ピアスをつけない理由
あの日あなたが忘れていったカーディガン、そっと触れてみる、そっと匂ってみる。
あなたの匂いが取れないよ。
二人で行った遊園地、メリーゴーランドに、はしゃいで乗っている私。
あなたは私を見て、笑って大きく手を振ってくれたね、少し視線がずれていたけど、いつものあなたらしかった。
運悪く邪魔な通行人に視界を遮られてしまったけれど、
あなたの笑顔が大好きだった、何より大切にしたいと思っていた。
アパートの隣同士に暮らしていたね。
用事がある時は、スマホで呼ぶより壁をこんこんするだけでよかった。
私達は一緒に暮らすこともできたけれど、そうはしなかった。
鍵を渡さない隣同士の距離感が、とても心地よかった。
私達の間には色んな問題があったけど、二人で乗り越えてきたね。
例えばあなたが急にむくれて、私のこんこんする音を無視したり。
あなたが高熱を出した時は大変だった、ドアノブに薬や栄養ドリンクを入れた袋をぶら下げたの覚えてる?
風邪がうつったら大変だからって、気をつかってくれてすごく、すごく嬉しかったよ。
ゴミ捨て場で偶然会うことも多かったね、二人で示し合わせたみたいにばったり、少し照れくさそうなあなたの顔が眩しかった。
そのまま一緒に二人で部屋まで戻ったこともあったよね、あの時間のあなたの眠そうな表情が、とても可愛らしくて思わず触りたくなったけど、ごみを触った手だから我慢したんだよ。
あなたを困らせたくて一緒に行ったカフェで、私はあなたの斜め前の席に座ったよね、覚えてる?
あなたは笑顔でいてくれたけど、ほんの少し眉間に皺がよっていたのを見逃さなかったよ。
困ってたんだよね、私のいたずらに。
帰り道はごめんねって言いたくて、でも照れくさくて、あなたが見える距離をとぼとぼ歩いていたんだよ。
しょっちゅう聞こえるあなたの部屋からの音、音楽だったり、テレビだったり。
聞こえる度に、私も同じものをつけてたの知ってた?今じゃあなたの好きな音楽は私の好きな音楽になっているよ。
それを聞いたらはにかんだ顔で喜んでくれるかな?
いつも集合ポストに届く郵便物を、取り出すのは私の役目。
あなたより先に確認するって約束したもんね。
請求書は優先して部屋のポストに入れていたでしょう?
あなたのためならそれぐらいなんて事ないよ。
珍しくあなたの部屋に人が集まっている声がする、今日はそんな予定だったなんて聞いてなかったからびっくりした。
結構騒いでいたよね。
誰に恋人がいるかって話をしていた時、あなたは返事をしていなかった。
私達の関係は内緒にしているのかな?
秘密の恋は燃え上がるって言うもんね。
次の日タオルを干していたら、酔いが覚めていない様な君が、ベランダに出てきたよね。
気怠げにこんにちはって低いトーンで言われたから、心臓がどくんっ!って鳴って、一瞬だけ知らない人に見えたけれど、やっぱりいつもの君だった。
今日は一緒にスーパーでお買い物、君の好きな物を君と同じタイミングで、かごにぽいぽい入れていく、この材料じゃ男飯しか作れないよね?
なんてくすくす笑いながら、カートを押して歩いていく。
まるでこれじゃ、新婚さんみたい。
にやけた顔がなかなか元に戻らない。
帰り道荷物が重くてとことこ歩く私を尻目に、あなたは早足で歩いていく、いつもいじわるするんだから!
ドアの前で鍵があかないふりをして、待っていてくれた君、私は聞こえないぐらい小さな声で、
「またあとでね」と呟いた。
久しぶりに友達が遊びに来た、昔から仲のいい子で色々お世話になっている。
私と君の写真が壁に沢山並んでるのを見て、素敵だねっていってくれたんだ。
あの写真、おかしい。
視線が定まらなくて、すごく居心地が悪い。
明日から三日間、君は出張なんだね。
いない間に部屋を掃除してあげたいなあ、少しずぼらな君は部屋が散らかっているはずだから。
君がいない間、私は内緒でこっそり鍵を開けて掃除をしに行ったよ、やっぱり部屋は散らかっていたから、ぴかぴかには出来ないけれど綺麗にしたんだ。
帰ってきたら驚くかな?
それとも気づかないかな?
本棚の中のアルバムに知らない奴と一緒に写ってる写真が何枚かあった、ちょっと嫉妬しちゃったんだ、ごめんね自分の部屋で燃やしちゃった。
でも君が悪いんだよ?
恋人がいるのに他の子との写真なんて。
出張から帰ってきた君はとても疲れていたね、
「ああ疲れたああ」って叫んだ時は、マッサージに行ってあげたかった。
でも私だって君のいない三日間はすごくすごく寂しかったんだから!
今日は優しくなんてしてあげない。
やっぱりずぼらな君は、私が掃除したことに気づいてない。
君がいらなそうなものや、君が着ているところを見たことがない服を、私の部屋に持って帰ったんだ。
君は鈍感だから全然気づかないね。
気づいたら感謝してくれるかな?
ありがとうっていつもみたいに少し目線を逸らして言ってくれるかな?
また久しぶりに友達が来てくれた。
以前よりさらに増えた私たちの写真に、一瞬息を飲んだ気がしたけれど、私が
「これは一緒に遊園地に行った時の写真なんだ」
「これは二人でよく行くカフェで」
って写真の説明をしたら、大きく瞬きをした後やっぱり、
「とっても素敵だね」
って微笑んでくれた。
すごく、すごく嬉しかった。
私達の関係を知っているのは友達だけだけれど、友達は応援してくれている、
二人だけの秘密なのにごめんね。
嬉しすぎて本当は世界中に知らせたい。
今夜は最高だった!
君の勤めるに突撃しちゃった。
最初は戸惑っていた君だけど、今日は視線を逸らさずに笑顔を向けてくれたね。
あんな表情もできるんだって知れて、嬉しかったよ。
お任せでカクテルを頼んだらスクリュードライバーを出してくれたね、で働いてるんだから当然知ってるでしょ?
カクテル言葉。
嬉しすぎてはしゃいじゃったのかな、結構飲んじゃった。
酔い醒ましに帰りはふらふら歩いて帰った、今日の君とのやり取りを思い出しては、ふふふって笑って。
あれから時々あなたのお店を訪ねるようになったね。
いつも最初のカクテルは私に向けての愛の言葉だった。
「」
「ジンライム」
「エンジェルキッス」
「ギブソン」
他にも色々。
ギブソンは驚いたよあなたが私に嫉妬してるなんて気づかなかった、思わず頬が熱くなっちゃったよ。
いつも帰り道は鼻歌か笑い声を上げて、歩いて帰ってたんだ。
もちろんお店が終わるまで待ったりなんてしなかった、内緒の恋だもんね。
そんなある日よく見かけるやけに君に親しそうな奴が、君にべたべた触っているのを見てしまった。
ふざけんな!その人は私のものだ!
そう言いたいのをぐっとこらえる、君も困った顔をして、だけどお客さんだから笑顔で対応してたね。
跡をつけた、電車で二駅先の駅から歩いて、十五分ほどの距離にある一軒家。
実家暮らし、揺れるカーテンから見える人数は最低でも三人。
今日は君の誕生日、サプライズにしたいから、君に似合うピアスを買って、ベッドの下にこっそり隠しておいたよ。
いつ気づいてくれるかな?
想像しただけでわくわくしてしまう。
近所の公園で、ブランコに揺られている君を見つけた。
なにか悔しいことでもあったのかな?
辛い顔をしていたね。
声を掛けたかったけど、君の背中がこの世の全てを拒絶しているような空気を纏っていたから、私は声を掛けなかった。
ピアスがベッドの下から消えていた
きっと気づいてくれたんだ!
嬉しい!嬉しい!嬉しい!
いつつけてくれるのかなあ、その日が来るまで楽しみにしておこう。
あれからも私の通いは、時々だけれど続いている。
最近彼はまた目を逸らして笑顔を向けるようになった、どうしたんだろう。
最初のおまかせカクテルも変わってしまった。
「シャンディガフ」
「ボイラーメーカー」
「death in the afternoon」
あんなに愛を囁いてくれていたのに、どうして?
私は何もしてないよね?
気づいてる?君の部屋のガジュマルに水をあげてるのは私だって、土が乾いたらあげるだけでいいのに、ずぼらな君は一度枯れかけさせてしまったね。
そこから今の状態に戻すまで大変だったんだよ。
またあいつが来ている、あなたはいつものように接客しているけれど、私はもう我慢の限界。
あんな奴出禁にしてしまえばいいのに。
あなたを困らせるなんて、本当に許せない。
また跡をつけてみた、君を守るために。
今日は前回より家の中が騒がしい。
そっと門をくぐって、家の中の会話に耳を澄ます。
あいつには恋人がいるらしい、家に突然来たとか。
家族ぐるみで仲がいいらしい。
これで彼のことは安心だ。
だけど二股をかけようとしているなら許せない。
それだけを心の中で誓ってあいつの家を後にする。
あなたはなぜピアスをつけないの?
それとも私が見ない日にたまたまつけているの?
少し不安になるけど、あなたの事だからきっと照れくさくて、私がお店に行った時は外してるんだね。
ねえ、あの時よく一緒にいるのを見かける友達といたよね。
すれ違いざまに、他人のふりをしなくちゃいけなかったから、軽く会釈した私のこと、二人で話してたよね?
「知り合い?」
「え、わかんない」
内緒の恋は大変なんだ。
あなたの照れる顔本当に大好きだよ。
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