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その手をとれば  作者: ななのこ
第1章 行きつ戻りつ冬春の道 【共通】
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2

 二杯目のウーロンハイを飲み干して、依子は腕時計を確認した。十二時を少しまわり、日付的には土曜日が始まっている。見ると、藤代のグラスももうあと一口というところだ。


 藤代の家は隣駅にある。歩いて帰れる距離だと言うので終電を気にすることはないが、今日はこのへんでお開きにするのが良さそうだ。


「良いタイミングだね」


 依子の考えを読んだかのように、藤代が微笑んだ。焼酎を飲みほして、


「おあいそしようか」


と店員呼び出しのボタンを押す。


 残念な気持ちを押し殺し、依子は千円を取り出した。いつも彼は依子にこれしか払わせない。長い時間飲んだときでも、二千円までしか出させない。


『五つも年下の女の子にお金払わせるなんて、男の名がすたるって』


 そう言って、最初の頃は受け取りさえしてくれなかったのだ。

 何度目かの時に、お金を払わせてくれないならもう飲みに行かないと言ったら、藤代はしぶしぶ依子からのお金を受け取るようになった。


『蓮見はもっと男を利用しても良いんだよ』


 口をとがらせた藤代に、捨て台詞を言われたのが懐かしい。


「おーい。何考えてるの?」


 少し放心していたらしく、藤代が依子の目の前で手を振ってみせた。


「あぁ、すみません。ぼーっとしてました」

「うん、それは見てわかった」


 藤代はにんまり笑って、依子に視線で問いかける。どうにも依子の回想が気になるようだ。


「藤代さんが、お金を払わせてくれるようになって良かったなって考えてました」

「だって蓮見が脅すんだもん」

「脅してません!」

「えー、そうかなぁ。あのときの蓮見ってば、結構般若だったよ~」

「般若!? そんなに!?」

「いやー、蓮見って絶対怒ると豹変するタイプだなって思ったもんね」

「……なんか凹みます。藤代さん、失礼です。……やっぱりわたし、もう一杯飲もうかな」

「おっ、なんだイケるんじゃん。いいよいいよ。じゃ俺も」


 結局、会計のために呼んだ店員にお互い酒を頼み、ずるずると依子は藤代と飲み続けることとなった。

 そしてようやく二人が店を出たのは、三時近くになってからだった。


 藤代と飲むといつもこうだ。あっという間に時間が過ぎてしまう。この時ばかりは眠気もやってこないのだから不思議なものだ。藤代と過ごす時間を無駄にしたくないと心が叫んで、身体を奮い立たせているのだろう。


「うーさぶっ。早く春こないかなぁ」


 店を出てすぐに北風のあおりにあい、藤代は身をすくませている。依子も同じで、身体が震えてしまう。一歩踏み出した藤代が、そうだ、とわざとらしく振り返る。


「……お招きしましょうか?」


 自身のコートの左ポケットを広げ、にやりと依子を試す笑顔。藤代の不敵な態度に、依子も負けじと微笑んでみせる。


「結構です」


 寒くなりはじめてから始まったこのやりとりは、もう恒例のものだ。

 本音を言えば、招かれた左ポケットに自分の右手を忍ばせたい。きっと彼はすぐに依子の右手を包んでくれるだろう。


 けれど、それはできない相談だ。

 藤代には『彼女』がいるのだから。

 おそらく彼は、依子が自分を想っていることに気付いている。そして、『彼女』の存在がある限りその手を決してとらないことも。

 わかって言っているのだから意地悪だ。


「藤代さん、性格悪いです」

「あれ、とっくにばれてると思ったけど?」

「ええ、知ってますけどね」


 ちらりとにらみをきかせてから、依子は藤代に並んだ。藤代はおかしそうに笑っている。

 本当に、いやなひとだ。


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