良心の話し相手
友人は、人間だけではなかった。人間以外の友人がいつのまにか増えていて、子供たちにとっては、もう、それが当たり前のようだ。
家に帰りリビングに入った田中はネクタイを緩めながら、息子の春雄がデミロイドと遊んでいるのを、テレビニュースの横目に見た。スーツを着替えるのは面倒だ、その前に夕食を食べてしまおうとちゃぶ台についた。
野菜炒めの夕飯はシンプルそのものだ。もしかしたら、と田中は考えた。母がいる家庭では、もっとちゃんとした、豪勢な食事かもしれない。春雄の母で、田中の妻は家にいなかった。
「父さん!メイ、父さんを捕まえて!」
「着替えさせる!」
「こらこら」
デミロイドは人間を完全に模しきらない亜人型のアンドロイドだ。人間型のようで人間とは明らかに違う、尻尾という器官が田中を捕まえた。
田中も、勘弁だ、とスーツからパジャマに着替えた。くたびれたスーツ姿での夕飯は駄目だ。
「……」
いえーい!と春雄とデミロイドのメイがハイタッチをしていた。田中だけでは、春雄はここまで明るく育たなかった。田中には根拠がないがそんな確信があった。田中は部下を抱える身だ。人間は良くも悪くも、様々な存在との関係で性格が変わることを知っていた。春雄には、メイの存在が良いほうに成長を促したようだ。
人間の心なんてもとより不完全で、古代からいろんな生き物との協調を前提に適応しているのだ。馬や犬猫などが例だ。今の時代には、デミロイドという存在が新しい共存の一つなのだろう。
「中学はどうだ?」
田中は春雄に訊いてみた。
「楽しくない。勉強が面白くない、体を動かすのも動かさないのも嫌なことばっかり」
「そうか」
「でもさ、良い感じの友達ができた。そいつはちょっとオタク気質があるけど、凄い話があうんだ」
「オタク?何の」
「うーん、なんだろ……バーチャルアイドル?」
「そうか。友達は大切にな。だが、『その時』にはキッパリ別れるだけの自信は忘れるな」
「うん!」
春雄に多くの質問、というよりかよう中学で何をしたとか、何を感じたかなどに田中は耳を傾けた。春雄は学校という組織は嫌っている感じを受けた。そこに集まる友人は好きだが、学校の教育関連やらは基本的に嫌いだそうだ。宿題の難問を手助けしたり、風呂を入れたりで春雄が部屋に戻ってしばらくすると、デミロイドのメイがリビングに戻ってきた。
「どうした」
「春雄が寝ましたから」
「そうか」
春雄の前では開けない缶ビールを開けた。春雄はアルコール臭を嫌うのだ。
「あいつは、俺がいない時でも上手くやれているか」
「春雄ですか?はい、楽しそうにしてくれます。もっと楽しんでもらいたい、と思わせてくれるほどに」
「そうか」
「悩みは」
「流石にそれは……思春期ですので」
「そうか」
思春期にしては、春雄はおとなしいくらいだ。男なら、悩みも幾つか抱え込んでいるものだろう。だがあえて突く必要も感じなかった。
家でのことは、特に春雄に関してはメイのほうが詳しい。田中は父親として情けないかな?と感じつつも、知っている相談相手が話し相手で助かっていた。任せられるということが安心なのだ。
「私事なのですがーー」
「なんだ」
「ーー尻尾が少々故障しました。調子が悪いので、予算を組んでいたたければと」
「それは、春雄には訊けないな」
「最近はお小遣いを気にしています。遊べるお金がいくらでも必要ですから」
「それで培地を増やしたのか。メイ、目を話すな、思春期の男は性欲の怪物だ」
田中は、ふっ、と少しだけ口元を笑わせた。
「私も学生時代、貯めたバイト資金を握りしめて大人の店に飛び込んだ」
「違法では?」
「そういうこともあるということだ。店でなくとも、学校には一人、二人は『その手の噂の娘』がいるだろう」
「不潔ですよ」
「メイは清潔だな」
明け透けすぎる、下世話な話題だ。
「下の話しはともかくーー息子を頼む。今日までも、明日からも」
「かしこまりました」




