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蛙の神様  作者: 五十鈴 りく


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11/30

◇10

 ただ――

 後ろめたさはそのうちに嬉しさに呑まれた。だって、アキとデートだ。アキと。


 これは計画を入念に立てて挑まないと、失敗は許されない。モテそうだとか、好印象を持ってくれているなら、それを壊したくない。


 電車の時間も調べて、勉強机に向かって毎日うんうん唸っていた。テストの時にもこんなに座っていたことはない。……そういえば、テストも近いんだけれど、それはそれ、これはこれ。


 電車に乗って、午前十一時十三分に西町に着く。それからいきなりスイーツじゃない。昼飯――いや、ランチだ。駅前なら色々とある。

 候補をいくつか絞るとして、ランチ後にどこだ?

 映画? 公園? ショッピング?


 経験値のない俺には計画が立てられない。正直、全然わからない。

 明日、トノに訊こうかな……

 トノに経験値があるというより、あいつは博識だからなんかいい案を出してくれそうな気がするから。




 そんなわけで翌日。

 俺は教室でトノのすました顔を見るなり言った。


「なあ、トノって女子とデートしたことある?」


 その途端、トノは文庫本を手にしたまま眉間に皺を寄せた。


「カケル、お前……」

「な、なんだよ」


 トノの顔が険しいから、俺の方が戸惑う。トノはため息をついた。


「お前もそんなお年頃になったんだな」

「いや、お前と同い年だから」


 その発言、おかしい。なのに、トノは妙に生あたたかい目をした。


「女子とのデートに興味があると?」

「う? ま、まあ……」


 しどろもどろの俺に、トノは妙に大人びた表情で言った。


「どの程度進展させたいんだ?」


 その発言に大きく身じろぎした俺は、上履きのつま先を机の脚にぶつけてしまった。


「い……っ!」


 いてぇ! 涙を浮かべて震える俺に、トノは顎に手を当て、ふむふむとか言ってうなずいている。


「そうか、カケルがなぁ」


 駄目だ、こいつ。頭の中が高校生じゃない。嫌なことを考えている。


「お前に訊いた俺が悪かった。忘れろ!」

「女子とデートしたことがあるかって、そりゃあるけどな」


 あるんだ! 忘れろとか叫んだ後で訊きづらい。トノは意地悪だ。

 ニヤリと嫌な笑みを浮かべている。そう、こいつは本ばっかり読んでいるけれど、よく言えばそれも知的に見える。成績だっていい。


 ひ弱そうでいて自分の意見は曲げない。他の男子よりも大人には見える。そう女子に判断されるのは、もちろん顔だ。眼鏡を取った時のギャップが女子に人気だったりする。


 女子になんて普段全然構わないくせに、時々、何組の誰それがトノのことが好きらしいとか聞く。

 俺に、トノに彼女がいるのかって探りが入る。知るかって返す。何回かそういうことがあった。

 全然興味ないって顔して、こいつは……


「あるけど、つまんないとかなんとか言って途中で帰ったぞ。誘ってきたのはあっちだったんだけどな」


 うわ、その光景が想像できすぎる。こいつ、多分その子に全然構ってやらなかったんだろうな。

 俺の目がトノを非難しているふうに見えたのか、トノはぼやいた。


「そりゃあな、いきなり明日どこそこへ来てくれないと電車に飛び込むとか、そんな誘い方してくる女子といて何が楽しい?」


 なんだそのヤンデレ……


「お前、変な苦労してるな」

「だろ?」


 トノにデートプランの相談なんて無理だ。諦めて自分なりの精一杯で行くしかないみたいだ。




 兄貴に相談してみるって手も考えた。でも、誰と出かけるのか突っ込まれたくないから、結局は何も言えない。

 そうして俺は悩んだ末に電車の時間をアキにメールした。


『わかったよ

 駅の改札前で待ってるね』


『うん

 遅れないように行くから』


『楽しみにしてるね

 ありがとう カケルちゃん』


 ……楽しみにしてる。

 ガッカリされないように気をつけないと。


 プレッシャーはあるんだけれど、それ以上に俺も楽しみだった。アキはどんな服装で来るのかな? 何着ても似合いそうだけれど。


 なんて考えてはにやけてしまう。

 そうして、約束した次の土曜日がやってきた。




 俺はその日、いや、前の晩から嘘をついた。


「俺、明日はトノと出かけてくるから。昼飯要らないし」


 トノじゃあない。アキとなんだけど、それは言えないから名前を使わせてもらう。

 嘘が上手いわけじゃない自覚はあるから、顔に出てもバレにくいように、食事の最中に言った。トノがそうしろって言ったんだ。


 どうせ女子とデートなんて家族に言い出せなくて僕の名前を使うんだろう? それならバレないようにしろって。口に物が入ってもぐもぐ動いているし、目線が母ちゃんから外れておかずの方を向いていても不自然じゃないだろうって。

 あいつ、本当に悪知恵が働くな。


「あらそうなの? まあ、殿山くんはしっかりしているからいいんだけど、迷惑かけちゃ駄目よ」

「どういう意味だよ、それ」

「そのまんまの意味よ」


 なんて姉貴にまで言われた。姉貴と俺はふたつ違いだから、中高で一年だけ被る。だから姉貴もトノのことは知っている。

 あいつは外面が良いだけなんだって。


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