雷を追いかける幻捜索隊
鳴海隊結成から一週間後。
「っああぁ!なんでこんなに見つかんねぇんだ!」
皆高が寝そべったまま空に向かって喚く。
手足をバタバタさせているチャラ男よ、いつものキザったらしい姿は何処へいったというのか。
清潔感に煩いかれが髪を乱して床に衣服を擦っているのを許容しているあたり、かなり気が滅入っているようだ。
昼休み。
窿太郎たちは今、屋上にいる。
いつの間にか、ここが作戦会議場所となっているのだ。
こんな解放感にあふれる場所では内容なんて筒抜けだろうが。
そもそもらこんな寒い日に屋上に来る物好きは彼ら以外居ないからちょうどいいとも言えた。
だが、その傍らでその事に絶望を隠せない男がいた。
俺の憩いの場が消えた...。
そう、窿太郎が使用している、屋上扉の更に上の屋上、つまり昼寝場所を強制的に提供させられたのだ。
荒くれ少年にドン底少年を2人、ズルズルと引き摺りながらiPad画面の地図へと顔を向けさせた。
案外容赦のない少女である。
「まぁまぁ。今日はここに行きますかー」
鳴海もそう言いつつも、苛ついてきているようだ。
棒読みになっている。
「今日も張り切っていきますか」
「どこをどうやったら張り切れんだ、こんなもん!」
高っちが煩いとでも言うように、鳴海が顔を盛大に歪める。
窿太郎もそんな顔を向けられてもどうしようもない。
更に構うのも面倒くさくなってきたので、放置して寝ることにした。
「あー。天野っちが寝てますー。私も寝...」
「え、しゃべってる途中で寝ちゃうんだ!鳴海ちゃん!つうか、休みもうちょいで終わっちまうじゃねぇか!」
窿太郎はかしましく騒ぎ立てる皆高を意識の外へ追いやり、意識を沈めた。
ーーー扉の奥で人影が佇んでいた事も知らずに。
午後9時。
高層のコンクリートで囲まれた道路には、所々ネオンの看板が派手に自己主張をくりかえしている。
少し寂れたような、ガレージをで閉じきった店もあればミニスカートにニーハイという、いかにもな客引きのお姉さんが居たりする商店街。
その隅っこにポツンと佇む3人は私服ではあるものの、その幼さを捨てきれていない顔立ちが学生である事を如実に表している。
「なんか今日は寒いな」
もうすぐで春になる季節だというのに、息が白くなるほどの冷気が漂っている。
赤色のマフラーを口元までくいっと引き上げながら窿太郎は空を仰いだ。
もう少し重ね着してきたらよかったな、と思うも仕方がないので肩を落として諦める。
「グヘヘっ。綺麗なお姉ちゃん発見〜、行ってきまグボァッ」
「さぁて、行きましょうか〜」
鳩尾にパンチを食らって崩れる皆高を尻目に、鳴海が細道をスタスタと歩いていく。
本当に容赦がなくなったな。
「仲良くなったようで何より」
「どこが仲良く見えんだぁ?」
「そんなことより、俺たちも探しに行こうか」
皆高がこちらを恨めしそうに睨むが、窿太郎にはどうにもできない。
窿太郎ほど切れた時の女性の怖さを身をもって体験しているからだ。
触らぬ神に祟りなし、である。
「探すって誰を?」
「はぁ?お前何言ってんだよ今更。つうか、何気色の悪い高ぇ声だしてんだよ」
「え。いや、俺はなにも言って……」
そう言った瞬間、ハッとなって振り返った。
目の前には鳴海、その奥には鳴海がいたから、後ろから声なんて聞こえるはずがなかったのだ。
案の定、振り返った先には……。
「高嶺先輩……」
腰に手を当てて、神経質そうにメガネをクイっと持ち上げているトレンチコート姿の先輩がいた。
黒髪ストレートに銀縁眼鏡でそんな仕草したら、ほんとにインテリ……じゃなくて!
「えーっと、先輩は何でこんなとこに……」
「ほう。それを私に聞きますか」
くそ。
俺が団子三人組に使った技を、しかも俺自身に使われるとは思いもしなかった。
だが、まだ大丈夫だ。
窿太郎は冷や汗を握りながら顎を引いた。
皆高や鳴海、窿太郎はここへ到着してから一切ドッペルゲンガーだの生徒会長だのの名前を出していない。
まだ誤魔化せる。
「いやあ、気晴らしをしようかなーと。あははっ」
「人探しをしていたようですが?」
うん。
これは無理なやつだ。
ニヒルな笑みが愛想笑いに変わる。
今の高嶺先輩は、どう説明しても聞く耳持たない母さんと同じ顔をしている。
普段あまり笑わない人が、満面の笑みを浮かべるのってこんなに怖いことだったなんて。
浮気をしている訳でも、二股かけている訳でもないのに何故こんなにも女性の恐ろしさを味わわなければいけないのだ。
祈りを捧げる訳でもない神への愚痴をチビチビたれながら、窿太郎の現実逃避が始まった。
ドス黒いオーラが黒い髪から出てる気がするのは気の所為だろうか。
愛想笑いを何とか維持しながら切り抜けようとするも、冷や汗がとまらない。
そんななか、唯一対抗出来る戦士が現れた。
やはり女性には女性の武器を持ってしてのみ対等な関係になるのだ!
つまりは鳴海にパスするだけである。
「あ、会計先輩、お久しぶりです~。私たち、人に会うついでに気晴らしに来ただけなんですよ~。ほら、最近学校が憂鬱じゃないですか~」
お前はしゃべるなボロが出る、と皆高に目配せをしながら鳴海が戻ってきた。
初っ端から呼び方がおかしい。会計先輩って...。
そうか、名前を呼びたくないほど先輩が嫌いなのか。
鳴海の、高嶺先輩に対する当たりがあの会議の後から強くなっている。
まあ、昔から苦手だったようだが、あの会議で導火線に火がついたらしい。
だが、流石は生徒会長信者。
嫌味ったらしい鳴海の挨拶も何のその。
「こんな時間にですか?危ないでしょう、ただでさえ今は外出禁止令が出ているのです。各家まで送りますよ。ご両親も心配なさっているでしょう」
そう、現在窿太郎の高校に通う生徒には20:00以降の外出禁止令が出ているのだ。
警察が、成学高校の生徒のみが狙われていると判断したからだ。
しかし、会長の噂が流れてる時点で、(塾生を除くとしても)多くの生徒が無断外出しているしていることはバレバレなのだが……。
それはいいのだろうか。
「いえいえ、これから会う人はしっかりしている方なので、会計先輩の手を煩わせるまでもないですよ~」
遠巻きに、高嶺先輩だと頼りないから消えろって言ってるな、こいつ。
「会長……ですか?あななたち、噂が本当だと思っているのですか?」
ん?
俺たち、さっき会長のワード出したか?
何にしろ、先輩が噂話を知っているなんて驚いたが、バレているのならどう繕ってもつついて来るだろう。
「それを確かめに来てるんですよ。高嶺先輩は気になりませんか?会・長・が」
「・・・」
会長の信者なら、気にすると思ったんだが。
先輩は窿太郎から目線を切り、顎に手を当てて目を伏せた。
意外と迷っているようだ。
生徒会の立場と私情との葛藤があるのだろうか。
「ありえません。会長がそんな意味の成さない行動をするはずがありません。もしそうだとしても、私に一言もないのは考えにくいですから」
...前言撤回。
やはり狂信者だった。
真顔で言っているのも、機械的な感じがしてどうも拒絶感が出てしまう。
そして、会長が自分を頼りにしていると激しく勘違いをしているのは致命的だ。
何故、会長の大の友人である副生徒会長をすっ飛ばして、そう考えられるのか不思議なほどに残念だ。
これは話にならないな、と鳴海に首をふるが。
……あらら、鳴海の先輩に対する好感度が急降下している。
もうメーター突き破って嫌悪にまで突入しているようだ。
不愉快さに顔が歪んでるぞ。
いつものポーカーフェイスはどうしたのか。
「そうですかー。では、私たちは用事があるので失礼しますねー」
棒読みだ。
目は死んだ魚のようで、口元は笑っているのに感情が一切こもってない。
逃げるように足早で先輩の横をすり抜ける鳴海に続き、窿太郎たちも便乗してそそくさと立ち去ろうとする。
「いい加減にしてください。噂は噂なのです。怪談話と同じ類いのものですよ。さ、我が儘を言わずに、帰宅しなさい」
しかし、先輩は一番近くにいた窿太郎の腕をつかんで引っ張った。
年下の兄弟を諭すような口調にちょっと苛つくがまともに反論するのは骨が折れるので、先輩が食いつきそうなものを与えてトンズラしよう。
そうして、息を吸って。
「あのさ、先輩「いい加減にするのはそっちですよね」」
反論しようとしたら、鳴海が感情を押し殺したような平淡な声で割り込んだ。
「自分の価値観が当然のように、相手にも強要しないでください。そもそも、あの男があなたを信頼しているなど、自惚でしかないんですよ。あれは清い男じゃないんですから。あなたは、あの男が自分をおいて消えたことを受け入れたくないだけでしょう?私たちを止めるのは、自分の信じたものを壊されたくないだ「うるさいわね!」」
鳴海のおちゃらけていない、威厳すらも伺える口調と視線に、窿太郎たちは唖然としながらも聞き入っていた。
それが、冷静な見極めであり正論だと思えたのも事実。
鳴海が会長と関わりがあると感づいたのもこの瞬間だった。
だが鳴海が言い切らないうちに先輩の金切り声が空気を裂くり
その声に驚いた周囲の人たちの視線も集まっていた。
「あなたに何がわかるのよ!?会長を知った風な口を叩かないで!あの人は!いつも正しいことしかしなかった!私を頼ってくれた!救ってくれた!あの人は帰ってくる!私を置いていったりなんかしない、見捨てたりなんかしないんだから!」
肩を上下させながら狂ったように捲し立てる。
鳴海は失望しきったように半目を向けているだけ。
どれだけ言っても話にならないとわかって、口を開くのも面倒くさくなったのだろう。
先輩は感情的になっているからか、素が出ている上に口調も変わっている。
未だに窿太郎の腕をつかんでいる手に力が込もって爪を立てているが、そんなのどうでもよかった。
腹の底からドロドロとした感情が這い上がってくる。
「正しい?救う?ははっ、何言ってんだあんた」
思ったより低い声が出た。
先輩がビクッとして窿太郎の腕から手を離す。
腕についた爪痕から血が流れているのを見て「あっ」と青ざめて言葉を漏らすが、そんな表情でさえ見ていて神経が逆なでされるようだ。
目を逸らさせないようキツく睨みつける。
「どうでもいいんだよ、そんなこと。自分の良いように解釈して気にくわない相手は穢れたもの扱いするための神様だろ?なら神すらも利用して1人で愛玩してればいい。それで会長が帰ってくるって信じて待ってるんならこんな所で人の足引っ張ってねぇで一生教会で膝ついて祈っとけ」
こんなに腹が立ったのは久しぶりだった。
射殺すように怒気を込めて先輩を睨むと、いつもは口ごたえしないサボり魔から言われるとは思っていなかったのだろう、神を冒涜した者を信じられないという表情で固まっている。
もう、いい。
こんな様子では反省もしないだろうし意味もわかっていないみたいだ。
一々反論するこちらが馬鹿みたいに思えてくる。
腕も解放されたので、くるっと回って鳴海たちの方へと歩いていくが、二人とも馬鹿みたいにポカンと口を開けて茫然としている。
「なに、そんなに意外だったか、俺が怒るのって」
「あ、いえ。珍しいなと思っただけですよ~」
「……お前って怒れたんだな」
「どういう意味だ、こら!」
「い、いや。だってよ!お前、呆れるか、諦めるか、寝るかしか見たことねぇって。たまに笑ってるけど」
「どんな珍獣だ、それは!普通に喜怒哀楽ぐらいあるわ!」
今気づいたが、周りを野次馬が囲って事のなりゆきを観賞していた。
そんななかで暴言を吐いていたのはちょっと恥ずかしいが、そんなものは先輩の自業自得なので気にしない。
「さぁて、行きますか~」
鳴海が言いたいことを言って、若干スッキリした顔で道を歩き始めようとしたとき、背後から不穏な気配を感じて振り返った。
「待ちなさい...」
そこには、怒りで震えている先輩が仁王立ちしている。
静電気か電磁波か、何かの現象で先輩の髪が宙で揺らめいていた。
あ、これはヤバい。
本能的にそう察した窿太郎は、二人に追い付く間際、
「逃げろ!」
と叫んで、走り出した。
二人も先輩の異常を感知し、駆け出す。
「待てっつってんだろぉがぁぁあ!」
先輩が鬼と化した。
「ひょえぇ、なんかキャラが崩壊してるんですけどお!」
リアル鬼ごっこの始まりだ。