鉄パイプ少女
とても気色悪い夢を見ました。
一人で抱えていたくないので、皆様にもお裾分け致します。
男はその日、少女を拾った。
少女は鉄パイプに詰められていた。男の腕ほどの太さしかない鉄パイプの中に、人が一人詰まっている。
「うっ、うぅっ……」
それも、生きた状態で。
そして泣いてる。
「助けて……ここから出して……」
パイプの中を覗くと、そこには確かに少女の顔があるのだ。どう考えても頭蓋骨が入る訳ないのに、多少潰れて目が八の字になっているが、ちゃんと人の顔で、黒髪が顔の周りを縁どっている。
しくしく……しくしく……
少女のすすり泣きをBGMに、男は途方に暮れた。なんでこんなモノに気付いてしまったのだろう。
正直、見なかった事にして逃げたい。
しくしく……しくしく……
しかしどんなに奇妙で気味が悪くとも泣いてる女の子を放置して立ち去るのは気が引ける。何より、逃げた所で手遅れな気がする。
……それに、男には現状を何とかする手段が無いでもなかった。
「……なぁ」
「うぅ、ぐすっ…う?」
男は恐る恐る、鉄パイプの中の少女に話し掛けた。
「その、君はそこから出たいんだな? 好きでそこに居る訳じゃないんだな?」
一応聞いてみる。
「当たり前ですっ! なんでこんな所に好き好んでいなきゃいけないんですかっ!?」
「わ、悪い」
結構な剣幕で怒られた。
肺とか声帯とか、どうなってんだろう……。
「その、だな、俺は金属加工する工場で働いててだな……」
「……!」
「その、鉄パイプだけを切る、と言う事も出来なくはな」
「お願いしますっ! ぜひ! このパイプ切ってくださいお願いしますなんでもします!!」
めちゃくちゃ食い付かれた。
「お、落ち着いてくれ」
「でも」
「頼む、聞いてくれ。俺は鉄パイプを切る技術はあるが、天才でもなんでもない普通の作業員だ。君を傷付けず、鉄パイプだけを切る、なんて芸当は出来ない」
「……」
おそらく、少女は鉄パイプに密着している。
どんな金属カッターを使った所で、そんな繊細な操作が出来るとは思えない。
「多分、相当痛い思いをさせると思う。よく探せばもっと腕の良い奴も見つかるかも知れないが……」
「いいです。やってください」
見つかるかも知れないが時間は掛かるし、引き受けてくれるか……と最後まで言う前に、少女は言う。
はっきりとした、力強い声で。
「もうずっと、この中に居るんです。閉じ込められて、どれくらい経ってるのか。もう一生このままなのか、誰にも気付かれずこんな所で死ぬのかって……。ずっと、怖くて、不安で、気が狂いそうなんです」
「……」
しっかり自我を持っているのだな、と少し意外に思った。
「それに比べたら、痛いくらいなんでもないです。我慢します。やってください、お願いします」
「……分かった」
そうと決まれば移動だ。
この鉄パイプは長さ二メートルほど。男の乗っている軽自動車になんとか入る長さだ。
角度があると少女が辛いかも知れないと思い、助席と後部座席の背凭れの高さを調整し、その背凭れに乗せる形で固定した。
顔側を前方に向けた為、車からの景色がよく見えたのだろう、少女はいたく喜んでいた。
やがて辿り着いたのは男の職場である工場だ。
今日は休日で閉まっているが、ゆるい職場で、作業員が好きに出入り出来るよう鍵をその辺に隠しているので侵入は簡単だった。
(良い経営者は真似しちゃダメだよ☆)
少女入りの鉄パイプを抱え、さてどうしたものかと作戦を練る。ただ切るだけならそう難しくはないが、出来るだけ少女の負担は減らしたい。
まぁ、一流の技術者でも天才でもない自分に出来る気遣いなど大したものではなく。
「では、作業肯定を説明する」
「はい」
緊張からか、少女の声が少し硬い。
男は鉄パイプを固定しながら説明した。
「考えたんだが、パイプを完全に切るのではなく、切断寸前まで切り込みを入れようと思う」
「切り込み?」
「そう、二ヶ所、あと少しで真っ二つに出来るような感じで。それからハンマー辺りで衝撃を加えて、弱くなった接合部分を破壊する。……分かるか?」
「なんとなく分かりました」
「これなら金属カッターで君を切らずに済む。けれど、火傷は免れない」
「……切る所が、熱を持つんですね?」
「そう。切るのにそこそこ時間が掛かる。その間、切った場所に接してる所は熱いし相当痛むだろう。……何度も聞くが、いけるか?」
「やります。悲鳴上げちゃうかも知れないけど、構わず続けてください」
「わかった」
男は準備を終え、ゆっくりと深呼吸した。
「始めるぞ」
「はい」
機械の甲高い音が工場に響く。
少女は悲鳴を上げても、と言ったがどの道聞こえ無かったろう。
慎重に、けれど速やかに。鉄パイプを縦半分にするように、二本の切れ込みを入れる。
機械を止め、ハンマーで壊せそうな薄さになったかと鉄パイプを確認する。
それから少女に声を掛ける。大丈夫か、と言いそうになって、やめた。大丈夫な訳がない。
「……。切れ込みは終わった。よく頑張ったな」
「は、い……」
少女の声は弱々しかった。やはり相当な苦痛だったのだろう。
何か気の利いた事でも言えたら良いのだが、女性とろくに付き合った事のない男には、無理な芸当だ。
休憩させるべきか、とも思ったが、少女を思うのなら一刻も早く鉄パイプを壊すべきだろう。
そう思って作業を進める。
鉄パイプが壊れたら少女が転がり出るだろう。
そう思って、休憩室からブランケットを取って来て床に敷き、その上に鉄パイプを固定した。
「ではハンマーで破壊する。火傷した部分が癒着したりしてたら、剥がれてまた痛むと思う。覚悟はいいか?」
「っ、いつでも、どうぞ……!」
「了解」
無駄に少女を苦しめたくはない。
一撃だ。一撃で終わらせる。
慎重に狙いを定め、ハンマーを振り下ろした。
はたして。
鉄パイプは甲高い音を立てて、真っ二つになった。
――やった!
上手くいった! ……そう喜べたのは一瞬だけだった。
鉄パイプから、少女が溢れ出した。
「あ……ああ……」
狭い鉄パイプから、確かに人一人分だなと思われる筋肉や内臓が出て来た。
体、ではなく、臓器が。
皮膚や骨は見当たらない。
「出れ、た……? 出られた、出られたんだ!」
少女は歓喜の声を上げる。
おそらく、鉄パイプから出られた喜びで自身をきちんと認識していないのだろう。
でなければ、喜んでばかりいられない筈だ。
あの鉄パイプの中で人体はどうなっているのだろうと疑問には思っていた。
あえて考えないようにしていた疑問の答えが、目の前に広がっている。
「嬉しい……嬉しい!」
皮膚は、顔とつま先らしき部分にだけ僅かにあった。骨はおそらく顔面にだけ。
鉄パイプが皮膚と骨格を兼任していたとでも言うように、鉄パイプから覗ける部分以外は、内臓と筋肉、血管ばかりだった。
鉄パイプが真っ二つに割れると同時に飛び出るように広がった細長いものは腸だろうか。あの三角形っぽいのは肝臓で、頭の近くにある左右対称の大きめなものは肺だろうか。
そして素人知識でも、あの握り拳大のドクドク動いてるのは心臓だろうな、と分かった。
そしてそれら内臓の隙間を埋めるように配置された、ビクビクと蠢く筋肉。そんな中を縦横無尽に走る血管。
これだけのものが、よくあんな鉄パイプの中に収まっていたものだ。
「外だ……本当に、外にでられ、だ、ん゛」
涙を流し歓喜する少女。
その笑顔が、次第に歪んでいく。
鉄パイプの中で圧縮されていただろう臓器が本来の大きさに膨れ上がると……更に膨らんで、パンパンになる。
それはまるで、陸に上げられた深海魚のように。
鉄パイプの圧力から開放された心臓が、肺が、血管が、膨れて。
潰れて八の字のようだった目は人間らしい形に数秒だけなって、膨らみ、眼窩からはみ出て。
「あ゛、あ゛り゛が――」
膨らませ過ぎた風船が破裂するように。
水音を立てて、少女は幾つもの肉片へとなった。
男はただ、茫然と、その様子を見ていた。
それ以外に、何も出来なかった。
工場内に、鉄錆のような生臭い匂いが充満する。
その匂いに頭がグラグラして、半ば無意識に工場を出た。
扉を出て、数歩歩き、ストン、とその場に座り込んだ。
なんとなく、空を仰ぐ。
男は徐にポケットからスマホを取り出し、110番通報する。
『事件ですか、事故ですか?』
「女の子の死体があります。直ぐに来てください」
『え、な』
「場所は――」
男は工場の住所を告げると一方的に通話を切った。
スマホをポケットに仕舞い直そうとし、ふと冷たい感触に気付き、手に持ったスマホを見直す。
……手に、べったりと血が付いていた。よく見れば、服が血塗れだ。血飛沫を浴びてしまったのだ。
これを見られたら、自分が殺人犯になるだろうな。
そんな事を考えて、ふと疑問に思う。
どうして自分は、警察に通報などしたのだろう? と。
――そこで思考が止まり、ただ、ぼんやりする。
間を置いて、思い至る。
鉄パイプに詰まった少女、なんてものを見つけて。
その少女と会話をして。
少女を解放しよう、と提案して。
本当に開放出来て。
少女が死んで。
……こんな狂った状況に置かれた自分は、まだ正気なのか。
それとももう、狂ってしまっているのか。
それを、誰かに判断して貰いたいのだ。




