écrin(エクラン) 3
「すみません。お昼休みだったので、こんな恰好で」
男性はそう言いながら、抱えた紙袋を軽くあげた。
「どうぞ」
男性に通され、店内に足を踏み入れる。
白を基調とした店内には、程よく観葉植物が置かれ
有名ブランドにある高級感はないが、清潔で落ち着いたイメージを持たせた。
「いらっしゃいませ」
ショーケースの向こうにいた女性店員に「ただいま」と告げた男性は、紙袋持ち奥の部屋へと消えていた。
「うわー。凄い、見て見て真也」
さほど広くない店内の壁側にショーケースが並び、中には指輪やネックレスが並び。
壁に掛かる小さなケースには、色とりどりのピアスが飾られていた。
目を輝かせ、一つ一つ眺めながらうっとりとしたため息を漏らす真理に、俺は笑顔を漏らした。
「真理が気に入るのにしたらいい。デザインしてもらうんだろ?」
「うん。参考にする為に、ちょっと見てる」
「ゆっくり、見るといいよ」
真理は、女性定員に説明を受けながら楽しそうに談笑していた。
俺はと言うと、宝石店は馴染がなく場違い感が半端ない。
落ち着きなさそうに、キョロキョロしていると、先ほどの男性が戻ってきた。
「今日は、彼女さんのエンゲージリングをお探しですか?」
「はい。雑誌でこの店をみて、デザインをお願いしたいと・・・」
「それは、嬉しいですね」
そう言って男性は、ジャケットから名刺入れを取り出し、俺に名刺を差し出した。
「彼女さんは、忙しそうなので先にご挨拶を・・・
écrinのジュエリーデザイナー兼社長で、藤村 遼と言います。よろしくお願いします」
「社長さん・・・」
名刺に視線を落とし固まる俺に、藤村さんは笑顔を返してくれた。
「すみません。社長に見えないとよく言われます」
「あっ、すみません。失礼な事を。若かったので・・・つい」
「若く見られるんですが、これでも三十前なんです。でも、名も店名も売れてませんから、不安ですよね?」
恥ずかしそうに首を傾げながら、少し長い前髪を後ろへと流した。
「よかったら店内のジュエリーを見ていってください。そして、お気に召していただけたら大切なエンゲージリングを任せて頂けたら、光栄です」
無理やり自分の店の商品を押し付けるわけでもなく、男性は軽く笑みを浮かべ俺から少し距離をとった。
確かに店員が、背後を付けてきたら、プレッシャーをかけられているみたいで、商品をじっくり見ることができない。
それを配慮してくれたのかもしれない。
そう思い、俺は綺麗に並べられた指輪に視線を落とした。
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