生存矛盾
「ハサム!」
うるさいな、と感じながらも耳が遠くなった頭を振りながら体をあげた。頰が切り裂けどろりとした血が流れていた。
砲弾片か何かが掠ったようだ。後で縫わないとな、と考えている間に無意識で手に持つ銃に土が詰まっていないか、壊れていないかを確認していた。
「重迫の援護はどうした!?」
「対砲兵戦で思うように動けんそうです。陣地転換中」
「急がせろ!」
紛争、という言葉で表すには激しすぎる、世界中で戦争状態に突入したのはいつからだったか。地球環境の著しい悪化が始まりだった。誰もが地球に本格的なメスを入れることを恐れた結果、地球環境の限界点を超えたのだ。それからは早かった。ジオテクノロジーを進めていた一部以外では、生存の為の、原始的闘争が繰り返された。
水と食料、生存できる土地を巡る戦争だ。
ここはありふれた紛争の一つ。言葉の通じない異民族の侵入を拒む最前線であり、ただの戦場だ。
「ハサム、戦車だ、戦車がくる。後ろに装甲車もいる」
「わかってる。先頭はやりすごせ。戦車は通す、装甲車に無反動砲を打ち込め。戦車にはどうせADSがある。ベテランに任せろ。お前たちは装甲車を狙え。戦車は通せ」
機甲戦力に生身で晒されていた。だがハサムは、降り続く雨の中で破れた傘を差し直し、薄い霧越しに透ける影を見つめる。
「白兵戦ではこっちが有利だが、やっこさんの対人索敵システムを侮るな。榴弾機関砲でミンチにされるぞ」
ハサムはただの機織り職人だった。しかし長年の軍役が彼の生き方を決定的に変えていた。機織りの三男坊が、兵隊一個大隊の長で、もっとも経験のある生き残りの兵士なのだ。
「無人機が塹壕を攫ってる。野砲の集中射撃が終わったら各隊を展開しろ。破壊された塹壕は放棄、戦闘は各自に一任する」
ハサムは空を指差した。小雨の降るどす黒い雲の下に、六機ほどの無人航空機がハゲタカのように旋回していた。狙いは後方の重迫撃砲の無力化だろうが、片手間でハサムたちにも砲弾を余裕してくるかもしれなかった。
「対戦車チーム前進だ。一四射点から戦車を食えそうだ。走れ!走れ!」
大型の対戦車ミサイルと予備弾を抱えた二名一組のチームが、いくつか走っていくのを見届けた。時期に戦車が突っ込んでくる。陣地に能力を測るための威力偵察だ。全速突進してきて、一発、二発、戦車砲を撃ち込んでまた全速で戻っていく。ここで叩いておかないと、戦車はより深く突入してくる。ハサムの部隊に、戦車を足で追いかけられる兵士はいない。
敵の目的はわかりきっていた。ハサムは頭の中の地図を書き起こした。突破された先にあるのは、この地域一帯で最大の水源だ。製水施設がある。極めて重要な戦略拠点だ。旧先進国が地下に埋め込んでいた汚染物質の浮上が、地下水道を軒並み死の水に変えた今では、何よりも欲する場所だった。
人類はどこで間違っていたのか。ジオテロリストあたりは、人類の存在そのものだと断言しそうだ。ハサムはそんなことを考えてしまい、吐き気がした。
誰もが幸福を願って、科学と人工物の環境に身を任せていた。そんな時代があったのだ。今では異端とされている。星は死につつあった。それを止めてはならないとまではいかないが、星の御心に任せろというのが、半分よりは多い人類の意思だ。科学に失望して、星とともに死のうとしている。考えがそこで止まっている。だが生きようともしている。そんな矛盾だ。星を傀儡に改造しても生きようとしつつも、神になることをどこまでも恐れ続け星を殺そうとしている。矛盾した話だ。
「死ぬなよ」
ハサムの心の呟きは声になっていた。死地に送り出し生還を期待していながらも、死ぬだろうと考える、これもまた、矛盾か。
戦いは終わらない。永遠に続く。それは変わらない。ずっと変わらなかった。今までも、これからも、それだけの話なのだ。




