大丈夫
すみません、投稿の順番をミスりました。
「制御は死を覚悟せよ」の前にこちらが入ります!
「そこのあなた、大丈夫ですかっ?!」
「はっ!」
その呼びかけに、ようやく窿太郎は我に返った。
あの神様によく似たら人間の綺麗な女の子。
それが突発に少女を見て思ったことだ。
人型ではあるが中身が化け物という、ダンジョンマスターのような奴という可能性もあるのに。
人間の見た目をしているというだけで仲間意識を持ってしまうのはどうにかならないのだろうか。
それとも、自分の学習能力がないだけなのか。
二度同じ轍を踏むのは勘弁なのに。
平和ボケし続ける自分の脳みそに嫌気がさす。
「…………」
少女が自分の目の前に心配そうにしゃがみ込んだその時に、初めて警戒心を持った。
情けなさが苛立ちを増幅させていく。
しかし、顔に出すという失態は犯していないつもりだ。
すぐ近くにある心配そうな少女の顔は月明かりで白く光っていて、ロウソク人形の様に血の気がなく、恐ろしいほどに整っている。
だが、ふっくらとした肉感のある頰や肌が人間感の滲み出る表情をかろうじて作り出していた。
この世界の人間は、みんなこんなに整っているのだろうか。
だとしたら、この世界で生きていくのに平常心を保っていられる気がしない。
平々凡々である俺は、場違いにもほどがあるってことだ。
フードでも被っていた方が無難だろうか。
「あのう。もし、大丈夫ですか?」
強張った顔少女を観察しているうちに、不信感に思っていることを少し感づかれてしまった様だ。
少し眉を下げて、悲しそうに微笑んでいる。
何もしませんよ、と逆に気を使わせてしまった。
それを見て、なぜか少しだけ罪悪感を抱いてしまう。
真顔だった目尻を下げてしまった窿太郎は、案外チョロいのかもしれない。
ああ、そうだった。
「弱いんだよな……」
年下の少女には。
思い出し笑いでそう零すと、頭上にハテナマークを浮かべた少女に首を傾げられた。
しかし、疑心暗鬼に陥っている窿太郎はどっちつかずの反応をしてしまい、うつ伏せのまま顔を伏せる。
そんな窿太郎が道に迷っている小動物に見えたのか、少女はあやすように「大丈夫ですよ」といって手を差し伸べてくる。
その様子を見ているうちに、さらに落ち着きがなくなる。
お人好しすぎないか、このお嬢さんは。
唖然と見上げた瞬間、少女がピタリと硬直して目を見開いた。
次の瞬間、少女が俺の肩をガッと掴む。
「っ!?」
反射的に体が跳ねた。
「っ、怪我をしているではないですか!?何をしてるのですか!早く処置をしないとっ」
切羽詰まった声だった。
窿太郎よりも痛そうに顔を歪めている少女は、躊躇なく近づいてきて傷を観察しだす。
「っ!!」
反射的に弾く。
その手が肌の傷に触れた途端。
悪寒が走った。
腕に触れられた途端に、あの寒気のする感覚を思い出して鳥肌が立ったのだ。
拒まれるとは思っていなかった様な、ぽかんとした表情の少女の腕は宙に浮いたまま所在無さげにしている。
反対に、窿太郎が不審者だという疑いも持っていなかったのだろうか。
こんな森に1人、しかも夜中に怪我をして警戒している奴なんて訳ありしかいないだろうに。
そう、自分で思って苦笑いしそうになったが、息がつっかえて咳しか出なかった。
胸を押さえて俯く窿太郎を見て、再び慌てだした少女が少し震える声で問いかけてくる。
「唐突に触れて申し訳ありません。で、でも、私は治癒師なのです!だから、その、あ、あなたの治癒をさせて頂けないかと、思って…」
先ほどまでの勢い反面、自信なさげに泣きそうに眉を下げるその様子に、罠じゃないかと思ってしまう自分が穢れた人間のように思ってしまう。
いや、まぁ。
実際にそうなんだけどね。
しかし。
「治療」じゃなくて「治癒」、か。
あの第2王女と一緒か。
その能力はお目にかかったことなどないのだが。
科学ではなくて魔法で治癒するってことなのかな。
少女は手ぶらだし、この世界ならそれも不思議ではない。
ただ、得体が知れないだけに受けたいとは思わないけど。
手を取ろうとしない窿太郎が警戒しているのに感づいたのか、少女の顔に影がさす。
「信用、できませんよね。そうですよね」
そういって俯いた少女になんだか罪悪感を覚え始めた途端、その子はおもむろに顔を上げ、何かを決心した様な硬い表情で窿太郎を見た。
覚悟を決めたようなその顔は、以前見たことがある。
その少女の顔がアイツと被って見え、嫌な予感がした。
しかし、何をするのか問いただそうとする暇もなく、少女はローブの下から中型ランプと何かが入っている皮袋を取り出した。
何かのスイッチでランプに火を灯した後、素早くガラスを取り外す。
袋の口をキュポンと取った瞬間から自分の腕に中身を注ぐ。
そして、すぐさまランプの火に白い腕を押し付けた。
「なっ!!」
ジュワッと、キツイ油の匂いが鼻についた。
それによって起こるガンガンと頭を殴られている様な痛みを無視して、その子の手を掴んで火から遠ざける。
綺麗な肌を血で汚してしまうのは申し訳ないが、拭う時間はなかったのだ。
必死に歯を食いしばって涙をこらえている顔をみて、意味のわからない行動に苛立ちが募る。
その光に照らされて見える少女の腕は、焦げた様な火傷の跡を中心に赤く腫れ上がっていた。
光に照らされた火傷の跡を残した腕は、白い肌の見る影もなく。
ジクジクと痛みを生んでいるのだろう、生理的な現象で少女の目からは涙が溢れている。
「……お前、何考えてるんだっ」
思わず声が大きくなってしまった。
少し低い声で問いただすと、少女はビクッと身を引いたが。
窿太郎が腕を掴んでいるせいで下がれなかったらしい。
濡れる目で俺を見据え、震える唇で返答を返した。
「だ、大丈夫です。治癒師って言ったでしょう?」
笑おうとした頰は引きつっているが、痛みを紛らわせるためのものか、窿太郎を安心させるためのものかはわからなかった。
おそらくどちらもそうなのだろうが。
だがそのセリフを聞いた瞬間に、自分の顔が歪むのを自覚した。
「……もしかしてあんた」
少女は、あははっと小さく笑って、もう片方の手を火傷をしている腕にかざして何かを唱えた。
早口すぎて聞き取れなかったが、結局はその言語もわからなかった。
しかし、そんなことはすぐにどうでもよくなる。
少女の手のひらから青白とも緑とも取れる色合いの光が溢れ出し、それが消えた時には少女の腕は何もなかったかの様に白く治っていた。
手品のような光景に見入っている窿太郎に、脂汗を額にはっつけた少女は笑いかけてこう言った。
「少しは、信頼してもらえましたか?」
窿太郎は、少女に引き攣った笑いを返すことしかできない。
まさか、自分を信用させるために自分を犠牲にするとは思わなかった。
それをやる度胸は普通の少女にはないだろう、普通。
これをするために覚悟をいちいち決めていたら、いつか命を落とすんじゃないだろうかという危うさも感じられる。
が。
これをやられたら信頼しないわけにはいかないって、思わざるを得ないだろう。
それでも窿太郎に効く保証がないと跳ね返すこともできたが、瀕死の上動ける距離も限られた森となっては死ぬ確率の方が高い。
どうせ死ぬなら少しでも確率が高い方に賭けたかった。
「わかった……」
そう言って腕を差し出すと、少女は嬉しそうに笑顔を浮かべた。
頑張りますね、と握りこぶしを作った腕を離して、早速取りかかってもらう。
既に手遅れだと思っていた火傷の跡を、いとも簡単に光をあてるだけで治していく魔法に感嘆を覚えた。
服の繊維は流石に直せないそうだが、顔や腕はものの5分もしないうちに元どおりになっていた。
生きている細胞にしか効かないのか……。
まるで、あのダンジョン内のプールや、シンフィの住処に流れていた川と同じ作用だな。
……ん?
てことは、もしかして、酒酔いの副作用も同じなのか?
こんな所で寝てしまったら、それこそ本末転倒なのだが。
と、内申焦っているうちに、完璧に治った手足を動かして座り込む姿勢へと促される。
「うっ」
その、窿太郎の声は少女のものと重なった。
不思議に思って少女を見ると、眉間に皺を寄せて顔をしかめている。
何かと思うと、少女はブルブル震えて窿太郎を睨んだ。
「なんでこんなになるまで放っておいたんですかっ!もう少しで死んでたかもしれないんですよ!」
いや、俺の方がそんなことわかってますよ。
……とは言えなかった。
本気で生かそうとしてくれている目は、医者のそれと同じだったから。
あはは、とだけ笑っておいて濁す手段しか思いつかない窿太郎に、少女はそれ以上の追求はせず悲しそうに治療を続ける。
怪我が人為的なものだとバレたのだろうか、時折、誰がこんな…というか細い声が聞こえた。
その度に、なぜわかったのかと驚いたが黙っておいた。
しかし、だんまりを続けられなくなった自体が発生する。
突然、少女の手のひらから放たれている光がパチパチと音を立て始め、赤い火花が散り始めたのだ。
それと同時に、窿太郎の顔色が変化し始める。
彼自身、最初はただの気の所為だと思っていた胃痛も、今となっては吐き気で汗が滲み、息が切れ始めていた。
「……なぁ、火花が、散るのも、治療のうち、なのか?」
「え、えぇと……、そんなはずは……。だ、大丈夫です!なんとかするので!」
「まじか……」
なんとかする、とはどういう意味なのか。
明らかに異常事態なのだが、少女は特に何かをするわけでもなく、首から汗を滴らせながらさらに集中する様に目を閉じた。
少女の集中に比例して、吐き気が増す。
不安はあるが止めるとどうなるかわからない以上、どうしようもないもどかしさだけが残る。
窿太郎は、終わる頃には吐き気も収まるだろうと考えていた。
しかし。
それほど困難な状況なのか、この治癒は。
と思うほどの時間がたった頃。
火花がだんだんと大きくなっていき。
小さな雷の様なバチンバチンという衝撃音に変わった。
窿太郎の不安が焦りへと変わりつつあった時。
今まで声をかけても返事をしないほど集中しきっていた少女が顔を上げた。
「ごめんなさい。少し、制御が難しくなってきたみたいで……」
はい?
「制御って、うっぷ…………なんの」
「私の魔力の……」
「魔力の、制御って、けほっ!そんなに、難しいもの、なの?」
「あの、私が使ったのは上級魔法なのですが、そちらの体質に合わなかったのか、一部が弾かれているようです。それで、拒絶反応の様なものが表れているのかと……」
あ、この雷みたいに光っているのは俺に弾かれたからか。
少女の顔色や窿太郎の顔色が悪いのは、体質に合わなかったというのが少女の見解らしい。
窿太郎は、魔力にも相性なるものが存在するとは思ってもみなかった。
もしくは、窿太郎自身の魔力量が少なすぎることが関係しているのかもしれない。
心なしか顔色が悪く、脂汗をかいている少女に一度治療の中断を求めることにした。
「治癒師が、具合悪かったら、治せるものも治せなくなると思うし。けほっ。一旦休憩してら体力が回復したら、またお願いしても、いいかな」
「……」
眉をぐっと中央に寄せたまま何かを耐える様な少女に、根気強く説得し続けるが帰ってきた答えは意外すぎるものだった。
「ごめんなさい。無理なんです」
……えっと、何が?




