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【第一章】 結婚式



「あれ、レナその子は?」


 レナさんの手に引かれて控え室内に入った私が最初に見たものは大きな衣装鏡に映る私たち二人と見知らぬ女性の姿だった。

 女性はメイク道具や衣装用の小道具か何かの準備をしていていかにもプロですって感じだ。

 レナさんは私のことをチラッと見つめて少し考える素振りをすると、急にニッとイタズラっぽい笑みを浮かべながらその女性につげた。


「偶然にもドアの前で迷子になってた友達のナナちゃん」

「えっ⁈」


 あまりの返答に思わず声を漏らす私。何しろ偶然でも迷子でもない上に先ほど顔を見せ合ったばかりなのだから当然のことだろう。

 私は訂正を入れようかとレナさんと目を合わせると、レナさんは私にこっそりとウインクをしながらさりげなく私を黙らせた。

 多分見ず知らずの私のことを気遣ってくれてるんだなと胸がちょっぴり暖かくなる気分を抱いていると、今度は先ほどの女性があからさまに嫌そうな顔で苦言を呈した。


「えー、でもレナこの後の衣装見せで観客をアッと驚かせるって言ってたじゃん。なのに今見せちゃって平気なの?」


 その様子に私邪魔なのかな、と心配になる。

 けれども、レナさんは私を安心させるように私の肩に手を置くと、私をかばうように口を開いた。


「いいのいいの、マユ。代わりにお手伝いさんとして手伝ってくれるみたいだし……ねっナナちゃん?」

「……えっ?えっと、はい!」


 なんだか強引に手伝わされたような気がするけれど、きっとこれはレナさんの善意からの言動なんだろう。

 私はレナさんの依頼を受けるが如くそのまま即答すると、女性は途端に表情を変えて私に笑いかけた。


「なんだ、同業者か⁈じゃあ、よろしくね!私マユ。マユ姉でいいよ」

「えっと私は……」


 裏返したかのような態度に少しビックリして一瞬言葉に詰まる。

 その後急いで自分の名前を言おうとしたけれど、そんな暇は与えてもらえずにマユ姉さんはレナさんと髪形について相談しはじめた。


「じゃあここシュってあげるから」

「それよりマユ、その髪留めなんだけど…」

「あっ!これはアクセントとして入れるだけだから……」


 レナさんの髪を傷めないように繊細ながらもスピーディーかつテキパキと手入れをするマユ姉さん。

 レナさんは星型の髪留めに抵抗があるのか、一瞬渋い顔を作りながらさりげなく指摘すると、マユ姉さんはなんでもないという風にレナさんの手をあしらった。


「でも、ちょっと派手過ぎじゃない?」

「いいのいいの。折角の晴れ舞台なんだから花嫁は堂々としてればいいのよ」


 流石に反論せずにはいられなかったのか、レナさんはちょっとだけ抗議すると、マユ姉さんは大船に乗った気分で任せなさいと言わんばかりにレナさんの髪を留めた。


「ちょっと⁈痛い!なんかチクって刺さった」

「レナがじっとしてないからでしょ。ほら、そこ動かない」


 少し言い合い気味になりながらも髪を整えおえたマユ姉さんは今にも後ろに振り向こうとしているレナさんの顔を固定すると、私に頼んでメイク道具を受け取りながら化粧直しをはじめた。

 マユ姉さんの雰囲気はなんだか病院でオペをはじめるお医者さんみたいだ。


「マユ、メイクはもういいって……ケホッケホッ」


 普段厚化粧はしないのか、ふんだんに使ったチークに少しだけむせるレナさん。その際に衣装をほんの僅かに汚したレナさんを見てマユ姉さんは一旦手を止めると、そのままレナさんに物申した。


「あー、言わんこっちゃない。だから動かないでって言ったでしょ?」

「だって……」


 自分が悪いと見たのかレナさんはマユ姉さんの言葉が身に染みたようにしょんぼりと俯いている。


「つべこべいわずにプロのメイク師に任せればいいのよ。ちょっと拭くもの持ってくるから、ナナちゃん、だっけ⁈この髪の部分持って待っててくれる?すぐ戻ってくるから」


 マユ姉さんはその様子にやや呆れ気味に首を振ると、そのままタオルか何かを探しに部屋から出て行った。

 私はあっという間の出来事に暫し呆然としていると、レナさんは私の顔色をみて何かを悟ったのか、そのまま眉を申し訳なさそうに八の字に曲げて言った。


「ごめんね、ナナちゃん。さっき知り合ったばっかりなのに色々と頼んじゃって。まぁ、私も人のことは言えないんだけど」


 マユ、仕事人間だからと苦笑気味につけ加えるレナさんに対して私は、


「いえいえ、いいんですよ。むしろ勝手に控え室にまで押しかけちゃってこちらこそすみません」


 と、謝罪を返した。マユ姉さんが自分の仕事に対して真面目なのはこの短い時間でも充分に感じ取れたし、マユ姉さんの指示通りに動くのもなかなか充実していて楽しかった。

 だからこその勝手に押しかけてきたことに対しての謝罪だったのだけれど、どうやらいらない心配だったらしい。


「気にしないで。わざわざ短冊を直接渡しに来てくれたんでしょ?こっちこそ無理言ってごめんね」


 その証拠にレナさんはそんなこと全く気にしない素振りで私を見つめると、もう一度だけ謝った。

 いや、こちらこそと返そうとしたけれどなんとなく延々と謝り続けてしまうような気がして口を閉じる。

 しかし、それをどうとったのかレナさんは私の顔を見てふふ、と上品に笑うと、そのまま私と同じように黙り込んだ。

 そのまま数十秒間ぐらい、体感的には何分ぐらいか場が沈黙に包まれる。私はレナさんの雰囲気を身近に感じて例のことを聞いてみてもいいかな、と思いはじめていたので、勇気を振り絞って顔をあげると、そのままレナさんに声をかけた。


「あの〜……」

「んっ。何?ナナちゃん」


 無邪気な笑顔を見せるレナさんに少し後ろめたさを感じながらも意を決して深呼吸をすると、私はレナさんの目を真っ直ぐに見つめながら尋ねた。


「実は短冊だけじゃなくて、さっきの写真のことでお尋ねしたいことが……」


 なんだか声が震えている。さっきまでの私が嘘みたいだ。

 それでも折角お尋ねしたんだからと目線だけは逸らさずにいると、レナさんは私の目を見てさもキョトンとした状態で私に告げた。


「なんだそんなことで来たの?いいよ。遠慮しないでどんどん聞いて⁈」


 まるで意に介してない様子を見て少しだけホッと胸を撫で下ろした私は慎重に頭の中で言葉をセレクトすると、それをそのままレナさんにぶつけた。


「今日のレナさんと写真のレナさんで表情が違うなぁって……」

「それってどういう意味?」


 一瞬だけ目を見開くレナさんはその後すぐに目を細めると私に訊き返した。睨んでいるのかただ困惑しているのか分かりづらい目つきで見つめるレナさんに私は先ほど感じていたことを思い浮かべると、それをそのまま口にした。


「上手く言えないんですけど、今日のレナさんはありのままに吹っ切れてる感じで、写真の中のレナさんは笑顔に陰りがあるというかなんと言うか……。あっ、すみません!今日会ったばかりなのに失礼なこと言っちゃって」


 私は喋りすぎたことと失礼極まりないことを口から滑らせたことを自覚してすぐに謝ると、レナさんはどことなく気まずそうに目をつむりながら首を傾けた。


「あー、それねぇ。うう〜ん。どうやって説明しようかな……」


 その時、ドアの向こうから濡れタオルを持ったマユ姉さんが現れると、さっさとレナさんの服を拭きながら私たちに告げた。


「なんだかよくわからないけどまぁ、隠すことじゃないし、話していいんじゃない?」


 実はマユ姉さんは私たちの会話をこっそりと聞いていたのでは?と思う私だったけれど、レナさんの分かった、という言葉で一度そのことは忘れて聞く体制になった私たちはそのままレナさんの口から紡がれた内容を耳に入れはじめた。


 レナさんが言ったことは簡約するとこうだ。

 元々付き合っている相手がいたレナさんに親からお見合いという形で紹介されたのが今の旦那さんで、初めは今の彼がいい、という理由で拒否していたけれど突然その彼が行方をくらまして去ってしまったらしい。

 その時に慰めてくれたのがお父さんの後輩でもあり、レナさんの現夫である加藤さんで何回もデートを繰り返すうちに最終的にプロポーズされたんだとか。


「でもその後また元彼が戻ってきたんだ」


 いい話だな、と思ってきいていたのに突然ドラマのような展開になって私は驚いた。

 同時に少し黙り込んでしまったレナさんに代わってマユ姉さんが話を引き継ぐと私に驚く暇さえ与えずに話を続けた。


「で、心境的に二人の間で揺れてたレナは最初は元彼の方に戻ろうとしたのよ。まぁ、あんないい加減なやつとレナがくっつくぐらいならやめろって感じだったんだけどね。レナは優柔不断すぎるからもう一回だけチャンスあげちゃったのよ。バカだから」

「バカはないじゃん。あの時は本当に悩んでたんだから……」


 マユ姉さんの物言いに頬を膨らませて言い返すも自覚はあったのかレナさんの語尾には覇気がない。

 そんなレナさんの様子にマユ姉さんは少し言い過ぎたかなとばつが悪そうにそれ以上の詳細を語るのを辞めると、最後に一言だけつけたした。


「まぁ、一時期はどうなるかと思ったけど……。結果的に加藤君と結婚することになったんだからよかったんじゃない⁈」


 他人行儀な言い方にあんまりだな、と思ってマユ姉さんを見ると、マユ姉さんは慈愛のこもった目でレナさんを見つめながら我が身のように喜びを表現していた。

 なんだかんだ言って二人は仲がいいんだな、と思うと同時に、今更ながら私なんかに話してくれてよかったのかなと疑問を抱いた私は、


「どうしてそんな個人的な話を私なんかに話してくれたんですか?」


 と伺うと、二人は仲睦まじくアイコンタクトを送り合いながら私に語った。


「まぁ、人生のお姉さんとしてはドアの前で右往左往していた子を放っておくことは出来なかったんでしょ。ほら、レナお人好しだし。それに……」


 それは関係ないと突っぱねることが出来れば良かったんだけれど、生憎と痛いところをつかれた実感があった私は顔を赤らめる。

 まるで悪戯が成功した子供のような笑みを浮かべるマユ姉さんは、一旦溜めを作るとレナさんに向かって目配せした。

 もう、マユったらと額を抑えてジト目を向けるレナさんは、何かを諦めたのかマユさんから目を逸らすと、真っ直ぐに私を見つめながらこう答えた。


「理由もなにもナオキのおかげでそのことは笑い話で済んでるから問題ないってだけ。そりゃ最初の方は申し訳ないって気持ちでいっぱいだったんだけどね、写真撮影の時もあんまり笑えなかったし」


 そうか、だから写真のレナさんは表情が控えめだったのか。

 おそらくだけど、加藤さんとその元彼の二人の間で二股に近い状態に引け目を感じて。

 でも、だったらどうして今はこんなに引け目を感じないくらいに明るく振る舞えているんだろう。

 また新たな疑問を抱く。すると、そんな私の顔から何かを読み取ったのかレナさんはどこか遠い目で何かを思い出しながら微笑みを浮かべた。


「でも今はもう平気なんだ」


 そのまま力強い目線で私を見つめる。レナさんの瞳にはぶれや震えのようなものは感じられなくて、私は自分の抱いていた懸念がただの杞憂だったことに気づくと、なんだか急にさっきまでの自分が恥ずかしくなって思わず俯いて床を見つめた。


「それにナオキにも言われたんだよね」


 そんな私を見て何か思うところがあったのか、話を続けるレナさん。


「『そんな罪悪感を感じてたり感情を隠すくらいだったら、元彼でもいいから別のやつのところに行けばいい。俺はレナのそんなところを見て惚れたんじゃない。俺はありのままの姿で笑ってるレナに惚れてデートとか普段行かないような場所に誘ったんだ。レナの気持ちの整理がつくまで俺はいくらでも待つし、必要なら俺も手伝う。だから焦らずにゆっくり気持ちを落ち着かせてこい。俺は絶対に待ってるから』」

「ま、マユ!似てないからね!全然似てないからね!」


 と、思ったら横からマユ姉さんが男声でレナさんをからかいだして、なんて反応をすればいいのか分からなかった私は二人のやりとりを暫し観察した。


「そう言うわりには顔真っ赤にしてるよね、か・と・う・さん」

「これは……。ちょっと思い出しただけで……」

「大体二人の惚気話ってちょっと古いよね」

「そんな。だったらマユだって職場の先輩のこと……」

「ちょっと!今は私のことは関係ないでしょ⁈」


 二人のからかい合いを横目に少しの間だけ熟考する。


「『絶対に待ってるから』か……」


 新郎の加藤さんの言葉は、すごく控えめなのにものすごく安心感を抱かせる素敵な言葉だった。

 そんなことを言える加藤さんもすごいけど、そういうことを言わせる魅力を持つレナさんは歳上なのも合わさってすごくキラキラして輝いて見えた。

 ただ幸せを噛みしめるだけでもすごいのに、今日の結婚式とかもそうだけど、他の人にも幸せを分け与えられることが出来て尊敬すると同時に正直羨ましいなぁと心底思った。


「いつか私も……」


 いつか私もレナさんのように自信を持って幸せなことを伝えられるのだろうか。

 そもそも、私の前にそんな人物が現れるのだろうか。

 レナさんを見ていると自分の嫌な部分が浮き上がるようで少しだけ暗い気持ちになる。

 でも、それ以上に私は幸せなレナさんを見て同じように幸せになりたいと思った。

 だから、私も……。


「レナさん、なんてプロポーズされたんですか?」


 今はレナさんが醸し出す幸せのオーラに便乗して思いっきり楽しもう。


「お、増援がきた」

「ナナちゃんが裏切った〜!」


 それから私たちは披露宴の後半がはじまるまで恋バナという名のレナさんをからかう会をはじめた。


 コンコン。


 しばらく時間が経った後に鳴り響くノックの音。


「おいレナ。そろそろ時間だぞ」


 それが新郎の加藤さんの声だということにきがつくと、私たちは時計を確認しながら急いで退室する準備をはじめた。


「ヤバイ!早く早く。ほらっナナちゃんも……」

「はいっ!」

「とりあえず私は先に行くから」


 マユ姉さんは後半の部分の司会を務めるらしく先に退出する。

 その際に新郎さんに少しだけ待つように告げたマユ姉さんはじゃあまたあとでね、と短く口にしてドアを閉めた。

 私もマユ姉さんの後をつけようと、ドアに向かう。

 すると、レナさんが私の背中をちょんちょんとつつきながら口を開いた。


「ナナちゃん」

「?」


 少し静かな声色に首を傾げる。


「本当は心配して来てくれてたんでしょ?」

「!!!」


 すると、レナさんは私がここに来た理由をスバリと言い渡した。


「やっぱりね。ふふ、だってナナちゃんの表情分かり易いもん」


 そんなに顔に出ていただろうかと、自分の顔をペタペタと触りながら誤魔化そうとするも、レナさんには全てお見通しなのか私は観念したようにこっくりと頷くと、レナさんは静かな口調で喋った。


「ナオキがプロポーズする前は上手く笑えなかったんだけどね……」


 ほんの少し顔に陰りを見せたかと思うと、レナさんは途端に眩しいくらいの笑顔を私に向けた。


「もうナオキの前では自分の感情を隠したりしないって決めたんだ。だからお節介かもしれないけど、ナナちゃんも自分に素直に、ね⁈まだ、全然ナナちゃんのこと知らないけど、多分それがナナちゃんのいいところだと思うから」


 言い終えると同時に、私が先ほど渡した短冊を掲げて表情をくしゃりと曲げるレナさん。


「だから私も『ずっと笑顔でいられるように』頑張るからナナちゃんも一緒に頑張ろうね」


 ああ、私はレナさんのことを気遣ってたんじゃなくて終始ずっと気遣われていたんだな、とここにきて私はようやく気付いた。

 そして太陽のように暖かいレナさんの人柄に。

 私は一言失礼しますとレナさんに断りをいれると、そのまま控え室を出て披露宴会場内の自分の席に戻った。

 レナさんから分けてもらった幸せに胸がいっぱいになりながら。

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