第八話:血の饗宴と闇夜の遊戯
リリスの幻惑が歌舞伎町を覆い、道満の操る空亡の攻撃は一時的に散漫になった。
しかし、街全体を飲み込むほどの巨大な虚無の穴は健在だ。
「……幻惑ごときで、この絶望を止めることはできん。この国の浅はかさよ!」
道満が忌々(いまいま)しげに扇を振るうと、空亡の腕が幻影を打ち砕き、再び俺たちへと牙を剥こうとする。
「リリス、これ以上は持たない! 奴の幻惑は『現実』を歪められない!」
凛が警告するが、リリスも限界だった。
彼女の魔力は、道満の操る現代の怨嗟の質量には及ばない。
その時、虚空から鈴の音が響いた。チリン、チリン……。
そして、闇の中に鮮やかな紅の光が迸る。
「あら、ごめんあそばせ? パーティーは始まったばかりでしょう?」
空から舞い降りたのは、ゴシック風のロリータドレスを纏った少女だった。
血のように真っ赤な瞳と、肌を白く際立たせる漆黒の髪。
その口元からは、獲物を誘うように、小さな牙が覗いている。
「……ヴァンパイアだと? まさか、お前までこの地に?」
道満が驚きに目を見開く。
ヴァンパイア。遙か西方から来た、永遠の命と血を糧とする闇の貴種。
現代では、日本のゴスロリ文化に紛れ込み、夜の社交界に潜んでいたのだ。
「ええ、アタシはエリザベート。みんなからはエリザって呼ばれてるわ。まさか、東洋の陰陽師様と出会うなんてね? 貴方の血、きっと最高に甘美でしょうね」
エリザベートと名乗った少女は、妖艶な笑みを浮かべ、俺に手を差し伸べた。
「道満の野郎が街をぶち壊そうとしている。お前の『夜』も消えるぞ。手を貸せ、エリザベート。必ず奴を止める」
「……いいわ。退屈な夜には飽きてた頃よ。ただし、貴方が私を楽しませてくれたら、その時は……ご褒美を頂くわ」
エリザベートの瞳が血のように赤く輝き、周囲の闇が彼女の支配下に置かれる。
彼女の能力は「魅惑」と「眷属化」。
闇に潜む人々の『本能的な恐怖』を増幅させ、道満の作り出した空亡の幻影を実体化させる。
「馬鹿な! 私が操るは『絶望』! お前ごときが操れるものか!」
道満が叫ぶが、エリザベートは嗤った。
「絶望と恐怖は、私にとって最高の『遊び相手』よ。さあ、私のかわいい眷属たち! 宴の時間よ!」
エリザベートが指を鳴らすと、街中の人々の影が蠢動し、空亡の腕と全く同じ形状の「影の腕」となって道満へと襲いかかった。
それは人々が持つ『漠然とした恐怖』が具現化した、無限の影の軍勢だった。
「主様、チャンスだよ! 奴は影に気を取られている!」
凛が叫び、コハクが炎を、レンが風を、ミズキが氷を、そしてショウが地の力を振るう。
東洋と西洋、古と現代。
すべての妖怪たちが力を合わせ、悪の陰陽師と空亡へと総攻撃を仕掛けた。
【後書き:エリザベート】
ごきげんよう、みなさん。
エリザベートよ。私の登場に、驚いてくれたかしら?
この街は、私にとって最高の遊園地だわ。
退屈な人間たちの心の奥には、甘くて美味しい「恐怖」が満ちているもの。
それをちょっとだけ引き出してあげただけなのに、あの道満とかいう男、随分と慌てているみたいね。
それにしても、主様……。
貴方の血は、この闇の夜にこそ輝くのね。
私、貴方の「本当の姿」が見たくなってきたわ。
このパーティーが終わったら、二人きりで、もっと深い夜の遊戯を楽しみましょう?
きっと、忘れられない一夜になるわよ。
フフ……。




