第二話 剣は獲物と舞踏する
彼ら四人は獲物を車輪付きの板に乗せ引いている。主にシルフィアが、だったが。
「この獲物どうするのですか?」
シルフィアがそう誰かに問う。
「そうですわね。野性的でなかなかおいしいですし、ワタクシが持ち帰って晩御飯にでもしますわ!」
答えたのはアーテミージアだった。
そしてアーテミージアに返答をする者もいた。
「アーテミージア。流石にこの量はあなたの御家では食べきれませんことよ?」
「大丈夫よファリア! ワタクシ育ち盛りですの!」
「でしたら厨房をお借りできますか?」
シルフィアが何を思ってかそう言った。
「かまいませんよ。でもどうしてかしら?」
小首をかしげながら右手の人差し指を頬に付ける。その行動は幼い印象を与えるが、妙に様になっていた。
「解体するんですよ。アーテミージア様の御家に持って帰りやすいように。そして保存がしやすいようにです」
「名案ですわ。戻ったらすぐに厨房まで案内させます」
「ええ。お願いします」
「解体はここでやっちゃだめですの?」
「いえ。ここだと雑菌も多いですし、服に血が付いてしまいます」
シルフィアがアーテミージアの疑問にすぐ返事を返す。
「なるほどですわ」
「狩りの腕も一流。容姿も美しい。やはり私はシルフィア様とお見合いができて、うれしく思います」
「ありがたきお言葉痛み入ります。しかし、婚約相手はもっと慎重にお選びください。公爵とは言え、田舎者。不釣り合いにございます」
歩いていた足を止め、シルフィアはミジェッタにそう告げた。
ミジェッタの後ろを歩く二人と頭を下げているシルフィアには見えなかったが、三ジェッタは頬を膨らませていた。
「ただいま戻りました」
「ミジェッタ殿下、ファリア殿下。アーテミージア様、シルフィア様。おかえりなさいませ。湯を溜めております。大浴場へご案内いたします」
「あら。ちょっと待ってくださるかしら。シルフィア様が厨房で大猪の解体をするそうなので見学したいのだけれど」
ミジェッタがそう告げると、召使は別の召使に指示を出し、厨房に大猪を運ばせた。
「では、厨房までご案内いたします」
「お願いしますね」
少し歩くと、空腹を刺激する香辛料の香りが漂ってくる。
「こちらが厨房です」
「入ってもよろしいでしょうか?」
召使はそう言ったシルフィアを笑顔とともに手で指す事で許可を出した。
「かなり広いですね」
後ろについてきている召使にシルフィアはそう言った。
「ええ。王城ですから」
「恐れ入りました。消毒などの設備はどちらでしょうか?」
「こちらでございます。皆様もそちらで手指の消毒をお願いいたします」
「分かりました」
代表して返事をしたミジェッタに続き、ファリアとアーテミージアも手を洗い、消毒をした。
「ではあちらの調理台に大猪を置かせていますのでそちらでお願いします」
「ありがとうございます」
シルフィアはそちらの調理台まで歩いていき、置いてあった長い包丁を手に取る。
「長包丁まで用意して頂いて、お手間をおかけします」
「いえ。これが私達の仕事でございますから」
「ありがとうございます。では早速始めます」
シルフィアは長包丁を一息に頭部に弾痕がある大猪の首筋に埋める。
すこん、と首が落ち、脂の乗った肉が覗く。
「これはメスですね。ということはもう片方はオスでしょうかね」
シルフィアはもう一頭の腹面と背面が両断された大猪の首も落とした。
「やはりこちらは筋肉質ですね。オスです」
「お詳しいのですね」
「はい。狩猟指定動物や魔物については勉強しています」
「まぁ」
うふふ、と口元を隠す仕草をしながらうっとりとシルフィアを見つめている。が、そんなことには気付かずシルフィアは解体を進める。
「メスの脂はかなり栄養価も高いので良い食材になると思います。ですが温度が上がるとすぐに溶けだしてしまうので冷蔵ができる所に移したいですね」
シルフィアはそう話しながらも手は止めず、的確に解体し、部位ごとにブロック状に分けていた。
「残りの部分は捨てるか、猛獣使いに売ると良いです。販売ルートがなければ私が手配いたします」
「では、お願いします」
ミジェッタ返事を聞いてシルフィアはこくりとうなずき、口笛を吹く。
「突然、不快なことをしてしまい申し訳ございません。この場を離れず私付きの執事を呼ぶにはこの他ありませんでした」
突然口笛を吹いたことを謝罪したシルフィアにすぐ声がかかる。
「シルフィア様。お呼びでございましょうか」
「爺。頼みがあります。猛獣使いに大猪の解体で出た不食部の買取をお願いしたいのです」
「かしこまりました。すぐに呼びつけます。皆様お騒がせして申し訳ございませんでした」
「気にしなくても良いですよ」
ミジェッタのその言葉に深く礼をした執事は去って行った。
「では爺が買取人をお連れする前に、解体を終わらせないといけませんね。メスの解体はこれで完了です。こちらを冷暗所にお願いいたします」
「かしこまりました」
別の調理台から返事があり、ブロック状に切り取ったメスの大猪の肉を運びに調理がやってきた。
「ではお預かりいたします」
「お願いいたします」
その間もシルフィアは手を休めることなく解体し続け、オスの大猪の解体もほぼ終わらせていた。
「思ったよりも手際が良いのですわね!」
アーテミージアがそうつぶやくと、フィリアとミジェッタも同意していた。
「鮮度が命ですからね。特にオス肉は脂が少なく筋肉が圧倒的な割合を占めます。時間が経つほど、肉は硬さを増し、切り辛く、味も落ちます」
「ではなぜ、メスの大猪から解体を始めたのかしら?」
素直な疑問だったのだろう。ミジェッタがそう聞いた。
「メスのほうが美味しいですし、脂のほうが価値がありますから」
「そうなのですか」
「ええ。オスの大猪も解体が終わりました。こちらが可食部です。こちらの袋に詰めてあるのが不食部です。メスの毛皮とオスの毛皮は分けてあります。牙や爪、骨も個別にしておきました」
「驚きましたわ。ここまで手際が良いなんて……」
ファリアの言葉の後に省略された、まるで解体師みたいという言葉を感じ取ったのか、シルフィアは返事をした。
「解体師ほどではございません。本で学べる内容を幾度も実践することで身に着けた付け焼刃の技術でございます」
「それでも凄いわ。本当に素敵な殿方ね。厨房にあまり長居しては悪いわ。でましょう」
ミジェッタがそう言い足早に歩いていく。
「お手数ですが、買取の者が来た際はこちらをお渡しください」
シルフィアは分かりやすいように選別していた袋の内、売却用のものを厨房の入口へと運んでいた。そして一礼し、厨房を出て行った。
シルフィアは召使について歩いていると最初に通された所ではなく、個室の、応接間へと案内された。
「御召変えですのでこちらでお待ちください」
「ありがとうございます」
案内されたソファーに座り、出してもらった紅茶でのどを潤しながらシルフィアは心の中で声を出す。
これだけやっておけば、縁談が破談になっても不利益はないだろうな。おやじには困ったもんだ。しかし、アーテミージアはかなり腕が立つな。俺と違って接近して斬ってやがるのに血の雫一滴あびないとは。これが【剣は獲物と舞踏する】の実力か。完敗だな。
シルフィアは最初からアーテミージアが幾度も名を聞いた踊る剣士だということに気付いていた。ファリアのことは聞いた話でしか知らなかったが。
ふぅ。とため息をつきながら、帰路のことを考えるシルフィアには悲報というほかない連絡が入った。
「シルフィア様」
「爺ですか? どうぞ」
「失礼します」
「どうかしましたか?」
「今日から数日、こちらでお世話になるようにと奥様からお達しです」
「はぁ?」
突然の命令に戸惑い素の自分のまま聞き返してしまう。
「私も数日間こちらでの勤務を命じられました。王城で働くのは三十年ぶりでしょうな」
「あまりに突然のことで、私は困惑しています」
「私もです。数日間、一緒に頑張りましょう」
「はい」
日頃の仕事から解放された嬉しさと、日頃の仕事よりも数倍疲れる仕事を言い渡された悲しさが織り交ぜになり、シルフィアはソファーに沈むように深く座り始めた。
<第2話完>