるルーティはつまり、現国王であるオーゼフ・ドロルに対しそう厳しく言い放った


しかめた面で大きな机に広げられた地図を見下ろしてオーゼフはため息をついた


かといってこの状況が好転するわけも無く、ただただ現状を嘆くしかできない状況なのがこのロルワートなのであった


今は週に一度の軍事会議をしており、その広間には大きな机を取り囲むように武官文官がオーゼフと同じように地図を眺めていた


が、彼らからも出てくるのは助言ではなくため息ばかりであった


もはやどうしようもないというのが彼らの本音だったのだ


そんな中でただ一人、ルーティと呼ばれる若い部隊長の一人だけがオーゼフに対してそう強気に話している


オーゼフに対してそんな事を言えば、数年前までは問答無用で処刑されていたであろう


それでもルーティは強く言う。まるで枷が外れた獣のような勢いだと誰もが思った




「もはや我が国にあるものは何もありませんぞ陛下」



あるのはもはや蹂躙されるだけのやせた土地と生きる気力の無くなった民衆だけだ


そんな現状に今更気づくとは


ルーティもため息をつきたいくらいだったが、そのため息を飲み込んでさらに言う


これまでの行いが祟ったと思え



「とるべき、いや、とれる行動はもう殆どありませぬ。一つはこの地を死地と決めて剣をとるか、他国に亡命するか。それともガルトニールと手を取るか」



まぁこんな所だろうとこの王様が考えつく行動としてあげられそうなものをとりあえずあげてみた


根っからの騎士としてつとめてきたルーティとしては前者しかあり得ないと考えていた


こんな国、さっさと消えてしまえばいいというのがルーティの本音だった


国のあり方として間違っていると思いつつも、どうすることも出来なかった彼は騎士となって力をつけ、内側からこの独裁政治を続ける国を変えようと努力してきた


周りの太った貴族にはいつものように陰口をたたかれていたが、それでも自らの信念を貫いて努力してきた


自分が辛い人生をこの国で過ごしてきたから、そんなのはもう終わりにしないといけないのだ


本当なら国を出て真っ当な騎士を目指したかった。この国のような飾りや悪者としての騎士ではなく


だが国から出ることすら出来なかった彼は、外がどれほど自分の理想の国なのかとこの地に生まれたことを呪った


生んでくれた母や父には感謝していたが、それだけが悔しかった


だからそんな母国を変えようと、少しだけならこの手を悪に染める事を決意した


だがこの状況はなんだ



「亡命などせぬぞ。我が逃げるなどあり得ぬ。そんな王に民がついてくるはずが無かろう」



どうやら自分だけ助かろうという魂胆では無いらしい


だが、それだけだ


結局は自分の思い描いた王様の影を追っているだけだ


きれい事だけではつとまるとは思っていない


ただ・・・



「剣をとって戦う、というのも無いな。我とてバカでは無い。どちらが強いかというのは誰にでも分かる」



勝てない事は分かっている


子供でも分かることだ



「やはり手を組むのが最善の策か」


「最善?最悪の一手の間違いでしょう?こんな国の手をガルトニールが取るとお思いですか?良いところ捨て駒としていいように扱われて捨てられますぞ」


「む、ならばどうするというのだ騎士ルーティよ。それではもはや我が国は滅亡あるのみではないか」



今頃気がついたならもう貴方は王をやめるべきだ


口には出していないがそんな事を思っているのはこの場に集まっている中でルーティだけでは無いと信じたい



「そうですね・・・」



ルーティはもうこれ以上は隠す意味は無いかと判断した


ルーティの思想は決してこの国の異端者では無い


国の思想に反しているだけで多くの人々はルーティと同じ気持ちであるのだ


こんな国にはついて行けないと思っている多くの民の意思を背負っている



「実は勝手ながら、先日私の方から南のアルデリアに書状を送らせて頂きました」



その言葉に周囲がざわめく


一騎士としての地位はそれほど高くはない


単に部隊を纏めるというだけの地位であり、貴族の将軍達には権力は遠く及ばない


その権力の中には他国への書状も含まれている


つまりこの国の騎士として他国への書状を書くと言うことがあり得ないのである



「貴様、誰の命を受けて勝手にそのようなことをした?」



ざわめきの中、一つ大きな声がルーティに問いかけられる


ルーティの所属する部隊の将軍だった


話によってはその将軍にもとばっちりを受ける可能性がある



「これは私が個人でしたことにあります故に」


「ふん。その方が勝手にしたことならば罰を受けねばなるまいな」



あぁ、そっちの意味でか


保身のほうにまでは考えが及んでいなかったようで、あの将軍としては自分にただ罰を与えたいだけなのだろう


こんな状況ではストレス解消の方法などたかが知れている


よくよく見てみればその表情には僅かな笑みが浮かんでいた


本当に消えてしまえこんな国



「して、その接点のない遠国になんと送った?」



オーゼフが頬杖をして聞いてきた


さぁ、ここからが正念場だ



「私としては精霊台保持国会議に参加して頂くのがベストの結果だったのですが・・・。不参加の場合にのみこの書状を送るように騎士を脅してお伝えした」



こう言っておけば彼の罪も少しは軽くなるだろう


そうなってくれなければ、この国の行く末はガルクレスが攻めずとも滅びていただろうな



「我がロルワートに攻め入ることを許可する、と」



それを伝えると貴族達が一斉に顔を赤く青く変えて




「な、なんだと!?」


「何を血迷ったかルーティ!?」


「あぁ、なんと言うことだ・・・」




周囲からは怒りやあきらめの声が飛んできた


もちろん予想できていた


こんな時に敵を増やしてどうするのだと



「我が国にはもはやこの周囲に味方はおりませぬ。ならばガルトニールと共に道を歩むのか?否、そんな事はあり得ない。領地を奪われた西フォンドールの民がどうなったかをお忘れか?」



ガルトニール帝国の南にはフォンドールという国があった


しかしガルトニールの領土侵略にあい、国の西側がガルトニールに奪われたのだ


それ以来はフォンドールのあった西側を西フォンドールと呼び、また現在のフォンドールを東フォンドールと呼ぶようになってしまった


そして西フォンドールの民は隣国のフェーミリアスを攻める際に捨て駒同然に扱われたのはまだ記憶に新しい


結果としてガルトニールの予想を大きく上回り、戦線を維持し続けたフェーミリアスへの侵攻を見事に止めて撃退に成功している


だが今その矛先は此方に向けられており、決して他人事では無い



「では何故アルデリアにこの地を!?」



貴族の一人が叫び立った



「我等がとれる行動はさほど無いでしょう。ですがそれは我等がとれる行動というだけであります。結果としては他国の力を借ります。しかし近隣諸国では駄目です。我等への敵対心・・・いえ、敵対心は無くとも味方をする意味が無いという国が強すぎます。まず周りには敵しかいないことをご理解してください」



そのうえせっかく持ちかけられた精霊台保持国の会議まで蹴って、どれだけ自ら道を削れば気が済むのだと手紙を書いた当時は本気で思ったものだ



「まず、現在我々は完全に周りから見下されている立場にあります。そしてアルデリアの国が非常に我々にとって好都合、いえ、民にとって好ましい理想の政治を行っている事です。アルデリアはそもそも南方の一国に過ぎませんが、綺麗な水が育んだのかその人柄は非常に温厚な人たちが集まっています」



どこからか、フン、あの生ぬるい奴らがかとヤジが飛んだ



「恐らく大陸一二を荒らそう程の人にとって望ましい国でしょう。最も私の自己判断ですがね。まぁ最悪アルデリアでなくとも良いのですが・・・。ですので彼らにわざとこのロルワートを占領させます。この事態を抜けるにはまず王座を明け渡すことから始めねばなりませぬ」


「それでは我等は完全なる植民地では無いか!?」


「ガルトニールとの戦争を始めればそうなるのはどちらにせよ時間の問題かと。私も一騎士として自らの勝利を願いますが、そんな期待に賭けるのはただの自殺願望者です。最早この戦において知恵だけではどうしようもありません。ただ助けを求めるアルデリアにも難点が一つ。軍事面において多少他国に比べて弱い傾向にあります。ですがアルデリアは多くの友好国や同盟国を持っています。もしかするとそれらの国々と混成軍、という可能性もありますが、アルデリアがリーダーをすれば同じ事です。書状を送ったのはあくまでアルデリアですから彼らにその権利があります」


「しかし、アルデリアがわざわざ遠いこの地を攻める理由があるか?」


「あります。恐らく、確実に何らかの形でこの地を侵略してくると思います。もはやこの戦争は大陸中に影響を及ぼすでしょう。北方小国群には良質の魔石が多数埋まっているそうですし、利権を求めている国も少なくないので攻められることに関しては不思議ではないかと」



つまり今のフォンドールの場所は北方小国群とガルトニールとの間であり、両者を遮る砦の一つとなっている状態である


北方小国群には大陸でも僅かな魔石の産地として有名だ


その地には今以上に大量の天然の魔石が埋まっていると言われている


魔石は生活にはもちろん、戦争においてもかなり重要な資源である


その資源の奪い合いで北方小国群は幾度となく争いを繰り返してきたのだ


もしこの魔石の鉱山がガルトニールに押さえられてしまえば、それはもはや鬼に金棒状態でどの国も手がつけられなくなってしまうだろう


それを止めるためには何としてでもガルクレスと北方小国群を衝突させては行けない


それだけは止めなければ、大陸中が再び先の大戦のようになってしまうだろう


そんな事もわかっていないから、ここに居る貴族や国王は未だ大きな焦りの様子を見せないのだ


どうでもいいプライドにしがみついているから、人として本当に大切なものにすら気がつけないのだ


事は我が国とガルクレスという二国間だけの問題では無いのだ


そういった状況から見ても、アルデリアにもこの国を攻める理由を作らせる事がまず第一だった


ここだけは守り抜かなければ、もっと多くのものが失われてしまいそうで


確かに自国を明け渡す行為は売国同然だ


だが、いずれ取り返す事を考えた上で選んだ領土に組み込みにくい遠方の地だ


本当の愛国民ならば、今は耐えてくれとルーティが選んだ苦渋の決断だ


この地が他国に踏み荒らされるだけでは無く、下手をすれば此処がまさに戦争と平和の最後の砦なのだ


アルデリアにしても維持するにも本国から遠いため、ルーティの見立てでは恐らく悪くて植民地あたりが妥当だろうかと予想していた


少なくとも現時点ではだ


未来とは何が起こるか誰にも予想できないものであると悟った時にはすでに遅いのだ



「ふむ、しかし我らは古き時代よりこの地に住まい続けてきたロルワート人でもある。例えそれがいかなる理由とあろうとも、現体制を崩すわけには行かぬ。その国を愛し、守ろうとするというしっかりとした意思を持つ者こそ民衆が頼るべき王の姿であるとは思わぬかね?」


「王よ!!」



一体誰に賛同を求めているというのだ


これだけ言ってまだ理解できていないというのか!?


貴方が愛しているのはその地位だけだと何故気がつかない!!



「異議なし」



そんな声がぽつりと上がった


ルーティは振り返る


自らの主である貴族将軍だった



「この騎士隊長レオン、陛下のお言葉に心打たれました」



その隣、騎士団の貴族隊長が賛同した



「私メーデリングもどこまでも陛下にお慕いするお覚悟ですわ」



国庫取り締まり長官の貴族が手を挙げる



「我ら魔法隊も陛下に従いましょう」



魔法隊の隊長の貴族が礼をする


私も、我らも、我々も


上げられる手


ルーティの考えに賛同する人間はどこにもいなかった


十分後、ルーティはやりきれない思いでこの会議の終了と同時にこの国の終わりを悟った


自室に戻り、売国の罪で処刑を上司の貴族から伝えられた


予想はしていたが、もう取り返しがつかない


終わりだ


この国も、なにもかもが終わりだ


一体自分は何のために・・・何のために剣を振るい続けてきたのだ?


守りたいものがあったからだ


それは家族であり、国民であり、自分の心だった


それこそがルーティのすべてであった


それを根こそぎ否定された気分だった。いや、事実根こそぎすべてを否定されたのだ


ならば自分には何が残り、何が出来るというのだ


会議ではもしアルデリアが攻めて来るというならば話し合うことなく、侵略者を武力において撃退するという案でまとまった


ガルトニールに対しては同盟を結ぶ事を最優先に話しを進めるらしい


明日の朝には自分を牢屋に入れるべく使者が我が家を訪れるだろう


家族との別れをすませるためという口実で一日の猶予ができた


いっそのこと家族で国外へ逃亡するかという事も考えた


だがそれでは彼らも在任として扱われ、もし捕まれば殺されてしまうだろう


そもそも国民が逃げ出さないように警備が厳重すぎる為そんなことは自分一人ではどうにもならない



「すべて・・・俺のせいだ・・・」



ボソリと声に出してみると、自分が惨めに思えた


思い上がりも良いところだ


理想を追い求め、だが現実はどうだ?


理想の逆へ逆へと俺を引きずり込んでいく


何故上手くいかない。何故誰も分かってくれない


すべてすべて、自分のせいなのだ


そう、すべて―――――



「そんなことは無いさ」



!?


ルーティは顔を上げて辺りを見回した


自室には誰もいない。だが確かにその声は近くから聞こえてきた


と、突如ドアが開いた


そこから現れた人物にルーティは驚いた


黒髪、ニット帽、ジーンズ、指先のない穴あきの手袋、縁なしの眼鏡



「カ・・・・カンバラ殿!?」



そう。ルーティの目の前に現れたのはロルワートから逃げ出したはずの神原かんばらせんだったのだ


彼がいまだに見つからなかったのも精霊台保持国会議に参加しなかった、いや出来なかった理由の一つだろう



「久しぶりだなルーティ」


「い・・・一体どうしてここへ!?それよりも、何故戻ってきたんだ!?」



ルーティが記憶する限り、このカンバラ・センという男はとんでもない男だと記憶している


まず精霊台から氷を身に纏って現れた


そしてオーゼフ・ドロルとの会談が決裂したかと思うと突如精霊殿から逃げだし、そのまま行方不明となった男なのだ


注目すべきは精霊台から現れた、というのもそうであるがどうやって精霊殿から逃げ出し、王都からも脱出したかという事である


彼は精霊殿から姿を消した日の夜、王都を取り囲む城壁の出入り口の一つを突破して郊外へと逃亡したとして指名手配中なのである



「ま、それはどうでも良いんですよ。ウーリィン、入って良いよ」


「うん」



と、これまたルーティは驚かされた


室内に入ってきたのはこれまた珍しい種族、獣人族の少女だったのだ


人の姿をしているが、獣の耳、獣の足をもち、腰からはフサフサの尾が垂れている


その他は人と同じような外見だ


獣人族は大陸の北方のみに見られるごく少数の種族であり、またロルワートでは主に奴隷などとして扱われる種族だ


故に昔から獣人族と人族の争いが絶えることは無かったが、今ではあまりに獣人族が減りすぎたせいで反抗するための力も集まらないほどに立場が弱い種族である


そんな獣人族の少女が何故カンバラと一緒にいるのだろうか



「さて、聞きたいことはいろいろあると思うけど、今は少し手伝って欲しい事があるんだ。この国を、守りたいだろう?」


「・・・どういう意味だ?」


「そのままの意味さ。こっちも都合上これ以上ガルトニールが侵略してもらうのはまずいのでね」



眼鏡の奥の瞳がまっすぐにルーティの瞳を貫いた


何を考えている?


この青年は何かを企てている。そうルーティには見えた




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