正義
謁見の間までの道のりは長く、10分近くかかった(この世界の時間計測法は置いておく)。
もうどこの次元の扉だよ、と言いたくなるほど重圧でばかでかい扉をくぐると、前頭を王女、その後ろから二列にならんで進んでいく。
おお、レッドカーペットだ。
若干場違い感に気圧されながら目だけで辺りを見回すと、カーペット沿いの量側面に大理石っぽい柱が等間隔で並んでいる。
それが100m程続いた先に同じような、さらにあからさまな扉が待っている。
この空間は普通の廊下と謁見の間を繋ぐための回廊と解った。
扉を潜る度に襲われる喉の乾きに辟易しだした頃。
上部から太陽が顔を出し、その光の下に槍に白蛇が巻きついている紋章を自らに刻んだ扉の前で王女が立ち止まった。
チラリと後ろを振り返られ一言の忠告。
許可があるまで喋らないこと、
そして
目を合わせないこと。
それだけを淡々と述べると、問いただす暇も与えずに扉を開けさせた。
内心、怒りの火を燻られた者もいただろう。
それだけこれから起こることの強制さと不愉快さ感じさせるには十分だった。
学校の敷地一個丸々収まるほどの広い空間には、左側にくり抜かれた縦長の窓ガラスから光が差し込んでいる。
まるで光の階段があるかのように錯覚した。
変わらずのレッドカーペットが敷かれた道を亀かと勘違いすくるらいのそりと歩く。
王女が止まる。
窿太郎たちも足を止め目を伏せながら前を見やると、段差を挟んだ向こう側にポッチャリ系の朗ほがらかな雰囲気の男が座っていた。
マントの下から覗く白シャツのボタンが今にも弾け飛びそうだ。
宝石などを身につけた口元は警戒心を持たせないような柔和な雰囲気を滲ませていた。
これが王……。
人間が魔人に反乱を起こしたとはいえ、どこの国の王族がそれに当てはまるのか窿太郎は以前考えていなかった。
禁忌を犯したのがどこの国であれ、魔法陣が繋ぐのは地球とその本人の国だろうと思っていたからだ。
神様の言う通り、本当にBADENDを防いでくれていたのなら本来なら死体が今ここに山積みになっているはず。
だが、何のために地球の死人の山が必要なのか?
「よく参られたな、異世界の方々よ。わたしはオウファンドの王、ログラダ・ウージュ・モン・オウファンドだ。不安もあるかと思うが時間がないので早速説明をさせてもらう。宰相」
「はっ。王に代わり私がのべさせていただきます」
窿太郎は眉間にシワを寄せる。
自己紹介で終わりって面倒くさがりか。
しかし、下を向いていた彼らの表情が王に知られることは無かった。
「まず、お越しいただいた理由は、貴女方が神のご加護をお受けになっているからです。この国は現在、魔族や亜人の侵略に力及ばず攻め続けられております。このままではこの国は滅びてしまうのでございます」
ざわりと空気が揺らいだ。
後輩たちは侵略や滅びの言葉に不安を覚えたのかそわそわしだす。
納得はいかないものの、嘘はついていないので不満は腹に押し込める。
「魔族や亜人!?じゃあ、ここには猫耳の獣人や吸血鬼がいるんですか?魔法は?」
思わずバッと顔を上げ、目を輝かせて前のめりに質問を繰り出したのは千里だった。
「センリ様!王の許可なく発言は許されないと……」
「まあ良い」
「ですが父上……」
「我は良いと言ったのだぞ」
「……失言でした。お許しください」
「うむ」
なるほど、これが絶対王政か。
張り詰めた空気が漂う。
いつかの、高嶺先輩が発狂した会議を思い出す。
あれは、まさにこのような雰囲気ではなかったか。
しかし、あの大人しい推理小説好きの彼がファンタジー好きだとは。
自分達の前に来た生徒の中でも、こういう現実にはない世界に憧れを持つものはいたのだろうか。
「宰相、答えよ」
「え、ええ。存在します。魔法は人間の生活に関わる重要なものなので、亜人とは異なり人間ならば扱うことなど雑作もありません。ただ、階級に差は出てきますので、それは才能によってわかれるのです」
ピリリとした雰囲気のなか、冷や汗をかいて口を噤んでいた宰相へ声が掛かると、彼は驚いたのか戸惑いがちにそして後半は誇らしげに語っていた。
ということはあれか。
亜人は魔法を扱えないということになる。
口調からも差別的意味が滲み出ていた。
この国には、選民意識による種族差別が宰相本人が認めてしまったのだ。
恐らく、周りの貴族もそうではないのか。
だとすると、異世界の人種である窿太郎達はどうなるのか。
この国の貴族は明らかに白人、対して窿太郎達は黄色人だ。
差別を進んで肯定する訳では無いが、ここは地球では無いのだ。
迫害の危険も視野に入れておかないと。
「才能?じゃあ、俺たちにも才能によってわかれるということっすか?」
千里が顔を上げたことにお咎めがなかったからか、皆高も目を上げ珍しく敬語を使っている。
睨むなって、誉め言葉だろ。
「はい、ともいいえ、とも言えます。異世界から召喚される方は神のご加護をお受けになっているはずなので、皆様はなにかしらの才能をお持ちかと。初代勇者様がそうであったように」
曖昧にはぐらかされた事に気がついていないのか、その返事に千里は飛び上がって喜んでいる。
窿太郎も案外そこだけはちょっとわくわくはしている。
だが、最後の一文が気になった。
「勇者様?」
「ええ、まだ国がなかった約500年前に異世界から勇者様が神の使いとして現れたのです。それはまるで天が割れたかのように白と黄色に輝く光が降り注いだそうな」
昔話か。
「そこには勇者がおりました。当時は現在と同じように人間が滅ぼされる間際だと言われています。その危機を切り開いたのがの勇者様なのです!」
……んん?
「人間が救われ、この国オウファンドが創られる頃に英雄として眠りについたそうです。そして、先祖はその出来事を忘れないように勇者様の分身である槍を握った肖像を作り今もその伝説は生き続けています」
あの少女はそんな話をしていただろうか?
感動話にしんみりとした空気が流れる。
その反応に満足したのか宰相は微笑み、続ける。
「そこで、勇者様と同じ才能をもつ貴女方にその才能を発揮しこの国を救っていただきたいのです」
その笑みがニヒルなものに変わる。
「魔王と獣王が倒れれば相手の侵略は納まるはずです。どうか、餓死するものや罪もないのに惨殺されるもの、女子供をお救いください」
宰相が軽く頭を下げると騎士やローブたち、王女や王ですらこちらに頭を下げた。
王をチラ見すると、あくびを噛み殺して涙が溢れている。
呑気のんきだなおい。
お前の国の危機じゃないのか。
しかし、その姿を見て窿太郎は悟った。
あ、これはダメなヤツだ、と。
さっきからあの少女の言う通りだなと認識していたが、現状は非常にひじょーにまずい。
殺人目的での異世界召喚のうえ王は実質無能。
そして、禁忌の召喚が失敗したカモフラージュのために作った話であろう戦争に力を貸すということ。
建前としてはとても素晴らしく綺麗事だが、要は名前もさっき知ったばかりの国のために死ねということだ。
そして、生徒たちを殺そうとしていたのは、窿太郎達が持つ女神の加護とやらの能力を自分達で独占しようとしたからだと宰相が自白したのだ。
殺して他人の能力を使役できるかは疑問だが。
「我々だけでどうにかなる問題なのでしょうか」
「そうですよ。いくら才能持ちとはいえ限度があります。なにせ、才能があるかも証明できていない」
「召喚された異世界の方々は他にもいらっしゃいます。貴女方がこちらに渡る以前にも数十名いますよ」
答えになってないのに、後輩たちがあからさまにホッとした表情になる。
それにまたもや宰相はほくそ笑んだ。
しかしそんなことはどうでもいいとばかりに、窿太郎は天井を仰ぐ。
あ、ヴォールト様式だ。
世界史で習ったなー。
……。
さて、何故みんなそんなに戦争好きなのだろうか。
言葉で負ければ暴力で勝とうとする。
それは一部の人間に共通して言えることだが、まさか歴史をなぞらえる光景を見ることになるとは思いもしなかった。
今更、平和な日本が恋しくなってきたな。
事情を知っている窿太郎が死んだ目で口元を引き攣らせているのを見て、すぐ隣にいた皆高が1歩退いた。
「まさか、会長たち...?彼らは了承したのですか?」
数十名と聞いて失踪事件と関連付けたのか、先輩が目を見開く。
あ、嫌な予感。
「先輩、それを聞いてもし会長が承諾していたら...」
「ああ、カイチョウと呼ばれていた彼は快く頷いて下さいました。あの方はとても聡明で、今現在最も純度の高い魔法を使いこなしています。大魔導師から見ても素晴らしい才能の持ち主だとか」
「引き受けましょう!」
「やっぱり……」
どれ程信頼がないのか、先輩の一言で鳴海、皆高、窿太郎、後輩二人が顔に手を当てて首を振る。
まあ、結局引き受けるしか選択肢がなかったとは思うけど。
「感謝致します!おお、アスファンドラよ、我々は見捨てられていなかったのですね」
宰相たちが涙ぐんで空へとてを掲げる。
そう言えば、アスファンドラってなんなんだろうか。
今度聞いてみようか。
宗教関係じゃないといいけれど。
明らかにその類たぐいのものだと理解していてもそう願わずにはいられなかった。
先輩を見てわかるように、信仰心は時に危ういのだ。
恋は盲目、というような感じで。
先輩の鶴の一声で謁見は終了となり、窿太郎たちは先程着替えに使った部屋に戻された。
そこで翌日から訓練を始めるとのお達しもあり、室内は遠足気分半面、未知なる恐怖半面といった雰囲気だ。
ちなみに部屋は、離れにある来客用の別邸を割り当てられた。
そこは外見も内装も高級ホテルのような三階建ての邸宅だった。
出入口を中央にして翼が生えるように反った円を描いている。
夜は気楽に過ごせるように、このメンバーのみで部屋での食事を許された。
最大限の敬意だというが、実際は安心させて信頼を少しずつ得て手のひらで転がすのが目的だろう。
「私たちで人を救うのです。会長に続きますよ!」
正直面倒臭いので、高嶺先輩は会長の後に続いて人類を救出することを夢見ているからもう放っておくとして。
千里はあの勇者の話や王たちの懇願、魔法に対する憧れに引っ張られたようで、高嶺先輩を頼りがいのある存在として認識してしまったようだ。
よかったですね先輩、信者が増えましたよ。
千里はどちらかというと魔法のみにのめり込んでいるようだが。
これまた食べたことの無い食材の味を堪能した後。
窿太郎と鳴海、皆高の三人は食事後窿太郎にあてがわれた部屋へと集まっていた。
長椅子やら談笑用のテーブル席が設けられているが、あまりの広さに落ち着かず、結局はベッドの上。
カバンに入っていた駄菓子を囲んで座っていた。
ベッドはダブルサイズなので、3人で座ってもスペースに問題は無く。
目的はもちろん、お菓子をつまみながら今後どう動くを考えるため。
「やっぱり胡散臭いですね~」
「なぁんか、王様仕事できなさそうだったしなぁ!」
「不敬罪で殺されそうだな。ま、いいか。実際面倒くさい話だし」
鳴海、皆高、窿太郎の順番に開口一番ダメだしである。
「そもそも、王様やる気無いですよね~」
「あれほとんどの仕事は宰相たちでやってそうだ……。本当にただのプヨプヨしたおっさんだな」
「何気に天野っち毒舌ですね~」
「まあなぁ。あれじゃあ、しゃーねぇよなぁ」
「勇者の話も美化されてそうですね~。伝聞調だったので言い逃れもしやすいでしょうね〜」
「それってどういう意味だぁ、鳴海ちゃん?」
「たとえ勇者の話が嘘であったとしても、500年前の伝承だから仕方がないって言えるんだよ。どこかで歪曲されたのかも、って具合に」
「伝説級の過去なら当時の人間は誰も生きて居ないでしょうしね〜」
「……なんか、腹黒い話だぜ」
「ふふっ。それよりも!魔法は少しワクワクする響きですね。悪戯にも使えないでしょうか〜」
「俺はどっちかというと剣術やりてぇな!かっこよく敵をなぎ倒すヤツ!」
「俺は魔法かな。先陣は面倒くさいけど生産系か研究系なら……あ。」
「でた。面倒くさがり...ってどうしたんだ?」
「地球への帰り方聞くの忘れた」
「......」
「......」
これはもう、テンプレですな。
さて、寝るか。
電気消すぞー、と合宿のような窿太郎の呼びかけに、「男子2人で私を囲んで寝るなんて卑猥です〜!」といって、お菓子を撒き散らしながら鳴海が出ていった。
窿太郎は、半目で閉まる扉を見送ってからベッドや床に落ちたスナック菓子やチョコレートを拾い上げる。
なんだろうか、この敗北感は。
そんな訳の分からない感情に悶々としていると。
「卑猥ではなく破廉恥だと言うべきこの状きょぶべしっ!」
「さて、俺はベッドで寝るから。お前床な」
「はっ!?」
「おやす……」
「お前も途中で寝んのかいっ!のび〇以上だな!っておい!俺も入れろよ寒いから、なぁ。なあなぁなぁ」
「煩い、発情期の猫か」
「やっぱ起きてんじゃねぇか!入れろよ、ほれ、男の語り合いをしようぜ!」
「やだ、眠い、帰れ」
「またまたぁ。照れるなよ、取っておきの情報仕入れてたんだよ!なんと、あの高嶺先輩の胸は実はD……」
「さて、録音録音」
「嘘です、ごめんなさい、それだけは辞めて!」
「……」
「でもさぁ、やっぱ……」
「……ポチッと」
「帰りまーーすっ!」