正義を討っちゃった
「何をしている!」
昔、小学校の頃だ。教師にこう言われた。「優しい人間には優しくしなさい。それは何よりも尊いことだ。誰もができないことだから」俺は、そんな当たり前のことなのに、て変なのと思っていた。
「正義だよ」
ユウキは正義の顎を殴り割った。正義の周囲には機械の人たちだったものが転がっていた。ジオテロリストの拠点の一つは、機械の人たちの処刑場だった。
「なぜわからない。人間は、命は地球からだけ生みだされるものだ。偽物が存在していては駄目だ」
言葉の通じない土塊を蹴り倒した。正義が何かをほざいていたが、ユウキの耳には届かなかった。まだ生きている機械の人を引きずり、助けだす。
「偽物だぞ。偽物に命をかけるのか」
「そうだよ。あたりまえだろ」
機械の人を殺す者たちは、機械の人の存在は罪の象徴そのものだ。彼らは今の科学を憎んでいる。昔は違ったのかも知れないが、特に機械分野の科学を嫌っている。だが彼らもまたハイテクだ。科学を否定するための科学探求に余念がない。機械の人の殺しかたを心得ていた。
何故?という理由を誰もが求めるが、それは必要だろうか?そこに敵がいて、敵として振舞うのならば、これを敵として葬るべきだ。
我々は我々をどこまで理解しているのだろうか。少なくとも彼は、ユウキは敵の存在を理解できないでいた。極端なまでの科学否定を、ある種の宗教にまで高めている組織だ。未知への否定的意思とはどこか違うように感じた。
「正義は我々にあるのだ。何故だ、何故わかろうとしない。自然のままに生き、自然のままに死ぬべきなのだ。今の社会を見ろ、あまりにも、あまりにも逸脱した社会だ。間違っているのなら破壊するべきだ、破壊しなければいけないのだ」
正義は語るが、ユウキは耳を貸さなかった。これから施設で正義の思考を吸い取るのだ。嘘かもしれない言葉を聞いている暇はない。後でわかることだ。
ユウキは昔の、彼の教育者だった男の話をずっと覚えていた。正しいことを信じろ。正しいということは、ユウキには即答できない。そのくらいには考えるほど大人になった。ただ、世の中正しいと思い込んで考えない連中も多いな、とも感じていた。
「私は……正しいことをしてるんだ。罪に問われることこそが罪だ。警察は面子の為だけにおぞましい迷宮事件を創作して、政治家どもは国家など考えない私利私欲で市民に寄生する。私は、正しいことを代行しているだけだ」
ユウキも警察は嫌いだった。関わっていた事件を潰されたことがある。組織の面子とそこそこ法を守らせる能力には眼を見張るものがある、気がした。
装甲車両の一角に正義は完全に固定され、壁を叩いた。発進の合図だ。ガタガタと走りだした車の中で、ユウキは尻に力を入れた。
「遺伝子操作された人間は不要だ。偽物の人間もいらない。私たちは、私たちだけでもいい美しくいられるんだ。行き過ぎた科学は、自らを汚し続けているとどうして気がつかない」
ぼんやり考えごとをしていた。正義の言葉はもう、ユウキには届いてはいない。ごとごとと揺れる車の中でで、ユウキは既に興味を失っていた。それはとても自然なことだ。誰もが誰もに興味をもたない。正義のいう自然のままに、ゆるりと流れ続けていく。




