違和感
「おはようございますアマノ様」
「......おはよう、ございます」
目を開けると部屋のすみにメイドさんがたたずんでいた。
ちょ、待て。なんで部屋に入ってるの!?
聞いてみると、どうやら朝御飯の知らせに来てくれたようだ。
メイドに起こされるという一度は憧れる夢のようなシチュエーションではあるが、実際にされると頭が真っ白になるな。
思わず敬語になってしまった。
男が寝ているとこに女性が入ってくるのはいかがなものかと思わなくもないが、これが一般庶民との差なのか...!
そんな親父臭いことを考えながら、ふかふかのベッドを後にした。
窿太郎たちの部屋は2階にあったため、用意してもらったこれまた貴族風の服に着替えて(メイドさんたちに着替えさせられて)階段を降りる。
暗い色にしてほしいという要望は素敵な笑顔で却下され、結局は泣く泣く昨日と同じ、白いシャツに白いズボン。
その上からは短めの黄色いラインの入った襟詰めコートを羽織る。
その腕にはあの紋章が縫い付けられていた。
白と黄色が嫌いになりつつある今日この頃である。
窿太郎たちはまた昨日のように集まり、席に着く。
朝から盛りに盛られた高級食だったが、大食いではないためそこそこですませた。
訓練が後で行われるためグロッキーなことにはなりたくなかったのも理由の一つである。
反対に朝から元気っ子な千里は、肉系のものを詰め込んでハムスターのように頬袋を膨らませながらモゴモゴしていた。
そこが女性陣にうけたようで、餌付けされるようになったのは後日談。
少ししてから、予定通り訓練が行われることになった。
どうやら、今朝着た服が戦闘用も兼ねているものだったらしい。
そのまま石造りの巨大な円盤上へと足を運んだ。
そこは宮殿の真後ろにつき進んだ、騎士用訓練所らしい。
要塞のように固められた周りには、監視塔もあり周りをよくみわたせるようになっている。
背後に面する自然の森の監視もになっているというわけだ。
そんな場所で、剣術、体術を優先的に指導されるようだ。
勇者グループの中でも新米である窿太郎たちは、レベルの確認もかねてある騎士幹部に教えられるらしい。
「まずは、剣の構え方からです」
アルヴィスという金髪碧眼の騎士から優雅な挨拶をされたあとで、木剣が配られた。
第二騎士団の副団長だというその美麗は、しかし銀に輝く鎧に1つの傷も見当たらない。
彼の前に横一列にならび、剣の構え方から師事する。
「では次に扱い方の基礎ですね」
アルヴィスさんの剣を描く線は綺麗なもので、だがそれは見せることを重点に、言うなら儀式用の可憐な剣だった。
威力は無さそうだな。
などと冷めた目で呑気に眺めていたが、それは間違いであると理解させられる。
彼が模擬戦で部下である騎士と剣を交えていたとき。
騎士の突きを半回転でかわし、下から突き上げる要素で目に見えない速さに乗って相手の剣を弾き飛ばしたのだ。
そこから勢いに乗り踏み込んで首筋にピタリとそえる。
力も必要だろうが速さ、技術と判断力が一瞬の勝負を分ける。
そしてあのスピードにのった突きを、首に当たる直前で急速に勢いを殺すのは普通出来ないことだ。
「すげー...」
「速かったですね...」
「俺、見えなかったです...」
まじか。
窿太郎の目が見開かれる。
ろくでもない国王だから、騎士もそのレベルかと思い込んでいたが、それはとんだ勘違いだったようだ。
よく練習に付き合わされた蓮華でもこんな動きは見たことないぞ。
もはや感嘆しか口から出なかったが、千里はその格好良さに声をあげた。
「はいはいっ!俺もやってみたいです!」
「では、センリ様。お相手よろしくお願い致します。皆様は二人一組のペアになって先程お教えした基礎を交互に行い、お互いに意見や修正点を見つけて完成度を高めてください」
窿太郎は皆高と。
鳴海は女子後輩と。
他二人の後輩のペアにわかれた。
高嶺先輩はすでに、先程模擬戦でアルヴィスさんの相手を務めていた騎士に相手を頼んでいた。
さすがは高嶺先輩、会長の力になるためなら嬉々としてあらゆることに首を突っ込むのですね。
先輩ら生徒会でも真顔だが、今回は少し口許が弛ゆるんでいる。
剣術で会長に褒められる未来でも思い描いているのだろうか。
「ふふっ。これで会長に...。ふふふっ」
なにか奇妙な笑い声が先輩から......いや、勝手な詮索は良くないな!
うん、良くない!何も聞いてない!
「お?どしたんだ、窿?」
悪寒にぶるっと震えると皆高が動きを止めてうかがってくる。
「いや、ちょっと寒気がしただけだ。気にしないでくれ」
「そうか?ならいいけどよ」
鳥肌はなかなか治まらなかったが、体を動かしていると自然とそんなことは忘れて目の前の皆高の動きに集中していた。
カンッカンッと木の打ち合う乾いた音が聞こえる。
少し息が上がってきた。
1週間も繰り返し続けていたら、体もだんだん慣れてくる。
窿太郎がさりげなく突きを出す。
すると、皆高はアルヴィスさんを真似ようとその軌道から体を翻ひるがえして踏み込む。
かのように見えたが、足がもつれて崩れ落ちてしまった。
その瞬間、手から木刀がすっぽ抜けて放り出される。
カランカランという音に皆高があっと顔を青くして振り向く。
そこには爽やかな笑顔を貼り付けているアルヴィスさんが佇んでいた。
何があっても剣は手放すな、滑り落ちるなど言語道断だと笑顔で言う彼は案外厳しかったのだ。
皆高はよく手を滑らせて落としているが、そのたびに...。
「ミナタカ様、剣を手放してはいけないと何度も申し上げていますが、訓練だから大丈夫などという概念は通用しません。甘いです。慈悲のある相手ならまだしも誰もがそうではありません。ましてや敵が魔物なら...」
と、このように精神的にごりごり削られる。
これで10回を越える精神攻撃に、皆高は正座が板についていた。
日本人の本能なのか、叱られるときは正座という反省態度を示す。
アルヴィスさんに諭さとされるように怒られるとき、みんな自然な動作で膝を折っていた。
アルヴィスさん、おかん気質なのだろうか。
そして騎士は日本人独特の正座に驚きはしなかったことに気がついた。
もしかすると先行の勇者たちもアルヴィスさんが指導してその度に正座が繰り広げられていたのかもしれない。
「それにしても、リュウタロウ様は慣れているご様子でしたが。経験はおありですか?」
説教は終わったのか、アルヴィスさんがこちらに向き直る。
来た。
予想していた質問に、窿太郎は予め用意してあった答えを機会的に口にする。
「いえ。友人に付き合わされたことはありますが、身を入れて取り組んだことはありません」
「ほう、そうでしたか。あなたは筋がよろしいのですぐに上達すると思いますよ」
「剣を落とすな、剣を落とすな...」
お世辞なのか本気で言っているのかわからないが、そうですかと流しておく。
若干1名自らに暗示をかけているが関わらないでおくのも優しさだろう。
皆高からそっと目を逸らした瞬間、空気を切り裂く声に体がこわばった。
「きゃあ!」
「なんだ!」
突然の女性の悲鳴だった。
アルヴィスさんが素早く反応する。
彼が駆け寄る先には、口に手を当てて混乱する生徒がいた。
この声はたしか千里の同期、三島さんだったか。
皆の視線が彼女に向くが、三島さんはある方向を向いている。
その視線の先には、四つん這いになって呻うめき声をあげている千里がいたのだ。
「おい、千里!どうしたん……だ」
駆け寄って声をかけるが、語尾がしぼんでいく。
というのも。
「おえぇぇぇ」
「体調不良でしょうか。体が慣れていなかったからですね、無理をさせてしまい申し訳ありません」
千里は吐いていただけだった。
顔は土色でいかにも体調不良なのだが、アルヴィスさんは自分のせいだと謝っている。
だが、窿太郎は、というか皆が見ている。
千里が調子にのって朝飯に肉をがっつく姿を。
「いえ、たぶんそれ、朝ごはんの食べ過ぎ...」
「えっ...」
ボソッと呟つぶやくと辺りが静まり返った。
駆けつけた騎士さんたちも真顔や呆れ顔。
……うちの子が申し訳ない。
「うおぇぇ」
この世界に来てから1週間目の午前訓練は、なんとも言えない雰囲気のまま終わってしまった。