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 茶髪のセミロングに白いカチューシャ。整った顔のパーツにほんの僅かに切れ長の茶色の瞳。


「ナナ……」


 そこにはこの世界にはいないはずの、十年間もの間見つめ続けてきた腐れ縁の、幼馴染の、そして俺がプロポーズをしようと心に決めていた小島ナナの姿があった。


「ナナ、おい!ゴホッ」


 声が掠れて思うように声が出ない。

 見間違うはずがない顔、ずっと慕ってきた女の子のその後ろ姿に手を伸ばすも、届かない。

 それどころかナナは俺のことなど無視してスタスタと歩き去って行く。

 思わず追いかけようと足を踏み出すも、何故か足が勝手に躊躇してなかなか前に進まない。


 もしもナナじゃなかったら?

 全くの別人だったら?


 頭の中に次々と浮かび上がる消極的な思考に膝が笑う。

 身体が意思を持ったように震え、俺をその場に留まらせる。

 その間にも遠ざかっていくナナ。

 俺は歩く度に揺れる彼女の髪を見つめながらその場に足を止めた。


 ここは別世界。

 ナナなどいる筈がない。


 自分の中のどこか冷静な部分がそう嘲笑う。

 確かにいる訳がないのだ。

 ここが現実の世界ならば俺やナナは本来存在することがない人達なのだから。

 それに。


「もし別人だったら……」


 もし彼女が別人だったらきっと俺は立ち直れなくなるほど失望するだろう。

 確かめたいのに、もし別人だったらと考えると怖くなる。

 でもそれでも本人かどうか確認したい。

 でももしあの人がただの見間違いだったら?

 俺の幻覚だったら?


「……あっ。ま、待って!!」


 でも、今彼女を見失ったら何も見つけられなくなるような気がして。

 俺は躊躇と戸惑いで後ろ髪を引かれる思いだったが、このチャンスを逃したら二度と彼女と会えなくなるような気がして、やむなく後をつけることにした。



 *******



 6



 暗い夜道。建ち並ぶ住宅街。

 白い街灯の明かりに照らされる中、俺はナナらしき人物が辛うじて見えるぐらいの後方を歩いていた。

 本当は近づいて声をかけたいのだが、その一歩を踏み出す勇気はない。

 彼女の後ろ姿を見る度に何度も手を伸ばすが、その度にどこか冷静な自分が手を引っ込めてしまう。

 今俺がやっていることはストーカーに近い。

 いや。事実上ストーカー行為そのものだろう。

 だって俺は見た目が知人にそっくりなだけの見ず知らずの人物の後をつけているのだから。

 それでも俺は好奇心からか、はたまた自己満足する為の欲求からか彼女の行く先を観察している。

 それは単なる探究心なのか。それともナナの面影を無意識に照らし合わせているからか。

 俺はどこか遠いところから自分を客観的に見つめながら彼女が視野から外れないように細心の注意を払っていた。

 女性が坂道に差し掛かる。

 その後も影を辿ろうか悩んでいた俺だったが、溢れ出る探究心を抑えることは出来ず、罪悪感を感じながらもその坂道に足を踏み入れた。

 ここら辺まで来ると、人気がほとんど無くなる。

 通りにはカーテン越しから届く明かりとチカチカ点灯する街灯の明かりが合わさって、夜特有の光のグラデーションが出来上がっていた。

 タッタッタッタッ、と閑静な住宅街に二つの足音が響き渡る。

 そして時折走り去る車が落とし物をするかのように耳障りな音を置いていく。

 俺は随分と遠ざかった駅の方向に走っていく車をふと眺めながら視線を前方に戻すと、女性は今まさに角を曲がるところだった。

 このままでは見失う。

 そんな予感がした俺は女性が消えた交差点まで一直線に駆けていくと、一旦角に背中を預けながら彼女が曲がった方向に視線を向けた。


「フゥ~。良かったまだいる」


 前方五、六メートルといったところだろうか。

 そこには白い街灯に照らされながらも歩みを進めるナナらしき女性の姿があった。

 ホッととりあえず胸を撫で下ろす。

 まだ見失った訳じゃない。

 まだ大丈夫だ。


「んっ?って、あ!!」


 と、思っていた刹那、突然彼女が猛ダッシュを始めたかと思うと、すぐそばの角に向かって一目散に走り出した。


「ヤベェ……」


 どうやら気付かれたらしい。

 その証拠に、走る際にバッグから携帯電話を取り出している。

 マズイ。このままではなんの成果もなく警察に送り届けられてしまう。


「えぇい、もうヤケだ」


 俺はなんの躊躇もなしに腕を振り上げると、せめて顔だけでも確認したい思いで闇雲にそしてただがむしゃらに足を動かした。

 この際捕まっても構わない。

 ただ見ず知らずの彼女の正体さえわかればそれでいい。

 そんな思いでフルスパートをかけながら自分の出せる最速のスピードで彼女の元に走ると、俺は携帯のロックの解除に手こずっている女性の姿を発見した。


「どうしてこうゆう時だけスッと開かないのよ!」


 苛立ち気味にそう呟いている。

 どうやら携帯の画面に夢中で、俺の様子に気づいていないらしい。

 俺は全力で彼女の側までよると、息を思いっきり切らしながら興奮気味に告げた。


「待って、待ってくれ!!」


 肩で息を吸いながら両膝に手をつく。

 顔に血が登る感覚がするし、脇腹も痛む。

 ちくしょう。全速力で走ったのなんて高校の運動会以来だ。

 俺は運動不足で身体が鈍った自分の身体に悪態をつきながら両手をあげると、途切れ途切れの掠れた声で女性に声をかけた。


「待って、く、れ……ハァハァ、ナナ」


 俺の言葉に女性が一瞬、怪訝な顔で俺を見つめる。

 同時に、携帯を持つ手を徐々に下げる彼女の手を見てチャンスだと思った俺は、急な運動で紅潮した自分の顔を必死に宥めながら彼女に尋ねた。


「ナナだろ?……ハァ……小島、ナナ、だろ?」


 俺の質問に一瞬、キョトンと首を傾げるも、気を取り直したのか、また携帯電話をキツく握り締める女性。

 女性は俺の顔を胡散臭げに見つめながら自身の肩を抱くと、警戒心をたっぷり孕んだ声で俺に尋ね返した。


「ナナ?ナナって誰?それよりもあなたは誰ですか?」


 ナナよりも低い声。ナナとは響きが違う声で口を開いた女性は僅かに後ずさりながら俺を睨んだ。

 ナナと一緒にいた時には見たことのない怖い形相で俺を見つめる女性に名状しがたい違和感を感じながらも、今の状況を冷静に見つめる俺がいて、俺はなんとか息を整えながら頭を上げると、彼女の目を見据えながらおもむろに告げた。


「俺だよ、俺。リュウセイ。星川、リュウセイ」


 俺の名前を聞いた直後、またもや一歩後退した女性は狐につままれたような表情を作りながら、まるで信じられないとでも言うかのように目を見開いた。


「リュウセイ、ってあの小説の?」


 女性の言葉に一瞬耳を疑う。

 なんで名前を聞いただけで俺が誰なのか見当がつくんだ。

 どうして俺が小説の中の登場人物だと分かるんだ?

 もしかして、この人は……。


「そうだよ。リュウセイだよ。ってことはやっぱりナナ、なのか?」


 半信半疑でそう問い返す。

 真っ直ぐに見つめた先にある顔は正真正銘、紛れもなくナナの顔で、俺は唐突に訪れた安心感からか足を一歩前に出すと、そのまま怯えた様子で俺を見つめる女性に近づいた。


「近寄らないで!!!」


 すると突然、女性が一種の悲鳴に近い叫び声をあげると、俺を殺さんばかりの鋭い眼光を俺に浴びせながら俺に告げた。


「近寄らないで。それ以上近づいたら警察を呼びます。第一、小説の中の登場人物が本当に実在するわけないでしょ?」


 明らかに馬鹿にしている様子でこちらを見る女性の態度には過剰なまでの敵対心しか感じ取れない。

 俺はそのあまりの言われように一瞬だけ取り乱すと力任せに手を振った。


「本当なんだ。信じてくれよ!!!」


 必死に弁明して誤解を取り除こうとするも、女性は聞く耳を持とうとしない。

 それどころか携帯電話のダイヤルを操作していて、気がつけば彼女はあと対話ボタンを押すだけの状態になっていた。


「これ以上近寄らないでください。今から警察を呼びます」


 そう言って彼女は対話ボタンに触れる。


「待って!!話だけでも」


 もう呼ぶことに意味はないらしい。

 ピ、という電子音とともに電話がなり始める。


 ああ、終わった。

 なんの成果もなしに異世界で牢屋に入れられて終わるんだ。

 これからこの世界で犯罪者のレッテルを貼られて無様に生きていくんだ。


 俺は急に身体の力が抜けていくのを感じ取ると、無気力にも腰をへたりと落として地面に座り込んでしまった。

 もう二度と見ることが出来ない世界に思いを馳せながら……





























『……ゾミちゃん。……ノゾミちゃん。……聞こえる?……私だよ⁈工藤ナナだよ⁈』


 すると突然、警官の声の代わりに甲高い女性の声が鼓膜を揺さぶった。

 先ほど聞いた女性の声。

 俺がこの世界に来て初めて聞いた声。

 俺は突然耳に入ってきたどこか聞き慣れた声につられ、女性から携帯電話を奪い取ると、ディスプレイに目線を落とした。


「工藤、ナナ……」


 そこにはこの世界で初めて出会った女性、工藤ナナの名前が画面に大きく表示されていた。

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