第6話
『王のヒミツ ファンイベント』は俺のサプライズ出演で大いに盛り上がった……らしい。
キャスト陣には楽屋に入った途端『なぜ秘密にしていたんだ』ともみくちゃにされた。
俺の到着前にスタッフがポロリとばらしてしまったようだ。
俺の名前が呼ばれた時、地震かと思えるほど舞台が揺れたらしい。
滅多に表舞台に出ない俺が舞台に上がったことでファンが興奮したとのこと。
しかし、雑誌等にも写真を出したことないのになぜ、俺が『日向黒兎』だと登場した瞬間信じたのだろうか……
まあ、キャラのセリフをしゃべったことで信じたのだろうと思うけど……
イベント内容は概ね収録時の暴露ネタとミニドラマとキャラソン発表とミニゲーム。
なぜかキャラソン発表のトップバッターが俺だった。
なぜだ?
まあ、歌詞が飛ぶこともなく無事に歌い上げたことができたのでほっとした。
ただ、『キャストのヒミツ教えます!?』というコーナーで翼ちゃんの学校の文化祭の時に撮ったあの執事コスプレ写真が聖女役であり事務所の先輩でもある白百合桃子によってばらされた時はどうしようかと思った。
無難に『母校の文化祭でちょっと羽目を外しちゃいました』と誤魔化したけど……
うん、散々いじられたけどな……
あの時の白百合先輩のニヤニヤ顔が今でも脳内にこびりついている。
なんだかよくわからないが弱みを握られたようで怖い……
しかし、白百合先輩はどこからあの写真を入手したのだろうか。
後日問い詰めなければ……(舞台上でははぐらかされた)
「もう!なんでイベントに出ること教えてくれなかったのよ!」
イベント終了後、ちょっとした打ち上げの後、合流した七海に開口一番言われた言葉がこれだ。
だが、怒っているわけではなく、からかいのある文句だった。
「仕方ないだろう。七海に話したらサプライズじゃなくなるじゃないか」
「……まあ確かに『イベントに”あの人”がサプライズで来るらしいという情報ゲットしたんだけど~』と呟いたらあっという間に拡散されて、突き止められていたわね。イベント前に」
「そ、だからギリギリまで隠していたんだよ」
七海のネット仲間は正直怖い。
ほんの少しの情報でありとあらゆるものを突き止めるから。
『王のヒミツ』で共演していた王弟役の草壁衛がブログで愛用品をメーカーをぼかして紹介したらほんの1時間でメーカーが割れ、メーカーの公式HPのサーバーが落ち、復旧した途端、彼の愛用品が即品薄状態になりメーカー側が悲鳴を上げたという。
メーカーを突き止めたのが七海のネット仲間の一人だと知ったのはかなり後だけど……
それ以来、草壁は愛用品をブログに上げることをしなくなったという。
「ああ、それから七海、これ」
「なに?」
「今日のお礼」
紙袋を渡すと、中身を確認した七海は驚愕の表情を浮かべた。
「俺ができるのはこれくらいだからな。だけど、周りには秘密にしろよ。バレたら怖い」
「了解!いや~持つべきものは業界にいる兄だな~」
ニコニコ顔の七海を横目に俺は大人しくしている翼ちゃんに視線を向ける。
「それから、これは翼ちゃんに」
「え?私!?」
七海よりも小さい紙袋を渡す。
翼ちゃんは戸惑っているようだが七海から『貰える物は貰っちゃえ!』と背中を押され受け取ってくれた。
「今日の記念にね」
俺がそう言うと翼ちゃんは嬉しそうに頷いた。
七海から『翼ちゃんが公式サイトで発表されていたグッズの中でものすごく欲しそうにしていたイベント限定グッズが買えずにしょげているから何とかゲットできないかな?』という情報を久龍さん経由で貰って俺用に用意されていた限定グッズを袋に詰めただけだけどな。
俺用ということでグッズはすべてヴィスト関連だ。
しかし、七海よ。なぜ、俺ではなく久龍さんに報告を入れているんだ!?
まあ、俺に言っても手に入る確証はないけど……
「じゃあ私は大ちゃんと約束があるから先に帰るわね。黒兎は翼ちゃんをちゃんと送り届けてね」
「当然」
「え?一人で帰れるよ」
翼ちゃんは一人で帰れると主張したが外はすっかり暗くなって危ないからと二人がかりで説得したのだった。
華さんに今から翼ちゃんを自宅に送り届けるとメールを送ったら
『私も今日はパパとデートだから、黒兎君も翼とデートしたら?』
という返事が来て、翼ちゃんに確認すると、大地は七海とデート、空君は同級生の家でクリスマスパーティーで家に帰っても誰もいないというので、夕飯を食べてゆっくり帰ろうという流れになった。
なんだか、お膳立てされているような気がするのは気のせいだろうか……
まあ、違ったとしてもこのチャンスはありがたいので利用させていただく。
夕飯は以前、翼ちゃんが一度行ってみたいと言っていた店に運よく入れた。
クリスマス・イヴということで予約で埋まっているかとダメもとで訪れたらちょうど直前にキャンセルが出たとかで窓辺の夜景がきれいに見える個室に案内された。
翼ちゃんは嬉しそうに窓の外を眺めている。
料理はクリスマス特別メニューとのことでほとんどお任せになったけど、どの料理もおいしかった。
デザートのクリスマス仕様のケーキを本当においしそうに食べていた翼ちゃんは本当にかわいかった。
写メを取りたかったが今日は自重。
食事中にカメラを向けるのは如何なものだからね。
「ありがとう、クロちゃん」
「ん?」
食後のコーヒーを飲みながら窓の外を見ていた俺は視線を翼ちゃんに向けた。
「今日のイベントね、本当は七海ちゃんじゃなくて私が一番行きたかったの」
「どうして?」
「……笑わないで聞いてね」
少し上目づかいでお願いする翼ちゃんに俺がノーと言えるわけがない。
「クロちゃんが出演していた『王のヒミツ』ってね、私が時々……夢に見ていた話に似ていたの。キャラは全然違うんだけど……内容が似ていて最初はただの偶然かな?と思ったけど回を重ねる毎に偶然なんて思えなくて……私が夢で見た内容が翌週の放送の内容とそっくりで……いつの間にか自分が見ていた夢と作品の区別がつかなくなっちゃって……イベントに参加すればはっきりわかるかな?って思ったの。だけど、イベントに参加してもわからなかった。どうして似ているんだろう……」
翼ちゃんの言葉に俺は手に持っていたコーヒーカップをソーサーに戻して真剣に聞く姿勢をとった。
それに気づいた翼ちゃんは小さく笑うと俺に夢の内容を話してくれた。
9月の終りごろ……誕生日を過ぎた頃から同じような夢を見るようになったと。
異世界スリップなんて小説や漫画の読みすぎかな~と最初は思っていたとか。
毎回ヒロイン(聖女)ではなくヒロインの友人という名の引き立て役で、ヒロインの嫉妬のせいで毎回命を狙われていたとか。
最後は異世界の友人たちに協力してもらって自分の世界に帰ってきたとか。
俺が出演していた『王のヒミツ』と酷似していてすっごく驚いたと。
翼ちゃんの夢の中の人物と俺が似ていて混乱したらしい。
「夢の中の翼ちゃんはどうして毎回元の世界に帰ろうと思っていたの?」
「うーん、異世界で大切な友人はできたけど、大好きな人がいなかったからかな?私は今の世界が好き。クロちゃんがいるこの世界が私のいる世界」
「え?」
「夢の中でね、クロちゃんにそっくりな人もいたんだよ?だけど、私が知っているクロちゃんじゃない。私が大好きなクロちゃんじゃないって気づいたら帰るっていう選択肢しかなかった」
これは自惚れてもいいのだろうか。
目の前に座っている翼ちゃんを見ればうっすらと頬が赤く染まって視線をそらしている。
「……異性として好きだって捉えていいのかな?」
俺の小さな小さな呟き。
俺は鞄から小さな包みを取り出し、翼ちゃんの目の前に置いた。
「開けてみて」
俺の声に恐る恐る包みを開ける翼ちゃん。
「これは?」
「クリスマスプレゼント……のつもりだったんだけど」
俺は一呼吸置いて
「もし、翼ちゃんが俺を異性として好きだと……恋愛の対象だというのならそれを受け取ってほしい」
「え?」
「これには俺の翼ちゃんへの想いが詰まっている。妹分としてではなく、俺の大切なたった一人の女性への想いが……」
「クロちゃん?」
俺は席を立ち翼ちゃんの隣に立ってプレゼントのブレスレットを箱から取り出した。
「ねえ、翼ちゃんは四つ葉のクローバーの花言葉って知ってる?」
「幸運?」
「うん、それもある。…………四つ葉のクローバーの花言葉は『Be mine.』…『私のものになって、私を想ってください』」
「…………え?」
チェーンについているチャームを一つ一つ外す。
「希望」
一つ目のチャームを翼ちゃんの前に置く。
「誠実」
二つ目のチャームを一つ目に繋げる。
「愛情」
三つ目のチャームをさらに繋げる。
「幸運」
四つ目のチャームを繋げて四つ葉のクローバーの形にする。
「そして真実の愛………………………………受け取ってくれますか?」
四つ葉のクローバーになったチャームをチェーンにつけて俺の手のひらに乗せ翼ちゃんに差し出す。
片膝をついて翼ちゃんの顔を覗き込むと翼ちゃんは瞳にうっすらと涙を浮かべていた。
「翼ちゃん?」
そっと頬に手を当てると瞳から一筋の涙がこぼれた。
その涙を指で優しく拭う。
「いいの?」
「ん?」
「私でいいの?私なんかでいいの?クロちゃんの周りにはもっと……」
「俺はが欲しいのは『堂元翼』ただ一人」
俺の言葉がきっかけなのか、次から次へと涙が溢れてくる翼ちゃん。
「……ずっと『妹』だと、私じゃクロちゃんの隣には並べないと思っていた」
「……翼ちゃん?」
「初めて会った時から……クロちゃんに初めて会った時から私にとって『日向黒兎』はずっとずっと気になる人だった。でも、年も離れているし、クロちゃんの周りにはいつも魅力的な人がいたから、『妹』というポジションに甘えていた」
翼ちゃんの想いが伝わってくる。
「ずっと私の片思いで終わるのかと思っていた」
ぽろぽろと涙をこぼしながら訴えてくる翼ちゃんの想いは強い。
今まで翼ちゃんを『妹』として扱ってきたのは俺の自分勝手な思惑からだけど……
こんなことなら思いを自覚した時にちゃんと告白しておけばよかった。
遠回しの告白じゃなく、真剣に『好きだ』と告げていればよかった。
妹扱いなんてしなければよかったと今更ながらに後悔。
「ごめんね。俺が弱いから翼ちゃんを苦しめていたんだね」
「え?」
翼ちゃんの涙を拭いながら俺は苦笑する。
「最初は懐いてくれた翼ちゃんが可愛いくて、年の離れた妹ができたみたいだと思っていた」
「…………」
「だけど、5年前……俺が高校2年……デビューして1年が過ぎた頃。新人としては多くの役を貰えて『期待の新人』として持て囃されていた時、天狗になっていた時期があった。ある時、苦手な……演じるのが嫌な役にあたって適当に演じていたら、大先輩に『いい加減な気持ちで作品に関わるな!真剣にやれ奴はいらん』と怒鳴られて現場で揉めたこともあってしばらく休養を言い渡されたあの時、翼ちゃんがくれた言葉が俺を立ち直らせてくれた。『クロちゃんは何のために仕事をしているの?嫌いな役だから仕方なく演じているの?私はそんないい加減な気持ちで演技しているクロちゃんは嫌い。クロちゃんはいつも見てくれる、聞いてくれる人達に楽しんで貰いたい、俺の声ひとつで元気になるのならどんな役でもこなして見せるって言ってたじゃない。あれはウソだったの?』その言葉を聞いた時、俺は5歳も年下の女の子に説教された驚きと、翼ちゃんがいつも俺のことを見ていてくれたということが嬉しかった。それから翼ちゃんは俺にとってかけがえなのない大切な女の子になった」
あの時の俺は周りが見えていなかったんだと思う。
俺は選ばれた幸運な人間なんだとどこかで驕っていたのかもしれない。
時々久龍さんがあの時のことを話題に出すのは俺にあの時のことを思い出させるためなんだと思う。
いい加減な気持ちで演じるな。あの時のことを思い出せって。
あの後、大先輩を始め、関係者全員に土下座して謝ってあの役を最後まで演じさせてもらった。
あの作品の打ち上げパーティーの時、大先輩に『君はちゃんと乗り越えれたみたいだね。あのまま、驕っていたら私は君をこの業界から追い出そうとしていただろう。君の活躍を今後も楽しみにしているよ』と満面の笑みで言われたことは大切な教訓の一つだ。
今ではその大先輩と時々酒を飲む交わす関係だったりする。
「俺がずっと翼ちゃんを『妹』扱いしていたのは関係を崩したくなかったから」
「関係を崩す?」
「大地を慕うように俺を慕ってくれる翼ちゃんとの関係が、俺が翼ちゃんのことが異性として好きだと告げた時、俺と翼ちゃんの関係が崩れる……変わってしまうのが怖かった」
「…………」
「もし、告白して今までのように接することができなくなったら……そう考えるだけで翼ちゃんに思いを告げる勇気が持てなかった」
「……クロちゃん」
「最近の翼ちゃんを見て俺も決心したんだ」
「最近の私?」
ちょこんと首を傾げる翼ちゃんの頬から手を離す。
「イメチェンをしてから俯くことが少なくなったね。まっすぐ前を向いている。それに翼ちゃんの周りがどんどんにぎやかになっていると聞いて、嫉妬しそうになった。俺にはそんな資格ないのにとわかっていても」
大地や七海、春江さんから次々と教えられる翼ちゃんの交友関係。
赤の他人である俺が口を挟めない交友関係に悶々していた。
「いつか、翼ちゃんが俺ではない誰かの元にいくのも時間の問題だとウジウジしていたら、ある人が背中を押してくれたんだ。その人の言葉に勇気づけられ、翼ちゃんに告白することを決めたんだ」
俺は片膝をついたまま姿勢を伸ばし、小さく深呼吸した後、まっすぐ翼ちゃんの瞳を捉えた。
「堂元翼さん、俺は貴女が好きです。俺の彼女になってください」
俺の想いをありったけ込めたブレスレットを捧げるように手のひらに載せての告白。
どれだけの時間が流れたのかわからない。
ほんの数秒なのか、数十分なのか……
聞こえてきた小さな答えに俺の頬が緩んだ。
彼女の左手首には俺の想いが籠った四つ葉のクローバーのブレスレットがいつも小さく揺れている。
本編はこれにて完結です。
この後番外編を1~2本アップ予定です。
1本目はすでに予告済みの彼らによる暴露(裏?)話
2本目は……まだ秘密です。
ご都合主義という言葉を盾に最後は一気にまとめたので不満の方もいらっしゃるでしょう。
ですが、作者としてはこれが限界というかこれ以上延ばしたらキャラがもっと崩壊しそうだったので……申し訳ないです。
いったん完結処理を致しますが、番外編を始める時再び連載に戻します。