お食事の正体
ここに命はない。
ひしめく肉塊を前にして、食料品の正体を知ったものは誰もが通過儀礼をやってきた。すなわち、吐く、である。
低負荷環境工場食料プラントに今期の新人が通過儀礼をしたことで、肩をすくめる。逆見凪竜は昼食のステーキを切り分けながら、午後の教習を考えていた。
新人にプラントが育てるモノの正体は刺激が強すぎるのだ。子供の教育と知識には昔から冗談半分で、魚は切り身で泳いでいるし、フライドチキンが森で育つto信じる子供がいるなんて囁かれてきた。
食糧プラントは、もう少しだけタチが悪い所になるだろう。細胞レベルでは生きている、『極めて効率的な筋繊維』が剥き出しのまま培養されているのだ。凪竜はよく、内臓牧場と例えていた。実際プラントの技術には、培養臓器の技術が大きな意味を持っていた。本質的には同じなのだ。食べるか、埋め込むかの違いしかなかった。だがそれでも、新人にはちょっと刺激が強すぎる。前知識があってもだ。
「はぁ〜……」
凪竜は今頃、昼食もとらずにトイレで胃液まで絞り出している新人を思って溜息を吐いた。
「よっ!凪竜、タマゴ達の研修おつかれ〜」
わはは、と勝手に相席してきた同僚の紅葉郎だ。彼は昼からホルモン丼という中々にヘヴィーな食事を食べるつもりのようだ。タマゴというのは、新人未満を表す紅葉郎の勝手な表現である。
「お前、もう昼休憩に入ってよかったのか?」
「うちの担当が吐くだけじゃすまなくてな。医務室送りだ。中卒が年功序列でだらだら働けるお役所仕事じゃなくなったからな」
「楽な夢と見て現実と交通事故したわけか。よくある話だ」
「そーいうこと」
凪竜はステーキにナイフの刃を走らせた。肉筋は容易く裂かれ、サイコロ状に加工されていく。オニオンソースと絡めて口の中に放り込めば、味付けされた脂の旨味が舌を楽しませてくれた。
「食糧事情を支える社会の根幹に対して嫌悪するだなんて、とんだ我儘もあったもんだ」
紅葉郎は苦笑しながら、ホルモン丼を箸でつついた。上品な食べ方だ。紅葉郎は娘にいつもキツく、汚く食べるなと言われていると愚痴っていたのを凪竜は思い出した。
「普通は気持ち悪いだろ?皮も毛もない、本物の肉塊が生かされていて、私たちはその肉塊と毎日接するんだ。内臓に囲われた生活をしているようなものだよ」
「何も体を洗ってやれとか、手懐けろじゃないぞ、紅葉郎。機械化されてるから、監視と管理をしておくだけだ」
「効率的にな」
「そう」
プラントの仕事はせいぜい、モニター越しに管理をするだけだ。ゴミ焼却炉の仕事のほうがよっぽど大変だ。あれは燃焼を見極める必要があった。それに比べれば、プラントの仕事は単純で、能無しが高給取りになれるチャンスだ。しかし人気はなかった。
「ジオテロリストが聞いたら発狂するぞ、凪竜」
「どうしてだ」
「生き物を生き物らしく扱ってない」
紅葉郎は真顔だった。本気だ。
プラントはジオテロリストに襲われたことがある。食糧の成長遺伝子に細工をされて、怪物をプラント内で量産されたのだ。治安部隊の重武装部門が到着するまで、プラントにいた人間は肉塊の怪物と椅子と机で戦うことになった。
「なんか最近は、外と差がある気がするよな」
「わからない人間には永遠にわからないさ。わからないんだから」
「確かに」
人間は、誰もが、わからないことをわかろうとするほど殊勝ではないのだ。
凪竜は、それに紅葉郎はメガコープ・テクノミカドの社員だ。科学と政治の分離が叫ばれたメガコープの一つ、テクノミカドは日本系の会社だ。だが日本国民からもっとも孤立している企業であった。
高度な機械化、クローン工学、高効率環境循環システム、ライブメタルなどは別にテクノミカドの専売特許ではないが、メガコープ外の人間には理解しがたい。メガコープの中と外では、致命的な認識と理解の差が生じていた。
食糧問題を解決した、食用クローンブロックの生産プラントはその最たるものかもしれない。少なくとも見た目の抵抗は一番だ。
新人はまず、その洗礼を受ける。
「はぁ……」
「嘆くな嘆くな。ほら、新人どもが待ってるぞ、さっさとその肉を腹にしまえ」
「うわっ、マジか」
時計を見れば、凪竜にのんびりと食べていられる時間は残されていなかった。慌ててかきこみ、早足に食堂を飛びだした。




