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その手をとれば  作者: ななのこ
第1章 行きつ戻りつ冬春の道 【共通】
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 その後の依子と藤代の関係は、拍子抜けするほどに変わらなかった。相変わらず休前日は平吉に行っては、深夜まで飲んでいる。あの夜以降、藤代の口から彼女の話が出ることはなく、依子もあえてその話題をふることもなかった。


 そうしているうちに四月は過ぎ、五月の大型連休がやってきた。今年はカレンダーの並びがよく、五連休である。香織は圭吾との同棲気分を味わうと、初日に大きな荷物を持って彼の部屋へと出かけて行った。歩いて五分の距離に住んでいるのだから、適当に荷物を取りに来たらと依子は言ったのだが「それじゃ気分が盛り下がる!」のだそうだ。二人の付き合いは、相変わらず順調のようである。


 五日も休めるのだから、久しぶりに新幹線に乗って実家に帰ろうかと思ったが、結局依子は東京に残ることにした。迷っている間に予定が入ったからである。一つは悠季と、そしてもう一つは伊藤と。


 悠季からの誘いは、気になる海外ドラマがあるからそれを夜通し観ようというものだった。

 大学時代、依子の一人暮らしの部屋に悠季が泊まりに来ることは、それこそ数えきれないほどあった。飲み会の後自分の家に帰るのが面倒くさくなって押しかけてきたこともあるし、今回のように何本ものDVDを持ってやってくることもあった。

 依子自身もドラマは観始めればはまる方なので、悠季との観賞会は楽しいものだった。社会人になってからは、依子も香織と暮らすようになったし、悠季も悠季で忙しくしていたので大分回数は減ったが、それでも一年に一度くらいはこの会は開かれていた。

 

 そして伊藤からは『映画でも行きませんか?』という誘いだった。どういうつもりで誘っているのだろうか……と一瞬考えたが、伊藤のあげたハリウッド大作に興味があったので『行きます』と返事をした。

 

 日程調整の結果、初日に悠季が泊まりにくることになり、三日目に伊藤と映画に行くことになった。


 そのため、香織を送り出してすぐに、依子は悠季を迎えるための準備を始めた。部屋の掃除に、食料品と酒の買い出し。それらが終わって一息つこうかという時に、見計らったかのように悠季から『駅についた』と連絡がくる。そしてきっかり十分で依子の部屋のチャイムが鳴り、開けると満面の笑みの悠季が立っていた。


「今回はね~、なんとびっくり、ラブコメです!」


 依子の部屋にあがった途端、悠季がバッグからDVDを取り出す。普段ミステリー系を選ぶ悠季にしては珍しい選択である。『不良にくびったけ』というタイトルで、強面の男性とそれに怯えた様子の女性がパッケージにうつっていた。ポップな配色なので明るい雰囲気になっているが、これが黒バックだったら完全に任侠ものにしか見えない。それくらい男の顔に迫力があった。ラブコメ……?と疑問を感じつつ、依子はパッケージを受け取る。


「……これまた、すごい濃そうなの選んだね」

「でしょでしょ~。レンタル店でビビっときたのよ。本当は、医療サスペンス物にしようと思ってたんだけど、まあそれは次回にまわそう」

 

『不良にくびったけ』は、平凡な会社員である主人公の隣の部屋に、不良学生が引っ越してきて、ドタバタするという内容のようだ。第一巻では怯えに怯えている主人公が、きっと最終巻では目をハートマークにしているのだろう。当て馬キャラもいるらしく、裏面で紹介されていた。主人公の会社の同僚だそうだ。


 その後すぐにお互い風呂をすませ、夕食のためにピザの配達を手配した。悠季が道中で酒とつまみを大量に買ってきてくれたので、昼の明るい時間帯から『不良にくびったけ』を観賞しはじめる。

 最初の方は本当にただのコメディーでしかなかったが、途中で不良の壮絶な過去が明らかになり、ドラマの雰囲気は一転。コメディ臭が消え去った。おそいかかるシリアス一辺倒な展開に、依子も悠季も何度目が点になったかわからない。


『俺……両親を事故でなくしてる。それ以来、殺し屋をやってるんだ』

 といきなりの不良の告白を聞いて、悠季はぶはーっとビールを噴き出した。依子もちょうどピザを食べていたのだが、喉につまるかと思った。


「えっ、殺し屋!? 今までそんなフリとかあったっけ!?」


 悠季の驚きは、そのまま依子の驚きであった。

 しかもそれにに対する主人公の答えが『うすうす気づいてた……』である。


「そんなわけあるかーー!」


 依子と悠季は二人同時に叫び、そして最終話まで食い入るように見続けたのだった。

 ちなみに、割と早い段階で主人公と不良は結ばれていたが、やがてその二人は結婚。ラストは、不良は殺し屋組織のトップに、主人公も組織の姉御的存在になるという超展開でしめくくられた。

 『fin』という文字が画面に浮かび、それが暗転したところで、依子と悠季は同時にソファに背を預けた。


「いやー、我が選択に悔いなし!」

「新しい世界をみたわ……」


 悠季は突っ込みすぎたのか、喉が枯れていた。依子は惰性で顔を動かし、時計を確認した。四時をまわっている。うっすらと窓の向こうが白み始めているようだ。

 依子はフラフラと立ち上がり、洗面所に歯ブラシを取りにいった。達成感以上に疲労と眠気が身体をおそってくる。

 それは悠季も同じだったらしく、依子が歯ブラシを渡すと素直に受け取った。二人で歯磨きをして、酒やピザの箱やらの片付けは起きてからにしようとうなづき、依子の寝室へ行く。悠季にベッドに寝てもらい、依子は下の客用布団に寝転がる。


 おやすみを言う間もなく依子は眠りにおちそうだった。

 しかしそこに悠季の「そういえば最近藤代とはどうなの?」という問いに、少しだけ意識が戻ってくる。


「……藤代さんは、わたしと彼女と両方好きらしいよ」

「はい!?」


 悠季ががばりと身を起こした。が、依子の方は限界とばかりにまぶたがおちる。


「あ、依子、ちょっと……」


 焦る悠季の声を聞きながら、依子の意識はブラックアウトした。







 二人ともこんこんと眠り、目覚めたのはその日の昼過ぎだった。お互いぼんやりしていたが、まずやることは決まっている。リビングの片付けである。のろのろとした動きでそれを済ませたら、次は風呂だ。学生時代から続くDVD観賞会の一連の流れである。風呂に入るとすっきりするし、前日の酒が抜けてくれるのだ。

 

 風呂からあがったら、依子は手早く食事を作った。

 トースト、目玉焼き、グリーンサラダと、簡単なものではあるが、そこにドリップしたコーヒーをつければ、何となく食事として様にはなる。


「コーヒー、濃い目に淹れてくれたんだね。美味しい」

「あ、うん。朝はその方が良いかなと思って。カフェインはお酒を抜くのにも良いしね」


 何となく胃のあたりがもやつく感じは、二日酔いとまではいかないが酒の飲みすぎのサインである。カフェインが二日酔いに効くとどこかで知って以来、飲み会の翌日は濃い目のコーヒーを淹れるのが習慣になっていた。

 ゆっくりとパンを食べながら、悠季が「じゃあ聞かせてもらおうかな」と切り出した。


「依子、藤代に告白されたの?」

「告白……って言うのかな」


 依子は、あの夜に藤代が言ったことを、かいつまんで説明した。藤代の気持ちはわかったが、結局は現状維持が続いていると話すと、悠季の目がまるで糸のように細められる。


「それ、普通に都合のいい女になったって言うんじゃない……?」


 ずいと悠季に顔を近づけられ、依子はひるみながらもうなづいた。まだ酒が残っているのだろうか。目が据わっている。


「よくよく考えたら、そうかも……とは思った」

「よろしい」


 悠季の言うことはもっともだ。

 藤代は依子を好きだと言ったが、付き合っている彼女を最終的に選べば、失恋することになる。好きだと言われながらも失恋するのは、かなり凹むだろうな……と考え出したところで、依子はそれをすぐに打ち消した。想像するだけでダメージを負いそうだったからだ。


「でも、なんで藤代は彼女と別れないんだろうね」


 心底不思議そうに悠季は呟いた。


「だって、一緒にいて癒されるわけでもなく、そもそも会えることもなく……うまくいってないって自覚があるわけでしょ。やっぱ年月の重み?大学時代からなんだっけ?」

「うん。何年の時からかは知らないけど……少なくとも八年くらいは付き合ってるはず」

「八年!ひえー。これぞ長い春ってやつだね」

「そうだね」


 依子はしゃりしゃりとレタスを()む。

 食べながら依子は、前に彼女が変わってしまったと話していた藤代を思い出す。寂しいかという問いに、答えをはぐらかしていたが、寂しくないわけがない。きっと彼は、彼女に変わらないで欲しかったのだろう。今の依子のように自分を甘えさせてくれた彼女が、恋しいのだろう。

 

 ……やっぱり、わたしは、彼女の代わりでしかない。


 依子はそれを口に出しはしなかった。口に出したら泣くことが分かっていたからだ。


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