再開
その日の昼は、食堂に案内された。
これまでは、訓練をしているメンバーの部屋で食事はすべて取っていたので、8人はこれから何が起こるのか緊張して待っている。
来賓客用の食堂とか金の無駄遣いじゃないだろうかとも思わなくもないが、これが貴族の礼儀なのかもしれない。
なんにしろ、ここで待てと言われてかれこれ30分。
暇を持て余していた皆は、談笑に勤しんでいた。
「いや~、お風呂があったのはありがたいですね~」
「そうですね……。日本人にはやはり欠かせませんよね」
「ただ、リンスがないのは痛いですね。髪が痛みます」
鳴海の言葉に三島さんと高嶺先輩が賛同する。
三島さんは気が小さいのか、常に小さな声なのだ。
短い三編みを両サイドに垂らしたたれ目の彼女は背も小さいため、下手をすると小学生にも見える。
傍らで、女子トークにはおいてけぼりの窿太郎たちは隅の席の方で脱力していた。
特に千里は長テーブルに突っ伏している。
未だにグロッキーらしい。
「部屋で休んだ方がいいんじゃないか」
「一人部屋に閉じ籠るのは寂しいんですよぅ」
「何だそれは」
寂しいとは、兎のようなことをいう。
あの全面羽毛のようなベッドで寝続けられる以上の幸せなんてないだろうに。
そう呆れてため息をつくと、ダルそうな呻き声のようなものが返ってきた。
それを聞いて、何かの風習かは忘れたが、良くなるように背中を摩る。
「ははっ!千里は泣き虫っすからね」
それを見て哀れむと言うよりからかいの強い口調が千里の横から聞こえてくる。
「なっ!」
おっと、この時だけは元気に起き上がって千里も反論するようだ。
「馬鹿だし」
そこに追い打ちをかけるように、さらにその横から声が掛かる。
単純に普段の千里がどうなのか、気になって聞いてみる。
「そうなのか?加藤」
「ちょっと、違うから!」
「そうなんすよ!こいつと同じ団地に住んでるんですけど、昔から遊んでくれないといじけて大変なんすから!」
「この前も突き指で半泣きだったし」
「へぇ。意外だな」
「でしょう?ゴキブリ見て喚き回ってましたし。何回退治に呼ばれたか」
「乙女か!」
「だって、しょうがないじゃないですかー!」
「これが美少女だったら可愛いんっすけどね」
「女々しくて悪かったですね!」
「誰も女々しいなんて言ってないじゃんよ、千里くん」
「うっ!」
あ、皆高の一言で沈んだな。
意外とドジっ子であった千里だが、美少女という言葉にある少女の方を見る。
「美少女ならいるだろ、三島さん」
窿太郎が女性陣を振り向いて言った瞬間、千里、小谷と加藤の顔が青ざめた。
千里にいたってはガバッと音が聞こえるほどの勢いで起き上がる。
三島さんの方をちらっと見て聞こえてないかを確認した後、安堵のため息をついて窿太郎を睨んだ。
器用なことをするな、と半ば感心していた窿太郎だが、対して3人は真剣な顔つきである。
なにか拙いことを言っただろうか。
今まで撃沈してた千里の狼狽ぶりを見ると尋常ではないらしい。
「リュウ先輩、あいつにそんなこと言っちゃ駄目っすよ。聞かれたら何をされるか...」
「え」
「1回千里が馬鹿なことを口にして、それで...」
「それで?」
「それで、僕は三島に...」
目が絶望的だぞ千里!
まるで虚空を見つめるかのように千里の瞼が落ちた。
その表情には影が差しており、隣にのの後輩2人も同情するように目を落としている。
闇が降り立ったかのようだった。
いったい何をされたのか・・・。
だが、事情を聴く前に食堂の扉が開く音が響いた。
「あれっ、お前も来たのか!」
入ってきたのは初めて見る顔だが、相も変わらず貴族のような白と黄色の服をみに包んだ日本人たちだった。
つまり、先行していた生徒たち。
千里たちとお互い会えたことに歓喜し合いながら、長椅子にどんどん座っていく。
その動作はまるでここが学校であるかのように慣れたものだった。
後輩組だろうか、彼らの後に続いてぞろぞろと顔を出す生徒は驚いた表情のものもいれば、こちらをちらりと見て素通りしていくものもいた。
生徒会メンバーである高嶺先輩もいるのに、素通りという態度に何か違和感がある。
今までは生徒会の彼女らに挨拶をしない者はいなかったのだ。
それ程に絶対的な立場であるが故に、陰口なども悲惨なものだったがあからさまに無視する勇者はあの学校にはいなかった。
そんな先輩をちらっと見てみんな向こうへ行ってしまう。
なかには、嘲笑のような歪んだ笑みで見下ろす生徒もいた。
なんだか、生徒の雰囲気が変わった。
秩序を取り払って解放を手に入れた割には、その目は曇っているように見える。
「お前たちも無事でよかったよ」
千里たちは周りの空気がおかしい事など知らずに、友人の笑顔を見ると心底ほっとしたように笑うと談笑を始めた。
あっという間に食堂の長テーブルは埋まっていく。
なんだか学校の食堂にでもいるような錯覚だが、あいにくその制服にハッとさせられる。
アルヴィスさんの話によると、彼らと窿太郎たちとは一レベル異なるようで、第二騎士団長に剣術を教えてもらっているらしい。
勇者の目印として、今着ている服を着用するように言われているとの事だ。
つまり、全員が制服のように男女2種類の同じ白シャツ、同じ白パン、同じ白黄コート、そして同じ白いエンブレムを付けて生活を送るという。
黒目黒髪でもわかるようだが、茶髪や金髪もいるので集団行動としては役に立つのが理由らしい。
だが、窿太郎は本当の理由がそれでは無いことに気がついていた。
だって、おかしいだろう。
何故、地球の学校制服のまま居させなかったのか。
何故、白と黄色なのか。
何故、紋章がいるのか。
少し考えればわかる。
これらの服を着た勇者たちは、この国に属していることを明確に表明するためだ。
そして、その国とは。
宰相が言っていたではないか。
『天が裂けるかのように白と黄の光が降り注いだ』
これは、エンブレムにある上部の太陽とその光を指すものだろう。
『勇者様の分身である槍』
その下に見える槍。
そして。
これはおそらくだが。
天から降り注ぐ白が神聖な象徴なら、その色をした蛇も清いものだろう。
槍に巻きついているのは神の加護を表しているからか。
それとも。
白蛇は神の象徴そのものか。
どちらにせよ、この国は勇者と神の加護が続いているのだ、という強い意味をもつ国章なのである。
その国に、あの少女が意図しない禁忌で勇者が現れているのだ。
権力にしか興味のない国そのものじゃないか。
そう考えて、窿太郎はこの国からすぐにでも逃げ出したくなった。
面倒はゴメンだ。
だが、悠真たちはこの事に気がついているのだろうか。
その不安が後に、窿太郎の判断を鈍らせることになる。
後輩は元クラスの奴らたちと同じ席に移動したようで、盛り上がっている。
女子陣も同じくだ。
たしか、今着た生徒たちは1クラス上の剣術をもつと言っていた。
自分達がざっかり下級だとすると、彼らは中級。
なら、上級クラスは後から来るのか。
「ということは、悠真たちは上級レベルっていうことか……」
「まじか!上級ってもはや騎士団長かそれ以上のレベルって話だろぉ?」
「さっきのアルヴィスさんでも凄かったのに、それ以上ってことになるな」
「勇者って言ってましたからね~」
鳴海よ。
お前、いつの間に隣に来たんだ?
彼女は、忍びよれたことに満足そうでふんすと鼻を鳴らしている。
どうやら、剣技の中でも気配を殺す訓練が気に入っているようだ。
訓練中に剣技階級についてはアルヴィスさんから説明を受けていた。
下級は平民並、中級は騎士団、上級は騎士団長以上。
そう、窿太郎たちはただの一般人。
今外に放り出されたらひとたまりもないのだ。
だが、それより先に試練がやってくる。
「……なんか、人多くなってきて酔った」
「田舎者発言かよ、窿」
やかましいわ。
「ちょっと、外に行ってくる」
「え~、じゃあ私も行きます。なんか、みんな勇者に染まっててここにいるの嫌なんですよ~」
鳴海の発言に、窿太郎も皆高も周りを見渡す。
するとみんな楽しそうに会話しているのが目に映った。
一見普通の光景に思えたが、その会話の内容が一般的ではない。
『おい、聞いてくれよ!今日あの騎士を倒したんだぜ!これで上級に移動できるかもな』
『あのメイドかわいいよなー、今日ちょっといこうかな』
『はあ?お前まだヤってなかったのかよ、みんなとっくにヤってるぜ。何でもやってくれるからな』
『私なんか貴族の人に告白されたわよ!』
『いいなー、でも私は一般市民のために戦うんだから!』
『戦争ってこのレベルなら楽勝じゃね?』
『魔族とかただのゴミだろ』
その異様な思考に吐き気を覚えつつ、さっき自ら感じた違和感を思い出した。
ああ、生徒会ごときが何だ、という先輩を見下した目はこういう事だったのか。
勇者という優越感に浸っているのだ。
ゲームのようにレベルやステータスをあげて、死にかければポーションか何かでリセットする。
痛みなんてないと、思っているから。
それゆえの勘違い。
聞くに耐えなくて、目を出口へ向ける。
ただ、意識してしまってからでは無視をしようとしても耳に入ってくる。
そして、それを不愉快に感じたのは窿太郎と鳴海だけではなかった。
「……やっぱ俺も外の空気吸いに行くわ」
皆高も顔をしかめて席を立つ。
もう3人とも、この空間にこれ以上居たくはなかった。
ここは勇者の集まり。
平民よりは少しいい待遇かなといった感じの、自らの寮の地下で飯を食うらしい第二騎士団とは雲泥の差だ。
それだけでも胃が痛いというのに、その上メイドにまで行動を逐一監視されているというのは、自由なのか飼われているのか解らなくなってくる。
そう考えだすと疑うことしか思いつかない。
はぁ、やめよう。
これ以上考えても状況は好転しない。
かぶりを振って、皆が入ってきた方向とは真逆にある庭へと続く扉に向かう皆高と鳴海を追いかける。
だが。
聞きなれた声に足が止まる。
「窿ッ!」
背後から叫びに近い呼び声。
反射的に振りかえると。
目に映ったのは、馬の尻尾のように揺れる黒髪。
跳ねるたびに艶によって反射した光がチラチラ見えた。
そして、その呼び声は、いつも寝坊しそうになる窿太郎を玄関から呼ぶ声と同じものだった。
「蓮華!」