二十七歳で死ねなかった
27歳クラブに憧れを持っていた人が挫折する話
二十七歳で死ねなかった。
当たり前みたいに二十八になった。誕生日を祝う友人たちに囲まれながら、笑いながら、私は選ばれなかったと思ったのだ。
祝ってくれるような友人たちに囲まれて、私は恵まれている。分かっている。それなのに歌で認められたいという承認欲求が燻り続けていた。誰かに選ばれるような歌を歌いたい。そのまま衝動を忘れて生きていくには、不完全燃焼が過ぎた。
だから、一年だけやり直すことにした。電子の世界にアバターを作った。二十七歳。一つだけサバを読んだ。
「どーもー! 二十七歳、崖っぷちロックンローラー系Vtuberです! アタシの歌、一曲聞いていってくださーい!」
絵なんて描けないからアプリの無課金アバターの組み合わせで作ったキャラクター。特徴的なことは何もない。だからこそ、ここから誰かに見つけてもらえたら本当だと思った。
一人きりの部屋でギターを弾いて歌を歌った。今より少しだけ巡り合わせが良くて調子に乗っていた頃に防音のしっかりした部屋に引っ越して録音ブースを作っていたから時間を気にせずギターを弾けた。次の更新があればもう支払えないから、出来るのは今だけだ。
毎週歌っても視聴者は一人も来なくて、再生数も全然回らなかった。
まずは見つけてもらわなくてはと有名な曲のカバーをしたら少しだけ再生された。それでも収益化が通るには全然足りない。
周りを見れば再生されるのは編集も凝った動画ばかりで、無機質なキャラクターがただ部分的に揺れるだけの動画で太刀打ちできるはずもなかった。
それでも私に何か光るものがあれば誰かに見つけてもらえるのではないかという淡い期待がずっと残っていた。
再生数を稼ぐにはショート動画が良いと聞き齧って弾き語りの歌動画を幾つもあげてみた。再生数は増えた。でもチャンネル登録者数は増えなかった。
匿名のメッセージも受け付けるようにしてみた。褒めなくて良い、見ていると一言言われたかった。
毎日毎日歌って動画の編集をして投稿した。
動画を投稿して三ヶ月経った頃、初めて動画にコメントが付いた。通知を見て胸を高鳴らせて見に行った。
『下手くそ』
その抜き身の言葉をモロに食らった。
泣きそうだった。嘘だ。泣いた。やけ酒して吐いた。
バンドで歌っている時に、直接言われたことがある。下手くそ、引っ込んでろ、と。その時は全然効かなかった。だって自分の歌を信じていたから。それに言ってきたのが顔見知りの口の悪いやつだったからまた言ってるよと取り合わなかったし、その後でそいつからは、悪かった、嫉妬したんだと言われたから総じて良い思い出になっていた。
だが、無機質な文字の羅列はやけに心に突き刺さった。
私のことを何も知らないくせに、いや、知らないからこそ、純粋に歌を聴いた人からこう言われたのだとじくじくと胸が痛んだ。
それでも気にしないふりで歌い続けた。
そしたらそのコメントをしたやつは私が投稿した動画にずっとコメントをしてくるようになった。
『下手くそ』
全部それ。逆に面白くなってきた。聞いてくれてんじゃん、と。確かに再生数は少し回っていた。
私の動画は私と私に毎回下手くそと言うためだけに聞くやつのためだけにあるらしかった。
後から思えば粘着アンチというやつだったのかもしれない。でも、そのコメントはそれ以上のことは言わなかったから最初以外は傷つくことはなかった。もはやそいつの国の挨拶みたいなものだと思うことにした。
しこたま酔った日、そいつに返信してみた。
『下手くそとか言いつつ、いつも聞いてくれてありがとう。』
本心だった。その時には動画を投稿する時にはヘラヘラ笑いながらそいつの挨拶を待つようになっていたから。
だけど翌日、そいつのコメントは全部消えていた。
返信があるかな、なんて寝ぼけたことを考えていた頭に冷や水をぶっかけられたような気分になった。
あぁ、そいつにとって私の動画は聞いていたわけじゃなくて、ただの都合の良いサンドバッグだったのか、と気づいた。画面の向こうにいる存在を人間だと思っていたのは私だけだった。
それからは動画を投稿しても一つもコメントが付かなかった。
そんな波風が立つとも呼べないような日々を過ごして、気が付けば一年が経とうとしていた。
一周年を前に私は悩んでいた。このまま活動を続けるか否か。誰も見ていないと言うわけでもなくて、少しずつだが再生数の積み重ねはあって、カバー動画に高評価をされたこともあった。その日は嬉しくて叫んだ。
絶望するほど苦しくはなくて、夢中になるほど楽しくはなかった。
どうしようかなというモラトリアムにいる感覚。その感覚は二十七歳になる前の自分が感じていたものと全く同じだと気付いた。
ずるずると惰性で歳を重ねている。だから私は二十七歳を一つの区切りとしていたのに、今また同じ過ちをしようとしている。
命を燃やすなら今だ、と誰かに言われた気がした。
その日から目標が出来た。学生時代にコピーバンドを組んでいたバンドの楽曲を本気でカバーする。動画も凝る。全力でやる。たった一つでいい、この世界に爪痕を残したい。
バイトと睡眠以外の全ての時間をそれに捧げた。活動をするにあたっての細々としたものにお金がかかり、バイトの掛け持ちを増やした。毎日が目まぐるしいほど忙しい。そんな感覚も久しぶりだった。
全身全霊で歌って、弾いて、私の思う私の輝きを詰めた。編集もいつものじゃなくて、聞き齧った色んな演出を加えて、本家MVのオマージュを少し入れた。ちょっと良いんじゃないか、と自分でも思えるようなものができた。
私の二十九歳の誕生日前夜。アバターの二十八歳の誕生日前夜。
一人きりの部屋で弾き語りをする。視聴者は一人いた。それだけで嬉しかった。コメントは無いけど聞いてくれている人がいるのだといつもより丁寧に歌った。
「そしてそして! 配信画面にも書いていますが、告知があります! 動画が上がります! いつも通りだって? いーや、今回は違います。自分で言うのもなんですが、力作です! ぜひ聞いてくださいね! 学生時代からコピーバンドをしていたバンドさんのカバーで本当に大切な曲なんです。大事に大事に歌わせて貰いました!」
そう言って日付が変わると同時に投稿されるように動画の設定をして、夜勤のバイトに出かけた。
仕事が終わって帰って、期待しすぎないようにしようと思いながら、それでも落ち着かない気持ちで動画サイトを開いて、その通知に気がついた。
『貴方の動画は著作権を侵害しています。』
そこに表示されていたのは私が昨日投稿した動画。
しばらく黙り込んで、それからお腹の底から笑いが込み上げてきた。
「ふ、ふふ、はははは!」
昔、私のコピーバンドを聞いた人に言われたことがある。君のバンドは正確なモノマネに過ぎない、と。人生の伏線回収成功かよ、と笑いが止まらなかった。
「あっはっはっはっ!」
人生で一番好きなバンドだ。その一番好きな曲だ。そりゃあ聞き込んでいる。ブレスの位置も完璧に覚えている。サウンドも全部、高い完成度だったと思う。だからか。私が生涯をかけてなぞったそれは、AIだけは騙せたらしい。
「あー、おかしい」
笑い過ぎて涙が出てきた。ひぃひぃと息を吐きながら画面を眺めて、大きく息を吐いた。
「まぁ、これも。選ばれたってことかな」
人間には誰一人として届かなかった。だけど、AIにとってはこれが本物だと思った。それが、私の物語の終わりらしい。
私は二十七歳で死ねなかった。ずるずる生きて二十九歳にすらなった。けど、電子の世界の彼女は選ばれた。そういうことにしたかった。チャンネル削除のボタンを押した。私じゃないあの子は、二十七歳で死んだ。
友人にこの話をしたらウケるかな、なんて考えて、だから私はダメなんだろうな、と朝日の差し込んでくる部屋で、もう一度だけ笑った。




