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二杯目のウーロンハイを飲み干して、依子は腕時計を確認した。十二時を少しまわり、日付的には土曜日が始まっている。見ると、藤代のグラスももうあと一口というところだ。
藤代の家は隣駅にある。歩いて帰れる距離だと言うので終電を気にすることはないが、今日はこのへんでお開きにするのが良さそうだ。
「良いタイミングだね」
依子の考えを読んだかのように、藤代が微笑んだ。焼酎を飲みほして、
「おあいそしようか」
と店員呼び出しのボタンを押す。
残念な気持ちを押し殺し、依子は千円を取り出した。いつも彼は依子にこれしか払わせない。長い時間飲んだときでも、二千円までしか出させない。
『五つも年下の女の子にお金払わせるなんて、男の名がすたるって』
そう言って、最初の頃は受け取りさえしてくれなかったのだ。
何度目かの時に、お金を払わせてくれないならもう飲みに行かないと言ったら、藤代はしぶしぶ依子からのお金を受け取るようになった。
『蓮見はもっと男を利用しても良いんだよ』
口をとがらせた藤代に、捨て台詞を言われたのが懐かしい。
「おーい。何考えてるの?」
少し放心していたらしく、藤代が依子の目の前で手を振ってみせた。
「あぁ、すみません。ぼーっとしてました」
「うん、それは見てわかった」
藤代はにんまり笑って、依子に視線で問いかける。どうにも依子の回想が気になるようだ。
「藤代さんが、お金を払わせてくれるようになって良かったなって考えてました」
「だって蓮見が脅すんだもん」
「脅してません!」
「えー、そうかなぁ。あのときの蓮見ってば、結構般若だったよ~」
「般若!? そんなに!?」
「いやー、蓮見って絶対怒ると豹変するタイプだなって思ったもんね」
「……なんか凹みます。藤代さん、失礼です。……やっぱりわたし、もう一杯飲もうかな」
「おっ、なんだイケるんじゃん。いいよいいよ。じゃ俺も」
結局、会計のために呼んだ店員にお互い酒を頼み、ずるずると依子は藤代と飲み続けることとなった。
そしてようやく二人が店を出たのは、三時近くになってからだった。
藤代と飲むといつもこうだ。あっという間に時間が過ぎてしまう。この時ばかりは眠気もやってこないのだから不思議なものだ。藤代と過ごす時間を無駄にしたくないと心が叫んで、身体を奮い立たせているのだろう。
「うーさぶっ。早く春こないかなぁ」
店を出てすぐに北風のあおりにあい、藤代は身をすくませている。依子も同じで、身体が震えてしまう。一歩踏み出した藤代が、そうだ、とわざとらしく振り返る。
「……お招きしましょうか?」
自身のコートの左ポケットを広げ、にやりと依子を試す笑顔。藤代の不敵な態度に、依子も負けじと微笑んでみせる。
「結構です」
寒くなりはじめてから始まったこのやりとりは、もう恒例のものだ。
本音を言えば、招かれた左ポケットに自分の右手を忍ばせたい。きっと彼はすぐに依子の右手を包んでくれるだろう。
けれど、それはできない相談だ。
藤代には『彼女』がいるのだから。
おそらく彼は、依子が自分を想っていることに気付いている。そして、『彼女』の存在がある限りその手を決してとらないことも。
わかって言っているのだから意地悪だ。
「藤代さん、性格悪いです」
「あれ、とっくにばれてると思ったけど?」
「ええ、知ってますけどね」
ちらりとにらみをきかせてから、依子は藤代に並んだ。藤代はおかしそうに笑っている。
本当に、いやなひとだ。