死出山怪奇譚集序編 〜Introduction for Eternal dream〜『妖の祭り』
少し前の夏の日の事、幼い少女、日岡絢音は村の夏祭りに来ていた。神社の参道には屋台が並び、何処からもいい匂いがする。上の方に上がると祭太鼓の音と盆踊りの声が聞こえ、普段は静かな神社が、今日限りは賑やかだった。絢音は、家族と手を握りながらその様子を見ていた。天井にぶらさがっている提灯はどれも赤く灯っている。
絢音が祭りに来るのは初めてだった。両親やご近所さんの話で聞いたことはあるが、実際に見ると想像していた以上に綺羅びやかだった。絢音は母親にねだってお面と綿飴を買ってもらった。そして、盆踊りに参加し、たどたどしくも一緒に踊った。
「お祭り、楽しいね!」
「そうね…」
絢音は目一杯祭りを楽しみ、終わるまでずっと踊っていた。
そして、祭りが終わると櫓も屋台も片付けられ、辺りは静かになった。
「お祭り終わっちゃうの…?」
絢音は残念そうな顔をして、両親の後ろを追った。最初は、二人とも振り向いて、待ってたが、だんだん遠のき、追いつかなくなる。
「お父さん…、お母さん…?」
絢音は追い掛けるのを諦め、山道にしゃがみ込んだ。すると、川の辺りから一匹の蛍が飛んできて、絢音の膝に止まった。
「蛍…?」
蛍は、絢音を誘うようにくるくると周囲を飛び回ると、山道の脇に飛んだ。
「待って!」
絢音は、蛍を追い掛け山道から外れた。道なき道を進んでいくと、遠くから祭り囃子が聞こえる。不思議に思った絢音は、浴衣で走りにくいのも気にせず、どんどん進んで行った。そして、突然広い所に出ると、櫓と提灯が見え、その下で何かが盆踊りをしている。よく見ると、それは人間ではなく、骨の蛇や化狐といった異形の妖達だった。
だが、絢音はそれには目も暮れず、そのもの達と一緒に盆踊りをした。踊っても踊っても時間が過ぎない不思議な感覚がしたが、絢音は全く気にしなかった。
絢音はその時お面を被っていた。それで、妖達は絢音の事を人間とは思わなかったのだろう。だが、気配に気づいたのか、祭り囃子が終わると妖達は一斉に絢音の方を向いた。
「またお祭り終わっちゃった…」
「オマエ…、ニンゲンダナ?!」
「えっ?」
「こんな所に現われるなんてな…」
「食ってやろうか?」
妖達は目を光らせ、ゆっくりと絢音に近づいた。
「ひっ…」
そして、骨の蛇の大きな口が絢音の目の前に迫った時だった。突然妖達の動きが止まり、別の方を見ていた。絢音がその方を見ると、そこには一人の青年が立っていた。彼は不思議な格好をしていて、炎を纏った目玉の装飾が三つ着いた冠を頭に乗せ、緑の炎が描かれた黒い衣を着て、その上から毛皮が着いた外套を羽織っていた。
青年は、妖達を睨み付けると、妖達は一斉に間を開け、青年を通した。
「こんな小さな子供に手を出すなんてな」
「しかし頭領様、ここに来た人間は追い出せって」
「かと言ってお前ら、手荒すぎだ」
青年は絢音の前に立つとそっと手を差し伸べた。
「こいつらが脅かして悪かったな」
「えっ?」
青年は絢音の腕を掴んで背負い、ゆっくりと歩いて行った。
「お兄さんは…、あれと同じお化けなの?」
「まぁ、今はな…そうだ、あんまり俺に触らない方が良いぜ?今の俺は呪われてるからな」
「えっ…?!」
絢音は驚き、青年の背中から降りようとしたが、腕を掴まれた。
「俺はお前を元の場所に返そうとしてるんだ、下手な真似したら二度と帰れないぞ?!」
「あっ、ごめんなさい…」
「全く…」
青年は溜息を吐いて、草木が生い茂る道を進んで行った。灯りはなく、目の前は真っ暗である。
「お前…、引き寄せられたんだな」
「えっ?」
「お祭りが終わるのが嫌だったんだろ?それで、この山の気に引き寄せられて、妖達の祭りの会場に来てしまった」
「この山には、お化けが居るの…?」
「まぁな、普段は人間とは出会わないようになってるけども、とんだ拍子に出会ってしまう事がある。俺が居なかったら今頃お前、食われてたぞ?普段は違うが、妖や怪共にとって人間は格好の餌だからな」
「まさか…、お兄さんも人を食べるの?!あっ…、それで私を別の所へ…」
すると、青年は呆れた顔になった。
「はぁ?食うわけ無いだろ?!俺をあいつらと一緒にするな!俺はな…あいつらを従わせてるんだ。あいつらにとって、俺は神なんだよ」
「お兄さんは…、神様なの?」
「捉えようによってはな…。そろそろ山を出るぞ」
青年は、突然走り出すと、木々の間を抜けて山を出た。絢音が普段から見慣れている町の景色が見える。青年は絢音を下ろすと、水晶で出来た数珠のようなものを握らせた。
「目を閉じとけよ?」
青年は絢音の目を塞ぐと、鎌のようなものを取り出して振った。
絢音がもう一度目を開けた時、目の前の青年は姿を変えてそこに居た。さっきの奇妙な格好とは打って変わり、赤いパーカーにジーンズといったカジュアルな装いである。
「驚かせて、悪かったな」
「あれ?さっきのは?」
「実はな、俺は妖の力を持った死神なんだ。」
「そうなんだ…、えっ、死神?!」
絢音は恐れ慄き、青年から離れようとしたが、暗闇で段差に躓いてしまった。
「あっ!」
「大丈夫か?!」
青年は絢音の手を引こうとしたが、絢音は青年から離れてしまった。
「触れたら…、呪われるんでしょ…?」
すると、青年は絢音の頭を撫でた。
「ハァ…、もう大丈夫だよ。今の姿なら呪われない。それに、お前に掛かった呪いはさっき解いておいたぜ」
「本当に…?」
「ああ、本当だよ」
青年は絢音を背中に背負って、歩き出した。
「実は…、俺にはお前と同じくらいの息子が居るんだ、だから、放っておけなくてな…」
「そうなんだ…」
「そういや、お前の名前は?名前が無いと家探せないぜ?」
「あっ、私は日岡絢音、家はこの先真っ直ぐ行ったらある…」
「そうか、俺は風見朝日って言うんだ」
朝日は、絢音が指差した方を歩いて行った。外灯に沿って進むと、日岡の表札が着いた家があり、朝日はそこで立ち止まった。
「ここでいいんだよな?」
「うん…」
「事情は俺が説明しておく、お前から何も言わなくていい。それと、もう二度と妖の所に行くなよ?」
「うん…」
朝日が扉を開くと、絢音の両親が絢音に駆け寄り、涙を流しながら絢音に抱き着いた。
「絢音!何処行ってたのよ…」
「お父さん、お母さん、ごめんなさい…」
「山道を歩いた所をたまたま拾ったんです、無事で良かった…」
朝日は、絢音の両親には死神の事も、妖の事も言わなかった。
「いえ、わざわざうちの子を送り届けてくれるなんて…、すみません」
「俺は、当然の事をしたまでですから…」
朝日は、両親に深々とお辞儀をすると、絢音に向かって手を振った。
「それじゃあな、絢音」
絢音は、朝日に向かって手を振り返した。
絢音は、朝日の言いつけ通り、両親には山の出来事を何も話さなかった。そして、長らく起きてたせいで眠くなり、絢音は風呂に入った後すぐに布団の中に入った。
「あれは、夢だったのかな…?」
だが、ポケットの中を探ると、朝日に貰った数珠があり、緑と透明な光を放っていた。
「本当に居たのかな…?妖も死神も…」
絢音はそう考えているといつの間にか眠っていた。