神よ、どうか
新キャラ出まーす!
敦子先輩と出会ってから、2週間が経った。
未だに、康介の居場所はわからない。
手掛さえ発見されていない。
警察ですらそういう状況なのだ。
窿太郎たちド素人が放課後に捜索しても見つかるはずがなかった。
かつてのニュースでの容疑者候補は誤報とされ世間から批判を受けている。
それは警察も同様で、ネット上では炎上のネタにされているのも記憶に新しい。
校内の噂は、出所でどころが発覚したからか勢いをなくしつつあり、世間より一足先にこの話のブームは早くも終わりを迎えているようだ。
人の関心、特に10代の流行は、どこよりも早くそして目まぐるしく更新されていくのだ。
今日も今日とて窿太郎は登校直後、屋上へ早速足を運ぶ。
誰にも見つからず、最高の日向ぼっこびより。
その事に幸先の良さが滲み出ている気がした。
これでもし、地面がコンクリートではなく芝生だったら……。
そんな愚痴を頭の中で呟きながら、仕方がないなと寝そべる。
やはり春のような日差しは、今の時期が一番気持ちいい。
鳥の鳴き声が聞こえる。
田舎では珍しくもない音だが、澄んだ声というのはいつ聞いても心が洗われるような感覚をもたらす。
体の力を抜いて目を閉じてみると、鳥の声量が上がったような気がした。
しかししばらくすると、こんどは絞るかのように緩やかに音が小さくなっていく。
どんどん小さく、小さく、小さく。
―――ピトッ
「冷たっ!!」
突然首筋に何かが落ちてきた冷たさにはね上がる。
起き上がったことで、自分が今の今まで寝ていたことに気がついた。
落ちてきたその元を辿ると、あれだけ晴れていた空は厚い雲に覆われていた。
鳥の声もいつの間にか聞こえなくなっている。
ひとつ呼吸を置いて、小雨がパラパラと降りてくる。
雨か。
天の気まぐれにふてくされながらも、ずぶ濡れになるのは嫌だった。
しぶしぶ……かなり渋って教室へ引き返す。
あまり濡れずに済んだが、なんとなしに時間をかけて廊下を歩き辿り着いた扉を開けると、まだ昼休みにもなっていないのに教室のなかは騒がしい。
というのも、皆帰る支度が済んではしゃいでいたからだ。
自分のサボり癖が皆に伝染してしまったかのような錯覚をするほど、その光景は珍しいものだった。
この私立学校はどんなに酷い雨でも来いと言う鬼畜教師が多いからに違いないのだが、その中の例外である窿太郎たちの担任教員が扉に突っ立っている彼を見つけて目を光らせた。
「天野!お前またサボってたな!」
「人聞きの悪い。光合成してただけですよ」
「お前は植物か!」
笑いが起こる中、首根っこをひっつかまれて喝を頂戴する。
普段はずるずると引きずられ生活指導室へ連行されるのに、今回は席につくように促うながされた。
それよりも、なぜ担任の先生がいるのか。
皆も席に座ってる。
だけど今って、休憩時間だよな?
そういえば、廊下にも誰も居なかったような……。
「あんた、いい加減懲りなさいよ」
前の席から、蓮華の呆れ声がかかる。
どれだけ席替えしても、教師の決定で問題児の監視役として蓮華と前後セットにさせられるのだ。
どんな罰ゲームだ、ほんと。
お願いですからせめて横にしてくださいと何度懇願したことか。
威圧がえげつないといえば、そうかそうかと嬉しそうにするこの担任のよりその祈りはポッキリと折られたわけであるが。
「俺は日向ぼっこをしないと死んじゃう病なんですー。それより、何かあったのか?」
「まったく。さっきね...」
「えー。先程、教員会議で決定した。大雨洪水警報、暴風警報、並びに雷注意報が発生したため、速やかに帰宅。ここは山のふもとだから、土砂災害の恐れがある。注意するように。ただ、バスが足りないから人数調整をしながら移動する。指示があるまでここで待機だ」
歓喜の声が沸き上がる。
待機命令に、不機嫌な声も交ざっていたが些細なことだろうに。
この警報は台風かな。
今年はやたら期間が短い。
「おー、そゆことか。ラッキー」
「嬉しいのか嬉しくないのか、どっちなのよ。棒読みじゃない」
いやぁ、嬉しいよ?
嬉しいんだけどさ。
何か、もやもやするんだ。
視野を広げるように窓の外に目を向ける。
雨はさっきより強くなっているが、それほどでもない。
空を覆う灰色の厚雲のまわりを、雷が蛇のように滑らかにうねっている。
雷って、あんな風ふうだったっけ?
何故だか、言いようのない不安が湧き上がってくる。
康介がいなくなった日も、こんな感じだったから、少しセンチメンタルになってるだけかもしれない。
自分の思考に鳥肌を感じて頭を振る。
その瞬間、センチメンタルなんて恥ずかしい言葉を思い浮かべたことも振り払ったかのように頭の中はリセットされていた。
このクラスの順番まだかな。
ただそれだけを思った。
ようやくこのクラスこ順番がまわってきて、下校を始める。
だが、窿太郎には少し疑問というか、不満があった。
「出席番号順に整列しながら下校するって、どうなんだ。」
「ははっ、しょうがないよ。この方が安全確認しやすいんだから」
先頭に立つ委員長の悠真が、乾いた声で笑った。
おっと、心の声が漏れていたようだ。
「問題児が何しでかすか、わからねぇしな」
「くっ。正論過ぎて反論できない」
「わお!自分で認めちゃってるよ、こいつ」
隣から失礼な発言がとんでくるが、そんなもの今に始まったことじゃない。
横を歩くのは、朝木皆尊。
名前順の席だった時に前後だったため、いつもの4人を除く高校からの知り合いでは一番仲がいい。
第一印象はとてもチャラかったけど。
水泳部だから髪の色素が抜けて茶髪なのだ。
ストレートで前髪を伸ばし少しキノコ型に見えるバンドマンのようなに見えた。
さらには両耳にピアスの穴が空いていたからチャラいというイメージが着いたのだろう。
実際に口は悪くファッションには煩いが、根は辛抱強く面倒見が良かったりする。
毎朝ヘアアイロンを使い一時間以上かけてセッティングしているという皆高の後ろで会話していた女子たちが、髪が跳ねまくっていることに愚痴っていた。
「雨だからか?女って大変だなぁ、いろいろと。」
「……お前もな」
そう、思わず返してしまった。
バス停に到着すると、上回生が指示を飛ばしているのがかすかに見えた。
3年、2年、1年がそれぞれ1クラスづつ、共に行動するそうだ。
上回生は年下の面倒を見ろ、ということだろう。
高校生になっても子供扱いだ。
まあ、実際子供であるが。
「みなさん、静粛に。一年生から乗車するように。いいですね」
げっ!
よりにもよって、高嶺先輩のクラスと一緒になるとは。
しかし、意気消沈といった面持ちでドナ〇ナのように列に続くしか残されていなかった。
だが、ここではたと気づく。
その衝撃に眠気も吹っ飛んだ。
高嶺先輩のクラスは3-1だ。
つまり、生徒会メンバーが2人居るクラスである。
と、いうことは。
もう1人は……。
「くれぐれも、問題は起こしてくれるなよ?」
大きくもないのに、よく通る低い声が響く。
なぜ、こちらを見るんでしょうか、生徒会長?
それはみんなに言っているようで、俺に対する警告であろう。
無口な会長がわざわざ仰るということは、やらかしたら殺されるということを暗に示しているのだ、これは。
「骨は拾ってくれよ」
「あ?お前何言ってんだ?」
皆高には伝わらなかったようだ。
そもそも生徒会長が手を下す前に、高嶺先輩に毒を含んだ言葉で射殺されそうなのだが。
縋るような思いで隣のバスの3年に助けを求めるも、宮寺先輩は口を釣り上げて楽しそうにこちらを見ているだけだった。
水戸先輩か副生徒会長のクラスの方が良かったな……。
今日は厄日なのか。
とうとう頭を抱えて悶々と唸りだした窿太郎を見て何人かが嬉しそうに口を緩めた。
問題児の窿太郎を抑えるために、教師たちがわざとこの組み合わせにしたことは気がつかなかったのだ。
電車は生徒たちで満員だった。
バスを降りて次は電車だという所で壁にぶち当たった。
風が強い中で、揺れる電線や木々のざわめきが不安を煽ってくる。
依然として、教室で抱えたモヤモヤは消えない。
むしろ大きくなっている。
肌がピリピリと粟立つのを感じた。
前のグループが詰まっていたようで、窿太郎たちのグループは、2手に別れることになった。
窿太郎と鳴海、皆高を含めた前半は高嶺先輩が率いることに。
悠真と蓮華たち、後半は生徒会長が受け持った。
そして前半が電車にのり、後半は次の電車で帰るようだ。
窿太郎は、自分たちがラストのグループなのに、全員で次に来る電車に乗らないことに不自然さを感じていたのだが、一人でも多く早く帰ることを重要視したのだと思うことにした。
各自最寄り駅で降りた後、家に無事ついたものは各リーダーに連絡を入れることになっている。
「じゃあ、㝫。水たまりにはまらないように気をつけるんだよ?お前、時々ぼんやりしてるから」
「うるさいな。お前はお母さんか!」
悠真がくつくつと笑う。
「また明日ね、窿太郎。朝迎えに行くから、逃げんじゃないわよ?」
過保護なのか脅してるのか、よくわからない奴だ。
「はいはい。じゃーな」
「もう。クーちゃんって、本当素直じゃないですよね〜」
ひらひらと手を振って電車に乗り込む。
鳴海がニヤニヤしながら同意を求めてくるが、悪いけどもなんのこっちゃさっぱりわからないです。
「あいつ、屋久守さんに毎日迎えに来てもらってるのか...!」
「何であんなやつが...」
「何よ、あの失礼な返事は!」
「不潔!」
同期の者達はこの2人のじゃれ合いを常に見ているので苦笑い程度で済んでいるが、蓮華を慕っている後輩が騒ぎ出した。
だが。
最後言った奴だれだ!
毎日シャワーしてますから!
「騒がしいですよ。口を慎みなさい」
ヒートアップしそうになった後輩の暴動がピタリとやんだ。
冷徹な雰囲気にみんな気圧けおされて、口をつぐんだからだ。
まさか、高嶺先輩がフォローしてくれた。
と、思ったのも束の間。
「やはり天野さんが火種ですか。いい加減にしなさい。次はないですよ」
うん。
そんなことだろうと思いましたよ。
鳴海の笑いが駅のホームに響いた直後。
雨が激しくなった。
ホームの屋根を打つ音が大きくなっている。
見上げると、雲の周りをうねっている雷が、さっきよりも太くなっているように思えた。
電気がたまっているのだろうか、眩しさに目を細める。
嫌な予感がする。
そう思った時、さっきから感じていたモヤが光で霧散した。
その瞬間、あの老婆のセリフがフラッシュバックが起こった。
『雷が落ちるって言ってんだよ。雲の周りがピカピカ光ってんだろ。もう少しで落ちるぞ』
茫然とするなか、自分の周りだけがことを遮断したかのように静けさをまとっている。
自然に体が動いた。
早く。
悠真達を。
そこはダメだ。
「逃げろ」
だが。
あと一歩のところで閉じた扉に遮られる。
まるで世界を切り離すかのように。
あいつらを、置き去りにするように。
くぐもった雨音が車内に響く。
堪らずドアを殴った。
周りがどよめいているがどうでもいい。
電車が揺れ、動き始めた。
「悠真、蓮華!そこから逃げろ!」
窓からは、手を振っている悠真たちがいた。
「早く!」
こちらを指さして笑っている。
「聞こえないのか!悠真!早くしないと雷がっ!」
でも、その光景が、笑顔が、窿太郎の罪悪感を突き回す。
窿太郎の奇声に、鳴海や皆高が腕を引き正気に戻そうと躍起になっている。
「ったく。誰だよ、ちゃんと閉めとけっつの!」
電車が静かに発車した直後、座っていた男子が急に立ち上がり乱暴に窓を閉めあげた。
「そうだ、携帯!」
一部の窓が少しだけ開いていたようだ。
「携帯で悠真に伝えられれば!」
雨が窓をつたって幾筋も下っていた。
「出ろ。早く、早く!」
男子生徒ぴしゃりと閉めた瞬間。
その目が見開かれ、何かに釘付けになっていた。
その様子を目にした頭の中で警報が、ガンガン鳴り響く。
もう、不安とか、そんなレベルのものではなかった。
何故こんなことになるのか。
何故皆分からないのか。
それが何を意味指すのかを考えようとした時、視界が開けた。
否。
周りが白で埋め尽くされていた。
白い世界。
約一ヶ月前にも、見た光景と全く一緒の。
平衡感覚が失われ、自分がどこにいるのか。
立っているのか。
地面はどこなのか。
判断できなくなって思考が停止した。
気持ち悪くなって目を瞑る。
しばらくしてゆっくり瞼を開けると、呆然とした顔がそこら中にあった。
目がチカチカするのか、みんな目を瞬かせている。
突然、電車が急ブレーキをかけ、生徒たちはドミノ倒しにあった。
怪我はなかったが、ざわめきはやまない。
リーダーたちが牽制しているが、いまいち効果はない。
アナウンスが流れる。
落雷。
安全は確保されていることが確認されたため、みんな安堵していたが、窿太郎は焦っていた。
あれだけ強い光だったってことは、この近くに落ちたはずだから。
あそこ。
あの駅に。
確信はある。
だが、確証はなかった。
「びっくりしましたね〜……天野っち?」
いつもと変わらない様子で、鳴海がこちらを見た。
顔面蒼白な窿太郎を怪訝に思ったのか、首を傾げて伺ってくるが構っている余裕はなかった。
手に汗がにじむ。
鳥肌は未だに治おさまらない。
今、何時だ。
即座に制服の袖をまくって、腕時計を確かめる。
午前12時00分15秒。
これの次に続く電車が、あの駅に着くのが、午前12時00分。
ということは、落雷が起きたのは電車が悠真たちがいる駅に着いた時間。
電車はドアや窓を開けていても、中に入っていれば感電はしない。
だが、外ーーー電車付近、もしくはホームーーーにいる場合は……。
顔をガバッとあげて、悠真たちがいるはずの場所を振り返る。
しかし、当然ながら、窓からでも見えなかった。
頼むから。
「・・・どうしたんですか?」
電車に乗ってるよな?
「おい、天野?」
奇行をとり続ける窿太郎の背後から心配そうな声が聞こえるが、言葉が喉につっかえて出てこなかった。
心臓、うるさいな。
すぐ後に、電車が再び動き出した。
みんな興奮して落雷について話している。
楽しそうだな。
携帯を再度タップして、悠真、蓮華、何人かのクラスメイトに電話をかける。
しかし、いくら待っても誰一人として出るものはいなかった。
賑やかな雰囲気の中、一車両の隅では重苦しく静寂が漂っていた。