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「お、かわいい格好してるじゃん」
開口一番の悠季の褒め言葉に、依子は照れて頭をかいた。
圭吾のサークルの先輩との合コンが行われる土曜日。依子は新宿駅から少し距離のあるコーヒーショップで悠季と待ち合わせをしていた。土曜日ということもあって混みあっているが、先に悠季が着いて席を確保していた。人の声でざわめく店内で、片手をあげる悠季に、依子も片手をあげて応えた。
「どうしてもワンピースが良いんだってさ」
依子は紺色のショートダッフルをぬいで椅子の背に掛け、柄じゃないよねと依子は苦笑した。
さんざんに香織からファッションチェックを受け、ようやく合格をもらったのは、チェックのワンピースに白いカーディガンを羽織るという格好だった。何はなくともワンピース!と香織が譲らず、必死でクローゼットから探し出したものだ。普段、ジーンズやショートパンツなどのカジュアルな格好ばかりしているため、依子はスカート自体をあまり持っていない。香織が自分のものを貸すと、ひらひらしたスカートばかり用意しそうだったので、このワンピースが見つかって心底ほっとした。
「そーんなことないよ。似合ってる」
悠季は優しく微笑み、飲み物買っておいでよと依子を促した。
「うん。悠季も相変わらずきれいだね」
彼女は黒のラメニット、そしてミリタリー柄のミニスカートをはき、足元はキャメルのロングブーツといういでたちだった。彼女は足が長く細く、いわゆる美脚の持ち主で、普段からそれを最大限に活かす着こなしをしている。顔立ちも鼻筋の通った美人顔で、依子は出会った時から今もずっと、彼女によく見とれる。
「そんなこと言ってもおごらないよ」
「わかってるよ」
コーヒーを買って戻ってくると、悠季はさてと足を組みかえた。
「いよいよ香織ちゃん、本気になってきたね」
「本気って?」
「藤代つぶしの一環でしょ? この合コン」
「つぶしって……他に言い方ないの。何かの抗争中みたいじゃん」
なんという表現の仕方だろうか。
依子は悠季を呆れた目で見つめた。
「えー、だって、言われたよ? 『このままじゃ依ちゃんが藤代の魔の手につかまっちゃうから、手伝ってください!』って」
「……香織ってば……」
「愛されてるねぇ、依子ってば。あたしは別に藤代のこと嫌いじゃないし、どっちでもいいんだけどね」
悠季は、直接藤代との面識はない。依子の話からその存在を認識しているだけだ。彼女の恋愛観は奔放だし、もともと他人に干渉するような性格でもないので、依子は彼女には赤裸々に語ることができる。
「ていうか、藤代なんて誠実な方だと思うけどね。普通、目の前にこんなニンジンぶら下がってたら、ぱくっと食べちゃうよ」
「ニンジン以下かもよ」
「あはは、ないない。それはない。だって、奴が依子を呼び出す回数が尋常じゃないもん。気まぐれだったら半年もこんな関係続かないって」
悠季の言葉は、依子に甘い。友達ゆえの甘さに満ちていて、依子はへこたれそうになると彼女に甘える。
いつも、そのままでいいんだよ、と彼女は依子の背を支えてくれるのだ。
「まあでもマンネリ化するのもアレだから、このへんで合コンっていうのも良いんじゃない?」
「悠季は? 出会い欲しかった?」
「あたし? あたしは別にどっちでもいいかなー。まあ良い物件あったら買いますけどね」
にやりと悠季が口元だけで笑みを作った。たくらみ顔と本人も称す、小悪魔の顔だ。ぽってりした唇はグロスが光り、妙に妖艶である。同い年だというのに、この色気。依子は顔を赤らめた。
コーヒー一杯で散々粘り、依子と悠季はその時間を楽しんだ。店を出た時に、依子はもう今日はこれで満足だなんて思ったくらいである。
とは言え、約束は待っている。
二人でのんびり歩いて、合コン会場へ行く。予約したのは雑居ビルの中枢階にある創作和食の店だった。板張りの床の端と天井にそれぞれ提灯が並び、明るさを演出する。橙色に染まった店内はほどよい薄暗さで、雰囲気の良い店だった。
案内された席は個室のテーブル席だった。既に香織と圭吾、圭吾の先輩二人は着いていて、その空間に入った途端四人の視線が一斉に依子と悠季に向いた。
「あ、依ちゃん、悠季さん! こっちこっち」
香織が出入口のすぐそばに座っていて、依子と悠季を奥へ促した。
それにしたがって席につくと、真正面の男がにこっと笑った。
「こんばんはー。はじめまして! 早田です」
「こんばんは」
顔をくしゃっとさせる笑い方が、犬を思い起こさせる。天然なのかパーマなのかは分からないが、ふわふわとはねた毛先も相まって、第一印象が決まってしまった。
「この隣の奴は伊藤です!」
伊藤と紹介された男は、眼鏡の奥の目を少しだけ動かして会釈した。どうも、と言ったように口が動いたが、声量が少なくこちらに届かなかった。
「ほらほら、よっちゃん、声はって」
「……うるさい。はってる。もうこれで聞こえるだろう」
伊藤は思ったより低い声だった。だから先ほどは聞こえなかったのだろう。
「はじめまして、えーと、香織の従姉の蓮見です」
「この蓮見の友人の松本です」
声やら表情やら色々かたい!と依子も、おそらく隣の悠季も、さらに言えば香織も圭吾も思っただろうが、どうしようもない。合コンの始まりなんてこんなものだ。圭吾はメニューを持ったきり、きょろきょろと視線を動かし、わかりやすく挙動不審に陥っていた。こういう場に慣れていないのが、ありありとわかる。
「よし、じゃあまずは飲み物頼んじゃお。ビールの人~」
沈黙を打ち破るように香織の明るい声が響き、時は動き出した。
合コンの始まりである。