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 閑話3



「偶然だったんだよ。あれを見つけたのは」


 毅然とした声色。真摯な眼差し。そして針金が一本通ったかのようにピンと張られた姿勢。

 昵懇の仲の二人の間に漂う気の抜けた雰囲気はナナが発した言葉からその形を一変し、場には言いようのない張り詰めた空気が流れ込んでいた。

 ゴクリ、と普段の膝を交えて会話する時とは打って変わって真剣なナナの口調にノゾミは唾を呑み込むと、心の中で耳を貸す決心を固めながら彼女に向き直る。

 ナナはノゾミの決心を敏感に忖度して息を整えると、そのまま静謐に、しかし強い意志のこもった声で口を割り始めた。


「あれはネ………」


 ゆっくりとノスタルジックに遠い目をしたナナが顔を宙に向けた正にその時。


 ピーンポーン。


 突如乱入してきた場違いなチャイム音。

 緊迫した空気に無造作に入ってきた音により肩透かしを食ったナナとノゾミは思わずコテっと体制を崩すと、調子を狂わされたことに対して苦笑気味に息を吐いた。


「なんでこのタイミングで」


 ノゾミが不平不満を口にするも、幸か不幸かまだリュウセイの召喚された方法に関する話題は始まって間もない。

 ナナは突然の来訪者にはーい、と先ほどとは違った軽い声で返事をしながら失礼のないように服を整えると、そのまま一旦会話を中断して玄関へとかけていった。


「ちょっとナナちゃん。ちゃんと確認してから……」

「大丈夫だよ、ノゾミちゃん。きっと星川さんだよ」


 監視カメラ付きのモニターがあるにも関わらず、ドアに直行するナナを思わずたしなめたノゾミ。


 ガチャリ。


 しかし、忘れ物か何かを取りに来たリュウセイだろう、とあたりを付けたナナはノゾミの忠告も聞かずにドアを開くと、そこにはリュウセイとは程遠い風貌をした男が立っていた。

 丸顔に黒に近い青ぶちの眼鏡をかけたどちらかというと丸々としている体格をした男性。

 髪は爽やかに短めに刈り上げているものの、日差しの中を歩いてきたのか額から汗をダラ~っと流している。

 そしてよく見ると、半袖のシャツの脇の辺りは流れ出る汗のせいで他の部分より色濃く染まっていた。


「えっと~。どちら様ですか?」


 見るからに宅配業者でも無ければ、セールスマンのような強引な面影もない。

 ましてやお隣さんでも無ければ同じマンションの住人でも無さそうだ。

 しかしナナはこの姿の男性と面識があるような、まるで何処かであったことがあるような気がしてほぼ反射的に彼を中に案内しようとすると、その途端、後方から魑魅魍魎よりおどろおどろしい形相をしたノゾミが凄まじい勢いでドアに突進してきた。


「ナナちゃんスト~ップ!!!その人は入れないで!!!ドア、開けちゃダメ~!!!!!!」


 その勢いのまま外にいた男性を押し出すようにドアもろともタックルを決めるノゾミ。

 ノゾミは更に男性をドア付近から突き放し、流れる動作でノブを掴むと男が入る余地のないくらいの速さで扉を引っ張った。

 内側にしまっていく扉。


「……あれ?」


 しかし、その男性を排除すると言わんばかりの徹底した攻撃体制ぶりに思わず一歩引いたところで傍観していたナナは何故か完全に閉まり切ることは無かった入り口に首を傾げると、ナナはその訳を探るために視線を上から下に下降させた。

 誰かが手を挟んだ訳でもなく、チェーンによって遮られている訳でもない。カバンか傘か何かが挟まっている訳でもなくその下は……。

 するとナナは足をドアの間に挟みこんで、閉鎖する寸前の入り口を根性で止める男性の姿を確認した。


「ノゾミちゃ~ん…」


 ノゾミの過剰な過保護っぷりにも怖れを抱いたが、それ以上に執念深くドアを閉めさせまいとする男性の姿勢の方が怖かったのか、ナナはビクッと飛び跳ねてノゾミの背後に隠れる。

 しかし怖いもの見たさからか半目だけちょこっと出して成り行きを見守っていると、男性が今度は肩を入れながら絞り出すように口を開いた。


「見~つけた~」


 踏ん張って絞り出すような掠れた声を出す男性。ひ~っ!、とナナは思わず幽霊に恨めしやと告げられた時のように声を裏返して頭を抱えると、その姿勢のままギュッと怯えたように目を瞑った。


「今日、こそ、は、逃がし、ま、せん、よ」


 と声を震わせながら断続的に言葉を続ける男性と身に覚えのない言われように、ナナは祟りじゃ、祟りじゃ、と呪縛にあったように麻痺して一瞬その場から動けなくなる。


「捕まえた……」

「きゃー!!!」


 何かが自分の腕に触れると同時に、うー、と地獄の底から這い上がってきたような声にナナは悲鳴をあげてうずくまる。

 もう終わりだぁ、としゃがみ込んだナナとは他所に男性はナナ…………ではなくノゾミの腕をがっしりと掴むと、そのまま真っ黒な笑みを浮かべながらノゾミに向かって呟いた。


「今日こそは締め切りの原稿を渡してもらいますよ、桐崎先生」

「えっ?」


 と、突然声色が変わり、思わずその聞き覚えのある声を発した人物に目を向けるナナ。

 桐崎先生、と言った男性の声に何処か心当たりがあったナナは、そのキーワードとほんの数週間前に会ったとある人物のことをリンク付けて思い出しながらおそるおそる彼に尋ねた。


「あれ?もしかして、私に初版本を渡してくれた……」

「あーそういえば……。えぇそうですよ」


 野太くもか細くもない、けれど芯の通ったはっきりとした声。

 その声にあっ、と何か合点がいった風に驚き指を一本立てたナナはその指をその人物に向けながら硬直した。

 それをどう捉えたのか。

 男性はとりあえずホッとした様子で胸を撫で下ろすと、そのままニッコリと白い歯を見せるように口を開いた。


「桐崎先生専属の編集者、平野ルイですよ」


 男性、改めルイはノゾミを視界に捉えたまま横目でナナの姿を確認すると、そのままサラッとそう口にした。


「離しなさいよ」


 その隙にノゾミが手を振りほどこうとするが、ルイがノゾミの腕を解放する様子ははなからない。

 それどころか、ルイの握力が強い証なのか、ノゾミがどうこうしようにもルイの手は指一本離れようともしていない。

 眼鏡をかけたぽっちゃりとしている男性に親友の腕が拘束されているこの構図。

 そこに何か思うところがあったのか、ナナは目を見開いたままビシッと突き立てていた指を動かしてルイの顔に向けると大きな震える声で彼に告げた。

























「髪、切ったんですね!!!」

「…………」




















「ツッコミどころはそこじゃない!!!」


 ナナの天然っぷりに思わず異議を申し出たノゾミは正解だったのだろう。


「普通はもっとなんでこの部屋が分かったんですか、とか。警察呼びますよ、とかそういうのが普通じゃないの?」

「えっと……あっそうだね。ゴメンねノゾミちゃん」

「だからナナちゃんはもう少し常識を……」


 突然の展開に戸惑いを隠せず置いてきぼりをくらうルイと、なりふり構わず説教を始めるノゾミ。

 ナナは分かっているのか分かっていないのか、耳を半分だけ傾けながらルイの頭頂を凝視している。

 ルイは浴びせられる眼差しとその光景に苦笑いを浮かべながらもういいかと、握りしめていた手の力を緩めると、ナナの視線から逃れるように顔を背けながら頭から流れ出た汗を胸ポケットにしまっていたハンカチでやおら拭いた。



 *******



 閑話4



 確認もせずにドアを開けることに関して遠からず少なからずその危険性を敷衍しながらナナを叱りつけていたノゾミ。

 しかし、ナナの危機感の無さと彼女の性格の大雑把さに不甲斐なく不完全燃焼してしまったノゾミは、そのイライラの矛先をルイに向けていた。


「なんでここが分かったのよ」


 ムスーっとした顔で頬をプクリと膨らませながらルイを見つめる。

 その瞳には何故かダイニングルームでゆったりとくつろぎながらクロワッサンを手に取るルイの姿があった。


「ハハハ、僕の探偵スキルを使えば先生を探し出すことなんて朝飯前ですよ。あ、工藤さん。朝ごはんまだ食べてないんでこのクロワッサン頂いてもいいですか?」

「どうぞ、どうぞ」


 気兼ねなくそう尋ねながらクロワッサンにかぶりつくルイにナナは躊躇することもなく許可する。

 そのままナナが台所でお茶を用意する姿を溜息混じりに見ていたノゾミは眉間の皺を撫でながらルイに問いかけた。


「ルイ。何でこの住所が分かった……」

「あー、僕朝はヨーグルトが無いとダメなんですよね。ありますか?」

「ありますよ!」


 しかし、クロワッサンだけでは物足りなかったのか、ルイはノゾミの質問など気にも止めずにナナにヨーグルトを催促すると、ナナは冷蔵庫から市販の物を出しながらそう答えた。


「はい、どうぞ」

「ありがとうございます」


 スプーンとともに渡されたイチゴ味のヨーグルト。

 蓋を開き、蓋の裏側にこびりついたヨーグルトをルイは同伴されたスプーンで掬いながら口元に運ぶ。

 それを何回か繰り返しながら今度は本体に手をつける。

 その行動を見つめるノゾミ。

 しばらくの間、ナナが作業をする音とルイが使うスプーンの音だけがダイニングに響き渡る。


「ルイ」


 バン。

 やがて、テーブルを叩きながらルイの名を呼んだノゾミは額に青筋まで浮かべながら引きつったような笑みを見せると、先ほどとは数倍低いトーンで口を開いた。


「話を逸らさないでちゃんと答えてくれる?」


 カタカタと小刻みに揺れるノゾミを見て小さな禍根を予兆するナナ。

 ナナが沸かしている水の入ったポットの蓋もノゾミや違う意味で震えているナナを形態模写して振動している。

 ルイはそんな二人の様子を見ても全く気にならないのか、口に咥えていたスプーンを左手に持つと何のけなしに口を動かした。


「工藤さんが教えてくれたんです。この前、初めて会った時に」


 カッとノゾミの目が見開く。

 その姿にナナは背筋に寒気を感じると、そろーっと気配を消してその場から逃げようとした。

 しかし時すでに遅し。


「ナナちゃ~ん!!!」


 ノゾミはナナに向かって怒声を発すると、機関車さながらの蒸気が噴き出るくらいの勢いでナナに迫っていった。


「わー!ノゾミちゃんこわい!」


 トイレに逃げ込もうとするナナを怒涛の速さで捕まえるノゾミはもはや警察官のようだ。


「先生はここでも怒りっぽいのかな……」


 ルイはノゾミがナナの背後を取り、手錠を嵌めるが如く彼女を取り押さえる姿を視界の隅におさめながらも何処か呆れた様子でポツリと呟くと、まるで関係無いことのように目線をテーブルに戻しながら、僅かに残されていたヨーグルトの中身を終わらせた。











 台所に残されたお湯の入ったポット。

 ポットも何処かの誰かさんのように湯気を立てながらピーっと口うるさく奇声をあげていた。

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