第六話:闇に堕ちた五芒星
空亡の幼体が浄化の光に消え、地下廃隧道には束の間の静寂が訪れた。
ショウがもたらした瑞々(みずみず)しい若草の香りが、死と絶望の臭気を上書きしていく。
「ふぅ……。主様、悪い子はもういないよ?」
ショウが満足げに胸を張ったその時、俺の背筋に氷柱を突き立てられたような戦慄が走った。
「……瑞々しいな、晴明。だが、その程度の光では、この時代の底知れぬ闇を照らすことはできんぞ」
廃道の奥、陽炎のように揺らめきながら一人の男が姿を現した。 漆黒の狩衣を纏い、顔の上半分を狐の面で隠した男。
その手に握られた扇には、上下を逆転させた不吉な「逆五芒星」が刻まれている。
「その声……。蘆屋……道満か」
俺がその名を口にすると、凛が獣のような唸り声を上げた。 蘆屋道満。
かつて平安の世で俺と幾度となく死闘を繰り広げた、非官人の陰陽師。
正道を歩む俺とは対照的に、呪と外法の極致を求めた男だ。
「懐かしい名だな。だが今の私は、その名すら捨てた。この現代に渦巻く万の呪い、億の怨嗟……それらすべてを束ねる者として、ただの観測者に過ぎぬ」
道満が扇を静かに閉じると、周囲の空間がガラスのようにひび割れた。
ショウが作り出した幸運の領域が、どす黒い霧に侵食されていく。
「主様、危ない! この人の周り、悪い運ばっかりだよ!」
「下がっていろ、ショウ! こいつは今までの怪異とは格が違う!」
俺は即座に三枚の呪符を連ね、防御の結界を張る。
道満は微かに嘲笑(あざ笑)うと、空に向けて一指しを放った。
「晴明よ、お前が愛でるその妖怪どもも、所詮は過去の遺物。現代の闇が産み落とした『真の空亡』の糧に過ぎん。……目覚めよ、常世の王よ」
道満の影が急激に膨れ上がり、地下空間の天井を突き破った。
地上……歌舞伎町の喧騒の真っ只中に、巨大な虚無の穴が開く。
「奴が空亡を呼び覚ました黒幕か……。凛、レン、ミズキ! 地上へ出るぞ! 街が飲み込まれる前に奴を叩く!」
「「「御意!」」」
俺たちは崩れゆく廃道を駆け上がり、光のない夜の街へと躍り出た。
そこには、空を覆い尽くさんばかりの漆黒の巨影と、その頭上で不敵に笑う道満の姿があった。
「さあ、始めようか。千年越しの決着を。……もっとも、お前が守ろうとするこの無価値な文明が、どこまで耐えられるか見ものだがな」
悪の陰陽師の扇が振るわれるたび、現代の摩天楼が一つ、また一つと闇の中に沈んでいく。
【後書き:蘆屋道満】
ふふふ……。ようやく表舞台に立てたというわけか。
晴明、お前のその正義感に満ちた顔を見るのは、千年経っても反吐が出る。
この時代の人間どもを見てみろ。
手のひらの上の小さな板を眺め、他人を呪い、憎しみ、自ら闇を育てている。
空亡を呼び覚ましたのは私ではない。彼ら自身の欲望なのだよ。
お前が従える美少女妖怪たち……。
ふん、可愛らしいお遊びだ。
だが、その健気な魂が絶望に染まる瞬間は、さぞかし美しいだろうな。
楽しみだよ、晴明。
お前がすべてを失い、私の前で膝を突くその時が。




