第一話 狩りは呼吸でしてよ!
初めまして。姫野佑です。
楽しんいただけたらうれしいです。
ネルド歴二一九年。王族貴族の遊びとして狩りは定着していた。
彼らは幼いころから弓や鉄砲、剣等様々な武器を扱いを学び、狩りの手法や魔物の生態などを勉強する。そしていかに上手に、美しく魔物を狩れるかが上流階級では競われていた。
そんな王族貴族連中の中で特に狩りが美しいと言われる三名がいた。
一人は、アーテミージア・ゼクスラント。彼女はこのファーレンディア王国において上流貴族の一人娘であり、大柄な男性が好んで使うツーハンドソードを巧みに操る、文武両道の才女である。
二人目は、王族フェルディ家の二女。ファリア・F・フェルディ。三名の中で唯一の王族であり、立場上なかなか狩りに出ることはできないが、その腕を批判する者はいないそうだ。
最後は、シルフィア・シルヴィア。鉄砲の扱いに長け、六歳の頃からすでに男子厳禁のお茶会において話題の中心にいた人物だ。
互いに晩餐会、お茶会、舞踏会等において、互いの名前を聞く機会はあっただろうが、当時彼らに直接の面識はなかった。
しかし、時は動き出す。
「あぁ。こんな仕事もう飽き飽きだ。狩りに行きてぇ」
彼はそう一人の部屋で呟いている。
誰に聞かれるわけでもないと、愚痴はすぐに口に出してしまうタイプだった。
「シルフィア様。失礼いたします」
老齢の執事が声を掛け、部屋に入ってくる。
「爺。何か用ですか?」
「いえ。シルフィア様のお声が外に漏れておりました」
「それは失礼しました。つい誰もいない執務室で仕事に明け暮れていると無意識に声に出してしまうのです」
「いえ。シルフィア様におかれましては、常日頃から心の声が漏れております」
「そうでしたか。まだまだ未熟ということですね」
「いえ。そんなこと。旦那様がお呼びです」
「そうですか。分かりました。着替えていくとお伝えください」
「かしこまりました」
彼は立ち上がり、ため息をつくと、壁に掛けてあった服を羽織り、歩き出した。
「お呼びですか。父上」
「うむ。呼んだ」
「仕事はいつも通り滞りなく処理しております」
「そうか。えらいな。流石俺の子だ」
「いえ。では失礼します」
彼は居心地が悪いのかすぐに振り返り、父親の前から立ち去ろうとする。
「シルフィ待つのだ」
「まだ何かございますでしょうか?」
「う、うん。ちょっとな」
いつもの父親の口調とは違う、少し困惑したような声が部屋に響く。
「できれば手短にお願いします。狩りに出られないストレスと積もる仕事で頭がおかしくなりそうなんです」
「時間は取らせんよ。…………。してシルよ」
父親がそう彼のことを呼ぶとき、彼にとってあまり良くないことが起きるとすでに学習していたので彼は顔を少し顰める。
「なんでしょう」
「好きな人は……おるか?」
何を突然、と彼は一瞬口を開くが、すぐに持ち直し、父親に返事をする。
「いえ。おりません。女性との出会いも皆無ですし、恋愛事より私は狩りのほうが大事です」
「まぁそう言うな。この貴族は貴族だが辺境担当で名ばかり貴族な当家には考えられない縁談だ」
「はい?」
「お前に王族の第一王女との見合い話だ」
「失礼ですが、父上。もう一度言っていただけますか? 私のような未熟者には理解できぬ言葉だったようです」
一度耳に入った言葉を疑い、間違いだったと己に言い聞かせ、彼は再び父親に問う。
「もう一度言うぞ。見合い話だ。それも第一王女とのな」
「折角ですがお断りします」
「なぜだ!」
「こんな辺境の名ばかり貴族が王族に輿入れとかありえないでしょう。父上は謀られたのですよ」
両手を肩の高さまで持っていき彼はやれやれと呟く。
「誠の事だ。俺がクリスティア様と同級生なのは知っているな?」
「無論、存じておりますが」
「同級生での飲み会に来ておってな。そん時酔った勢いで言ったのだが、異常に乗り気になってしまって、こうなった」
「同じ血が流れてると思うと結構辛いですね。狩りも私より下手ですし」
「お前の狩りの才能はママから受け継いだのだろう。俺は狩りなど怖くてできんからな」
そう腹をさすりながら父親は笑っていた。
「少し時間をください。できれば一週間ほど」
「すまぬがそれはできない」
「なぜですか?」
「だって見合い明後日だもんー」
すこし可愛らしい声をだし、首を横に向け口をすぼめる。
「…………」
「もうメイド長と執事長には伝えてあるから準備せい」
そう言った父親がパチンと指を鳴らすと執事が部屋に入って来て彼を連れ去っていった。
「では若様、こちらのお召し物を」
なるようになれ、そう感じているだろう彼は、幾ばくかの抵抗をし、無意味だと悟ったのかなすが儘になっていた。
「では行ってらっしゃいませ」
メイドが一丸となり彼を送り出す。
「あぁ」
彼はそう返事するので精一杯だった。
「シルフィア様。あと少しで王都に到着致します。馬車から降りる準備をお願いします」
「あぁ」
夜通し馬車に乗っていたせいか、痛くなったであろう尻を撫でながら馬車から降りる。
「馬車の椅子ってなんでこうも固いんだろう。尻が爆発寸前だぜ」
彼の愚痴は王城の門の前の空気に吸い込まれていった。
「聞いて下さいまし!」
「聞いてるわよ」
「この髪飾りの自慢をしたいんですの!」
「ええ。その髪飾りがどうしたの?」
「先週討伐した大きな猪さんの牙から作って貰たんですのよ!」
「あら。かなりの大きさだったんじゃなくって?」
「そうなのですわ! 流石のワタクシでも返り血を浴びそうになりましたわ!」
「それはとんだ強敵ね」
「そうですのよー。そう言えば今日はファリアさんのお姉さまのお見合いの日ではなくって?」
「ええ。そうなの。お母様の同級生の辺境貴族の息子さんらしいですわ」
「爵位はどのくらいでして?」
「そうね。たしか公爵だったかしら」
「家柄としては十分ですわね。あとは殿方としての魅力があるかどうかですわね。ワタクシが見極めなきゃですわ!」
「アーテミージアさんのお姉様ではなくってよ?」
「一緒ですわ!」
フリフリで可愛らしいドレスの裾を振り回し、机をバンと叩き立ち上がるアーテミージアという女性に、少しだけ羨ましそうな視線を向けたファリアも可憐に立ち上がり、中庭を後にした。
「ミジェッタお嬢様。ご準備はよろしいでしょうか」
「ええ。よろしくってよ。さてどのような殿方なのでしょう。少し頬が熱いわ」
「奥様が決めた相手ですので、きっと優秀なお方だと思います」
「楽しみ、と言ったらいけないわね。気合を入れなおしませんと」
ミジェッタと呼ばれた女性はそう呟き、高価なドレスを召しているだろう体でピョンピョンと飛び跳ねている。
「御髪が乱れます。その辺で」
「はっ。失礼しました。どうも昔からの癖が抜けないわ」
「時と場合さえ考えればそれでも良いと思います。では参りましょう」
「ええ。うふふ」
何やら楽しそうなミジェッタは召使に連れられ部屋を後にした。
「ではシルフィア・シルヴィア様。こちらでお待ちください」
「丁寧にありがとうございます。失礼します」
父親の立場場、社交界等の参加経験も豊富なシルフィアは当たり障りのない態度を取り、案内された席に座った。
「爺。なぜこうなったと思いますか?」
「いえ。私めには何とも言えのうございます。しかして一つ言えることがあるとすれば」
「すれば……なんです?」
「旦那様の酒癖が悪いのがいけないのでございます」
「はっ。傑作ですね。父上が聞いたら鼻水垂らしながら泣き出しそうなものです」
「ですのでご内密に。それとシルフィア様」
「なんでしょうか?」
「相手は王族。それも第一王女です。くれぐれもご無礼のないようお願いいたします。爺はもう歳ですがこんなところで死にとうございません」
「大丈夫ですよ爺。その辺は上手くやります」
「流石、シルフィア様です。おねがいしますよ」
「あぁ」
シルフィアと爺がそう会話をしていると、
ミジェッタと御付の召使がこちらを目指し、階段を降りてきた。
「あなたがシルフィア様ですか?」
「ええ。お噂通り、大変麗しい。失礼いたしました。私は辺境伯ダルシャナ・シルヴィア伯、嫡男のシルフィア・シルヴィアと申します。本日ミジェッタ第一王女殿下にお会いできて、感慨無量にございます」
そう言ったシルフィアが完璧な一礼をする。
「ご丁寧にありがとうございます。私は、ミジェッタ・F・フェルディと申します。近しいものはミズと呼んでくれています。シルフィア様もそうお呼びになってください」
そこまで言い切るとこちらも可憐で非の打ちどころがない礼をした。
「滅相もございません。私みたいな辺境の、名ばかり貴族にそのようなこと」
「まぁ慣れてから、でも悪くはないですものね」
うふふ、と笑いながらミジェッタは椅子に腰かけた。そのしぐさも全てが可憐で、女性に興味を持たなかったシルフィアですら、見とれてしまっていた。
「あら。お座りになって?」
「っと。これは失礼しました。ミジェッタ殿下のあまりの美しさに釘付けになってしまっていたようです。では失礼します」
ミジェッタの一声弐より我をとりもどしたシルフィアは、丁寧に椅子に座り、ミジェッタを見つめている。
「ふふ。そんなに見つめられると照れてしまうわ」
「失礼。でも目を背けるのは惜しいのです」
「素敵な殿方ね。私、あまり婚約とか興味無かったのだけれど、このまま話が進めばいいと思ってしまうわ」
「ありがたきお言葉です。しかし、この縁談、上手くはいかないでしょう」
「あら、どうして?」
「立場が違いすぎます。それは国王陛下並びに女王陛下も承知のはずです」
「そう……。でも……もし本当に私が、シリフィア様と結婚したいとおっしゃったら、お父様もお母様もお認めになるはずよ?」
「それは……そうかもしれません。しかし、家柄の違いは超えられない壁となりますでしょう」
勝った。そう確信するようなシルフィアの顔と拗ねたような顔をするミジェッタがやけに対照的に見えた。
「ミジェッタ殿下。どうでしょうお二人でお散歩でも」
召使がそう言う。
「そうね。シルフィア様が嫌でなければですが」
「是非もありません。お供させていただきます」
「だそうよ。まだ少し冷えるわ、コートを頂戴」
「シルフィア様。私はこちらで控えさせていただきます。お楽しみください」
「爺。すみません。手土産をそちらの方にお渡し頂けますか?」
「かしこまりました。ではいってらっしゃいませ」
シルフィアが先に椅子から立ち上がり、ミジェッタに手を差し伸べる。
「お手をどうぞ」
「ありがとう。やはり素敵な殿方ですわ」
「お褒めにあずかり、恐縮でございます」
「ミジェッタ殿下。こちらを御召ください」
召使が持ってきたコートをミジェッタに着せる。
「ありがとう。食事の時間になったら呼びに来てくださいね」
「かしこまりました」
コートを着込んだミジェッタと服のボタンをきちりと留めたシルフィアが歩き出す。
「まずどちらへ行かれますか?」
シルフィアがミジェッタにそう尋ねる。
「そうね。なら中庭がいいわ。もしかしたら私の妹がお茶会をしているかもしれないわ」
「ではそう致しましょう。お恥ずかしながら王城に明るくありません。ご案内願えますか?」
「ふふ。もちろんよ」
「ありがとうございます」
二人連れだって歩くその姿はどこか美しかった。
「信じられませんわ! ミジェッタお姉さまに道案内をさせるなんて!」
「アーテミージア。仕方ありませんよ。貴族とはいえ普通は王城に来ることなんてないのですもの」
「えっ。じゃぁワタクシは大丈夫ですの? 打ち首とか御免ですわよ!?」
「大丈夫よ。貴女は、私の友達ですもの」
「なら安心ですわね。って違いますの! それより早く追いかけるんですわよ!」
「ええ。そうね。私も少し、あの殿方に興味が湧いてしまいました」
こっそりと先ほどのミジェッタとシルフィアの会話を聞き、様子を見ていた二人も中庭へ飛び出した。
「素晴らしい。なんて美しい」
シルフィアは心の底から賛辞を送った。
無論ミジェッタのことではなく、この中庭のことだ。
「そうでしょう。本当に、美しいわ」
ほぅと息を吐きながら眺めるミジェッタも負けず劣らず美しかった。
「ミジェッタお姉さま!」
二人の時間、かと思いきや乱入した来た者が二人いた。
「あら。ファリアにアーテミージアちゃん。どうかしたの?」
「ワタクシ反対ですの! どこの馬の骨とも知らないそんな男にお姉さまが取られるなんて!」
「アーテミージア。貴女のお姉様ではないのですよ」
「一緒よ一緒! こんな男どうせ狩りが下手に決まってますわ! だからお姉さまに取り入ろうと必死に好感度をあげて!」
「アーテミージアちゃん。狩りの腕は関係ないわ。確かに男性の魅力として狩りは重要な指標になるわ。でもね、それだけじゃないのよ。まだ貴女達には難しい話かもしれませんね」
「お姉さまごまかさないでくださいですわ! 狩りが下手な男性などワタクシ大反対ですの!」
そこでずっと口を閉じていたシルフィアが口を開く。
「口を挟んで申し訳ございません。自己紹介をよろしいでしょうか?」
少しの間が開き、アーテミージアが返事する。
「えっええ。お願いしますわ!」
「では失礼します。辺境伯ダルシャナ・シルヴィア公爵の嫡男、シルフィア・シルヴィアと申します」
先ほどとは異なり、公爵の部分を少し強調して述べた。
「あっ! ミジェッタお姉様。思い出しました。あのシルフィア様です」
「ファリア? あのとはどういうことかしら?」
「お聞き覚えないでしょうか。鉄砲を使うという狩りの名人の事をです」
「えっ。まさかシルフィア様。そうなのでしょうか?」
ミジェッタとファリア、アーテミージアから一斉に視線を浴びるが、当の本人は何のことだが分かっていない様子で返事をした。
「私は確かに、狩りにおいて鉄砲を用いています。ですが、あの、と言われる覚えがありません。申し訳ございません」
すると一瞬の間が開き、アーテミージアが声をあげます。
「あっ! なら実際に狩りの腕をご披露願えませんこと? それで分かりますわ!」
そう言うと名案と思ったのかミジェッタとファリアが納得した様子で頷きました。
「いきなり狩りと言われましても。生憎道具がありませんので」
「うちにあるものを一度ご覧になられて? そこで使えそうなものがございましたら行いましょう」
「かしこまりました。第一王女殿下の提案に非はございません」
シルフィアがそう言うと、また少し拗ねた顔をしたミジェッタがクルッと振り向き、歩き出します。
「一応許可を取ってまいりますわ。ファリアはシルフィア様を武器庫にご案内なさって」
「かしこまりましたお姉様。ではシルフィア様参りましょう」
「は、はい」
こういう時、流れに身を任せるのも一興と父に言われていたシルフィアは諦めの境地にいたようにも見えた。
「シルフィア様。こちらが武器庫です」
「いいのでしょうか。私みたいな辺境担当名ばかり貴族の分際で王城の武器庫に入るなど」
「気にしなくて大丈夫ですわ! ミジェッタお姉さまがなんとかしてくれますもの!」
「そうですか。もう一つよろしいでしょうか」
「なにかしら?」
「なんでも聞いてくれていいわよ!」
「君たちの名前をお聞かせ願えないだろうか?」
するとすぐにファリアが自己紹介を始める。
「私はファリア。第二王女ですわ」
続いてアーテミージアも自己紹介を始める。
「アーテミージアよ。ゼクスラント家の長女ね! 覚えておきなさい!」
どちらもシルフィアなんかよりも圧倒的に位が高く、ファリアに至っては第二王女。
狩りに行くにしても、大掛かりな護衛を伴わなければ、とそう考えているときに以前父親から聞いた話を思い出す。
「シル。よく覚えておけ。お前の狩りの美しさは一流だ。この国のお前と同じくらいの者で秀でるものはまずいないだろう。だが、いないわけじゃない。ゼクスラント家の娘と第二王女。この二人はお前など足元に及ばないほど美しい狩りをするぞ」
「女性で、立場も上ですか。一度お会いして話をしてみたいですね」
恐らく父が言っていた、シルフィアより上の者がこの二人なのだろう。
どんな因果か分からないが、こうして彼らは直接の面識を持った。
「銃はこの辺だったかしら」
そうきょろきょろしていたファリアが立ち止まる。
シルフィアもそこまで歩いていき、見させてもらう。
「これはすごいですね。我が家にあるものが霞んで見える程の一級品ばかりです」
「国の武器庫ですもの。いい物しこたまため込んでるだけで埃被ってるものです。良かったらこっそり持って帰ってもよいですよ?」
「それはできません。命が惜しいので」
「あら。残念。普段はどの銃をお使いになっているの?」
「普段は、長銃と短銃を二丁扱っております」
「なら合うものを選ぶといいわ。私とアーテミージアも自分の武器を取ってまいります」
ファリアとアーテミージアも狩りに参加するのだとしったシルフィアは少しひきつった顔をしていた。
背後から聞こえてくる鉄が地面を擦る音と重量のある剣が空を斬る音に冷や汗を流しつつ、手になじみそうな銃を見繕い、その場に放置されていたベルトに留める。
「こんなもんでいいか」
自然と口から言葉が漏れてしまった。
聞かれてしまったか?と思い回りを見るが、二人とも自分の武器の感触を確かめるのに夢中だったようだ。
ベルトを拾う際に予備の弾丸を発見したのでそれもベルトのポーチに入れておく。
大量の獲物や、万一魔物が出たとしてもこれだけの装備があれば逃げる時間を稼げる。
「準備できました」
シルフィアがそう声を掛ける。すると武器の感触を確かめていた二人も準備はできていたようで、すぐにシルフィアのもとへやってくる。
「ではお姉様と待ち合わせしていきましょうか」
「護衛はどうしますか?」
「アーテミージアもいますし、必要ないでしょう。では参りましょう」
やれやれと見えないように肩をすくめたシルフィアは二人について武器庫を出た。
「お待たせしました」
「いいのよ。あら。準備万端ね。私は狩りをしないから任せますね。シルフィア様。図々しいようですが。私をお守りください」
「無論でございます。命に代えてもお守りいたします」
「頼もしいわ。さぁいきましょう」
供の者も連れずにこの四人で狩りに行くという危険すぎる行動に、シルフィアは冷や汗を背中にかきつつ、ついていった。
「このあたりですわ! この間大きな熊を見たんですのよ!」
「ならこのあたりで狩りましょうか。お姉様は私から離れないようにしてくださいね」
鎖の先端に大きなはりせんぼんのような鉄球を付けた武器、モーニングスターを構えたファリアが姉を守るべく立った。
「実力見させていただきますわ! 始めますわよ!」
「わかりました」
こんな状況でなければ楽しめたものを、などと思っていたシルフィアもいざ開始の号令を聞くとスイッチが入ったかのように駆けだした。
シルフィアは周辺を駆け回り、狩猟指定動物や魔物の痕跡を探す。
そして痕跡を発見し立ち止まる。
「アーテミージア様。ついてきていますよね? 少しよろしいでしょうか」
そう誰もいないはずの背後の木に話しかける。
「よくわかりましたわね! お手並み拝見ですわ!」
「ええ。それよりこれを」
シルフィアがそう指さした先を見たアーテミージアが得心行ったといった様子で剣を抜く。
シルフィアが見つけた痕跡は先ほどアーテミージアが言っていた、熊ではなかったものの狩猟指定動物のもので、なおかつそれなりの大きさがあると推定されるものだった。
シルフィアは背負っていた長銃を取り外し、はるか頭上にある樹の枝へと飛び乗った。
視界は悪い。耳に頼るしかない。
心の中でそう言いながら、長い銃を構え、照準器をのぞき込む。
見つけた。脳を一撃で飛ばせば勝てんな。
次の瞬間、周囲に銃声が響いた。
枝から飛び降りたシルフィアはアーテミージアを探す。
「アーテミージア様。大猪は仕留めました。損傷は頭蓋のみなので食肉、毛皮、アクセサリーなんでも利用できるはずです」
「驚きましたわ! やはりあなたがあのシルフィアでしたのね!」
「あの、と言われても良くはわからないのです。申し訳ございません」
「えっとですわね。ワタクシ達は良くお茶会をするんですの!」
「存じております」
「そこで小耳に挟んだことがあったのですわ! 美しい狩りをする銃使いの貴族を!」
「それが私だと?」
「今ので確信しましたわ! 獲物を綺麗な状態で始末し、その手際も見事ですの! なるほど噂通りですわね!」
「恐縮です。それとアーテミージア様」
「分かっていますわ!」
そう言ったアーテミージアは後ろをバッと振り返り、ツーハンドソードを見えない速度で振るった。
鼻から上下に分断された大猪から飛び散る血液をまるでダンスでも踊るかのように躱し、衣服に血の滲みすら付けず狩りを終えた。もちろん剣にも血はついていない。
「凄まじい技量です」
「でしょう? 銃で綺麗に狩るのも悪くないですわ。でも、やはり剣で斬ってこそ狩りですわ。銃じゃ楽しくないですわ」
「いえ。銃でも楽しいですよ」
「まぁ楽しみ方は人それぞれですわ!」
「そうですね。では獲物持って帰りましょう」
「んー! やっぱり狩りは呼吸でしてよ!」
そう叫ぶアーテミージアの声は森の木々に吸われていった。
<第一話完>
令和元年ということで新連載です。