第1話
久しぶりに会った彼女は変わっていた。
姿かたちではなく。
そう、雰囲気が……
以前と明らかに違っていた。
だが、それに気付いたのは俺だけ。
なぜ?
なぜ俺だけがそう感じているのだろうか。
だが……
***
彼女の雰囲気が変わったと思ったのはゴールデンウィークが終わり、親友(と書いて悪友と呼ぶ)の堂元大地に誘われて久しぶりに彼の家に遊びに行った時だ。
初めて彼女と出会ったのは俺が中学1年。
彼女が小学校2年の時。
大地の家に遊びに行ったことが切っ掛けだった。
大地の家の外と中での豹変ぶりを目の当たりにしたのもこの時だったな。
大地は妹を溺愛している。
それはもう……周りがドン引きするほどに……
そういえば、大地に淡い想いを抱いていた女子が大地の妹への溺愛ぶりを見ていっぺんに恋心が冷めたと言っていたと双子の妹である七海が言っていたような気がしないでもない。
まあ、大地が妹の翼ちゃんを溺愛する気持ちもわからないでもない。
出会った頃の翼ちゃんは本当に可愛らしい女の子だった。
真っ黒な髪と瞳。
白い肌。
ぷっくりとした赤い唇。
お人形のように可愛らしい子。
大地が家の外に出る時は変装しなさいと口煩く言うほどだ。
翼ちゃん自身は覚えていないらしいが幼い頃(2~3歳の頃)に変質者に誘拐されかけた事があるらしい。
その時は、大地がすぐに気づいて大事にはならなかったらしいが……
それ以来、大地は翼ちゃんに外にでる時は野暮ったい格好をさせるようになったという。
それでも可愛らしさは隠しきれていなかったが……
最近は可愛いというよりもキレイという表現が合うように思うけどな。
「なあ、大地」
「ん?」
大地の部屋のローテーブルに今度提出する研究レポートの資料を広げながら俺は先ほど会った彼女の事を思い出す。
「翼ちゃん、雰囲気変わった?」
「翼が?なんで?」
「うーん、なんというのかな?妙に大人っぽい雰囲気がするんだよね」
「そうか?いつも通りだけど……はっ!まさか……好きな奴でもできたのか!?」
慌てる大地に俺も内心焦るが表面上は冷静を保つ。
「落ちつけ、女の子なんだから雰囲気が変わってもおかしくないだろ?ほら、友達の影響を受けてとか、七海の影響とかさ……」
何とか落ち着かせた大地に俺はそれ以上は言わない方がいいだろうと判断した。
俺の気のせいだろうということでその日はそれ以上翼ちゃんについて話すことはなかった。
いや、大地から尋ねてもいない翼ちゃん情報はいろいろと聞いたけどな。
大地の翼ちゃんトークは誰にも止められない。
唯一止められるのが翼ちゃん本人だけである。
その後しばらく、俺自身忙しく翼ちゃんに会うことはなかった。
七海や大地から仕入れる情報くらいだった。
俺が再び翼ちゃんに会ったのは翼ちゃんの学校の文化祭だった。
調度その日は、スケジュール的に空いていたから久龍さんに頼んで完全オフにしてもらった。
「まあ、夏からずっと働きづめだったからな。楽しんで来い」
久龍さんは満面の笑みで了承してくれた。
久龍さんはフィンクプロダクションの社員で俺のマネージャーだ。
「だが、お前が今人気急上昇中の声優『日向黒兎』だとばれないよう気を付けろよ。何気に翼ちゃんが通っている学校って、三次元よりも二次元のモノが好きな子多いからな。翼ちゃんのクラスメートや部活仲間にお前のファンもいるし」
「なんで、久龍さんそんなに詳しいの?」
「この間、九紀さんの企画、翼ちゃんの学校が撮影会場だったんだよ。その時に会ったんだよ」
にやりと意地の悪い笑みを浮かべる久龍さん。
久龍さんには俺の翼ちゃんに対する想いはモロバレである。
「まあ、黒兎はメディアにはあまり顔を出していないから大丈夫だと思うけどな」
ポンポンと頭を叩かれた。
「それにしても女の子って髪形一つで雰囲気が全然変わるもんだと改めて思ったよ」
「?」
スマフォを取り出して写真を呼び出す久龍さん。
久龍さんからスマフォを受け取って中を見て俺は固まってしまった。
翼ちゃんと久龍さんのツーショットが映っていたのだ。
しかも、翼ちゃんは前髪を上げ、眼鏡をしてない。
素顔を晒した状態で……
「翼ちゃん、最近イメチェンしたらしくてね、男女共に人気急上昇中なんだって。あ、これは翼ちゃんのクラスメート情報。同級生はもちろん、上級生下級生にもファンがついたとか……」
固まっている俺を横目に久龍さんは次々と俺の知らない翼ちゃん情報を与えてくる。
中には大地や七海も知らないだろう情報もあった。
「まあ、敵が増量中だが、ガンバレ!」
*
「え?翼ちゃんのイメチェンの理由?」
「七海は知っている?」
自宅で大量のレポートを前にウンウン唸っていた七海に声を掛ける。
「うーん、確か学校で倒れた事が発端だと聞いたような」
「倒れた!?」
「詳しい事は私も知らないわよ。華さんからちょろっと聞いただけだから」
華さんとは大地と翼ちゃんの母親で七海の創作サークルの仲間(というか引きずり込んで嵌めた?)である。
「ほら、翼ちゃんって家の外だと前髪と伊達眼鏡で顔を隠していたじゃない?それで前が良く見えていなかったらしくて転んで意識を失ってしまったんですって。一応病院で検査はして異常はないってことなんだけど……また転んで怪我でもしたら大変だということでイメチェンするように親戚中に言われたらしいのよ。ちょうど誕生日プレゼントに髪飾りを貰ったみたいだったし……」
そういえば堂元家は昔から翼ちゃんに対してかなりの過保護だよな。
まあ、あの可愛らしさを見たら心配性になるのも頷けるけど……
「な~に~?翼ちゃんに害虫が付かないか心配なわけ?」
ニヤニヤと笑みを浮かべる七海に俺は口を閉じたがそれが逆効果だった。
七海は呆れたようにため息を吐いた。
「あんた、何年翼ちゃんに片思いしているのよ。このままだと『お兄ちゃん』で終わるわよ」
「うっ」
「いい加減腹くくりなさいよ。大ちゃんも口ではブーブー文句は言いつつもあんたの事認めているんだよ」
「…………」
「イメチェンしたことで人気急上昇中の可愛い可愛い翼ちゃん。大ちゃんの警戒レベルが最大限に上がり始めているからガンバレ~」
にやりと笑う七海に俺は深いため息しか出ない。
「なあ、七海から見て翼ちゃんの雰囲気って変わったように思うか?」
「そうね、イメチェンしてから大人っぽくなったわね」
「いや、ゴールデンウィークあたりから……」
「は?翼ちゃんが変わったのはつい最近よ。そんな前からじゃないわよ」
「……うーん、じゃあ、俺の気のせいかな?ゴールデンウィーク明けあたりに会った時、翼ちゃんが纏っている雰囲気というかちょっとした仕草が妙に大人っぽく感じるんだよね」
「そう?私にはいつも通りに感じたけど……そんなに変わったかな?」
首を傾げる七海。
「ずっと見ていたからな。ほんの些細な違いすら見落としくないんだよ」
「……はあ、ならさっさと告白しなさいよね。そんなんだからいつまで経っても『クロちゃん』止まりなのよ」
呆れたように呟く七海。
七海は俺の恋(?)を応援してくれてはいるが手助けはしてくれない。
精々情報提供くらいである。
翼ちゃんに俺の想いを押し付けるようなことはしない。
「まあ、あんたが振られたとしても、私は確実に堂元家に嫁に行くから翼ちゃんを堂々と『義妹』と呼べるからいいんだけどね」
そう、大地と七海は堂元家と日向家両家共に認める間柄だ。
華さん曰く「学生結婚でも堂元家は構わないけど……けじめをつけたいという大地と七海ちゃんの意思を尊重するわ」という事らしい。
社会に出て自分で稼げるようになって家族を養えるようになってから結婚すると友人たちに堂々と宣言したからな。大地は……
意外としっかりしているんだよな。
翼ちゃん関係以外では……
~登場人物~
堂元翼 どうもと つばさ
ごくごく普通の女子高生だと本人は思っている
美術系は壊滅的
友好関係は幅広いが本人無自覚
最近、イメチェンをして学校内で人気急上昇中
日向黒兎 ひなた くろと
翼の兄・大地の親友(悪友)
現在人気上昇中の声優
双子の妹が大地の彼女
日向七海 ひなた ななみ
黒兎の双子の妹
翼の兄の彼女
翼を実の妹のように可愛がっている
二次元の世界をこよなく愛している
堂元大地 どうもと だいち
翼の兄
大学4年生 父親の会社系列に就職が内定している
翼を溺愛(周りがドン引きするほど)
久龍牙狼 くりゅう がろう
フィンクプロダクション社員
日向黒兎のマネージャー
翼にとって頼りになる兄的存在