走馬燈
「そこ!右です!」
「おっしゃ!」
「次、左!」
「おう!」
皆高を先頭に、地図を把握している鳴海がその後ろから指示を出す。
皆高をもしものときの盾にしているわけではない、断じて。
むしろ、後ろの方が危険!
なんだあの鬼の威圧は!
ちら、と背後を見やると、鬼と化した先輩の左手には刀が握られているのが見える。
どこから持ち出したんですか!?
「会長ぉ!あの鬼止めてくれぇぇ!」
「高っち、うるさいです~。はい、そこ左!」
「ぅおわ!あぶねっ。くそっ、そんなに寂しいなら俺が相手してやるから落ち着けよ華ちゃん先輩ぃ!」
「だぁれが、寂しい、ですってぇぇ!」
「怒るのそこ!?つか、挑発するな、高!先に殺されるのは俺なんだぞ!」
軽口を叩いているように思えるだろうが、本気でピンチなのだ。
小学校の徒競走でも、こんなに本気で走ったことは無い。
アドレナリンが全身に分泌され、脳が覚醒している以上にハイになってしまった窿太郎たちは、息切れしながらも喋ることでそれを発散させていた。
こんなときに会長の助けが欲しいと思ってしまうとは、解せん。
冬だと言うのに汗を額から流して、危うく目に入る直前ふるい落とした。
一瞬だけ目を閉じたつもりだったが、次に目を開けた瞬間。
次に足を踏み込む場所に黒いモサモサした巨大な毛玉が鎮座していたのだ。
慌てて避けると膝から力が抜けて危うく地面とご対面するところだ。
「わっ!あっぶね!高!猫が居たんなら教えろ!踏むところだったろうが!」
「はあ!?んなもん、いなかったぞ!」
「私も見ませんでしたよ~」
「じゃあ、急に飛び出してきたのか」
細い裏路地の中央で、黒い子猫が踞うずくまっていたのだ。
光る緑色の目を開けていなかったから、闇に紛れて見えなかったのだろうか。
先程はとっさに飛び越えたが、弱っているのか窿太郎が振り返っても動こうとしなかった。
しかし、このままでは、あの鬼の疾走に巻き込まれるだろう。
先輩は山積みにされたダンボールを蹴散らして来ているくらいなのだ。
周りが見えてなさそうな現状では、この仔を殺しかねない。
そう思うと、放っておくことなんて出来はしなかった。
「くそっ!」
「え!天野っち?」
Uターンして子猫を抱き上げると、また走る。
幸い、鬼からは距離があったため、その余裕はあった。
脇にどけるだけでよかったかもしれないが、弱っているのをそのまま放置できるほど強くはないのだ。
鳴海が驚いていたが、戻ってきたのを確認して向き直った。
そのまま鳴海の指示通りに進むと、開けた場所に出る。
道横には公園があった。
「あっ、おい!」
突然、子猫が腕から飛び降りて公園内へと駆け出す。
お前元気だったのかよ!
ボサボサの毛に半目しか開いてなくて、踞っていたから衰弱してるのかと思いきや、もしや寝てただけだったり……?
笑えない!
そのせいで不機嫌になっていると、猫が向かった方角に人影があった。
目が合う。
心なしか、相手が驚いているように見えた。
黒目黒髪の整った顔立ち。
その服は成学高等学校のものだ。
そして、その腕には役員を示す腕章が付けられていた。
あれは……!
「会長!居た!」
「え!どこだ!」
「公園内!」
「いないじゃないですか~」
「ちゃんと見ろって!」
「ふふ。天野さん、私を騙そうとしていますね。そうはいきませんよ!」
高嶺先輩が意味不明な笑みを浮かべて、勝ち誇ったような台詞を吐く。
いや、だからなんでそんなに好戦的なんですか!?
そこで何かが引っかかった。
足ではなく、頭の方で。
噂の会長は反応なんてしないのではなかったか?
「あれ、先輩!何してるんですか?」
会長とは似ても似つかない、公園内から少し高めの声がする。
会長から目線を外してそちらを向くと、後輩が手を振っていた。4、5人で遊んでいたようだ。
「ああ千里!ちょっと追われてるから!またな!」
「えー。あっ、僕、秘密の抜け道知ってますよ!」
言ってる時点で秘密では無くなっているが、この際気にしない。
「二人ともどうする?」
「他に行くとこないし、鬼を撒けるなら何だっていい!」
「もう走るのも疲れてきましたよ~」
確かに、息が上がって疲労が滲んでいる。
決まりだ。
「千里!案内してくれ!」
「あいあいさー!」
手招きする千里の元へ、俺たちは公園の敷地内へと足を踏み入れた。
もう少しで合流できる。他の後輩たちは鬼にビビって千里より先に走り出していた。
この状況でニコニコしている千里よ、逞たくましいな。
「に~が~す~かぁあ!」
なんでインテリなのにそんな足速いんだよ!
鬼が公園の土を踏みしめたとき。
地面から光が放たれた。
その強さに視界が真っ白になると同時に頭も真っ白になる。
あれ、激しくデジャヴ。
周りが見えなくなる前に見た皆の表情は、驚きで埋め尽くされていた。
浮いている感覚がしたと思うと、足元のさらに下に光る円形状の紋章が浮かび上がって見えた。
もしかして、自分は今浮いてるのだろうか。
耳をつんざく音に耳鳴りが続いて、視界の隅が黒く塗りつぶされていく。
あ、拙い。
全身が痺れたように電気が流れ、体が動かなくなった。
呼吸も浅くなっていく。
死ぬんだろうか。
ふんわりと、そんな考えが浮かんだ。
目を開けているのか閉じているのかわからなくなった頃、体の力が抜けていくのを感じた。
完全に意識を手放す前、ふいによく響く低い声が耳に届いた。
聴いたことのあるそれは、意外にも楽しげだで落ち着いたもとだ。
「バレたか」
またな、とも言われた気がする。
なんとなく、声が会長に似ていたような・・・。
あ、猫どこ行ったんだろうか。巻き込まれていないといいけど・・・。
そこで、俺の意識は途絶えた。