死に損ない
随分と期間をまたいでしまいました。
申し訳ないです。
これから、また再開していきますので、楽しんでいただけると嬉しいです!
魔力の減りが原因なのか体が岩のように重い。
かがんだ姿勢からそのまま膝をついて肩で呼吸をする。
若干、息が白い。
体を支えるだけの力が手に入らず倒れこむ。
し、しんどかった!!!
全身火傷だらけで皮膚を動かすのが辛い。
服が肌に触れると電気が流れるような感覚がする。
肌と癒着するのは怖いなー、と思いつつその痛みにも反応する気力などどこにもなかった。
どこもかしこも引きつっていて感覚がなくなっている部分もある。
うつぶせに倒れている腕を見ると、手の甲から肘にかけて服が裂けていた。
空気に触れているのは、焼けただれた、自分で見るのも痛々しいほど変色した肌だった。
はぁ、ワセリン塗ったら治るだろうか……。
「うっ!」
ッイタタタタタ。
深呼吸をすると、より痛みが襲ってくる。
あ”ーーー。
肺が痛いなぁ。
「げほっ、がっ!ごほっ」
げっ。血が出てきた。
横を向いたまま咳をすると、ドロリとしたものが地面に吐き出されたのだ。
それで内臓も傷ついていることがわかる。
「あ”ぁぁ。まずい…」
「ほいっ、お疲れ様っ」
「!?」
突然、水を顔にバシャリとかけられ、思わず鼻から吸い込んでしまった。
「げほぉっ!!ばっ!なんだっ!?」
「やぁ!ここまで来るとはやるねっ!」
こちらを上から覗き込む紫色の目は、濁っていて黒い渦が宿っている。
その反面、口だけ笑っているその人はどう見てもこの世界の住人だろう。
目と同じ色かそれより薄い色の髪がさらりと肩から垂れ下がっている。
声はやたら高めだが顔つきからすると男性だろうが、綺麗すぎて性別不詳。
……どちら様?
ポカンとした顔で、自分でも自覚するほどに呆けていた。
いや、そんなことより、日本人離れした輪郭が眩しいっ!
だが、その光の入らない瞳が笑顔に狂気を纏わせていて、嫌な予感がする。
その目は平坦なまま口だけがニヤッとつり上がった。
「意外とあっさりだったね。ああ、ガーディアンが強すぎたのかな!」
「1人ではしゃぐな!説明プリーズ!!けほっ」
体を上半身だけひねって、肘を支えにそいつを見上げる態勢がキツくて咳き込んでしまう。
もう痛みも麻痺し始めていた。
自分の体を動かしている感覚がない。
そのことに不安を抱き、再度俯いた俺の顔近くに手を差し出して、そいつの手を掴むとゆっくりと起き上がらせてくれる。
あれ、いい人かも…。
と思ったのもつかの間。
「っ!?」
握ったままの相手の手から生ぬるい感覚が、触れている部分から流れ込んで来る。
その感触にゾクッと寒気が全身に駆け巡った。
本能的危機感から、反射的に手を引いて距離をとってしまう。
これは、なんだ……。
腕を蜘蛛が這いずり回るような、おぞましい感覚に鳥肌が止まない。
息が引きつる。
唇が少し戦慄いた。
さっきのは、触れてはいけないものだ。
そう、本能が告げている気がした。
自分の腕なのに得体の知れないもののようで、気持ち悪くて指先が痺れる。
なんか、中に入ってきた……?
「あれ、わかっちゃった?珍しいなぁ、ますます同化させたくなった!」
窿太郎に腕を振り払われた男はキョトンとした顔を、今度は綻ばせていた。
楽しそうにニヤニヤしている美形は何やっても許されると思うなよ!!
「今何しようとした!?」
割と真剣にさ!
今更だけど、こんなところにいるくらいだから、あいつらと同じで只者ではないだろうとなぜ思わなかったのだろうか。
自分に苛立った。
少しでも隙を見せれば「死」が訪れることもあるのに。
久しぶりに親近感のわく人型の生物に会えて、ここまで気が抜けているとは思わなかった。
まさか…。
ここまで来てこいつの方がラスボスだとか言わないよね……?
「え、ダンジョンの魔物になってもらおうと思って。最近人来なくて退屈してたんだぁ。最下層は……あいつらが強すぎちゃったみたいでさ。だから、新しいおもちゃ……コホンッ部下が欲しくってさ!」
「ってさ!じゃない!今おもちゃって言ったか!?」
部下ってなんだ!
ていうかあんたこのダンジョンのマスターですか!
本当にラスボスだったぁぁ!!
「あーぁ。じゃあちょっと手荒いけど荒療治で!」
「えっ?」
まさかさっきの感覚ってその部下にさせるためのなんか…ってことか?
でも触っちゃダメなやつだったよな、あれ。
だって今も何かが入って来たところが痺れてるから。
しかも同化させるためって…。
「その荒療治って……まさか…」
「逝ってらっしゃい♪」
逝っ!?
絶対漢字違う!
まさかダンジョンに同化させるって意味だったのか、さっきのは?!
一回死んでこいとか言いませんよねっ?
いや、今現在進行形で死にそうなんだけども!
「げほっ!ちょっ!まっ」
「僕が直々に手を下してあげるんだから光栄に思いなよー?」
未知なる恐怖に顔が引きつって、後退ろうとして踵を返した瞬間、足が宙に浮いた。
一瞬頭が真っ白になったが、瞬間移動したかのような速さで目の前に移動したそいつが俺の首を締め上げている。
片手で軽々って…どんだけ力があるんだ。
「がっ」
そんなことより、握力が強すぎて酸素が入らなくなって来る。
ニヤニヤした顔は変わらずだが、窿太郎の同化とやらを期待している目は少し楽しそうだ。
固定された棒のように殴ってもビクともしないそいつの腕を両手で掴み支えにして、下から顔面を蹴りあげようと腹筋に力を込めた。
すると、そいつの口元がより釣り上がり、次の瞬間にはもう片方の手で鳩尾を抉られていた。
肉を握りつぶす音や引き千切る音が、グチュッ、ブチッ、と体から響く。
叫びたくても喉を縛り上げられているせいで声が出ず、代わりに腹に力が入ったせいでより痛みを増長させてしまった。
「〜〜〜っ!!はっ、うっ」
息がうまくできない。
頭がぼーっとする。
血が流れすぎたからか意識に靄がかかるのが早くなっている。
まぶたが痙攣していて世界がひっくり返ったみたいに歪んでいた。
体に力が入らず、抵抗、でき…な……。
「ふふっ。ようこそ、僕のダ…………んん?」
視界がぼやけて何も考えられなくなった時。
男が何かに耳を傾けるように横を向いた気配がした。
その視線を辿ると。
壁?
白い壁が溶けて迫ってきていた。
「……なんだ。やめておいたほうがいいと思うんだけどなぁ。まぁいっか。僕知ぃらない!」
こいつは、何を言っている…?
なに、か。
なんでも、いいか……。
意識を手放す直前に目に映ったのは、荒れ狂う乳白色の波に飲まれながらも俺の首から手を離さずに笑顔を浮かべていた男の姿だった。
むしろ手に余計に力を込められた気がする……。
俺は……バケモノに、なりたくは…………。
現実には存在しないほど綺麗な輝きを放つ月明かりが、心地よく目覚めを促してくれる。
ふわふわした感覚がどこか重力に引っ張られたものへと変わって、結局月がどこかで見たことがある景色に変わった。
いや、促さなくて全然いいんだけど……。
むしろ寝させてくれ。
「またか……」
一体何度気絶すれば済むんだろうか。
天を仰ぎながら大の字に背を地に預けている窿太郎の目は、もはや呪われているとしか言いようのない今までの道のりを思い出して、死んだ魚のようになっていることだろう。
毎度毎度、体が満身創痍ながら生きていることを疑問に思うのも面倒くさくなってきた頃なんだが。
神様が死神か誰のおかげか知らないが、これから自分に何をしてほしくて生かしておくのだろう。
これなら死んだほうがマシな気が……。
そう思ったところで、やめようと思った。
しかし、脳が休みを得たことで体の感覚を受診するようになったのか、全身の愚鈍な痛みが血液の脈拍に合わせて頭に響く。
どれだけ綺麗な景色で心を鎮めようと試みても、痛いものは痛い。
泣きそう。
「うっ」
身じろぎするたびにその箇所から全身へ激痛が駆け巡る。
腹筋に力が入らず、代わりに肘を支えにして体おを起こした瞬間。
目の前で火花が散るほど激痛が吐き気へと変わった。
思わず目をぎゅっと瞑る。
少し収まるのを待って、そっと目を開けてみると。
先ほどと変わらず、自分の下半身が川へ使っているのが見えた。
さらに、腹が抉られたまま凹んでいる。
それを見た瞬間に言葉にできないほどの痛みに腕が崩れた。
「あ"あ”ぁ”ぁ”ぁ”!!」
口から溢れる唸りが余計に腹へと振動し、噛み締めて押し殺す。
違うことを考えて痛みを軽減させようと、先ほどチラリと見た川を思い浮かべる。
夜だからなのか月の光の反射なのか、川が少し黒く濁って見えたのは気のせいだろうか。
「し、潮水じゃなくてよかった…」
以前のように海に浸かっていたら今回は死ぬ思いをしただろう。
……もう死ぬ直前まで来ていた気がするんだが、まぁいいか。
死にかけに慣れるとかロクデモナイ人生だ……。
「うぅ…頭痛い」
冷えたせいか傷のせいか、頭がレンガで殴られているような痛みが断続的に刻まれる。
仰向きに頭を抑えると肩も背中も腹も痛むが。
何より首が締め付けられたように一瞬呼吸が苦しくなった。
思わず首をさすると、何故か少し手の形に窪んでいるような気がして目を細める。
「……あいつ、あのダンジョンマスターはどうなったんだ?」
首を絞められていた感覚が残っているってことは、あんまり時間がたっていないんだろう。
あそこからあの白い水に流されて来たのだろうか。
あんなところに洪水が起こる要素なんてあったか?
何かしらの仕掛けがダンジョン内にあったとしても、そのマスターが管轄外のところで作動するわけがないし。
あんな状態で助かったのなんて、それこそよほどの魔法を持った冒険者か神様じゃないと無理……。
神……?
あの銀髪の少女が思い出されたんだが、いやいやと想像で頭を振る。
俺個人を助けるメリットとかないし。
神がこの世界に何か手を出してもいい筈がない。
何より。
「神なんて、俺らのことどうでも思ってるに決まってるだろ」
暗い記憶に、体がさらに冷めていく。
それは、自分に言い聞かせたものか、神への抗議か。
…………どっちでもいい。
どうせ、神をあてにはしていないから。
目を閉じた。
諦めるように自嘲して。
そして、頭が冷えたことを確認して目を開けると、視線を彷徨わせる。
痛みを覚悟で周囲を見渡したところ、思い出した。
…………割と本気で迷子です。
これは遭難よりも状況が悪い。
今までダンジョンにいたからどこに出たのか、国名すらわからない。
そもそも、ダンジョンの出口があの雪山でないことに驚きなのだが、この場合は例外ってことにしておこう。
この世界のダンジョンが自分の知識にある設定と同じものとは異なる可能性もあるからだ。
それよりも、森っていうことは周りの木々からわかるんだが。
森のどこらへんに位置するんだろうか。
すでに川があるから水場には困らないと思うけど、以前いたような雪山ではないっぽい。
季節がこの世界に存在するのかは知らないが、まだ暖かい方でよかった。
「さて、どうしようか……っけほ!うぅ……」
息をするたびに肺が針で刺されたように痛む。
喋るとなおさらだ。
だが、このままというわけにもいかず。
手持ちのものを確認すると、雪山で持っていたリュックはどこにもない。
槍もなくなっているが、唯一残っていたのは首から下げている指輪だけだ。
これだけでもかなりお役立ちなのだが、ダンジョンのものを気軽に外で使っていいものか。
お宝だったら目立つだろう。
まぁ、でも、投げつけるぐらいしか用途は思いつかないし。
一旦保留で。
すると、思考が一瞬止まっただけなのに、抑えられていた痛みがまた表へ顔を出してきた。
「あーーー」
体がだるい。
痛い。
頭痛がする。
「うぅ……」
吐き気もして来た。
そういえば、どれくらい気絶していたのか。
「…………ハラヘッタ」
川の淵に倒れ込んだまま、動く気にすら慣れず憂鬱とつぶやく。
と、同時にやばいという警告も頭の中では発していた。
ぼーっとする頭では危険が迫った時にとっさに判断できない。
とにかく頭を動かさないと。
しかし、そう思った時には遅かったようだ。
森といえば野生の巣窟。
特に、人の手が加わっていないなら尚更だ。
それに、この世界では地球の常識は通じないだろう。
野生動物より危険な魔獣が、そこかしこにいる危険性があるのだ。
しかもここは水場。
つまり。
かさり
絹の擦れる音などではなかった。
びくりと体が硬直し、靄のかかっていた脳ははっきりと覚醒した。
跳ねる心臓を無理やり押さえつけて耳をすますと、そのおとはどうやら頭上の茂みから聞こえてきたようだ。
そろりと視線を上げる。
「っ!」
案の定、頭近くの茂みが揺れる。
ナイスタイミング過ぎて出る言葉もないです!
というかピンチ!!
起き上がって構えようにも、一つ動作をとる度にそこから脳髄へと痛みが響いて手足が震える。
もういっそのこと、川に入って流された方が食われずに済むんじゃないか?
いや、でも出てきたのが熊だったら魚を獲る要領で殺されるかもしれない!
咄嗟のことで緊張が跳ね上がる。
だが、とにかく体をうつ伏せにひっくり返して相手が飛びかかってきてもいいように、指輪を手に持ち、投げつける戦闘態勢は取れている。
経験はものをいう。
瀕死の時こそ生命にしがみつくなんて今まで思わなかったが、ここまでくれば生きてやろう。
「ぅっ」
唾を飲み込んで喉と痛みに顔をしかめる。
だが、これで覚悟はできた。
茂みの揺れが一層激しくなる。
そろそろか。
指輪を握る力を強める。
突進してくるのか、魔法やら何かを飛ばしてくるつもりなのか。
どっちにしろ厄介なことには変わりないが、早く出てこいという焦燥感を必死で押し潰す。
落ち着け。
粘れ。
かきたくもない汗が手のひらに滲んできた頃、それは突然顔を出した。
そう、顔だけ。
「………………」
「………………」
思わず、といった感じでお互いに見つめ合う。
「は?」
がさりと一気にそこから顔を出したのは、動物ではなかった。
いや、一応動物なのだが、人間という枠に当てはめてしまった窿太郎にとっては安堵というよりも、拍子抜けに近いため息が口から漏れた。
「そこのあなた、大丈夫ですかっ?!」
そう声を発したのは、月の光で少し赤みがかった輝く髪を持った少女だった。
こちらに駆け寄るその姿は、あの少女神様が顕現したかのように、あまりにも似ていた。
腕よりも長く伸びたその髪には葉っぱを所々絡ませていて、人形のように整った顔には暗く光る大きな瞳が浮かんでいた。




