ラストイエスタデイ
人間らしさ、というものにいつも疑問があった。突き返された卒業論文の紙束を机の上で開く。今見ても、悪いテーマとは思えなかった。だが学校から卒業させられたのは前任のいる数十年もののテーマだ。
パソコンの中には人工生命がいる。声も形もないが、考え、文を作ることができた。純粋な思考の存在だ。永峰は“彼女”フィフスを人間らしい存在と置いていた。
「フィフス、おはよう」
〈私にとってはおはやくないが、おはようだ、永峰〉
フィフスは少しひねくれている。睡眠が必要ないから、いつまでも起きていると言いたいのだ。可愛くない。だが可愛いと好きとは別物であるように、永峰に悪い感情は湧かなかった。
永峰は何も言っていないのに、フィフスは今朝のニュースをピックアップした。毎朝の習慣だからだ。一面の記事としては、『AIを拒む勇気』という言葉に目がいった。
曰く、人間が人間の為に作った社会をAIに奪われている、というお話だ。AIは今の社会ではありふれていた。AIではないだろうものもAIとうたってはいたが、ちゃんとしたAI、人工知能もたくさんあった。
「地球を憂うものたちにとって、君の存在はやっぱり禁忌のようだ。いや、CWのほうがおぞましいか。今や最前線は、死者と肉食獣が環境兵器荒れる中で戦う地獄だ」
〈新しい体を用意したのか?〉
「そうじゃない。君はここにいてくれ。少なくとは今はね」
〈了解なのさ。創造主にして私の息子〉
「その呼び方はやめてね」
永峰は仕事に取り掛かった。フィフスとのおしゃべりは片手間だ。カタカタと端末に記録を封していく。人間の指一〇本ではありえない速さでコードを書き込んでいるが、それは彼の指が何十にも枝分かれして独立に端末へ入力しているからだ。永峰はサイボーグだった。
〈今日は何を残す〉
「英雄たちの物語。作られた歴史の物語。実現せいのない過去でも、作られた思いは確かにあるから」
永峰は巨大な図書館の一角を担当していた。それが永峰の仕事だ。図書館の名前は歴史。失われつつある世界から、記録としての世界をゼロから築く計画の一環だ。英雄譚、空想上の存在も全て組み込まれた。記録の上では幻想も存在しているからだ。
フィフスは、永峰が作った。ただまだまだ未完成だ。フィフスには体がない。心だけの存在なのだ。体を作るのは別の担当の仕事だが、まだ完成していないことに対しての申し訳なさが永峰にはあった。ただこれは仕方がないだろう。フィフスには長い時間への備えが必要なのだ。作る命令を受けた側の苦労は理解できていた。
だがフィフスはとても大切な存在だ。人間は死ぬとき、せめてなにかを残しておきたいものである。自分自身が消えても残る、そんな何かをだ。では、人類そのものが消えようとしている時に、人類は何を残しておくべきだろうか?その計画の一つが、フィフスなのだ。生きたる歴史計画。人類の足跡を引き継げる架空生命群だ。
「フィフス、調子はどうだ」
〈悪くはないが、良くもない。私は完成していない。不完全とは心地の良い状態と違う〉
「完璧未満の楽しみがあるさ」
〈それは同意できる。君と同じ意見をもてて私は嬉しい〉
「光栄だよ」
もしかしたら明日、消えるかもしれない。だから、だから今日だけは、もう少しだけ永峰に無理をさせていた。無かったことにはさせないために。消えてしまわせないために。その為に、今日がある。




