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【第一章】結婚式



「結婚してください」


 もしも誰かにそう尋ねられたら私はどのように返答するのだろう?

 はい、と即答するのだろうか?

 いいえ、と断るのだろうか?

 はたまた、何かを理由に答えを延期してもらうのだろうか?

 はっきり言って私には分からない。

 ただ分かること。

 それはいずれの答えも私の人生に大きな影響をもたらすことだ。

 もちろんそれは相手の人生にも影響を与えるってことだけど。

 少なくとも以前の私はそんなこと考えたことがなかった。

 ううん。多分そんなところまで考え自体が回らなかったんだと私は思う。

 あの日、あの結婚式を見るまでは。


 忘れもしない、夏休み半ばのあの日。

 お父さんの転勤で引っ越してまだ数週間と経たない内に招待されたお父さんの後輩の結婚式の日、私は下にいくにつれてレモン色にグラデーションしていくほぼ真っ白なドレスに履きなれないパンプスを履きながら式場に向かっていた。

 本当は車で直接向かう予定だったのだけれど、生憎と式場の辺りの駐車場は他の社員の方々の車に埋め尽くされていて、私達は止むを得ず少し遠い場所で車を停めてそこから歩くことにした。


「あっ……」


 順調に歩いていたのも束の間、私は車の中に忘れ物をしていたことに気付くとその場で立ち止まった。


「お父さん、忘れ物したから車の鍵貸して!」

「んっ⁈あー、じゃあお父さんも一緒に……」

「すぐ追いつくから大丈夫だよ。それよりも早く行ったほうがいいよ、遅刻したらマズイし」


 そういいながら鍵を預かり、小走りで車の方に引き返す私に対して、お父さんとお母さんは仕方ないな、と短く息を漏らすとそのまま式場に向かって進んでいった。

 坂を少し下り脇道に少し入ってすぐのところに車が停めてある。

 私はいそいそと鍵を開けて忘れ物を取ると、今度は慎重に車の中を確認したのちに車を閉めた。

 また来た道を戻っていく。

 そのまま真っ直ぐ式場に向かっていくと、私の行く手は横断歩道の赤信号によって阻まれた。


「……長いなぁ」


 早く進むつもりが足止めをくらっている。

 私はなかなか変色しない信号機に僅かばかりの苛立ちを募らせていると、ふと横断歩道の向こう側に誰かが現れて視線をそのまま移した。

 私の視線の先に立っていたのは、白い野球帽を目深に被り青緑色の半袖のパーカーを着た、私と同い年くらいの少年。

 しかも偶然か否か、彼が現れた瞬間、まるで見計らったかのように信号機が碧色に変わっている。


「変なの…。まぁ、いっか」


 不思議なこともあるんだな、と私は先ほどまで感じていた理不尽さを何処かに置き去りにするようにクスリと笑うと、スタスタと横断歩道を渡りだした。

 少年とすれ違う。

 渡り終わった後、私はなんとなく少年の方に振り向くと、彼はすでに何処かに行ってしまっていた。若干狐につままれたような気分に陥りながらも、結婚式の方が重要だなと気を取り直した私は先に進む。


「お父さん、お母さん!」


 どうやら私はいつもよりゆっくりと歩を並べる二人の背中になんとか追いついたようだ。

 私のことを待っていてくれたのかな、とそんなことを思いながら歩調を合わせていると、ようやく式場に辿り着いた。

 見た目は何処かのクリニックのようで大きさは大体小さめの公民館ぐらいだろうか?


「ここで式挙げるんだ……」


 結婚式は教会や神社で挙げるものと思っていた私は予想外の式場の見た目に暫し驚嘆していると、私の両親が早速自分達の席を確認するから、と私の手を引っ張って先陣を切るように突き進んでいった。

 受付で参加者の確認をとったり、結婚祝いなどをまとめて渡したり職場仲間に挨拶をしたりと様々な作業を慣れた様子で行ったお父さんはその後、いそいそかつしずしずという器用な歩き方で私達を誘導すると、そのまま大ホールであったであろう場所に連れて行った。

 されるがままに連れていかれる私。

 やがて、数分と経たずに到着した私達は扉を開けて中に入ると、そこには私の知らない世界が広がっていた。


「うわぁ……!!」


 中央に敷かれたキラキラとした絨毯。おそらく天の川をモチーフにしたのであろう、その絨毯を境目に参加者は男女別々に左右に分けられ、それぞれの手には粋なことに花嫁や花婿に対してのメッセージや願いが書かれたカラフルな短冊が握られている。

 天井を見上げると、元々あったシャンデリアには光を反射する特殊素材で作られた笹の葉が飾られていて、私は今まで見たことも聞いたこともない結婚式の装飾にお上りさんのように辺りをキョロキョロと見渡していた。


「すごいなぁ……」


 見るだけで胸がいっぱいになるこの感じ。

 感動に打ちひしがれるとはまさにこのことを言うのだと私は思う。

 私はその感動に酔いしれたまま、しばらくその場で突っ立っていると、隣に立っていたお母さんが私の手を引っ張りながらこう告げた。


「はい、じゃあナナは私とこっちね」


 私とお母さんは天の川のヴァージンロードを踏まないように移動して女性側の席に腰を落とすと、お母さんは私にペンと短冊を渡してきた。

 視線をあちらこちらに向けたまま無意識にそれを受け取った私はその時点でようやくほとぼりが冷めはじめたのか、短冊をじっと見つめると、ふと一つ気になることを思い出した。


「あれっ、でも今日って七夕じゃないよね⁈」


 普通七夕と言ったら七月七日で、今は八月の中頃だ。

 それなのに何故今、と疑問符を浮かべた私は思わずそう呟くと、お母さんが周囲に迷惑をかけないように声を抑えながら耳打ちをしてきた。


「旧暦の方の七夕よ。それよりも早く願い事を書いちゃいなさい。もうすぐ式が始まるから」


 旧暦かぁ……。それよりも、短冊になんて書こうかなあ…、なんて考えを巡らせていると、アナウンスとともに扉がバタンと開いた。

 パパパパーン、と結婚式特有の交響曲がオルゴールとハープのアレンジがきいた音色で会場に木霊する。星空を思い浮かべてしまうまったりとしてるのに凄艶でどことなく清雅なメロディーは私達を一気に星夜の空間に引き込んだ。


「新郎の入場です!」


 私が、新郎って前で待機してるものじゃなかったっけ?と首を捻っていると、扉の向こうから平安時代を彷彿とさせる、まさに彦星、といった髪型をした新郎がスーツとも和服とも言いづらいバスローブのような服で入場してきた。

 本格的、という感想を抱くと同時に結婚式ってここまでやるのかと恐れおののいていると、隣でお母さんが


「お父さんもあれぐらいしてくれればよかったのに」


 と、何やら切なげな声で嘆いている。

 実の娘が見て見ぬ振りをする訳にもいかず、私は小声でお母さんに声をかけると、お母さんは後で話す節を伝えて私との会話を途絶えさせた。

 しかし、そんな短いやりとりの間でも時間は早く過ぎて行って、私は二回目の扉が開くと同時に入場してくる新婦とその父親に目線を向けると、私は花嫁の晴れ姿を見つめながら息を呑み込んだ。


「きれ〜い…!!!」


 私の視線の先。そこには天女をモチーフにした真っ白なウェディングドレスに身を固めたうっとりするぐらいの美人がいて、私は思わず讃頌の声をあげると、今が式の最中なのを思い出して慌てて口を噤んだ。

 髪型は、織姫をイメージしたのか冠状にクジラが潮吹きをしたような髪がふわふわな白い髪留めで固定されていて、首には衣装にあった羽衣が巻かれている。

 更には、普通はない袖も着物の振袖のような袖がついていて、私は和服とウェディングドレスが見事にマッチした花嫁姿に思わず口を抑えるのを忘れて暫し見惚れていた。

 天の川の中ほどまで歩いたところで、新婦は父親と分かれて一人で歩きだす。

 真っ直ぐに新郎の顔だけを見つめてゆっくりと踏み出していくその姿は、幸せへと続く階段を一歩一歩丁寧に、なおかつ慎重で正確に踏み締めているようで私はその演出に心中のドキドキが止まらなかった。

 やがて花嫁が花婿の隣に辿り着くと、神父さんが結婚にまつわるいわゆる説教のようなものをはじめた。なんだか時計の針の音にも聞こえる神父さんの言葉に少々焦れったい気持ちを覚える。

 最後の文章を読み終わったのか、神父さんは一瞬の溜めを作って新郎の顔を正面から見据えると、いよいよ待ちに待った質問が会場に響き渡った。


「……新郎、あなたはこの者を妻にすることを誓いますか?」

「誓います」

「……新婦、あなたはこの者を夫にすることを誓いますか?」

「誓います!!」

「そして参列者のみなさん。あなた方はこの者達の証人になることを誓いますか?」

「「はい、誓います‼︎‼︎」」


 新郎が囁くように、新婦が歓喜をさらすように満面の笑みで高らかに宣誓すると、神父さんは二人の姿と式場を満足そうに眺めながらゆっくりと告げた。


「それでは指輪を交換してください」


 バン、という音とともにまたしも誰かが扉を開ける。

 そこから、子牛のコスチュームを身につけたリングボーイならぬリングカウ(ビーフ?)がトコトコと拙い動きで入ってくると、あちこちから黄色い悲鳴が響き渡り、あっという間に式場が何処か神聖で神秘的な雰囲気から華やかで活気のある雰囲気に包まれた。

 子牛のリングボーイが恥ずかしそうに顔を下に向けながら新郎、新婦の前に辿り着くと、二人は包み込むような笑みを浮かべながら彼にお礼を告げた。

 新郎は新婦の薬指に、そして新婦も同様に指輪を嵌めていく。


「では、誓いのキスを」


 神父さんがその言葉を告げた途端、辺りの音が一斉に鳴り止み、私達は次に続く言葉を待った。

 静けさの中、二人の顔が一箇所に合わさり、離れてゆく。


「ここに二人を、夫婦と認めます」


 その時。うわー、と周囲が歓喜の声をあげながらざわめきたつと、一瞬にして場の雰囲気が暗い夜空から太陽のような明るい色に染まった。

 飛び跳ねて喜ぶ女性に、ハンカチ片手に涙ぐむおじいさん。

 他にも笑顔で拍手をしている人がいたり、


「俺より先に結婚しやがって…」


 と悔しそうにつぶやきながら目元を抑えている男性がいたり、更には、


「幸せになれよ……」


 と、何処か達観した様子で静かに涙を流すお父さんがいたりと、参列者全員が多種多様な感情を撒き散らしながら新たな夫婦の誕生に祝福のエールを送っていた。

 私はその幸せな光景に思わず息を止めると、ずっと言えずにいた言葉をポロリとこぼした。


「すごい……。これが、結婚式なんだ」


 他人の幸せを自分のことのように喜んだり、涙をながしながら、おめでとうと新郎の肩を叩いたり。

 何よりもたった今夫婦になった二人が、本当の織姫と彦星ではないけれど、ようやく一つになったことに対して喜びを噛み締めていたり。

 様々な感情が入り乱れる中、私は興奮のあまりお母さんの胸に飛び込む形で抱きつくと、そのまま高ぶる感情をぶつけるようにお母さんの手を強く握った。


「全く…しっかりしてるのか、してないのか…。本当うちの娘は…」


 お母さんはやれやれ、と言った様子で高いテンションのあまりに飛び跳ねてしまいそうな私の背中を撫でる。

 私はその状態のまま、にこやかに天の川のヴァージンロードを渡りゆく花婿と花嫁に視線を向けていると、ふと心の中に小さな願い事のようなものが現れて私はお母さんの手を握りながら無意識に呟いた。


「私も、あんな二人みたいに幸せな結婚式を挙げたい」


 自分自身を花嫁の女性に投影しながら未だ願い事の書かれていない短冊を少しだけ強めに握りしめる。

 今まで曖昧だった結婚というものがほんの少しだけ見えた気がした、そんな瞬間だった。

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