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蛙の神様  作者: 五十鈴 りく


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17/30

◇16

「なあ、じいちゃん。トノって古臭いものが好きなんだ。蔵にも興味があるみたいだし、古い本とかも大好きだから、なんか見せてやってもいい?」


 俺はトノの筋書き通りにじいちゃんにそう告げる。じいちゃんは縁側で、少し曇り出した空を見上げながら一人で囲碁を打っていた。


「そうか、若いのに感心だな。古い本か……まあ、蔵には何かとあるが」

「家系図とか、そんなのも見てみたいんだって」


 じいちゃんは勘がいいから、俺があんまり喋るとボロが出る。そこからはトノが引き継いだ。


「家系図なんて一般家庭にはなかなかないですし、一度見てみたいなって。カケルくんが言うには、歴史のあるお宅だということなので、あるんじゃないかなと思ったんですが」


 カケルくんとか、寒い。そんな呼ばれ方トノにされるとかゆい。

 でも、じいちゃんはニコニコしていた。


「よしよし、出してこよう。蔵まで一緒にくるといい」

「ありがとうございます!」


 もしかして、本当に古臭い蔵に興味があって覗いてみたいだけなんじゃ……

 そう思ってしまうくらいにトノが嬉しそうに見えた。

 なまこ壁に三角屋根の、別に珍しくもない蔵。でも、トノに言わせれば蔵があること自体が珍しいって。


 蔵の中のものは、じいちゃんと親父が虫干しとかしている。それでも少しは黴臭い。なのに、トノは珍しくテンションが上がっているように見えた。こいつ、変わっているからなぁ。


 蔵の中は古いタンスとか棚とか、そんなものが入っていて、じいちゃんは奥からごそごそと数冊の和綴じの本と細長い箱を持ってきた。


「これが家系図だ」


 細長い箱の中に掛け軸――いや、もっと小さい。そう、巻物が入っていた。その紐を解くと、それが家系図だった。俺も見たことがあったはずだけれど、昔すぎて覚えていなかった。


 じいちゃんが大切そうに広げて見せてくれた。じいちゃんもそれを引き継いできたわけだから、親父に渡すまで自分が痛めちゃいけないって大事にしているのかも。そういうものを受け継ぐって、重たいな。親父の次は兄貴だ。俺、次男でよかった……


「うわ、すごい。元文からですか……。苗字もありますね」


 ゲンブンっていつだっけ?


「まあ、苗字帯刀は許された庄屋だが、士族ではないよ」


 じいちゃんもなんとなく楽しげだ。こんな古臭いことに興味を持つ若者がいて嬉しいのかな。


「これは大正の頃のご先祖様の手記だが、当時のことが色々と書かれていて面白いから、興味があれば開いてごらん」

「ありがとうございます!」


 ――トノが目的を忘れているように思えてならない。学校で見たこともないくらいに目の色がイキイキ輝いている。

 じいちゃんはニコニコとしながら家系図だけを片づけ、手記を残してくれた。


「わしも今日はこれから寄り合いがあるから、読み終わったらおさむ十和子とわこさんに言って片づけてもらってくれ」


 やった! 俺が不純な動機で喜んでいることがバレませんように。

 ちなみに、オサムは親父、トワコは母ちゃんのこと。


「そうなんだ、いってらっしゃい」

「せっかくなので、お言葉に甘えさせて頂きます」


 礼儀正しいトノに、じいちゃんは終始ニコニコだった。気に入られたもんだな。

 でも、じいちゃんの背中が見えなくなると、トノの様子がいつもに戻った。つまりはほぼ真顔に。


「いいおじいさんだな。なんか申し訳なくなる。やめとくか?」

「え! やめてもなんにもならないよな? 別に俺、悪いことしたいわけねぇよ。向こうと仲良くしたいだけで……」


 トノは俺のことを一度じっと見ると、それから小さくうなずいた。


「まあ、そうだな。これがきっかけになっていい風が吹けば、それでいいんだ」

「うん」

「家系図なんだけどな、初代は江戸時代の人だった。ちょっと古すぎるから、この手記の大正頃が妥当だと思う。一応その辺りの年号は暗記したけど」


 本当に頼りになる。俺はひとつも覚えていない。


「とりあえず、この手記も何か参考になりそうだから目を通す。ちょっと待ってろ」


 そう言うと、トノは手記を開いた。茶色く色が変わった紙を丁寧に扱う。ボロボロなんだけど、戦争だって挟んでいるんだから、思えばよく残っていたな。


 こういう時のトノの集中力はすごいから、声をかけても駄目だ。俺は素直に座って待った。どれくらいかそうしていると、トノはいつの間にかスマホを取り出して何枚かカシャカシャと写真を撮っていた。

 それで満足したのか、本を閉じる。


「なるべくこの筆跡に似せて書かないとな。そんなに癖は強くないから大丈夫だろ」

「お、おう」


 トノの方が肝が据わっているのか、俺の方がずっと焦っていた。本当にできるんだろうかって。

 その日、晩飯はいつも以上に母ちゃんの気合が感じられた。


 鶏のから揚げ、春巻、マカロニグラタン、手毬寿司、イワシのつみれ汁、肉じゃが――今日は姉貴も買い物から下ごしらえまで手伝ったらしい。こういう時、やっぱり女の子はいいわねぇとか言って母ちゃんが姉貴をおだてている。スイマセン、役に立たない息子で。


「毎日こんなに美味しい手料理で育ってるカケルくんたちは幸せですね」


 なんてことを言うから、母ちゃんもご機嫌だ。トノの家は両親が共働きらしいから、もしかするとそれはお世辞じゃなくて本心なのかもしれないけれど。

 食後に出されたフィルム包装のチーズケーキは、トノのお母さんが持たせてくれた手土産らしい。皆で美味しく頂いた。




 さて、そうしてトノが風呂に入っている間に俺は客用の布団を自分の部屋に敷いておく。友達を家に呼ぶとか、そういう経験がないから変な感じだ。

 でも、トノと布団を並べるのも中学の修学旅行以来と思うと楽しいけれど。

 ちょっと湿った髪で風呂から上がってきたトノは、俺の部屋の戸を閉めるとささやいた。


「例のヤツ、データは集まったから、来週までには仕上げられると思う」


 ご先祖様の遺言のこと。俺はこくりとうなずいた。

 そうしたら、トノはあまり見たことのない複雑な笑顔を見せた。


「いい家族なんだけどな」


 うん……

 俺もそう思う。自分で言うのもなんだけど、いい家族だ。

 歪んでいるのは家族のせいじゃない。古臭い確執のせい。


「また来いよ」

「そうだな」


 この家族の多さもトノには珍しかったんだろう。アツムにじゃれつかれても嫌そうにはしていなかったし。

 俺も静かなマンションでぽつりと暮らしてみたら、騒がしい家族が恋しくなるのかな。




 それからきっかり一週間。

 金曜日の朝、トノは俺に書面を手渡した。クリアファイルに挟まったあの古びた紙には下書きの文章がきっちりと入れられていた。

 “大正十三年、五月末日、藤倉丈”

 ……本当に、昔の人が書いたみたいに見える。紙には染みとかもしっかり入っていて、本当にこれが作られたものには見えなかった。美術部とはいえ、クオリティが高い。


「どうやってこんなの書くんだ……?」


 俺が思わず訊くと、トノは平然と言った。


「うん? 文字も書面を書くっていうより、絵を模写するような感じだな。極細筆ペン、サンドペーパー、消しゴム。スポンジに油とか絵具をつけて染みを作ったり」


 将来的に贋金作りとかに目覚めるなよって心配になる。それくらい、トノは器用だった。

 でも、トノはこうして書面を用意してくれたけれど、最後にひと言を添えた。


「それを用意したのは僕だけどな、使うのはカケルだ。お前がどうしてもって思うなら使え。でも、失敗する可能性だってある。いや、その方が高いくらいだ。失敗する覚悟もないならやめておけ」


 トノは、俺が困っているから手を貸してくれた。その力を借りたのは俺で、全部は俺の責任としてやれってことだ。


 この段階で釘を刺すのは、トノなりに俺の家族への配慮なのかもしれない。余計な波風を立たせない方が、家族のためではある?

 このまま疋田村と仲違いを続けていても、お互いがそう困るわけじゃない。

 困るのは、俺。それから、アキも……?


 俺の勝手が色んな人を巻き込むけれど、その先には手を取り合える未来があると思うから。

 雨降って地固まる、まさにそれなんだ。今から雨が降る、二つの村はそういう状態――




 そう、すぐにでも使うつもりでいた。

 でも、やっぱり勇気がいる。どうしようかな、どうしようかなって迷う自分。


 バレたら多分、すごく怒られる。それくらいなら、このまましばらく様子を見て、そうしているうちに何かが変わるかもしれない。下手に動くよりその方がいいだろうか。


 でも、いい変化があるかなんて、そんな確証はない。現在、そんな兆しすらない。このまま平行線の一途を辿りそうだ。


 金曜日の夜、ずっと悩んでいた。悩み過ぎて眠れそうにないくらい。

 そんな俺の背中を押したのは、アキからの電話だった。

 二十一時半、そんな頃に電話が鳴って、俺はベッドに放り投げてあったスマホを素早くすくい取った。


「もしもし!」


 勢い有り余る俺に、アキはちょっと引いたかもしれない。


『あ、う、うん、カケルちゃん、元気……そうだね』


 訊ねるまでもなく元気そうだったらしい。


「うん。アキは元気?」


 ちょっと声を落としてささやく。アキが電話の向こうでうなずいた気がした。


『元気だよ。あの、用があるわけじゃないんだけれど、ちょっとカケルちゃんの声が聞きたくなったって言ったら笑う?』

「え? なんで? 笑わねぇし!」


 笑うって、にやけてるけれど。そういうことじゃないよな。

 そんなふうに言ってもらえたら嬉しいに決まっている。

 でも、俺が浮かれているのに対して、アキの声は元気だって言う割に元気そうじゃなかった。


『ありがとう、カケルちゃん。やっぱり、カケルちゃんと話していると元気を分けてもらえるみたい』


 そんなことを言った。……やっぱり、何かあったのか?


「どうした? なんかあったなら、話くらい訊くけど」


 学校で友達と喧嘩をした? まさか、あの変質者がまた来た? それとも、家族に俺と何度も会っているのがバレた?

 いろんなことが頭の中をぐるぐると駆け巡る。


『ううん、たいしたことじゃないの。心配かけてごめんね』


 ごめんとか、そんなこといいのに。アキは今、どんな表情をして話しているんだろう。電話口ではもどかしい。顔を見て問い詰めたい。励ましたい。

 でも、それが難しい。アキが出てきてくれなかったら、俺からアキに会いに行くことはできない。電話口では気持ちが上手く伝わらない。


「……会いたい時に会えたらいいのにな」


 ぽつり、とそんな言葉が零れた。それが俺の本心で、願いだった。


『そうだね。本当に、そう』


 アキもそう言ってくれた。

 電話では伝えきれないことを、そばで息遣いを感じながら聞いてやれたら、俺だって何かの役に立てただろうか。


 それくらいのこともできない現状が、どうしようもなく歯がゆくて、やっぱり俺にできることはしなくちゃいけないって気になった。それはあのトノの手を借りた偽文書を使うこと。それしか思い浮かばなかった。


 嘘はいけない。でも、このままじゃもっといけないから――


 気づけば、雨が窓の外を濡らしていた。梅雨らしい雨が降っているだけなのに、俺はそのせいで陰鬱な気分になったような気がした。


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