第に章‐全知にして……
「つまり世界は一つであるが故に結果も一つなんだよ……」
「はい……」
「わかるかい?」
「はあ」
――全くわかりません。
というか、何故僕はこんな所で世界の在り方についての講義を受けなければならないんだろう。
「まあ、いい」
相槌しかうたない僕から何を読み取ったか、ようやくシロウは演説を止めた。
この妙な男は、僕の名を聞こうとせずに、自らをシロウと名乗った。
何か聞きたいことがあるのだろう?との問いに、僕は父の事を尋ねた。
「ああ。彼は何のドラマもない、単なる自殺さ。原因は……まぁ後にでもわかることだよ」
それを聞き、半ば投げ遣りになった僕がした質問、
「じゃあこれからの世界の事でも教えてくれよ」
。 これが間違いだった。意味のわからない概念論ばかり二十分も語られて頭が痛くなってきてしまった。
「はぁ……。世界についての話はもういいからさ、何かもっと役に立つことはないの?」
にやり、と不精髭の生えた顎を撫で、
「んん?たとえば?」
とシロウ。
「ほら宝くじとか競馬とかさ」
それを聞いてシロウは、はっ、と呆れた様な息をつく。
「おまえらはいつもそうだ。未来が読める?なら株価の予想をしてみろ。宝くじの番号をあててみろ。そもそも自分で稼げ……。ああくだらない!
何があろうとギャンブルについてはぜってー教えねえ。別にしろ」
突如冷静さを失ったシロウに圧倒されながらも、僕は最初から気になっていた質問を吐く。
すなわち、
「シロウは本当に予知ができるの?」
「おいおい人の話はちゃんときけよ。さっき言ったろ?世界は一つ。結果しかないって。どんなに選択肢があるように見えても、俺には誰がどの選択をするのかわかる」
そこで一息。茶をすすって、
「選ばれなかった世界なんてのは無い。何をしてもそれは最初から選ばれる選択肢を選ばされているにすぎない。……ある一瞬でもいい。宇宙全ての粒子のベクトルと位置を記録してみろ。俺と同じ存在が出来上がる」
べくとる……? まあよくわからないけど、本物っぽい事はたしかだ。
「証拠でも見せるか?」
ほれ、と僕に差し出したのは五つのサイコロ。これを振れってことか?
「いいか。お前からみて左から、6、6、3、1、6の数字がでる。さあ振れ」
出るわけが、無いだろう。
というか意地で出したくなくなった。
先に三つのサイを振り、3、1、6が出たのを確認し、残り2個のサイを右の方に振った。4、4で止まる。
「出なかったけど?」
僕の挑発的な言葉に、シロウは意外にも笑顔をかえしてきた。
「くくっ。座布団の下、めくってみな?」
いやな予感と共に座布団の下を見ると、封筒が。
冷や汗が出るのを感じながら破り、中を見る。
『まずサイコロを三つ振る。
3、1、6がでた後に右方向に残りのサイを振る。
出目は4、4』 う、うう?これは、手品なのか?しかし、僕の気紛れを予測するなんて……。
「だから気紛れなんてないんだって。所詮は電気信号の強弱なんだから」
何だ、こいつは?
「お?びびったかな?」
恐い。
「ふふ、後二十秒で雨が降りだすよ。今日は泊まっていくかい」
馬鹿な。
降水確率はたしか、5%……。
ぽつり、といった音に思考をさえぎられる。
ぽつん、ぽつん、ぱらぱら……。
「どうする?布団はあるけど――」
ばん!最後まで聞かず、力いっぱいドアを開け、僕は雨の中、外に飛び出していた。
まだ地面はぬかるんでいない。ふもとまでなら何とかなる。
「聞けセイジ!お前は十年後に就職!その二年後、結婚!その三年後、死ぬんだ!!」
遠くからよく響くシロウの声。
「かんべんしてくれ!」
叫びながら森を駆ける僕は、我ながら常軌を逸しかけていたと思う。