悪夢
死ぬ間際、走馬灯を見ると言う人物がよくいる。
本当にそうだろうかと以前疑った記憶があるんだが、いや、実際見て見ると懐かしいものがこみ上げてくるな。
これで結局は2回目なんだが、死にかけすぎじゃないか?
「ブハァッ!ゲホッガハッ、はっ、はぁ、はぁ、はぁ」
冷たい空気の感触に一気に覚醒した霳太郎は、目を見開いてのたうった。
肺の痛みにうずくまりながら腕で体を支えて中の水を押し出す。
息苦しさに何回もえづいた後、床の感触が柔らかなものだと気がついた。
「ケホッ……、砂?」
全身から滴る水を受けて砂が固まっていくが、床一面に広げられた砂は太陽の光を受けて白くきらめいている。
濡れることなんかなんでもないように、輝いている。
海だろうか?
後ろを振り返ると、波の音とともに海水が泡を作って揺れていた。
足元を濡らしては引いていきまた押し寄せる。
口に入った水は潮水のようで、あまりの刺激に顔をしかめる。
だが、先ほどまでいた湖の水は甘かったような。
あの甘さが幻覚かと思えるほどに、水は塩っぱかった。
梅干しを5つ程一気に食べたかのように口の中で唾液が溢れている。
顔が痒くなり目を瞑って堪えていると、浜辺の方から機械的な声が聞こえた。
『古の生命の水が外気に触れた途端に劣化する現象がこの世界では見られる。それはこの世界が汚れていると言う意味であり、また世界が腐り始めていると見られる』
「…シン、フィ?」
感情を失ったかのような機械的で義務的な口調に違和感を覚えた。
しかしその声はどう考えても寝る前に聞いたシンフィのもの。
見上げると、白い毛並みが潮風に吹かれてなびいている隙間から見えた金色の目は何を写しているのか。
ただひたすら暗く、太陽があるにもかかわらずともしびのない眼差しにゾクリとした悪寒を覚える。
「お前、今までどこにいたんだ。と言うか、ここ、山じゃないけどお前は外に出てもいいのか?」
てっきりあの雪山の主であるシンフィは外界へと出ることはないと思っていたのだが、どうやらそうでもないようだ。
しかし、今のシンフィはどこか様子がおかしい。
なんと言うか、さっき会ったシンフィではないような、強烈な違和感。
そして、表情など不要だと言わんばかりにその淡々とした口調が変わることはなかった。
『口を聞くな、失敗作め』
「……お前、誰だ」
『教える気などない。とっとと逝けばいいものを、悪あがきをするなど天に逆らいおって』
こいつはなんの話をしている?
とりあえずだが、こいつはシンフィではない。
確証はないが、冷たい口調に敵意すら浮かぶ侮蔑の視線。
それはシンフィではない何かがそうしているように感じてならなかった。
心が、まるで違う。
『ほう、少しはわかるようだな駄作の分際で』
「……あんたは何をしに来たんだ?」
口をきけば駄作駄作と。
いい加減鬱陶しくなって来た返答に、霳太郎は取り合わずに用件だけを問いただす。
目上のものだとは感じるが、敬う精神なんて持ち合わせてはいない。
初対面だし。
『いい度胸だな。それほど死にたければいくらでも願うがいい。次回は良き作品に生まれ変われるように祈るんだな。いや、業を持つお前は来世などないが』
そう言うや否や、そいつは前足を地面をトンと叩いた。
途端。
起き上がろうとしていた霳太郎は何かに押しつぶされたように砂場に叩きつけられる。
「っ!?」
身体中の軋みに顔が歪むのを自覚しても体が動かせない。
ギギギと油をさした人形のように首をもたげてそいつを見上げるがその視線は変わらない。
むしろより汚いものを見るかのように濁っていく。
「どう、言う意味だ…ぐっ!お前、何か知って…ぁああ”!!」
『喋るなと言ったのが理解できなかったのか。もういい、このまま地獄へ…』
コンクリートの壁に圧縮され続けているような圧迫感に耐えきれず、胸の部分から鈍い音が体に駆け巡る。
たまらずに叫ぶと鉄の味が口の中いっぱいに広がった。
呆れたようなあいつの声がまた聞こえた瞬間、もう終わりだと思った。
だが。
光が地面から湧き上がって来た。
また魔法陣だろうか
『全く…。歪んでも知らんぞ』
あれ、この魔法陣見たことあるような…。
あの雷で見た魔法陣と光り方、描かれ方が全く同じだった。
だがこれは神の力だと行っていた。
今はありがたいが、神が干渉していいのだろうか。
『またお前のせいで死者が増えるな。我が手を下さずともお前は業を背負う定めだ。せいぜい逃げ回ってみろ』
また?
増える?
なんの話をしているのだ、こいつは。
「どう、いう…」
『いずれは神をも犠牲にするか……』
「は?」
だから、どう言う意味で言ってるんだ!
霳太郎の叫び声は光に紛れてそいつに届いたかどうかも怪しい。
だが、助けられたことは事実だ。
あのままだと死んでいたのは間違いない。
心の中で神に説明を求めたが意識を失ったのち、夢なんかで神に会うことはできなかった。
ただ、声だけは聞こえた気がする。
「ごめんね…」
そう謝った声は弱弱しくて、痛みをこらえているように聞こえた。
意外と人間らしいな、神様。
神獣も、神も隠し事が多い世の中なんだな、と軽く考えてはいたがあいつの言うことがいつまでも頭から離れることはなかった。
重だるい瞼を押し上げると、まず映ったのは赤だった。
刺激色に覚醒を促されて起き上がる。
どれだけ気絶すればいいのだろうか。
走馬灯が駆け巡ると言う貴重な体験が、今ではもう馴染みのものと化しているのだ。
大丈夫かな。
今すぐポックリ逝ってもおかしくないんじゃないだろうか。
ぼーっとした頭で色々考えていると、目の前の赤がドロッと粘っこく動いた。
「っ!?なんだ」
まさか動くとは思っていなかった。
目を見開いてそこを凝視する。
分厚い赤色が垂れ下がったように下へと動いた。
「血……か?」
ペンキみたいに壁へぶちまけられた血だった。
鉄分の錆びた匂いとむせ返る生ぬるい温度に心拍数が一気に急上昇する。
飛び上がって再確認したのは天井だった。
そこからポタポタと滴る赤い液体は他にも散らばっている。
六畳ほどのレンガ壁に囲まれた部屋にいるようだが、レンガの色も赤色だからか壁一面が地に塗られているのでは、と錯覚を起こしそうになる。
あまりの不快な匂いに手で鼻と口を覆う。
それにしても、ここどこだろう。
神からも何にも説明がなかった。
幸いにも、出口らしき扉は存在するのでそこを試しに押し開けて見る。
もうリュックも道具も何もなく、ただ防寒具しか身につけていない状況は心許ないが、足に巻きつけていたずり落ち防止の紐を解いてそれを輪っかにし構える。
これでも少しは役に立つかもしれない。
外は廊下に繋がっているのかと思っていたら、そこは煉瓦造りの螺旋階段だった。
まるで塔の中にいる風景だが……。
「え、これ本当にどこ?」
この世界なんて城から出たことなんてないし、地図すら見たこともない。
出ようと思っていた矢先に放り込まれた雪山だって転移魔法を使っていたため、本来どこに位置するのかも理解していなかったのだ。
まさか地図もないとは誤算だったが、塔であれば人に出くわすまで歩けばいいか。
と、思い。
下へと続く道を下って行った。
と、思っていた浅はかな自分をぶん殴りたい。
階段の終着点。
まぁそれまでにも扉はいくつかあったのだが、地上へ出るには最終点まで行くしかないと思って突き進んでいたのだ。
そして、その最後の扉を開いた途端。
閉めた。
目をこすってまた開く。
そしてまたしめた。
自分は幻覚を見ているのだろうか。
冷や汗をダラダラを書きながら手にも汗が浮かぶ。
もう一度開いて見ると、その向こうには空、ましてや地面なんかなかった。
もちろん人なんかいるはずもない。
なぜなら、そこには石で固められた廊下が一面に浮かび上がっていたのだから。
「……これは、どう言う状況なんでしょうか」
誰に問うでもなく虚しく響いた俺の声は扉の向こうに吸い込まれた。
神様、ほんと、あなたは俺をどこに飛ばしたんですか?
一言だけでいいんですよ。
ちょこっとヒントを……。
と思っていると、廊下へ踏み出した途端に後ろの両開き扉がバタンと閉まった。
!?
慌てて扉を押すがビクともしない。
押してダメなら引いてみろ!の要領で引いて見ても無理だった。
閉じ込められたのか。
階段にあったろうそくの明かりも届かなくなって、暗闇が訪れる。
響くのは自分の靴音だけだった。
もう、進むしかないだろうなぁ。
気が進まないがカツンカツンと踏みしめて歩いていると、すぐそばで扉が浮かび上がった。
息を飲んで固まっていると、その扉がひとりでに開く。
入れと言うことだろうか。
だが、罠だったとしたら。
「…考えてもしょうがないか」
たとえ罠であったとしても、ここがどこなのか知る要素くらいにはなるだろう。
霳太郎はドアノブを握りそろりと身を滑り込ませる。
進むたびにそばにあった両側のろうそくが次々に灯り出す。
あれ、これって日本でやったゲームにも似たようなシーンがあったような……。
ものすごい勢いで灯るろうそくを止めるすべもなく眺めていたら、突然悪寒が走り壁際へとダイブする。
すると。
グジュリッ
霳太郎が先ほどまでいた場所は見事綺麗にえぐられていた。
抉ると言うか、何か突き刺さってるんですが!?
それは、槍だろうか。
巨大な柄の部分は俺の身長の三倍以上はある。
その大きさに畏怖しながらも斜めに刺さっていることから投げられた方角を推測し見やる。
そこにはとぐろを巻いた角を生やした鎧姿の生き物が二足歩行で仁王立ちしていた。
「なんだ、あれは……」
悪魔のような黒くて太い角、顔は鎧兜で覆われているがあれって普通の鎧じゃないだろう。
あの国の騎士達だってここまで巨大な鎧は持っていなかった。
身長は3メートルなんかゆうに超えてるだろう。
白と紫を基調とした鎧は隙間なく体を覆っている。
そして、その片方の手には弓、そして、もう片方は何かを投げたような形で固まっていた。
「ってことは、この槍を投げたのは間違いなく………、!?」
ガッギキィィィ
黒板を爪で引っ掻いた甲高い音とともにその鎧が動き出した。
背負っている矢を引き抜き弓を構える。
さらに鎧の隙間からは目の部分がヴンと光った気がした。
ギリギリギリと硬い音で矢を引いていることなど丸わかりなのだが。
やばい。
本気でやばい。
移動しても正確に、こちらのいる場所を調節してくる。
そしてその矢は化け物に見合った馬鹿でかい代物だ。
そんなものが巨大な力で放たれたら……。
ギャッ
「っ!!!?」
とっさに転がると壁が音を立てて崩れた。
風を切るとはこう言うことを言うのだろう。
音が半端なかった。
「それよりも、だ!」
続けて放たれるやをギリギリでかわしながら、矢から目を逸らさないようにカッと見開く。
眠いなんて言ってる場合じゃない!
矢の早さもそうだけど、構えるスピードにも無駄がない。
ようは、尋常ではないくらいに動作が速いってことだ。
「いきなりとか、危ないだろう、がっ!!」
ガッという音がすぐ後ろで聞こえる。
振り返る余裕なんてない。
こいつ。
魔獣よりやばい。
今はどうか知らないが蓮よりも断然速い。
ガッ!ドガッ!ギィン!
どんどん地面やら壁やらが抉れていく。
「足の踏み場ねぇだろ、これ」
後退すらも許してはくれないのか。
躱しながら前へと進む。
仕方なく。
何回かかすった。
だが、まだ致命傷じゃない。
矢が切れそうなのか。
鎧がまた動く。
ドシンと、振動が加えられた。
あいつ、何キロだよ…。
鎧が踏みしめた地面が凹んでいた。
「よしっ、最後の矢か!」
またもや、スレスレで回避に成功した後、矢の攻撃が止まった。
数秒しか経っていなかったが計30本以上の連続射撃だった。
ひと段落だと言わんばかりに鎧は腕を下ろす。
矢が無くなったからか、不要とばかりに弓を投げ捨てたその時。
頭上からゴゴゴゴと言う空気の揺れを感じた。
見上げる。
それは。雨だった。
矢の雨。
「嘘だろっ!?アホか!!」
同時に何千本も降ってくる矢の雨なんてシャレにならん!
鎧の目がニヤリと歪んだ気がした。
「ふざけんなよ!」
こんな奴に殺されるのは御免だ!
地面を踏みしめ。
鎧と向き合う方角から左手にある壁へ床を蹴る。
雨が近づく。
視覚的距離からして、あと5秒。
近くにあった矢を引っこ抜く。
止まらず走る。
直撃まであと4秒。
もう一本。
もう片方の手で引き抜いた。
さらに走る。
あと3秒。
そのまま壁へと突き進む。
あと2秒。
地を蹴る。
体が浮く。
あと1秒。
壁を蹴る。
さらに上へ。
0!!
「はあああああああああ!!!」
片手に持った矢を振りかぶった。
脳天を掠る寸前、矢と矢をぶつける。
衝撃で雨の1粒が弾けた。
その空いた隙間に入る。
反対の腕にある矢で斜め下から2本の矢を薙ぎ払う。
右手を翻し横斜め上に一線。
左腕を振り上げる。
そのまま体ごと回転して周囲の矢を弾いた。
着地するとまた反対側の壁へ。
走る。
目の前に落ちる矢を払いつつ。
その間およそ5秒。
また繰り返す。
走った。
飛んで。
矢の頭身を弾く。
はらう。
薙ぐ。
弾く。
「はぁはぁ、はぁ…」
くそ。
一本刺さった矢を二の腕から引き抜く。
返しが付いている刃に肉を抉られながらも歯を噛み締めて投げ捨てた。
息切れが激しい。
だが、鎧は休みなんてくれるほど甘い敵ではなかったようだ。
「そりゃまぁ、ゲームみたいに御都合主義はないですよねっ!!」
ギキィィィィィ!!
鳥肌が立つ音に顔をしかめながら突っ込んできた鎧に構える。
血は、止まらない。
でも、矢を握る手を緩めなかった。
鎧が踏み込むたびに揺れる地面へと腰を落としながらバランスを整える。
弓を捨てた鎧は丸腰だ。
どうせ殴りにくるだけ……って。
ええぇぇぇぇ!
かわし続けて隙を伺おうと思っていた霳太郎は、鎧が手を空へとかざすとそこからニョキっと出てきた剣の柄らしきものに唖然とする。
鎧は当たり前のようにズズッと何もない空間から剣を抜き出した。
いや、いや、いやいやいやいや!
それありですか!?
あなたの身長くらいありますよね、その剣!!
黒光りする剣はそいつの身長、約3メートル以上はあるものを両手で構えて振り上げた。
これは、
「やばっ!」
必死で回避するものの、地面への衝撃と共に舞い上がった風に飛ばされ壁へと叩きつけられる。
「がっ!?」
一気に肺から空気が抜ける。
ここに飛ばされる前にシンフィに取り付いたやつから受けたダメージが治っていなかったのだ。
さらに痛みが増幅して目を見開く。
口から血が湧き出て右手はミシリと音を立てている。
しかし座り込んでいる余裕なんてない。
「ちっ!」
即座にしゃがんで一閃された剣を避ける。
一瞬で間合いを詰めてきた鎧は重そうな外見など素知らぬ空気で剣を翻し、その柄を鳩尾へと振り下ろしてきた。
ドガンッ
かろうじて矢でクッションを入れて緩和はしたものの、真っ二つに矢は折れ霳太郎は吹っ飛ばされた。
壁への衝撃と崩れた壁の瓦礫に傷を増やしながらなんとか立ち上がる。
鎧を睨みつけたがその目は信じられないものをとらえた。
「弓が、なんでだっ?」
あいつが捨てたはずの弓が手元に収まって矢をつがえていた。
「くっそ!!」
転がってかわすたびに骨へ、傷へと響く。
冷や汗が止まらない。
こいつ、レベルどれくらいなんだ!
明らかに普通の人間では相手できないようなスピードに狼狽しつつも、慣れはじめていることに少し分析する余裕が出てきた。
一応、攻撃は単調。
武器は今の所弓と剣、あとあの槍だろうな。
だが、変な場所から剣を取り出したことから、もっとあるとみて間違いない。
空間から武器を取り出す魔法は聞いたことがなかった。
普通の魔法ではないとわかっているが、今は収納の要素しか知ることができなかった。
「じゃぁ、今度はこっちからな!!」
矢の隙間を通り抜けながら接近すると鎧は再び弓を投げ捨てた。
どうやら遠近距離によって武器を使い分ける式のようだ。
新たに引っこ抜いた矢で応戦するも剣に折られる。
強度は剣が上か。
矢をとっては捨てを繰り返しているうちに何度か反撃をしてみた。
鎧が横薙ぎにした瞬間に突きを放つ。
すると、鎧に届く寸前鎧から黒い何かがズアッと吹き出してやを飲み込んだのだ。
吸い込まれた矢は当然戻ってこない。
遠心力でスピードを増した剣を飛んでかわし顔面を殴りつけたものの同じ現象だった。
「あぶなっ!吸い込まれるとこだった…。さて、どうするか。物理じゃ不利だし、でもあれって魔法だよな。防御に特化してるのか?」
何度か攻撃をかわした後に近距離で打ち込んでいるがそれも吸い込まれたのだ。
ただ、武器には聞くようで、弾くことなら可能だった。
むぅ、硬いなあの鎧。
傷がどんどん増えていく中、逃げ場も足場のなくなりつつあった。
「はぁっ、はぁっ、はっ。くそ、硬いって。いい加減、効かんかァァァァァァアア!!!」
鎧へ矢を打ち込んだ瞬間に魔法で作った剣を突き刺した。
「ギャギィィィィィィィ」
お?
反応あり!
ビシリと亀裂が入る音がしたと思いさらに立て続けに二重攻撃を行なっていると、その亀裂音はついに砕ける音へと変わった。
鎧が崩れたのだ。




