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この週末は特に予定がなかったので、依子はたまった家事をして過ごした。ちょうど掃除当番の週でもあったので、いっちょやるかと気合をいれて掃除をした。
香織と一緒に暮らすにあたって決めたルールはシンプルだ。掃除やゴミ出し、洗濯は一週間交代。食事は各自。ただし、二人が自由に使える生活費で料理も可。その場合は相手の都合を確認するというもの。
一年目の時はお互い気を遣って疲れたりすることもあったが、三年目となった今ではもう何の気兼ねも遠慮もない。居心地の良い同居生活を送っている。
香織は大体土曜日はデートの予定をいれていて、そのまま泊まって日曜の夜に帰ってくる。彼氏の名は石田圭吾といい、一年の時にゼミで知り合ったそうだ。この家にもよく遊びに来るが、そのたびに何かしらのお土産を持参してくれる。純朴を絵に描いたような好青年で、香織が割と気が強い方なので、完全に尻に敷かれている。
香織に詰め寄られている時の彼の眉を下げた困った顔を思い出して、依子はふっと笑った。
そんな圭吾を連れて、香織は夕方に家に戻ってきた。
その手には駅前のケーキ屋の箱があり、依子が気付くとすぐにそれを掲げて微笑む。
「通りがかった時すごくおいしそうだったから買ってきたよ。依ちゃん、一緒に食べよ」
「わ、ありがとう。今お茶いれるね。香織も圭吾君もいつもので良いかな?」
「うん」
「はい、ありがとうございます。すみません、突然お邪魔しちゃって」
圭吾はぺこりと小さく頭を下げた。香織に促され、あがってくる。彼がこの家に来るのはもう数えきれないくらいあるのだが、香織か依子がどうぞと言わないとあがろうとしない。いつまでたっても遠慮がちで初々しささえ感じる。
依子はそんな圭吾に軽く笑ってみせた。
「いいよいいよ。暇だったし。ケーキなんて久しぶり」
コーヒーメーカーをセットして、コーヒーを落とす間にケーキを選ぶ。箱にはそれぞれ違うケーキが入っていて、じゃんけんの結果、依子がモンブラン、香織がチーズケーキ、圭吾がフルーツタルトを食すことになった。
「はい、お待たせ」
依子と香織はコーヒー、圭吾はカフェオレ。飲み物を運び、次にケーキを運ぶ。そして香織と圭吾をソファに座らせ、依子はラグの上に座った。圭吾はしきりに恐縮していたが、ローテーブルで食べるにはこの方が楽だからと依子が押し切った。
淹れたてのコーヒーと甘いモンブラン。冬にこの二つの組み合わせは最強だ。
依子はモンブランの頂上に鎮座していた栗を租借しながら、頬をゆるめた。
「美味しい~」
「ほんと、癒されるねぇ」
香織も、そして圭吾も、依子と同じような表情でケーキをつつく。依子や香織はもともと甘いものが大好きだが、圭吾も負けないくらい甘党である。カフェに行くといっつも女の子みたいなかわいい飲み物頼むんだよ、と付き合いたての頃に香織から報告を受けた。相手の趣味嗜好、ひとつひとつを知ることに喜びを感じる時期で、あの頃香織は圭吾の色々な小ネタを嬉しそうに話してくれたものだ。
「そういえば依ちゃん、悠季さんてまだ彼氏できてない?」
ケーキも食べ終わろうかというとき、急に香織が口を開いた。
悠季とは、依子の大学時代からの友達の名前である。それぞれ就職した今でもよく会う仲で、確かに香織も面識はあるのだが……。
「え?何急に。多分いないと思うけど……」
いぶかしげな依子に対して、良かったと香織は表情を明るくした。
「じゃあ、依ちゃんと悠季さんにお願いがあるの」
「お願い?」
「うん。圭吾のサークルの先輩とね、合コンして欲しいの」
「はい?」
合コン?大学生と?
思わず依子は圭吾を見やる。彼はなんとも言えない表情でうなづいた。
「あの、俺のサークルの先輩なんですけど、大学を卒業する前に出会いが欲しいとか言ってて……」
まさにしどろもどろ。目線が泳いでいるところをみると、彼も本意ではなさそうだ。
となると、根源は香織にある。
「香織……」
「だ、大丈夫だって! 二人ともちゃんと就職決まってるから、四月からちゃんと社会人だし、年上派らしいし、しかも片方の人は失恋したばっかで落ち込んでるし……。いや、向こうが出会いが欲しいって言ってたのは本当なんだよ! だったら依ちゃんどうかなって……」
「どうって言われても……その先輩方だって、これから社会に出るなら、そこで出会いもたくさんあるんじゃない?今わざわざ合コンしなくても……」
「いいから、お願い! 会うだけで、ちょっと飲むだけでいいから! 依ちゃんに藤代以外の男も見て欲しいの!!」
だからって、大学生って……
依子はそう言いたかったが、必死な様子の香織を見て口を開くのをやめた。
隣の圭吾は、先ほどより少し落ち着いたのか、しっかりとした表情で依子を見やる。
「あの、依子さん。その先輩たち結構いい人だし面白いので、あんまり気構えせずに飲めると思います。実際、あの人たち出会いに飢えてるんです。一応就職先の会社に同期の人たちはいるらしいんですが、どうもピンとこないらしくて……」
別に同期でピンとこなくても、それ以外に働いている人がいっぱい会社にはいるんだから。
という言葉も、圭吾の真剣な表情をみて、言えなくなってしまった。
目の前の二人は、一体何故こんなに真剣な様子なのだろう。たかだか合コンに必死すぎる。
依子はしばらく二人をみていたが、やがて決心してひとつうなづいた。
「いいよ。じゃあ行くよ。あ、でも悠季が年下興味ないって言ったら、この話はなしだからね」