雷の予感
誤字、文章の拙さが多々ありますが、極力見直しをしております!
また、気になるところや表現がありましたらコメント欄にお願いします!
電車で30分。
下車してからバスでしか行けない坂道を20分。
最終地点に着くと周りには制服をきた高校生しかいなかった。
寒々とした白い息をぼんやり眺めながら10分もしないうちに鬱蒼とした木々が増えてきて、場違いなほど綺麗なコンクリート造りの校舎が木々の間をくり抜いたかのような位置で鎮座している。
正門を抜けるとすでにガヤガヤとした、学生特有の喧騒が聞こえてくる。
室内ばきに履き替えた灰色の下駄箱や緑色の廊下では、共感し合う者たちが身を寄せ合ってお互いの存在を認識しあっている。
窓から覗く空には雲ひとつもなく、それがリュウタロウをより一層憂鬱な気分にさせるのだった。
靄がかかったような、ぼんやりとした頭にチャイムが響いた。
机に突っ伏していた少し癖毛のある前髪を軽く斜めに撫で付けて、むくっと起き上がる。
後ろはグシャグシャっと掻き上げたかのように乱雑なままの茶髪が、眠そうなマイナスオーラを醸し出す顔に少しでも明るさを取り戻そうとしている。
同じく茶色いフレームの瓶底眼鏡からはあくびをかみ殺したことで涙が浮かんでいた。
「ふぁ~ぁ。……疲れた。さて、帰りますか」
授業が終了して、教師が扉を背にした瞬間に支度を始める。
「いやいや、窿、まだ朝のホームルームが終わったところじゃないか」
立ち上がろうとしたところで、隣に座っている悠真から突っ込みが入った。
少しあきれ顔で、でもお前らしいよとクスクス笑っている。
「疲れた時点で俺の今日の学校は終わったんだよ」
何も考えたくないほどの眠さで半目になりながら、ほとんど何も入っていない学生鞄を肩にかけて霳太郎は歩き出す。
ぼんやりした表情に反して、その机を避けて扉へ向かう動作は機敏なものだ。
それを見た悠真も苦笑いを浮かべる。
それもそのはず、霳太郎は焦っていた。
急がないと。
あいつがいない間に。
という呪文のような言葉が頭を占めているのだ。
その存在に見つかったが最後、人をも殺しかねない殺人鬼と化すのだ。
あの人物とすれ違うギリギリのタイミングで自由の時間を堪能しに行こうと。
いざ教室の扉を開けると。
そこにはここにいては行けないその人物が満面の笑みで仁王立ちしているではないか。
「あらぁ。せっかく私が朝一緒に来てあげたのに、どこにいくのかしら」
その光景を見た瞬間、霳太郎は昨日停止し危機的状況に冷や汗があふれ出した。
そこには厄神・・・
もとい、屋久守蓮花が艶のある腰まで垂れた黒い長髪をなびかせながら超絶スマイルで、今にも手に持つ竹刀を袋から取り出さんばかりに紐をつまみ上げていた。
そう、なぜかいつも蓮華はわざわざ自身の家–––といっても寺なのだが–––そこから学校と反対方向にある霳太郎の家まで迎えに来るのだ。
いや、そんなことよりも蓮華はついさっき。
友達である委員会長に会いに行くといって出て行ったはずだ。
「なんで・・・」
「なんでこんなに帰ってくるのが早いかって?ふふ。そんなの、またさぼりに屋上に行こうとしただれかさんのために決まってるじゃない。何か文句ある?」
「いえ・・・」
こわいよ。
目が笑ってないからね?蓮さん。
心の中で呟くが口に出す勇気など霳太郎にはなかった。
そもそも。
蓮華が霳太郎に厳しいのは幼馴染だからだという背景もあるのだが、風紀副委員長である彼女はその役員名からも分かる通り規則指導には厳しいのだ。
その標的……もとい、指導対象が先輩にも当てはまるほど誰にも臆さない性格であるのは、寺の娘であるからなのかは判明しないが、凛とした姿と端正な顔立ちのうえ誰にも平等に対応し面倒見もいいことから教師から生徒、さらには奥様方にまで絶大的人気を誇っている。
いわゆる、よくできた優等生として憧れの的なのである。
「ははっ。朝から仲いいな。お前ら」
これをどう見たら仲がよさそうに見えるのだろうか。
霳太郎には絶望的だとしか言えないような状況で、2人のやりとりをでかい口を開けて笑うのは、常に楽観的思考である遠藤康介だ。
制服の上からでもわかるほどに鍛え上げているボクシング部である彼は、いつも笑っているが切れ目のせいで厳しく見えている。
実際、目を開けているのかいないのかわからないほど刮目しているのを誰も見たことはないのだが、その目が見開かれたのを見たのはボクシング部のみだという。
その瞬間を見たものは誰1人として口を割らないのは、彼の意外な一面を見たからだろうか。
冬だというのに半袖という季節外れ感満載の暑苦しい奴だという印象が強く、185㎝という長身なのでめちゃくちゃ目立つ。
「べ、べつに、仲がいいわけじゃないわよ!
窿太郎がいつもバカみたいにボケっとしているから面倒を見てやっているだけよ!」
これは貶されていると見たほうがいいのか。
面倒を見ていることにありがたく思ったほうがいいのか。
普通は適当に返してそれで終わりなのだが。
返答次第では手刀が飛んでくるこの女子相手では、この二択ですらも気軽に選択できない。
ところが。
蓮華がトマトのように赤くなるのを見て、霳太郎は心配になりつつあった。
寒さには強い蓮華の顔が耳まで真っ赤に染まることは滅多にない。
悠真や康介は、これを即座に照れだと見抜いたのに、それを理解していないのが霳太郎だった。
「蓮、顔赤くなってるけど大丈夫か?」
「!!?なな、なんともないわよ!ただ単に熱いだけ!」
「……とはいっても、今は冬だから古校舎であるこの教室はむしろ寒いはずだけど……」
霳太郎のそのセリフに、彼以外の話を聞いていた生徒が我慢できずに吹き出した。
突然笑いに包まれた教室に耐えきれなくなった蓮華が揃えて切られた髪を乱して喚いているが、それがさらに照れ隠しだとわかっている野次馬からは微笑ましい笑顔で見られてしまうのもいつものくだりだった。
恥ずかしさで蓮華が俯いたので霳太郎が顔を覗き込むと、後ろに飛び跳ねていった。
あからさまな拒絶に若干傷つきながらも、蓮華の意味不明な行動はよくあることなので霳太郎は放っておくことにした。
もっとも、彼女が変な行動を取るときはいつも霳太郎絡みなのだが。
彼はそんなことは気がついていないだろう。
彼女の行動の意味を知っているのは彼を除く全員だというのに。
これ以上干渉するとキレそうになってる蓮華を見て、これ以上は辞めておこうと霳太郎が自分の席に諦めてつこうと腰をかがめたとき。
彼女は霳太郎を恨めしそうに睨んでいた。
それを見た霳太郎は無実を証明するように驚いた表情をしてみせる。
それで彼女は大体顔を思いっきりそらすのだが、霳太郎には理解できないアイコンタクトだった。
女子同士なら分かるのかもしれないな。
とそんなことを呑気に考えているのである。
すると、後ろからクスクス笑い声が聞こえた。
すぐ後ろの席といえば。
霳太郎がまたかという思い出振り返ると。
いつの間にかニタニタ笑っている内巻きの金髪女子が座っていた。
「素直じゃないですよね~、ほんっと」
人をおちょくることに関しては天才的な春瀬鳴海は、間延びのする喋り方で蓮華へと視線を向けていた。
「でも、天野くんも心配するなんて、優しいですね~。くーちゃんのこと好きなんですか?」
ハーフである鳴海は、今度は西洋人形のように碧くてて丸い目をくりっとこっちに向ける。
ちなみに、くーちゃんとは蓮華のことだ。
女子のニックネームのセンスはいまいちわからない。
という霳太郎の声は男子全員の声を代表しているのではないだろうか。
そして、その女子特有の噂話もとどまることを知らず。
彼女らの好奇心はこちらにも飛び火してくるのだ。
これから霳太郎が喋ることを一言も聞き漏らすまいとするクラス全員の女子のギラついた目が、鳴海を筆頭に霳太郎へと降り注ぐ。
「えっ!?ちょっ」
「そうだよな。俺も窿は蓮花に対して優しすぎると思う」
「はっ?あぇっ!?」
「・・・。なんで蓮が慌ててるんだ」
「うっ。そ、そんなことないから。そんなことないから!」
何故2回も言ったのだろう。
慌てる蓮華をよそに、女子たちの会話に飛び入り参加できる康介は姉が多い家庭に生まれたからなのか。
それとも周りの目を気にしない天性の才能を持っているのか。
康介以外で窿太郎の味方をして止めてくれる男子諸君は、目を反らすかされていなくなってしまった。
再度、あたふたしだした蓮華が両手を中へブンブン振り回した後自分の机の上に突っ伏してしまったのを見て。
あらら、これはダメだと。
蓮華のライフがゼロに等しい状況になってしまったことを察知して、今までダンマリを決め込んでいた霳太郎が口を開いた。
そっち方面が鈍感な割には、人の機微を察せるのが霳太郎である。
「お前ら、おちょくりすぎだぞー」
「え~。まぁ、面白かったからいいですよ〜」
「そうだなー」
「変なところで共感するなよ」
いろいろ疲れてため息がでてしまった。
こんなに天気がいいのに外で日向ぼっこをしながら眠りにつくことができないこと自体がもうすでにストレスになっているのだ。
そのせいで、もう屋内でもいいから静かなところで寝たいという欲望に駆り立てられつつあった。
ダラけ出した霳太郎を見て、康介がすかさず質問を繰り出す。
「でもさ!窿が心配性なのは気になるよな。授業はさぼってるくせに人のことはすげー良く見てるしさ!」
「あー。それは・・・」
それは……。
その続きをどう説明すればいいのかわからなくなってしまった。
別に全てを話してもいいが、こんな朝方からする話じゃないし絶対変な空気になるから嫌なのだ。
発してしまった矢先。
どう誤魔化そうか言葉に詰まった霳太郎を不思議そうに見つめる三人。
そんなとき。
「そろそろ授業始まるよ。みんな座ったほうがいいんじゃないかな」
助け舟を出してくれたのは、クラス委員長の平野悠真だった。
その言葉の直後にチャイムが教室中に響く。
三人は霳太郎の言葉の続きを聞きたそうにしていたが、慌てて席に着いた。
次の科目は国語、教師の中でもひときわ厳しいこの教師は自分が教室へ入る前に生徒が着席していなかったら宿題を増やすという古い考えの人物だったことも救いだった。
「助かった。ありがとう。」
「ん?俺は授業が始まりそうなことを知らせただけだよ?」
少し含みのある笑いを口元に浮かべた悠真の応答にキョトンとした後、霳太郎はつられて口元を緩めた。
人のフォローが極端にうまいのだ、悠真は。
さりげなく助けに入るというのは誰から見ても好感度が高いし喋りかけやすいのだろう。
黒目黒髪の端麗な甘いマスク顔も合間ってこの学校で彼の名前を知らないものはいないくらいには人気のある生徒だ。
霳太郎と蓮華とも幼馴染であり、腐れ縁ということもあって変わらずの中を保っている。
チャイムが鳴り止むと同時に教室の扉が開かれ、教師が大股で教卓へ向かった。
しかし、その顔は英語担当の人物ではなく、霳太郎のクラスを受け持っている担任である剣道部顧問の教師だった。
そのことに一同は何があったのかどよめきを隠せない様子と英語が自習になるのではないかという期待を込めて見守っていた。
「えー。さきほど、大雨洪水警報と強風警報がでました。なので……お前ら、今から帰宅準備をしろー」
開口一番で帰宅指示。
みんな一斉に窓の外を見た。
すると、朝は晴天だったはずなのに。
今は灰色の厚雲が空全体を覆っている。
風の流れもはやく、所々では雲の間で電気が走っていた。
予想外の出来事に全員驚いていたが、帰れるとなると教室は歓喜の声で一斉に埋め尽くされた。
「うるさっ」
そういう霳太郎も嬉しそうな、満足そうな笑みを浮かべている。
そんな満面の笑みを見て、悠真と鳴海、康介は笑い、蓮華は呆れていた。
そんな周りにもなんのその。
ウキウキな気分で赤いマフラーを首に巻いていると、不意に雷の光が目に映った。
窓の外を見ると。
巨大な蛇のように。
なめらかに。
音もなく。
黒い雲の周りをうねっている雷を見つけた。
雷ってあんな風だったっけ。
そんな疑問は悠真の呼び声で消えた。
皆が下校した教室は、雷による断続的な光が照らす以外暗く、朝のざわめきや廊下を走る音が響いていたのも嘘のように静かで、その空間に取り残されたように悲しげだった。