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【第一章】結婚式



「やっぱり良いわねぇ、お見合い結婚って。両家が協力するから式や披露宴が華やかだし何から何まで豪華だし」

「はは、僕たちは恋愛結婚だったけどね……」

「やだ、誰も私たちの恋愛結婚が悪かったなんて言ってないわよ」


 披露宴の時間が終幕したその帰り道。街灯の間隔が異様に長いせいで細かな視界が確保しづらい暗い道で私はお父さんとお母さんの会話を小耳に挟みながら先ほどまでの披露宴後半について暫し考えを巡らしていた。

 マユ姉さんの司会に沿って進行した後半は文字通り笑いあり涙ありの大盛り上がりだった。

 再入場の際に天の川に扮したイルミネーション用のライトがレナさん達の行く先を導いていたり。

 最初の余興で引き出物を探せ、という宝探しのようなゲームをしたり、もう一つの余興のブーケトスでマユ姉さんが体操選手顔負けの身体の身のこなしでブーケをキャッチしていたり。

 はたまた、レナさんが手紙を朗読する時間や加藤さんが親から謝辞を受ける際には親戚一同が盛大に涙を流していたりと、一言では表せないくらいの場面や遊び心に溢れたサプライズが山ほどあってとっても楽しかった。

 中でも印象的だったのは、レナさんの表情で、レナさんは一度も涙を見せることはせずに堂々と自分の幸せっぷりを周囲に見せつけていた。


「結婚かぁ……」


 不意に溜息がこぼれる。

 私はお色直しが終わったあたりから現在まで、正直式や披露宴なんかそっちのけでずっとそのことばかりを考えていた。


「うーん」


 真っ黒な地面を歩きながら見つめてイメージを浮かべてみる。

 今日の主役だった加藤さんとレナさんは結婚のことをなんて考えているんだろう。

 七夕の織姫と彦星のように、二人がずっと一緒になるためなのか。

 今日みたいに素敵な結婚式を挙げるためなのか。

 レナさんのように前の彼氏と決別するためなのか。

 イマイチよく分からない。

 もしかしたら難しく考えすぎているのかもしれない。


 そう思った私はレナさん達の結婚のことをひとまず脇に置いて思考を練り直すと、今度は自分自身に置き換えて考えてみた。


 もし私が結婚するとしたらどんな人がいいだろう。

 優しい人、かっこいい人、スポーツ万能な人。

 あっ、でも王子様と結婚して王城ライフを満喫するのもいいかもしれない。


 私は脳内で自分の理想を探し求めながら更に頭を悩ませる。


 一体どんなプロポーズを受けるんだろう。

 そもそも私をもらってくれる人なんているのだろうか。


 私が考えに考えを重ねていると、前方からお父さん達の呑気な声が聞こえてきた。


「まぁ、ナナをもらってくれる人は誰か気心も身柄も知れた家がいいかもしれないね」

「あら、私はナナが心に決めた人ならだれでもいいと思うけど」


 いつの間にか私の将来の相手のことについて相談する二人。

 お父さんはお見合い、お母さんは恋愛結婚を仄めかすようなやりとりをしながら朗らかに笑う。

 私は二人の会話を聞きながら自分の未来を思い描いてみた。

 恋愛結婚なら、


「お前なんかに娘はやらん」


 みたいな対談が出てきたり、お見合い結婚なら、


「娘をよろしくお願いします」


 みたいにすんなりといってしまいそうで少し身震いする。

 実際のところ、私がどう結婚するのかは分からずじまいだ。


「まぁ、まだナナには早いかな」

「そうね、焦るものじゃないし」


 どうやらお父さんやお母さんにもまだ私の将来は分からないみたいだ。

 二人は占い師とかじゃないからそう言うのは当たり前なんだけれど。


「まぁいっか。きっとそのうち分かるよね」


 まだまだ焦る必要はない。

 けれど、今日のおかげでイメージが少しだけ固まった気がした。

 とはいっても、砂絵に色が付いて水墨画っぽくなったようなだけなんだけど。

 でも、多分今はこれでいいんだと思う。

 きっと。


 そんなことを思い浮かべながら歩いていると、私達はようやく車に辿り着いた。


「あー、楽しかったわね、今日の結婚式。もう退屈しないくらい」


 車の助手席に腰を落ち着けながらお母さんは満足げにそう告げる。


「まぁ、普通の結婚式ではなかったからね」


 シートベルトを締める音に混じってお父さんが窮屈そうにお母さんの方に振り向く。


「そうそう。引き出物とかも凝ってたものね」


 お母さんは脇に抱えた紙袋から引き出物の品物を取り出す。


「前掛けに箸ってセンスも悪くないよね。ナオキによると前がけて二人の人生の架け橋になって頂いたから、だってさ」

「へぇー、そんな意味もあったんだ」


 後部座席から二人の会話に乗り込む私。文字通り運転席と助手席の間から顔を出すと、お母さんが私の方に振り向きながら何かを手渡した。


「ナナには別のものがあるわよ、ほら」

「ほんとだ!ありがとう」


 真四角の包装紙に包まれた何かを受け取りながら私はお母さんの了承をもらって中身を開放すると、中から現れたのは月と星のワンポイントマークが付いた白いカチューシャだった。


「うわー、つけていい?」


 ポニーテールに結んでいた髪を降ろしながら有無を聞かない勢いでそう口走る。

 私は無言で頷く二人の視線を浴びながら携帯の写真機能を鏡代わりに髪型を整えると、その様子を見ていたお母さんが呆れ顔で私に笑いかけていた。


「似合うわよ、ナナ」


 お母さんから少しだけワインの香りが漂う。

 私は褒め言葉とその果実にも似たワインの香りから自分でもよく分からない微妙な表情を浮かべると、とりあえずお母さんにお礼を言った。


「あれっ?そういえばお父さんはワイン飲んだの」


 ワインの香りでふと思いついた私はそう尋ねると、お父さんは一瞬、お母さんに目配せしながら私に悪い笑みを見せた。


「あー、飲酒運転になっちゃうね。つまり、今日は家まで歩きかな……」

「えー!!!」


 私はお父さんの言葉にショックを受けて盛大にリアクションを取る。

 すると、お母さんがまたもや呆れた様子でお父さんをチラリと睨みながら私に言った。


「大丈夫よ、お父さんのはノンアルコールだったから」


 えっ?と間抜けな声が口から漏れる。そんな私を他所にお母さんはお父さんに顔を向けると少々イラっとした様子で口を開いた。


「それより、そんな悪質な冗談はやめなさい、ナナの前で。だからあなたは……」

「はは結婚式のことで愚痴ってたお返しだよ。それじゃあ行こう」


 ちょっとまだ話が、とお母さんがつぶやくのと同時にエンジン音が響き渡る。

 夫婦喧嘩にも夫婦漫才にも見えるやりとりにわたしはまたか、と呆れながら窓の外をみやる。

 真っ白な街灯が光る車道は下り坂に沿ってくねりと曲がっている。


「なんか天の川みたい」


 私はその光景とさっき披露宴でみた天の川のライトを重ねると、思わずそう口にした。

 私の車が天の川から遠ざかるように出発する。


「あ、流れ星だ」


 走り去っていく車内で空を仰ぎ見ていた私は、突然真っ暗な夜に線を引く流星を目の当たりにした。

 完全に意表を突いたタイミングに私は無意識に手を合わせると反射的に口を開いた。


「どうか将来、自分のことを好きになってくれて最初に告白してくれる人と一緒になれますように……って無理か」


 思わず口をついた願い事に、自分自身で苦笑する。

 自分で言うのもなんだけど、なんだかちゃっかりしてるというか図々しいというか。

 結婚観は未だに掴めていないのに、言ってることは本心に近かったので、私は照れ臭くなりながら思わず赤面してしまった。

 幸いだったのは小声だったおかげか、お母さん達に聞こえていなかったことだろう。


「ふぅー」


 私は暫くの間ずっと車窓に映る夜空を眺める。

 月も雲も出ていない今日は天の川が普段よりもよく見えた。

 織姫も彦星も今日のレナさん達のようにもしかしたら終始笑顔でいるのかもしれない。


「私は…」


 レナさんの浮かべていた笑顔を思い出しながらふと思う。

 私はレナさん達のようにずっと笑顔でいられるかな。

 願い事は叶うかな。

 将来、お互いに好きになれる人と一緒になれるかな。


「うーん……」


 なんだか考え事をしていたら眠くなってしまった。

 ゆっくりと夜空を見上げながらまぶたを閉じる。

 きっとあまりにも今日の結婚式が素敵だったから疲れを感じなかったのだろう。


「あら、ナナ寝ちゃったわ」


 お母さんの声が何処か遠くに聞こえる。

 私はそのまま意識を手放すと、織姫や彦星のことを、そして結婚のことを考えながら眠りについた。


 そうやってすぐに眠ってしまった私はだから気がつかなかったんだろう。

 私の乗った車が、白い野球帽を被り青緑色の半袖のパーカーを羽織った少年が横断歩道を渡っているすぐ横を通り過ぎていったことに。

 その少年が私の乗っていた車をじっと見つめていたことに。

 そして私の願い事が意図しないところで叶ってしまうことに。



 *******



 25



「あの日の話か……」


 パタン、と本を閉じる。

 第一章を粛々と読破した俺は初版本を脇に置くと、口元を片手で抑えながらゆっくりと息を吐き出した。

 改訂版には存在しなかった第一章。

 それは紛れもなく俺とナナが初めて出会った日の話だった。

 あの日、俺は友達の家に遊びに行く予定があって眩しい日差しから逃れるように帽子を深めに被りながら歩いていた。

 横断歩道に差し掛かる時に、向こう側に立っていたのは逆光か何かのせいで真っ白に見えるドレスを身に纏った少女で、俺はナナがあの日について語っていることに気づいた。

 時系列的にもその夜、あの横断歩道辺りを歩いていたのは事実だし、ぼんやりと車を眺めていたこともあっている。


「そっかぁ。ナナ、結婚式に参加してたんだ」


 俺は今更ながらナナが参加した結婚式の日付と俺たちが始めて出会った日が通底していたことに驚嘆する。


「ははは、これは読まなきゃ分からなかったな。読まなきゃ……。はぁ」


 同時に、ナナ主点の小説を読んでやったという達成感とナナのプライバシーを覗くという一線を越えてしまった罪悪感の二つが込められた溜息がこぼれ落ち、俺は地面を見つめながら、わざと荒々しく頭をかきむしった。

 第一章を読み終えた俺は今、何処かスッキリしない心情を抱いている。

 なんというか自分の守っていたポリシーが壊れて喪失感を味わうようなそんな感じ。

 結局読んだんだね、と軽蔑の目で見られ揶揄されるような、惨めな状態。

 きっと忸怩たる思いとはこのことを指し示しているのだろう。

 俺は自分の無様な姿に両手で顔を覆うと、一旦思考の波に飛び込んだ。


「なんだろうな」


 なんだか、いつもこんな感じがする。何をやろうにもこうやってうじうじと悩んで後悔して。

 そうやって悩んでばっかりだったから今までは何も出来ずに突っ立ったままだったのに。

 だからこうやってナナの人生を知ることで、次のステップを踏むことで少しは前進出来たはずなのに。

 今では初版本を読んだことに対して後悔している自分がいて。

 俺は何をしても後悔している自分を痛切に感じとって気分が沈んだ。


「やっぱりやめようかな、読むの」


 横目で小説の表紙を視界にとらえてポツリと呟く。

 また弱気になっていく自分。現実を受け入れる決意を固めたはずなのに、それが揺れ動く。

 やっぱりやめよう、そう思いながら本を持ち上げると、またしても表紙のナナの絵が俺と目を合わせながら口を動かした。


「焦らないで」


 もちろん、本当に口を開いた訳ではない。

 けれどもその瞬間、第一章の後半に出てきた言葉が口をついて出てきた。


「そうだよな、焦んなくていいよな……」


 もしかしたら俺は自分を誤魔化しているのかもしれない。

 焦るなという言葉も、ナナが結婚のことについて早まるなと言われただけだし、第一俺がナナの本を読むこととは無関係だ。

 でもなんとなく今の俺のことをナナが見ていたら、悩んでいる俺の姿を見ていたら言われそうな気がするんだ。

 焦るな、と。


「じゃあまずは思考を整理しよう」


 だから俺はまたよく考えることにする。

 だってそうすれば、この意味難解な現象もナナの心情も俺の思考もいずれまとめて理解できると思うから。

 俺は決心という帯を締め直して往来の手段を行うことを決めると、そのまま小説を黙読して感じ取った事柄を逐次思い出していった。


 プロローグ。

 通俗に綴られた文章とは裏腹にナナの考えそうなことを的確にとらえた表現からはひしひしとナナの優しさが伝わってきた。

 まだ小さい頃のナナのことを知ることが出来て嬉しい半面、俺の知らないナナがいることも確かで、俺は無性にイライラした。

 きっと涙脆くて感情移入しやすい体質のナナが流した涙は優しさに満ち溢れていたであろう。

 けれどその優しさを向けた相手は俺ではなくレンだった。

 その事実が途轍もなく悔しくてやるせなかった。

 一体ナナはどれくらいレンのことが恋しくて涙を流したのだろう。

 想像するだけで心が折れそうになる。

 そしてそうやって嫉妬している自分に腹が立ってそれから……。


「あー、やめだやめだ」


 俺は頭を振って思考を振り払った。

 今そんなことを考えてもどうしようもない。

 それにこれはただのプロローグだ。

 まだ物語は始まっていない。

 落ち着け、俺。俺はレンとナナの関係性じゃなくてナナの気持ちを知るためにこの本を開いたんだ。

 だからまだ焦るな。

 自分の中の冷静な部分がゆっくりと言い聞かせる。

 俺は素直にその助言に従うと、プロローグで起こったことはひとまず忘れて、また第一章の情景を思い浮かべた。


「結婚かぁ……」


 第一章のテーマは結婚についてだった。

 結局冒頭で投げかけていた疑問には第一章では答えを出せていなかったけど、ナナが結婚についてどう考えているのかが分かって俺は本当にホッとした。


「『私も、あんな二人みたいに幸せな結婚式を挙げたい』か」


 もし、ナナが結婚に対して後ろ向きな姿勢だったら、俺はどうやってもナナを振り向かせることは出来なかっただろう。

 けれども、ナナの本音を知った今、ナナと結婚式をあげている絵が目に浮かび、俺は内心ほくそ笑んでしまった。


「もし俺とナナが結婚したら」


 きっと花嫁姿のナナは世界で一番綺麗だろう。

 それなんか、他の花嫁や織姫なんかよりもずっと。

 式は何処か伝統的な教会で挙げて、ナナが望むなら何処かのホテルで披露宴を開いて。

 そして俺はナナの願い事を片っ端から叶えていくんだ。

 素敵な式に素敵な披露宴に素敵な家庭にそれから……。


「んっ?」


 刹那、願い事という言葉に反応した俺は内心何かに引っかかりを覚えると、脇にあった本を持ち上げておぼろげに覚えていたページを開きながらその引っかかりが何かを確認した。


「あったあった。『どうか将来、自分のことを好きになって最初に告白してくれる人と一緒になれますように』ってあれ?誰が最初に告白するんだろ」


 ふと、感じた疑問。

 その時、俺はさっきまで見ていた甘い妄想が引くのを肌で感じると、最終的には不意に構築された最悪の仮定に辿りついて血の気が引くのを感じた。


「もし俺じゃなかったら」


 どうしよう。

 一瞬にしてレンがナナに告白したあのページがぶり返してきて目がくらむ。


「調べなきゃ」


 急に悪い胸騒ぎを起こした俺はもはや機械的に目次とページをめくりながら調査を開始すると、ものの数ページで息を潜めてしまった。


「う、嘘だろ……。なんでなんだよ!!!」


 俺の目線の先、俺が告白をするずっと前のページにそれはあった。


「なんで、なんでレンとナナが抱き合ってんだよ!!」


 第七章、【交差点】に付属された挿絵。何処か狭く暗い路地裏でレンの胸の中に抱かれるようにして佇むナナの姿がそこには、あった。

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