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蛙の神様  作者: 五十鈴 りく


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13/30

◇12

 そのスイーツ店は、ワッフル、パンケーキ、ジェラート……なんか色々とあるらしい。ランチの時の失敗から俺は学んだ。カラフルな軒下テントの辺りで俺は軽くできた列に並びながらアキに言った。


「俺はすぐに決められるから、アキは今のうちにショーウインドー眺めてこいよ。俺が並んでるから、決まったら戻ってくればいいし」

「あ、うん……。じゃあお言葉に甘えて。わたしが決まったら今度はカケルちゃんが選んできてね」

「うん」


 正直、俺はなんでも美味しく食べられる。要するに、なんでもいい。そんなにスイーツにこだわりはない。

 でも、白けるからそんなことは言わない。


 笑ってアキを送り出す。その間も真剣な表情で悩んでいるアキの横顔を離れたところからずっと見ていた。後ろのOLっぽいお姉さんが、俺が列の中にいながら前に進まないからイラッとしていた。それに気づいて慌てて進む。

 アキがテテテ、と小走りで戻ってきた。


「決まったよ。ありがとう」

「そっか。順番ももう少しだと思うけど」


 そんなことを言っているうちに呼ばれた。都会だったら何時間も待つんだろうけれど、こういう時は程よく田舎でよかったと思う。


 アキがオーダーしたのは、いろんなものがワンプレートに載ったパレットみたいな皿だった。美味しそうだったから、俺も同じものにした。


 キラキラと輝くスイーツ。まぶした砂糖までスパンコールみたいだった。

 色とりどりのフルーツやクリーム、ソース。女の子ってさ、スイーツの甘い味はもちろんのこと、こういう可愛くて綺麗な見た目も込みで好きなのかもしれないな。


 そのパレットのスイーツのひとつひとつは本当に小さくて、俺にとってはひと口だった。パク、パク、と普通に食べるとすぐに食べ終わる。美味しかったけれど、すぐだった。

 俺はなんとなくコーヒーを飲みつつ、幸せそうにフォークの先にスイーツを刺しては口に運ぶアキを眺めていた。


「美味しいね、カケルちゃ――」


 そう言いかけて、俺がすでに完食してしまっていることに気づいたらしい。そこでアキが何を考えたのかを、俺はなんとなく察することができた。


「俺、早食いなんだって! アキはアキのペースで食えよ。電車なら、まだ何本もあるんだし、急がなくていいからな」


 俺を待たせたら悪いとか、そういうふうに考えたら味わえない。アキはゆっくりだ。アイスがちょっと溶けている。

 でも、それはアキが美味しいって感じながら食べるテンポなら、できる限り邪魔したくはない。俺だって、逆にゆっくり食べるのはもどかしくて無理だ……


「ありがとう、カケルちゃん」


 ふわりと笑う。そうしてまた食べ始めた。


 アキが食べ終わってひと息つけた頃、店もまだ込んでいたし、長居しにくい空気だったから、俺たちはそのまま清算に向かった。ランチの時と同じように俺がまとめて払った。

 それから店を出ると、アキはまた財布から千円を抜き取って差し出す。でも、俺はそれを受け取らなかった。


「ここは駄目」

「え?」

「ここは俺が誘ったところだから、俺が払う」

「ええっ」


 それは最初から決めていたことだ。それくらいのことはしたいって思ったから。

 受け取った方がアキは喜ぶんだろうけれど、ここは俺の気持ちを通してみたかった。

 アキは困ったように首を傾ける。


「でも、悪いよ」

「悪くないよ。俺がそうしたいだけで」

「そんなことされると、次から行きにくくなるし……」


 う――

 そこまで気にしなくたっていいのに。

 でも、言い出した以上、引けない。そんなしょうもない俺の意地をアキなりに酌んでくれたみたいだった。


「じゃあ、今回だけ。ありがとう」

「どういたしまして」

「でも、帰りの電車賃はわたしが払うからね!」


 気を遣いすぎ。素直にごちそうさま、でいいのに。

 アキは色々と損な性分だなぁ。




 俺たちはそれから来た道を戻った。帰り道もアキはご機嫌に見えた。

 十七時以降になると田舎の電車とはいえ少し込み始めるから、十六時半の電車に乗ることにした。電車に乗って二駅で俺たちは楽しかった非日常からいつもの日常に戻る。

 また、村の中ではろくに口も利けなくて……


 それでも、こうしてまた外へ遊びに行けるならいいかな。七年前みたいに絶縁状態になるのとは違うから。


 アキは宣告通り俺の分の切符も買おうとした。でも、電車慣れしていないアキは少しもがいていた。もがきながらなんとか切符を買えて、嬉しそうにその片方を俺に差し出す。


「はい、カケルちゃんの」

「ありがと」


 俺も笑って受け取った。でも、内心は複雑だ。一緒に帰りたいような、まだ帰りたくないような。

 遅くなると言い訳も苦しくなるから、やっぱり帰らないと。俺とアキは改札を潜った。


 読み通り、この時間の電車は満席じゃなかった。行きと同じで向かい合った席が空いていた。そこに俺たちが座ると、電車は走り出す。


「今日はすごく楽しかったよ。ありがとね、カケルちゃん」


 座るなりアキがそう言った。そうして、カバンにぶら下がっている緑の塊を撫でる。


「ヒロも喜ぶと思う」

「アキはいい姉ちゃんだな」

「カケルちゃんもいいお兄ちゃんだと思うよ」

「そうかなぁ? あいつ、俺のこと兄貴だと思ってるのか怪しいくらいに敬ってくれてないけど」


 シノブ兄貴には年が十四も離れているせいもあって素直だけれど、俺には生意気だ。

 アキはそれでもクスクスと楽しげに笑った。本当に楽しそうにしていたんだ。だから、次の瞬間に起こることが俺にはまったく予期できなかった。


 アキは何げに床に視線を落とした瞬間、声にならないようなかすれた悲鳴を上げた。その尋常じゃない怯え方に俺もびっくりした。でも、そのびっくりにはまだ上があった。


「っ!!」


 アキはとっさに反対側にいた俺の膝の上に飛び乗るみたいな形になった。アキの体が震えている。思い浮かぶのは、あの変質者のこと。まさかどこかにいて、アキを見ていた?


「ア、アキ?」

「……ご」

「え?」

「ゴキブリがっ」


 アキはひそめたみたいな声で言った。その顔に笑顔はなくて、かなり強張っている。

 で、俺はアキを膝に乗せたままで床を見た。そこには黒光りする何かがコロコロと転がって椅子の下に潜った。あれは――口紅のフタ? 少なくともゴキブリではなかった。黒光りはしていたし、大きさも同じくらいだったけれど。

 そういえば、昔からゴキブリが駄目だった。今もそれは変わらないらしい。


「アキ、ゴキブリじゃない。口紅かなんかのフタっぽいのが転がってきただけだ」


 震えていたアキは恐る恐る目を開け、でも口紅のフタは転がって見えなくなっていた。ただそこで少し冷静になったらしい。至近距離に俺の顔があって、膝の上に乗っかっていて――それはアキにとってとんでもないことだったのかもしれない。


 今日一番の素早い動きで俺の膝からもとの席に飛び移った。顔を真っ赤にして取り乱しているアキも可愛い。それに、俺にとってはかなり役得だった。

 もう自然と顔がにやつく。俺たちのやり取りを見ていた隣のおばさんもちょっと笑っている。


 なんて、のん気なことを言っている場合じゃなかった。アキは――今日の上機嫌が嘘みたいにして、気づいたら泣いていた。


 嘘だろ?

 目を疑った。でも、アキは声を殺して泣いている。


 ハンカチ、持ってない。こんな状況はまったく想定していなかった。

 なんでこんなに泣いているんだ? それがまずわからない。わからないからなぐさめようもない。そもそも、女の子がこんなふうに泣いている状況をあんまり知らないから、本当にどうしていいのかわからない。


 声もかけられないまま、電車は村の最寄りの駅へ着いた。その間、俺はただじっとりとした汗をかいて座っているだけだった。

 アキなりに泣きやもうとしているんだとは思うけれど、涙が止まらないみたいだ。ハンカチが今に絞れるんじゃないだろうか。


「アキ、降りないと」


 俺はやっとそれだけ言った。でも、控えめに言いすぎて聞こえていなかった。急がないと降りられない。

 声をかけるより先に、俺はアキの手を引いた。アキはびっくりして真っ赤になった目で俺を見た。


「アキ、降りよう」


 う、って、小さく答えてうなずいた。手を繋いだまま電車を降りて、そうして俺は電車の来ないホームの閑散としたベンチにアキを座らせた。その隣に俺も座る。こんなに泣いたまま帰らせられない。


「……ゴキブリ、そんなに怖かったのか?」


 実際はゴキブリじゃなかったんだけれど。びっくりしすぎて涙が止まらないのかな。

 すると、アキは首を横に振った。


「ごめ、んね……」


 言いながらも、ひく、としゃくり上げる。

 あんなに笑っていたのに。同じ日にこんなにも涙を見るなんて思わなかった。理由はわからないけれど、そう泣かれると心が痛い。

 アキは必死につぶやいた。


「恥ずかしくて……」

「え?」


 恥ずかしかった。ああ、膝の上に乗っちゃったから?

 それだけ? それだけでこんなに泣ける?


「気にしなくていいって」


 もう、逆に笑いそうになる。失敗が恥ずかしいとか、それで泣いちゃうとか、子供みたいな面がある。なんて思った俺に、アキの言葉は完全に不意打ちだった。


「カケルちゃんとやっと仲直りできたのに、変な子って思われたかなって考えたら悲しくて……」

「変って、どこが?」

「そそっかしいし、優柔不断だし、鈍くさいってすぐ言われるし……」

「そんなこと言ったら、俺だって寝すぎだとか落ち着きがないとか、頭悪いとか、色々言われる」

「カケルちゃんは頭悪くなんてないよ」

「アキも変な子じゃない」


 泣いていたせいで赤い目元。色が白いからそれがわかりやすい。


「……ありがとう、カケルちゃん」


 ぽそ、とつぶやく。


「別に慰めに言ってるんじゃないからな」

「うん……」


 やっと、少しだけ笑ってくれた。俺は缶ジュースを一本買って、それをアキに手渡した。ひんやりよく冷えたジュースを目元に当ててアキはようやく落ち着いたみたいだった。

 やっと目元の腫れが引いたかなって頃、アキはぬるくなったジュースを両手で持ちながら、目線は床に向けて言った。


「カケルちゃんは本当に変わってないね」

「アキも変わってないって」

「あの頃、カケルちゃんがいてくれると心強かった」

「そっか」

「こんなこと言っても信じてもらえないかもしれないけど……」

「うん?」

「カケルちゃんがわたしの初恋だったよ」

「えっ?」


 今、なんて言った?

 訊き返そうとしたけれど、アキはそれを拒むみたいに急に立ち上がった。


「今日はありがとう。じゃあね!」


 耳まで赤くなって、それだけ言い捨てると駆け足で去った。簡単に追いつけるけど、問い詰めたらパニックになりそうな気がする。それに、俺自身もちょっとどういう顔をしていいんだかわからない。


 俺にとってもアキは初恋で、それは今も続いていて――

 心臓が破裂しそう。全力疾走した時よりも苦しい。俺はそのもどかしい痛みから頭を掻きむしった。やっぱり、追いかけようかな。俺も伝えたいことがある。


 そんな時、ポケットのスマホの存在を思い出した。

 素早く、気持ちが落ち着く前に指を動かす。


『俺の初恋もアキだった』


 短い、それだけの文章をアキへ送る。アキはこれをどういうふうに受け取るかな。

 嘘なんかじゃないから。喜んでくれるかな?

 スマホの画面に亀裂が行きそうなほどに握りしめていることに気づいて、俺は手から意識して力を抜いた。そうしたら、アキから返信が来た。


『ありがとう、カケルちゃん

 嬉しい』


 ドキドキしながら俺は一度スマホを胸に押しつけた。この心音をアキに届けたいくらいだ。

 そうして返信の文章を考えた。


『今日は楽しかったから

 また行こうな』


『うん 行きたい

 いつでも誘ってね』


 今、どんな顔をして返信していたのかなとか考えると、俺まで自然に笑ってしまう。


 ――なあ、アキはいい子だ。

 俺のひいき目とかじゃなくても、家族思いの優しい子だって言える。それなのにさ、村同士仲が悪いせいでその良さが俺の家族には伝わらない。


 目が曇っている。もういい加減、そういう古臭い考えは終わりにして、今に目を向けてほしい。

 お互いが理由じゃなく引き離される悲しさは、もう味わいたくないから。


 そうした切なさも抱えつつ、俺は今日の余韻に浸ってしばらくベンチに座ったままでいた。晩飯に間に合うように帰ればいいや――


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