神隠し
「っ!......?あれ?」
こちらに直進してきた巨大鳥を止め術はなく、両腕で顔を覆ったが、果たしてなんの痛みもなかった。
後ろを向くと、巨大鳥は何もなかったかのように悠然と飛び去っていく。
「うははははっ」
笑い声を発したのは少女だ。
「私たちは今ここの住人には見えてないっすよ!私の力で降りてきているから触ることも出来ないっす。安心っすね!」
満面の笑みでサムズアップをかます。
ピキッときた窿太郎は、少女の額のまえに腕を前へ突きだし...。
バチィィン!
「いぃったぁあい!」
「そう言うことは最初に言え!アホッ!」
後ろにのけぞる少女。
デコピンを鍛えてきた窿太郎の一撃は衝撃音を発するほど強烈なのだ。
一般人を殴ってはいけないが故に、必死に編み出した早技である。
これのお陰で、幾人ものクズを倒して来た。
ッハ!そんなことより!
「あんたの力が働いたのはおいといて、何で俺はお前に触れたんだ?」
さっき触れないと言っていたはず。
「神に向かってあんたとは。まったく、チキュウ人の神に対する礼儀が成ってないんすけど。どうしてくれよう」
威厳なんてあって無いようなものだろう、この訳あり神様。
まず見た目、次に口調が、さらには神であるのに人をからかう性格が残念だ。
どう見ても子供でしかない。
「ここの住人には、って言ったじゃないっすか」
少女は、赤くなってもいないデコを擦りながら不機嫌に述べた。
頑丈だな。
そう、窿太郎が残念そうに見やる。
そういえば、少女の口調が先程から安定していることに気がついた。
さっきは興奮してたから口調がおかしくなってたのかもしれない。
だが、それでも尋常ではないほどの変貌ぶりだった。
ま、余計な詮索はしないに限るか。
面倒臭そうだし。
悩んだところで窿太郎が答えを得られるとは思っていなかった。
それならいっそ、放棄して今起こっている出来事に目を向ける方がよほど有意義に過ごせると考えたのだ。
「冷静っすね。そのほうがやりやすいからありがたいけど。パニックになってたら黙らせようと思ってたんすよ」
……それはどうやって?
過激な想像しか出来ない。
暴力的な意味で。
いや、いかんいかん。
話がそれすぎた。
「で、俺はここの住人では無いってことか。じゃあここはどこなんだ?地球ではないだろ」
さっきの鳥といい、眼下に広がる大陸の形といい、地球には存在しないものだ。
「理解が早くて助かるっす。そう、ここはチキュウではなく、オヴァスキオールっていう場所。世界とも言うかな。チキュウとは全く異なるから、あっちでの概念や常識は捨てた方がいいっすよ」
「で、ここでは魔法が主な判断基準。魔法の力が上下関係を決める、いわば縦社会の秩序もしくは法律的意味そのものなんすよ」
おお!魔法キターー!
ゲームなんてそんなにやったことないし、ラノベだって数えるほどしか読んだことはない。
むしろ推理やファンタジー、感動物小説の方が多かった。
が!それでも魔法に憧れなかった訳じゃない。
魔法世界万歳!
窿太郎が両手を万歳して歓喜している目の前で、対して少女の顔は暗かった。
「ところが、ある人類の王族が魔法に魅入られて禁忌にまで手を出し始めた。元から天才的な魔法能力を持ったことで、まわりからちやほやされて自尊心が高くて傲慢な性格に育ったのが原因だろうけどね」
人間関係が無ければ…。
これ、絶対そいつらが何かやらかしたヤツじゃん。
それも世界が危うくなる級のやつ。
「幸い、人類には影響はなかったっす。むしろ、栄えたから国民たちのその子に対する英雄視は高まった。」
しかし。
「しかし、調子に乗った王族は侵略を始めて力を増長させた。人類以外の亜人類、魔物や魔人類、自然への被害がそれに反比例して拡大したんすよ。有るところでは大陸が1つ潰されたっす。」
ほらぁぁぁ!
何で皆平和思考を捨てるんだよ!
力をつけたからのんびり干渉せずにほのぼの暮らすという発想はないのか!
「残念ながら無いんすよね。人間は個体ではそんな力は無いけど、団結すると他者をも凌ぐっすから」
あ、それはどこでも同じなんだな。
弱いものの生きる知恵は世界共通と見た。
「そこで、立ち上がったのが魔王たちっす。人類の侵略を跳ね返して、失った大陸を取り戻した。まあ、そこはもう住める土地でもないっすけどね。で、逆ギレした王族が禁忌中の禁忌を使った」
おいおい、どんだけクズなんですかその王族。
もう勇者と魔王が逆だろう。
しかも逆ギレって我が儘か!
人類大丈夫?
「まあ、我が儘なのは多くがその親族だけっすねどね。王は冷徹なだけっす。で、その最大の禁忌が異世界への干渉及び強制転移っす」
ちょっと待て。
嫌な予感がする。
「まさか子供のみを狙ったとか言わないよな?」
「そのまさかっす」
もし強制転移が事実なら、消えたかのように人が居なくなるのは有り得る。
「同じ学校の生徒ばかり?」
「っす。何故かね」
「その人数って...」
「計103人。1人は猫だから、102人と1匹っすね」
コウが消えてからの人数を足すと窿太郎もあわせて...102人。
「転移先ってどこだ?何で俺だけここにいるんだ」
「その王族が用いた魔法陣の上に決まってるじゃないっすか。あ、ちなみに皆さんまだ無事ですよ」
まだって...。
焦りを見せ始めた窿太郎の目は思わぬ閃きに見開かれる。
「まさかあの雷が魔法?」
あの雷が落ちた直後に皆消えた。
そして、自分が雷に打たれた直後みた魔法陣のようなもの。
もしそうだとすれば、あれが王族らの仕業というわけだ。
しかし、少女から返ってきた答えは予想していたそれとは少し異なっていた。
「そうだけど、そうじゃないっす」
は?
「まず、王族が皆さんを拉致したのは事実。魔法陣を行使したのも事実。でも、雷は私の力っす!私が皆さんのBADENDルートを回避させていたんすよ!」
意味がわからない。
説明力が無いのかこの神は。
「ほんっと不敬罪っすよ!もう!あのまま魔法が正常に作動して転移したら、皆さんには死ぬ運命しか待っていなかったんすよ。だから、魔法が作動する直前に介入して少し術式を書き換えたっす」
気を失う前光る紋章みたいなものは、こちらの王族のものではなく神様の魔法陣だったのか。
「し・か・も!私がせっかく力使って焦点ずらしてあげたのに捕まってんじゃん!よりによって自分から飛び込んでくるとかこのバカーー!」
つまるところ、禁忌を抑えるために魔法陣の書き換えだけでは間に合わず、最終手段を使って少女が魔法陣の作動する場所を人気がない所へ出来るだけ移動するよう仕組んでいたみたいなのだ。
しかし、そこに窿太郎達が自ら飛び込んできてしまったためどうしようもなかった、と。
それは申し訳ない。
でも!
こっちだって鬼から逃げるのに必死だったんだぞ!
鬼怖いんだぞ!
捕まったら3時間は説教なんだぞ!
……あれ?
今更ながら疑問に思ったことだが、こちら側の王族が魔法陣を用いるなら落雷なんて必要ないよな?
では、その落雷は魔法陣とは関係ないものとして。
もしかして、神様が魔法陣を書き換えていた手段って、もしかして……。
「雷落として書き換えていた、とか?」
「っす!」
どや顔するなっ!
あれはお前の仕業か!
居たよ!
ここに目立ちたがりの神様居たよ!
リアル神隠しだったよ!
「誰が目立ちたがりかー!私救ったんだよ?!皆を!」
「だって雷派手じゃん」
「それが私の力なんすからしょうがないじゃないっすか」
地球の警察は只今パニックです!
紛らわしい!
「んな理不尽な」
「神様が理不尽とかいってるんじゃない!アンタの存在自体が理不尽の塊だろ」
「いやいや、リュウタロウさんの方が理不尽っすよ」
...名前言ったっけ?
「いいえ。でも、私は、いえ私たちは貴方の存在を昔から知っていたっすから。名前くらい知ってるっすよ」
「...俺は知らんのだけど」
「当然っす。知られていたら神様なんてやってないっすよ」
「頼むから解るように説明してくれ」
「リュウタロウさんは、もともと存在しないはずの人間なんすよ」
「はい?」
「だから、魔法がリュウタロウさんには正常に作動しなかった。だから、こちらとあちらを繋ぐ中間地点であるここに居るんだと思うっす。あの男も見えたっすよね?皆には見えなかったのに」
会長のことか。
「俺に魔法が効かないのなら、あの人も魔法で身を隠していた、とか?」
「っす。魔法陣の方も本来なら作動するはずはなかった。ですが、あの男にリュウタロウさんの存在という違和感を察知されたんっす。チキュウ人にあれが見破られるのは霊感が恐ろしく強い人しか無理っすから」
俺に霊感なんてないしな。
「あの男もそれを知っていた。だから、これ以上異常を勘ぐられないように皆と同じように拉致されたかのようにしてここに連れてこようとした。私はそれを防ごうとして、本人が乱入したことで失敗したっすけどね」
後半は解った。
けど、俺が存在しないはずってどういう...。
「あ、時間切れっすね」
いつの間にか白い世界に戻っていた俺の足元に黒い空間が広がる。
巻いている渦に吸い込まれそうだ。
ちょっと待て、雷らしきものがほとばしってるんですけど。
「この世界は死んでも自己責任なんで、頑張って下さいっす!犠牲になった人のためにも死んじゃダメっすよ!」
雷、近づいてきてる?
なんか威力増してる!
「ちょっ!待って!意味が「さらばっす!」、わあぁぁ!」
浮遊感のあとに見えたのは、またも雷の光と手を振っている少女だった。
あ、名前聞いてない。
...神様に会うことなんてそうそうないからいいか。
窿太郎はひっくり返って穴の中へ落ちていった。